▶第19回◀“お仕事”あれこれリサーチ その⑭──異文化交流が楽しめる「インバウンド関連の仕事」

<データ>

職業名 インバウンド関連業

業種 第三次産業

仕事内容 海外からの観光客を対象にサービスを提供する仕事

就業形態 個人事業、法人経営

想定年収 10万円~300万円

上限年齢 なし

必要資格 後述

必要技能 外国語の読み書き/会話能力、リサーチ力、多文化理解

 

<どんな内容>

コロナ禍による入国制限が解除されて以来、訪日外客数は増加の一途をたどっています。国策として「インバウンド=外国人の訪日旅行」が推し進められている今、この傾向はしばらく続くことでしょう。

対外国人の観光業は数少ない成長産業であり、中高年が個人として参入できる余地もあります。今回は、そんなインバウンド関連の仕事を二つ考えてみたいと思います。

 

1.通訳ガイド

一つ目はインバウンド対象の旅行ガイドです。

以前は有償で通訳ガイド業を営むには国家資格である通訳案内士の資格が必須でしたが、2018年に法改正され、現在は無資格でも訪日客の旅行案内を仕事としてできるようになりました(ただし条件あり)。

とはいえ、案内人としての語学力や知識が必要なのは変わりありません。それだけでなく、それぞれに異なる文化背景を持つ外国人旅行者のニーズに的確に応えるには、広い見識と多様な価値観への理解が必要です。また、きめ細やかなおもてなしの心も求められるでしょう。

まとめると、

(1)ガイドする地域についての文化理解と知識の蓄積

観光スポットの情報だけでなく、地域特有の歴史や文化、生活習慣の知識や、季節ごとのイベント、さらに外国人が喜ぶグルメや土産物などの情報を幅広く知っておく必要があります。

さらに、周辺地域への移動手段やお得な切符情報など、土地勘がなければリサーチしづらい最適な動線を提案できる知識も欠かせません。

(2)会話力と多文化理解

何語であれ、顧客と円滑なコミュニケーションを実現できるだけの語学力が必要です。その上で、文化的な違いを理解し、日本文化との橋渡しができるようになるためには、日本語自体の能力も高くないと難しいでしょう。

一方、顧客の文化背景を理解しておくことも重要です。たとえば、宗教的な制約に配慮した食事の手配や、リピーターなどが求める特別な体験の提供など、個別のニーズに合わせた対応力が求められます。また、顧客が病気や事故など緊急事態に陥って助けを求められるケースも発生するかもしれません。そんな場合、日常会話を超えた語彙力が必要になるでしょう。近年はスマホの辞書/翻訳機能を使えば聞き慣れない言葉も即座に意味を把握することはできますが、文脈を正しく理解し、寄り添うような対応ができるのは人間だけです。安心して旅を満喫してもらえるよう、丁寧な対応と柔軟な発想が求められます。

(3)体力

場所によっては歩いて案内する時間が長くなります。特に、現地でのウォーキングツアーなどを開催する場合は体力がなによりも必要です。

 

2.民泊経営

Airbnbというネット上のサービスをご存じでしょうか。日本語では「民泊」と呼ばれる、自宅の空き部屋や所有物件を旅行者に貸し出すマッチング・サービスで、ギグワークの物件版といえるでしょう。

民泊と民宿の違いは、その形態や法的位置づけにあります。民宿は旅館業法に基づいて営業する施設ですが、民泊は2017年6月に成立した住宅宿泊事業法(民泊新法)に基づいた、比較的新しい宿泊形態です。米国においてネット上で提供者と利用者を結びつけるサービスが始まり、日本にも入ってきたことから法令整備がされました。

民宿は通年営業が可能で、食事の提供もできます。一方、民泊は年間営業日数に180日という制限があり、一部の例外を除けば素泊まりが基本です。また、民宿は宿専用の調理場や浴場など、設備の設置義務がありますが、民泊は一般住宅をそのまま活用できます。とはいえ、最低限の台所、浴室、トイレ、洗面設備はなければいけません。また、他にも色々と要件があるものの、基本的に普通の家程度の設備があれば問題ないでしょう。なお、営業届は必要であり、非常用照明器具の設置や避難経路表示などの安全対策も民宿と同様に求められています。他にも細かい要件はありますが、宿泊施設の少ない地域では観光客にとってありがたい存在になっています。

 

〈リアルな事情〉

近年はインバウンドが過熱気味で、一部ではオーバーツーリズムなども問題になっています。それでも日本に来ようと思ってくれる外国人が増えるのは、経済的にも、日本の国際的地位称揚のためにもよいことです。

そして、現在の傾向を将来の好循環につなげる鍵は、彼らと直に接する仕事をしている人たちの肩にかかっているといって過言ではありません 。

海外旅行をしたことがあれば、誰もが現地ガイドの印象がそのまま旅行の印象に直結する経験をしているのではないでしょうか。私もアジア、北米、欧州などを何度か旅しましたが、どんな場所でも現地ガイドとの交流が心に強く残っています。

 

さて、ツアーガイドについては、中高年が始めるなら、フリーランスガイドとして個人が個人から依頼を受けるプライベートツアーか、あるいは現地集合現地解散の形態で顧客を募集するのが早道でしょう。近年では、観光ガイドの仲介サービスが増え、そこに登録しておけばサイトを経由して受注することができます。また、LinkedInのようなビジネス特化型人材サイトに登録しておけば、直接の取引も可能になります。

実は私も年に一度ほど、とある米国の大学の学生さんたちに、東京のお化けスポットを巡るスタディツアーを提供しています。言葉は米国から引率してこられる先生に通訳をお任せしているものの、毎回コースを考え、お化け話の裏にある日本文化の真髄を米国の学生たちにわかりやすく説明するのは、なかなか骨が折れるものです。それでも、説明を熱心に聞いてくれる姿を見ればいっぺんに報われます。心躍る楽しい仕事です。

なお、語学力に関しては、相手の要求を理解できるだけの力があれば、ネイティブなみの流暢さはなくてもよいのでは、という気がしています。というのも、私が外国で出会ったガイドさんたちの中には、日本語の発音や言葉遣いがかなりあやしい人もいたからです。しかし、それでも十分でした。つまるところ、大事なのは、気持ちと知識、なのだと思います。「どのようにすれば楽しいひと時を過ごしてもらえるのか」に集中すべきなのでしょう。とにかく、ガイドをするには一にも二にも自分自身の勉強が大切。もしかしたら、これ以上の脳トレはないかもしれません。

 

次に民泊。これは、自宅の空き部屋や、誰も住んでいない所有物件を活用したい人には最適でしょう。

私は海外でも国内でも民泊を利用したことがあります。ホテルを利用するより安くつくだけでなく、御自宅の一室を借りるタイプの民泊では、家主さんと楽しくお話するなど、温かい時間を持つことができました。一方、アパートの一室や戸建て一棟を丸々借りる場合は、文字通り“住むような旅”になり、現地の食材で料理をしたり、地元民向けの公共交通機関やお店を利用したりと、ツアーだとまず経験し得ない旅になり、これまたよい思い出になっています。

とはいえ、見ず知らずの人に部屋を貸すなんて不安という向きも多いことでしょう。その点、民泊サービスを斡旋するサイトでは、提供者は利用規約を細かく設定できるほか、利用者の評判を見て受け入れるかどうか選ぶことができます。実は、提供者のみならず利用者も事後評価の対象となるため、ひどい使い方や規約違反をした利用者には低評価がつけられるのです。提供者も安心できるようなシステムになっているからこそ、契約に厳しい外国でサービスが広がったのですね。

日本では法的な制限が多いため、現状はそれほど一般的ではありませんが、今後需要の増加とともに提供者も増えていくものと思われます。我が家に他人を入れることに抵抗がなければ、十分検討に値する“仕事”です。ただし、昔ながらの住宅地の場合、地域住民が見知らぬ外国人がウロウロするのを嫌うこともあるため、近隣への根回しはしておいた方が無難なようです。

 

どちらの仕事も「国際社会に生きる自分」をダイレクトに実感できる仕事です。異文化交流が好きならばやってみる価値は大いにあり、ではないでしょうか。

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第18回▶“お仕事”あれこれリサーチ” その⑬──利用者からの“ありがとう”がやりがいに「家内労働代行業」

<データ>

職業名 介護/育児/家事代行

業種 第三次産業

仕事内容 従来「主婦業」とされてきた仕事

就業形態 業務委託、正社員、パート、アルバイト

想定年収 30万円~400万円

上限年齢 なし

必要資格 なし(資格必須の介護職を除く)

必要技能 家事、育児、介護の技術

 

<どんな内容>

一般家庭ではつい最近まで、家庭内で発生する諸々の労働は家族の誰かが無償で担当するものと相場が決まっていました。その多くは主婦と位置づけられる女性が担っていたわけですが、近年は夫婦双方がフルタイムで共働きをする核家族が増えたため、平均的なお家でも家内労働を外注する流れが生まれてきています。

その流れを後押ししているのが、利用者とサービス提供者を結びつけるマッチングサイトの増加です。

以前は家内労働の代行というと家政婦派遣を専門とする家政婦紹介所に紹介してもらい、同じ人に継続して来てもらうものでした。しかし、現在はマッチングサイトを通してギグワーク(*)的に受発注する方法が主流になりつつあります。

現在、サイトを通して提供されている家内労働代行サービスには以下のようなものがあります。

 

家事代行

掃除:家全体の清掃から、水回りだけ、庭だけなど場所を限定した案件、あるいはゴミ捨てだけといったケースまで。ただし、ハウスクリーニング業者ではないので、特別な技術を要する清掃はサービス外となる。

洗濯:洗濯、乾燥、アイロンがけまで一式。染み抜きなどクリーニング店が提供する特殊技術が必要なものはサービス外。

料理:食材の買い出しから始まることも、依頼先の家にある材料だけで作ることもある。毎日食事の支度をしに行くこともあるが、数日分の作り置きをすることの方が多い。

買い物:家族に幼い子や要介護者がいる場合、あるいは心身に不自由があって外出が難しい人が主な依頼主になる。食料品や日用品の買い物をする。

 

家事代行サービスの給与体系は、日給/時給制と案件ごとの報酬制に分かれます。時給制の場合はだいたい各地の最低賃金を少し上回る程度のようです。案件ごとの場合、内容によって変動がありますが、複数掛け持ちして一日一万円を超えるか超えないかぐらいが一般的でしょう。

 

ケアワーク代行

育児:いわゆるベビーシッター。海外では学生のアルバイトだが、日本では育児経験者が多い。学齢期に入るぐらいまでの子どもの世話や見守りなど。

ホームヘルパー(訪問介護員):高齢者や障害者など、日常生活に介助が必要な人に、身体介護や生活援助を提供する。ホームヘルパーとして仕事をするには、厚労省認可の介護職員初任者研修課程修了以上の介護資格が必要。ただし、生活援助だけなら生活援助従事者研修を修了すれば、生活援助中心型の訪問介護サービスに携わることができる。

ペットの世話:毎日の散歩や、旅行中の餌やり、トイレ掃除など。

 

ケアワークのうち、育児代行の平均時給は1500円程度とされています。一般的な家事代行より少し高いですが、命を預かる仕事と考えれば特段高給とはいえないでしょう。

ホームヘルパーの給与も同程度です。生活介助のみの場合はこれより低くなります。

ペットシッターは案件ごと1300円前後が相場です。ただし、1件に掛かる時間が比較的短いので、効率的に仕事を入れて完全フルタイム状態で週5日働けば月に20万円ぐらいは稼げるようです。

 

就業形態は業務委託から雇用契約を結ぶ形まで様々です。仕事の単価は業務委託の方が高くなりますが、代わりに社会保険は自前になりますし、仕事中に事故が発生しても労災の対象外になります。少なくとも最初のうちはパートやアルバイトとして雇用契約を結んで働く方が安心かもしれません。

いずれの仕事も、依頼者の自宅を訪れて仕事をすることになります。提供するサービスに習熟しているのは大前提ですが、他人のプライベート・エリアに立ち入ることの意味をしっかり理解しておくのも必須条件です。

* ギグワーク
マッチングサービスを利用して、個人が自分のスキルや能力を提供し、案件ごとに報酬を得る働き方のこと。従来の日雇いに近いが、発注者と受注者の間に雇用関係はなく、仲介者が需給を案件ごとに結びつける形を取る。場所や時間にとらわれない自由な働き方ができるため、元々はこづかい稼ぎ程度の副業形態として始まった。しかし、現在はこれを本業とするケースも増え、それに伴い偽装請負問題などの社会問題も発生してきている。

 

<リアルな事情>

昭和世代には、家事代行を依頼するのはよほどのお金持ちや有名人のお宅だけ、というイメージがあるかと思います。

しかし、今や時代は変わりました。これまで結婚や出産を期に専業主婦となっていた女性たちが、継続してフルタイムの正社員として働く道を選ぶのが当たり前になったため、家内労働の外注を視野に入れるようになってきたのです。背景には共働きでないと一定の生活水準を保つのが難しくなっていること、さらに自分の人生プランとして家庭依存を前提にしなくなった女性が増えたことがあります。また、自分で家事をする時間のない、あるいは家事技術がない単身者や、認定レベルの問題で介護サービスは利用できないものの家事や外出は体力的に厳しい高齢者が依頼するケースも急増しているそうです。

結果、無償労働とみなされていた家内労働にも、市場で取引可能な価値があると改めて認識されるようになりました。今のところ、完全に一般化した、とまではいえませんが、市場規模は急拡大中です。

これは、専業主婦の経験しかないために外で働くことに躊躇していた層にとっては朗報といってよいでしょう。これまで「換金」という意味では無価値とされていた経験を活かせるようになったわけですから。

とはいえ、家事も賃金労働になったら、当然一定以上のレベルが求められます。自宅では少々手抜きもできますが、お金をもらうならば、それは許されません。また、提供するのはあくまで「代行」サービスであり、やり方は基本先方の希望に合わせるものと理解しておく必要があります。

マッチングサービスの提供者には事前研修をする業者もありますが、内容はほとんどがシステムの使い方や働き方心得程度で、実際に提供する技術について時間をかけて学ぶような機会はありません。ですので、我流家事がお客さんの満足を得られるレベルにあるか、自己判断する必要があります(料理代行は事前に実技テストがあるケースもあります)。

ケアワークになると、家事以上に家庭ごとの事情が違ってきます。育児や介護は数年前の情報でも古くなるほど刻々とやり方が変わっています。

つまり、家事もケアワークも「私は今までこうやってきたから」は通用しないわけです。お客様のお気持ち第一が大事な要点になるとか。多くのマッチングサービスでは、利用者がサービス提供者の評価を直接書き込めるスペースが設けられています。自分の仕事が即座に★いくつ、のような形で目に見えて評価されてしまうわけですから、それなりに緊張感を強いられます。

 

家内労働サービスも時代に合わせる必要性が

とかくIT化が急速に進み、“世の常識”の変化も激しい昨今ですが、家内労働代行サービスもその軛(くびき)から逃れることはできません。

ITに関しては、最低限のIT機器、つまりスマートフォンぐらいは使えないと仕事を得るのは難しいでしょう。利用者とのマッチングサービスはスマートフォンやパソコン経由で行われるからです。働ける時間を登録するのも、仲介業者からのオファーを見るも、ネット上に公開されたシステム上で行われます。スマホなんて電話とLINEしか使わない、では済まないのが現状です。とはいえ、ほとんどの場合、画面を見たら直感的に使えるように工夫されているのでさほど難しくはありません。積極的に慣れる気持ちがあれば大丈夫かと思われます。

次に“世の常識”については、ポリティカル・コレクトネスやコンプライアンスといった、この10年ぐらいで一般的になった概念に対応していく必要があります。

たとえば、もし育児代行で伺った先のお宅の娘さんが戦闘ロボットの玩具で遊んでいたとしましょう。それを見て「あら、女の子のくせにロボットなんかが好きなの? それは男の子のおもちゃよ。着せ替えができるかわいいお人形の方がよくない?」などと言ったら、今はアウトです。

こんなケースもあります。うちの子には乳製品と卵にアレルギーがあるので与えないでくださいと言われていたのに、「好き嫌いはいけないから直しましょうね」と好意のつもりで与えてしまう。これなどは下手すれば訴訟されかねない致命的なミスです。

これらがなぜアウトや、致命的なミスになるのかわからないのであれば、育児代行をするのは難しいかもしれません。

また、個人情報保護について敏感な人が増えている昨今、おうちの事情をほかで漏らすなどもってのほかです。知り合いにだけ公開のSNSにおもしろおかしく、あるいは愚痴として書いてもどこかから漏れて訴えられる可能性があります。

ただし、コンプライアンスを理解しておくのは、自分の身を守るためでもあります。

派遣先で無理難題を押し付けられたとして、明らかにコンプライアンス違反や契約違反である場合は、それを盾に拒否することができます。この場合、たとえ悪評をつけられたとしても、仲介業者に申し立てればきちんと対処してくれるでしょう。

いずれにせよ、普段から家事をしているのであれば、サービス利用者と同じ目線に立って先方の困り事を解決することができます。これは何よりのアドバンテージです。心からの「ありがとう」をもらえるのは、金銭を超えたうれしさがあります。

 

【こんなタイプにぴったり】

家庭労働のエキスパートたる自信がある

時代に合わせられる柔軟性がある

口が堅い

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

何事につけ我がやり方が一番と思っている

若い人には万事何事も教えたくなる

「家政婦は見た!」にあこがれている

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第17回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑫──ストレスフリーな働き方が魅力の「ハンドメイド作家」

<データ>

職業名 ハンドメイド作家

業種 第二次産業(第三次産業でもある)

仕事内容 手芸品や工芸品などの製造販売

就業形態 個人事業、法人経営

想定年収 0円~500万円

上限年齢 なし

必要資格 なし (食品を扱う場合は食品衛生責任者と食品衛生法に基づく営業許可が必要)

必要技能 なし

 

<どんな内容>

ハンドメイド作家とは、自分でデザインした手芸品や工芸品を制作販売している人たちのことを言います。販売物は、アクセサリーや雑貨、洋服から木工品、ガラス製品など様々です。

かつては、たとえ何かを作れたとしても、販売ルートを開拓するのが大変でした。実店舗を構えるとなるとハードルが高く、いいところバザーやフリーマーケットなどで細々と売るのが関の山でした。

しかし、近年はインターネットの普及によるeコマース発展により、個人が作品を販売するための仮想市場がひろく利用されるようになっています。制作物が商品として販売できるだけのクオリティがあると確信できれば、特別な資格や開業手続きなどは必要ありません。

また、現時点ではこれという特技がなくても、興味を持てる手工技術を見つけられさえすれば、ワークショップに参加したり、カルチャーセンターに入学して学んだりすることができます。近年はYouTubeなどの動画サイトを見て独学することも可能です。コツコツと練習して、商品とするに足るレベルに至れば、ハンドメイド作家としてデビューできるかもしれません。

収入は、作品の種類や単価、そして言うまでもなく作家自身のスキルによって大きく変わってきます。多くの場合、月に数万円稼げれば御の字のようですが、人気が出れば本業としても遜色ない程度の収入を得ることができます。

ハンドメイド作家として仕事をするメリットは、やはり自分が作った作品を人に買ってもらう喜びをダイレクトに味わえることでしょう。また、自宅を仕事場にすれば、開業時に発生するコストは材料費ぐらいで抑えることができる、低リスク起業です。後半人生の仕事としては、自分のペースで仕事ができるのも魅力です。

もちろん、デメリットもあります。

まずは商売として軌道に乗せるのがなかなか大変、という点です。

先ほど触れたように、現在はインターネット上に個人がハンドクラフトを販売する場がたくさんあります。ですので、まずはそうしたサイトに登録し、販売スペースを持つのが現実的です。販売サイトには、登録自体は無料で、販売が発生して始めて手数料を支払う形を取るものもあります。ですので、初期費用の心配はありませんが、仮想店舗をオープンしたからといって、すぐにお客さんがつくものではありません。自分で集客の工夫をする必要があります。アクセサリーや布製品など、比較的人気が高い分野だと、その分競争も激しくなっています。

また、売れた後の流通管理や事務作業も発生するので、作るのは得意だけれども管理作業が苦手であれば、誰かに手伝ってもらうなど、なんらかの手を講じる必要はあるでしょう。

 

<リアルな事情>

かつては“主婦の手慰み”や“年寄りの暇つぶし”扱いだった手芸や日曜大工も、eコマースが端々まで広がったことで、立派に商売として成り立つようになりました。

私も、最近は小物類やバッグを中心に、ハンドクラフト販売サイトで探すことが多くなっています。好みにマッチする個性的な商品をリーズナブルに購入することができるからです。

気に入った商品に関してはリピートすることも多いですし、同じ作家さんの作品でトータルコーディネートすることもあります。商品は概ね満足できるレベルで、失敗したと感じたことはほとんどありません。それだけしっかりとプロ意識を持つ人たちがやっているのでしょう。

ハンドメイド作家には、当然ながら創造性と手先の器用さ、そしてオリジナリティがいの一番に求められます。

 

宣伝力を身につけるのも重要

しかし、それだけでは職業としては成り立ちません。作家として成功するには、高品質な作品を作ることはもちろん、ターゲットとなる顧客を明確にすることやマーケティング戦略も必要です。また、個対個の取引になる分、企業取引以上に個々の顧客を大切にできなければリピーターの確保は難しいでしょう。

またeコマースではネット上での宣伝や告知が不可欠です。ということは、写真撮影の技術や、InstagramやTikTokなどのツールを使いこなす必要が出てきます。SNSは苦手、などと内にこもっている余地はなさそうです。満足な収入を得るには、根気と向上心を持って、作品作りや販売に取り組まなければならないということなのですね。

やはり、「好き」だけでは商売にするのは難しそうです。

しかし、逆に考えれば、企画から販売、アフターサービスまで一人で考え、実現できるのは最高の楽しみでもあります。余計なくちばしを挟んでくる上司も、思うように動いてくれない部下もいないわけですから。ある程度自己完結できるスキルさえあれば、最高にストレスレスな働き方といえるのかもしれません。販売などの実務に関してもネット上でノウハウが公開されているので、それを見れば最低限の知識は学べます。

また、人気が高くなれば講師として人に教えたり、実用書を出版するなど、派生する収入源を持つこともできます。さらに、近頃ではYouTubeなどにノウハウを伝授する動画をアップするハンドメイド作家も増えています。こちらは、よほどの人気にならない限り収入自体は当てになりませんが(くわしくはYouTuberの回⦅第13回⦆を御参照ください)、自作品の宣伝としては有効です。どんどん挑戦するべきかと思われます。

収入「だけじゃない」魅力

と、ここまでは本連載の主旨に基づいて「収入を得る」という観点からつらつらと述べてまいりましたが、最後に少し甘酸っぱい本音を申し述べるとすると、ものづくりの楽しさはやはり自分の手で何かを生み出すこと、それに尽きるのだと思います。

今後、AIの進歩によって、人の力が求められる分野はどんどん狭くなっていくでしょう。

特に知的生産については、かなりの部分が取って代わられるものと考えられます。しかしながら、AIには手芸品や工芸品を作ることはできません。よしんば設計図やデザイン図は出せたとしても、それを現実世界で形にすることは人間にしかできないことです(今のところ)。

人不足の時代とはいえ、シニア層に求められているのは、クリエイティビティの発揮より、単純労働の担い手として役割です。シニア求人のほとんどが清掃や警備員であることを見れば明らかです。

しかし、収入の柱を単純労働とクリエイティビティ労働の両方に持っておけば、リスク分散になると同時に、心のリスク管理にも繋がるのではないでしょうか。

自分の作品が人から求められる喜びは、間違いなく後半人生を彩ってくれるはずです。

 

【こんなタイプにぴったり】

クリエイティブな仕事が好き

手先が器用

プロ意識がある

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

儲けを優先したい

ルーズで顧客対応ができない

せっかち

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第16回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑪──人間力がそのまま経営力になる「スナック/バー」

<データ>

職業名 小規模スナック経営者/バー経営者

業種 第三次産業

仕事内容 夜間を主とする酒類と娯楽の場の提供

就業形態 個人事業、法人経営

想定年収 0円~800万円

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 なし

 

<どんな内容>

今回は日本の飲食業におけるスナックとバーを取り上げたいと思います。

 

スナック

スナックは、主に女性がカウンター越しに接客する日本独特の飲食業です。

誕生したのは1960年代の高度経済成長期で、サラリーマンや自営業者が仕事終わりに飲んではしゃべり、ウサを晴らす格好の場として愛されてきました。

ほとんどのお店は小規模で、ママと呼ばれる女性経営者(雇われママの場合もありますが)と数人の女性が接客します。クラブとの違いは大雑把にいうと法律の問題です。あくまで軽いスナックとお酒を楽しむ場、という建前なので、飲食免許で開業することができます。クラブもスナックもホステスが客の横に座って接客することがありますが、スナックの場合、基本はカウンター越しに接客します。もし、ホステスの役割が一対一での接客メインになると風営法の規制対象になるので、営業場所や時間に制限が発生します。

多くの場合、クラブは男性が主な顧客ですが、スナックは男女問わないので、そこが最大の違いといえるかもしれません。

繁華街や温泉地など一部の特殊なエリアを除けば、スナックのお客さんは比較的狭い範囲の地元住民です。従業員は、常連さんの話を聞いたり、カラオケの相手を務めたりしながら、気さくであたたかいおもてなしを提供します。

スナックが最盛期だったのは1980年代と言われており、バブル崩壊後は店舗数が漸減していきました。また、近年は少子高齢化の影響で、スナックを利用する人たちの年齢層が高くなり、全体としては先細りの業態とみられています。

しかし、最近になって若者の間で流行る昭和レトロの一つとしてスナックブームが起こり、人が多く集まる繁華街などでは昔ながらのスナックが復権してきています。

また、地域社会の希薄化に伴い、住民の交流の場としてのスナックが見直されつつあります。団地などでは、町内会の肝いりで新規にスナックを開店し、孤立しがちな高齢者が気軽に遊べる場所として提供する流れも起こっています。

 

バー

バーは、バーテンダーと呼ばれる専門職人がカウンター越しにハードリカーやカクテル類を提供する飲食業態です。

戦前に欧米のバーを模倣する形で始まりましたが、やがてオーセンティック・バーのように日本独自の進化を遂げた形態も現れました。また、スポーツバーやダーツバー、あるいはジャズバーなど、なんらかの分野に特化して趣味と酒を楽しむための場を提供する形もあります。

スナックが会話中心の場としたら、バーは酒そのものを楽しむ場というイメージもあり、若い世代でも行きつけを持つ傾向があります。また、バーテンダーがしっかり目配りをする店ならば女性一人客でも利用しやすいこともあり、客層はスナックよりも広いといえます。

スナックやバーは飲食業の中では利益率が高いので、常連客さえつけば経営を安定させやすいでしょう。またスナックの場合は酒類の知識やバーテンダー的な技能は求められないため、他の飲食店に比べても開業のハードルは低いと思われます。

一人で回せるほどの小規模店であれば、利益率はさらに高くなるので、老後の経済的支えにするには十分な稼ぎを期待できます。

また、昔は夜のお店というと暴力団との関わりがリスク要因となりましたが、現在は取り締まりが厳しくなり、いわゆるみかじめ料などを要求すると即逮捕されるため、そうした心配はほとんどなくなりました。

一方、広告宣伝の方法が少ない業態なので、まったく顧客のあてがないままいきなり始めるのは少々難しいかもしれません。時には最初は客として来ていたのに、いつの間にかカウンター内の人になり、前の経営者から店を引き継ぐという形で始めることもあるようです。

 

<リアルな事情>

飲食業は比較的開業しやすくはありますが、その分長く続けるのが難しい業種です。一般的に開業後2年を超えられる店は半分程度といわれています。

スナックやバーも御多分に漏れず、軌道に乗せるのはなかなか大変です。しかしながら、シニア開業し、成功した例もなくはありません。

では、伸るか反るか、その運命の境目はどこにあるのでしょうか。

さて、もしあなたがお酒を飲む方ならば考えてみてください。

自分だったら、どんなスナックやバーで飲みたいか、と。

おしゃれな内装、素敵な音楽、好みの酒が揃っていること……理由はさまざまあるでしょうが、最終的にはやはり「居心地の良さ」が鍵になるのではないでしょうか。

一日の終わり、疲れ果てた心と体には、のんびり気のおけない時間が何よりのごちそうです。バーやスナックは、それを叶えるための場所といえるでしょう。つまり、大切なのは来店客にどこまでくつろぎを与えられるか、という点にありそうです。

では、どのようにすればくつろぎを提供できるのでしょうか。

 

お店が長続きする秘訣

今回は、新宿で半世紀近くも営業を続け、多くの常連客から愛されているスナック「雑魚寝」のマスター・水島文夫さんにそのコツを伺ってきました。

水島さんは今では押しも押されもせぬ大ベテランですが、店をオープンした時はまったくの飲食素人でした。ただし、元々劇団に所属されていたので、その人脈があれば集客には問題なかろうと考えていたといいます。つまり、開業時は飲食業特有のノウハウよりも自身の集客力を重視したわけです。

ただし、経営を安定させるには、お客さんのリピーター化が不可欠です。

では、どのようにしてリピーターを定着させていったのでしょうか。

一般的な飲食コンサルタントは、店のコンセプト設定やメニューの差別化などが生き残るための必須条件であると説明することが多いようです。

しかし、水島さんのお店は内装が特徴的なわけでも、珍しいお酒や肴を用意しているわけでもありません。そもそもお店があるのは、エレベーターがない小規模雑居ビルの四階という、スナックにはおよそ適さないロケーションです。

それでも数十年、客足が途絶えないのは、ただ「楽しく帰ってもらう」ことだけを念頭に営業してきたからだと言います。

特に意識していたわけではないそうですが、水島さんは来店客がどんなステイタスの人でも平等に接客してきました。場所柄、あるいは水島さん自身が劇団関係者でもあることから、時には有名な芸能人や斯界の大物が来店することもあるけれども、そんな時にも決して特別扱いはせず、他のお客さんたちと同じように座ってもらって、同じように話をします。

酒が入ると人間、本性が出てしまいがちですが、相手がどんな態度であってもそれをそのまま受け止める。そんな包容力が何より大事です。

スナックに飲みに来る時、人はその日一日のすべてを抱えてやってくる。

もしここで捨てていきたいものがあるならば捨てていけばいい。

そんな気持ちでカウンターに立つそうです。

ただし、他のお客さんに対して度を過ぎた無礼や、差別的な発言をした場合に限っては毅然と対応します。楽しい場を壊す、それどころか誰かを傷つけるような行為は絶対に容認しないことで店の秩序を維持するのです。

店の主人がそういう態度であれば、客側も自然と相席している人たちに対して気を使うようになります。お互い様の精神が知らずと醸成されるのでしょう。

店の歴史を振り返れば、こうした自身のやり方が長続きの秘訣だったのではないか、と今になって思うそうです。

つまるところ、小規模なスナックやバーはカウンター内から店を仕切る人の人間力がそのまま経営力になる、ということなのかもしれません。

人はシニア世代になるにつれ、穏やかで気が長くなるか、頑固で短気になるか、二手に分かれてくるように思います。もし前者のように変わりつつあるのであれば、スナックやバーを開店し、地域の人たちが安心して羽根を伸ばせるささやかな宿り木を作るのは、とても魅力的な選択になるのではないでしょうか。

 

【こんなタイプにぴったり】

人が好き

包容力がある

いざという時には筋を通せる

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

人間関係のバランスを取るのが苦手

気遣いができない

短気

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第15回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑩-2──プレシニアの時期に、学び直しと人脈づくりで拓く「八士業」

<データ>

職業名 税理士、弁理士、土地家屋調査士、海事代理士

業種 第三次産業

仕事内容 資格取得者でなければ扱えない専門業務

就業形態 個人事業(個人事務所/法人所属)

想定年収 0円~1000万円

上限年齢 なし

必要資格 国家資格

必要技能 実務経験

 

<どんな内容>

前回に引き続き士業の解説です。今回は税理士、弁理士、土地家屋調査士、海事代理士の4つを取り上げます。

 

税理士

税理士は、個人や企業の税務に関する業務をサポートする仕事です。納税者であれば誰でもお世話になることがある仕事なので、八士業の中ではもっとも身近といえるかもしれません。仕事内容は主に税務書類とその資料の作成代行、税務相談、税務署への申告や納税の手続きを代理で行う税務代理です。また、税の知識を活用して経営コンサルティングを営む税理士もいます。

税理士になるには、税理士試験に合格する必要がありますが、受験資格は他と比べ少々ややこしくなっています。

まず、受験資格には「学識」「資格」「職歴」「認定」の4種類があり、このうちのいずれか1つでも満たせば受験資格が認められています。個々を説明すると長くなるので詳細は割愛しますが、2023年から諸条件が緩和され、以前に比べて受験しやすくなりました。その代わりに、試験内容は難しくなり、合格率は約4%という狭き門になっています。

なお、弁護士か公認会計士の資格を持っていれば税理士試験を受けなくても税に関する業務を行うことができます。また、税務署で23年以上勤務し、指定の研修を修了した人は無試験で税理士になれます。

試験内容は会計学に属する科目と税法に属する科目の11科目があり、科目ごとに試験が行われます。そして、5科目で合格点を取れば合格になります。一度合格した科目は永久に有効です。

また、試験に合格しても、税理士として協会に登録するには2年間の実務経験を求められます。一から始めるシニアにとっては少々ハードルが高いですが、在職中に会社内で経理部などに所属し会計事務を2年以上経験していれば、それも「実務経験」にカウントされるので、資格取得後すぐ税理士の看板を掲げることはできます。

 

弁理士

弁理士という職業は、一般的にはあまり馴染みがないかもしれません。しかし、情報化社会かつグローバル化が進む現代では、その重要性がどんどん増していくであろう仕事です。

弁理士は知的財産権の管理に関わります。

では、知的財産とは何でしょうか。2002年に公布された知的財産基本法には、①発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物等人間の創造的活動により生み出されるもの、②商標、商号その他事業活動に用いられる商品・役務を表示するもの及び、③営業秘密等事業活動に有用な技術上・営業上の情報と定められています。

つまり、苦労して生み出した商品価値のある知的財産(特許、実用新案、意匠、商標)を無断借用されないよう、少々くだけた言い方をするならばパクられないよう、国家が法に基づき保護しているわけです。とはいえ、アイデアが生まれたら即保護対象になるわけではありません。特許庁に申請する必要があります。さらに申請したからといってすべてが認められるわけではありません。「知的財産」と呼ぶにふさわしい新規性や独自性、また進歩性や産業上の利用可能性などを網羅的に判断した上で、要件を満たしていれば晴れて専有できる知的財産とみなされます。

弁理士はこの手続きを行うことができる国家資格です。さらに、登録後に権利侵害された場合の対策なども仕事のうちに入ります。法的紛争が発生した場合、代理人を務めることもあります。

弁理士試験は、受験資格に特段の制限はありません。また、弁護士や、特許庁で審判官/審査官として7年以上務めたキャリアの保持者は無試験でなれます。

試験の合格率は6%前後で、やはりなかなかの難関です。

弁理士の仕事はクライアントから出された案件に対し、まず同様の先例がないか調査するところから始まりますが、まったく知らない分野での調査はかなり骨が折れることでしょう。よって、現役時代に携わっていた分野に特化した弁理士を目指せば、比較的仕事を得やすいかもしれません。

 

土地家屋調査士

知的財産が無形のものなら、有形財産の筆頭格が不動産です。それに関わる職業に国家資格が求められるのは当然のことなのでしょう。土地家屋調査士は、クライアントが所有する土地や建物の登記申請をすることができます。

もちろん、申請だけが仕事ではありません。登記のためには土地の境界を確認し、明確にしなければなりません。ですので、その調査や測量も業務に含まれます。また、建物についても、新築や増築、さらに取壊しなど、何らかの変化があれば登記申請が必要で、これら手続も土地家屋調査士が行います。土地の筆界(登記上の区画線)に関する民事の法的紛争では、代理人を務めることもあります。

土地家屋調査士試験も受験資格に制限はありません。試験内容は測量知識の他、法務や登記実務、さらに面接での口頭試問もあります。なお、測量士、測量士補、一/二級建築士の資格があれば測量知識の試験は免除されます。

毎年の合格率はおおよそ10%前後。これもまた難しい試験なのでした。

土地家屋調査士は30代から40代の資格取得者が多く、個人事業主として活動する人も少なくありません。50代で資格を取り、開業することもまったく不可能ではないようです。しかし、やはり実務経験がないと難しいのも確かで、先輩調査士の事務所で補助者として経験を積んでから独立するコースが一般的であるようです。

 

海事代理士

おそらく、海運業の経験者でもないかぎり、あまりこの職業名を耳にすることはないかと思われます。登録者も行政書士が5万人ほどいるのに比べ、2千強と少数です。かなりのマイナー資格ですが、海に取り囲まれた日本のロジスティックにとってなくてはならない仕事です。

主な仕事は①船舶の登録/登記、②海上運送契約の締結/代理、③海上損害保険の代理で、これに関連する各種業務も行います。たとえば、海上事故の調査や立証、船員の雇用関係業務などです。

海事代理士試験も受験資格に制限はありません。試験内容は海事に関する法令の知識を問うもので、合格率は5割程度と高くなっています。また、公務員として海事事務に10年以上携わった経歴があれば、無試験で海事代理士として登録できます。

ただ、他の士業に比べると業務範囲が狭い分、需要も限られ、海事代理士だけで開業するケースは少ないようです。

 

<リアルな事情>

今回は前回より特殊性が高い士業を紹介しました。それだけにリタイア後のセカンドキャリアとして目指すのであれば、現役時代の経験がないと少々厳しいかもしれません。

また、すべての士業に共通するのは、それなりの人脈がなければ開業しても顧客開拓が難しい、という点です。

国家資格が必要になるほど公共性の高い業務を、まったく見ず知らずの新人に任せてくれるクライアントはそうそういないでしょう。よって、完全リタイア後に一から目指すのはあまり現実的ではないように思います。

しかし、40代ぐらいから将来を見据えて、実務に携わりつつ資格を取り、顧客候補に当たりをつけておくなどすれば、定年がなく、開業資金も少なくて済む士業は魅力的です。経験さえあれば50代でもまだまだ間に合います。

人生百年時代に入り、世代を問わず常にリスキリングしていくことが求められるようになった今、プレシニアの時期に学び直し、専門性を高めていくのは人生設計におけるスタンダードになっていくのかもしれません。

 

【こんなタイプにぴったり】

・試験勉強が苦にならない

・コミュニケーション能力が高い

・どんな分野であれ、問題解決に関わるのが好き

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・クライアントの意向を汲めない

・公共心がない

・知識をアップデートし続けるのが苦手

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第14回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑩-1──定年なし、国家資格者「八士業」への道

<データ>

職業名 弁護士、司法書士、行政書士、社会保険労務士

業種 第三次産業

仕事内容 資格取得者でなければ扱えない専門業務

就業形態 個人事業(個人事務所/法人所属)

想定年収 0円~1500万円

上限年齢 なし

必要資格 国家資格

必要技能 実務経験

 

<どんな仕事?>

士業という言葉は耳にされたことがあると思います。

士業は、高度な専門知識と技能を必要とする職業の総称で、一般的には名称の末尾に「士」の字が付く職業を指します。その中でも、弁護士、司法書士、行政書士、社会保険労務士、税理士、弁理士、土地家屋調査士、海事代理士の8業種は行政や司法に関わる国家資格なので、特に「八士業」と呼ばれています。

今回は「50歳から目指す八士業」がテーマです。

まずはそれぞれがどのような仕事なのか、一つ一つ確認していきましょう。

 

弁護士

弁護士は法曹三者の一つですが、公職である裁判官や検察官とは異なり、民間で法律の専門家として活動する職業です。その目的はたった一つ。「依頼者の利益を守る」ことです。どのような案件であれ、法律を駆使して依頼者の利益が最大になるように努めなければなりません。

法治国家である日本において、その役割の大きさは今更特筆するまでもないでしょう。法的文書作成や法令相談などの生活に密着する仕事もあれば、国民の耳目を集める刑事事件の被告人弁護や国家相手の訴訟まで、およそ弁護士が不要な分野はないものと思われます。

弁護士になるには司法試験に合格する必要があります。

司法試験を受験するには、法科大学院課程を修了するか、司法試験予備試験に合格する必要がありますが、どちらも受験資格を得た最初の4月1日から5年の間に合格しなければなりません。ただし、この要件を満たしていれば年齢制限はありません。

例年、合格率は50%を切る程度です。首尾よく合格すると司法修習生として1年ほどの研修を受け、しかる後に最後の試験である「司法修習生考試(二回試験)」に挑むことになります。そこで落ちなければ(不合格は1~2%だそうです)、晴れて日本弁護士連合会に弁護士登録し、弁護士と名乗ることができます。

このように、ただ学ぶだけでも数年かかる上、何段構えもの試験があります。1から目指すにはなかなか厳しい道です。

 

司法書士

司法書士は、法務局や裁判所、検察庁などに提出する公的書類の作成や手続きを代理で行います。不動産登記や商業登記はイメージしやすいと思いますが、他にも債務整理や財産の供託手続などの仕事があります。さらに、後半生ではいつお世話になるやも知れぬ相続登記や成年後見人業務も司法書士の業務の一部です。

司法書士になるには、司法書士試験に合格する必要がありますが、弁護士と違い学歴に由来する受験資格はなく、誰でも受験することができます。その代わり、といってはなんですが、合格率は約3%と大変な難関資格として知られています。また、合格後は必ず司法書士会が開催する新人研修を受講し、しかる後に日本司法書士会連合会に所属しなければなりません。合格後も大変そうですが、国民の財産や権利を守る仕事ですから、当然といえば当然なのでしょう。

 

行政書士

行政書士は、官公署に提出する書類の作成や手続きの代理を行う仕事です。営業許可などをはじめとする役所への許認可申請や定款変更などの企業法務が中心になりますが、相続手続きや外国人の在留資格申請、帰化申請なども業務範囲に入ります。また、成年後見人業務も範疇とします。

行政書士もまた行政書士試験に合格しなければなれません。受験資格は特になく、年齢、学歴、国籍等に関係なく誰でも受験できます。合格率は10%程度なので、やはりなかなかの難関です。また、公務員として行政事務に携わった人は、その期間が通算して20年以上(高卒者は17年以上)であれば無試験で行政書士になれます。また、弁護士、弁理士、公認会計士、税理士のいずれかの資格を有していれば、各都道府県の行政書士会に行政書士として登録することができます。また、弁護士や司法書士と違い、合格後に特別な研修を受ける必要はありません。シニアが目指す場合、一番アクセスしやすい士業ではあります。

 

社会保険労務士

社会保険労務士は、企業や個人の労務管理および社会保険の専門家です。社会保険は年々制度に変更や改変があるためにややこしくなる一方、さらに労務管理に関する法律も刻々と変化していきます。そのため企業としても専門家に頼る方が万事遺漏なくことを進められるとあって、今後も需要が増えると見込まれている職業です。

企業と契約すると、その労務関係業務のサポートをするのが主な仕事になります。助成金の申請や年金相談なども業務に含まれます。また、労務トラブルの相談や労働安全衛生に関するコンサルティングも行います。

資格試験を受験するためには、大学、短期大学、高等専門学校卒業などの学歴か、公務員もしくは労働社会保険諸法令の規定に基づき設立された法人で3年以上の勤務経験を持つ必要があります。また、弁護士資格を有していれば無試験で登録することができます。

合格率は7%弱と、やはりなかなかの狭き門です。ただし、合格者のうち20%弱は50歳以上だそうです。企業で長らくこうした分野の仕事に関わっていた人にはかなり現実的なセカンドキャリアの道といえるでしょう。

試験合格後は全国社会保険労務士会連合会に登録する必要がありますが、その際には2年以上の実務経験を求められます(合格前の経験も含まれます)。もしくは、この実務経験に代わる資格要件を満たすための、「事務指定講習」を受講する必要があります。ですので、まったくの未経験から必要なキャリアを積む場合、少なくとも3、4年以上の時間がかかる、ということになります。やはり、経験者のネクストステップ向きと思ったほうがよさそうです。

 

<リアルな事情>

現役時代にホワイトカラー労働者であった人が、リタイア後のセカンドキャリアとして士業を目指す例はそれほど珍しくありません。定年がなく、国家資格保持者としてのステイタスも期待できるので魅力的なのでしょう。

とは言え、さすがに50歳を過ぎて司法試験を目指す人はかなり珍しいと思われます。しかし、いないわけではありません。法務省が発表しているデータによると、これまでの最高齢合格者は2017年に合格した71歳の方だそうです。また、毎年のように60代後半で合格する人がいます。前述の通り、弁護士になるには受験資格を得てから5年の間に合格しないといけませんから、リタイア後に法科大学院などに入って勉強されたのでしょう。素晴らしいですね。

けれども、弁護士になったからといってすぐに世のイメージ通り“高給取りの弁護士先生”になれるわけではありません。弁護士事務所などに入って実務経験を積む必要があります。しかし、高齢者を見習いとして雇ってくれる事務所がどれほどあることか……。それでなくても近年弁護士の成り手が増え、若い人でも就職活動が大変だといいます。法律事務職員(パラリーガル)として長年勤めていたなど、特殊な事情がない限りやはりかなり厳しい道と言わざるを得ません。

司法書士、行政書士、社会保険労務士も同様です。ズブの素人が資格だけ取ったからといって、すぐに仕事につながるとは考えられません。

一方、現役時代に総務や人事、法務といった関連部署で仕事をしていた人であれば考慮する価値は十分あるでしょう。中には在職時から退職後を見越して資格だけ取得する人もいるようです。試験に一度合格すればその効力に期限はなく、各協会にはいつ登録してもよいからです。また、各業界で許認可関係の仕事に携わったことがあれば、行政書士の資格を得て経験業界に特化した営業をすることもできます。

会社員時代に得た経験を活かせるのであれば、キャリアのゴール地点として、またシニア起業として十分に現実的な道です。

 

たとえ合格しなくても

熟年に差し掛かってから新しいことを学ぶのは大変です。時間やお金を投資したのに結果を出せなかったらバカバカしいと考え、挑戦を躊躇する向きもあるでしょう。しかし、たとえ試験には合格できなかったとしても、生活に関連する法を学んでおくことは決して無意味ではないと私は考えています。なぜなら、老後のために知っておくべき制度や知識を得ることができるからです。

好例が成年後見制度です。

法的後見制度とは知的障害、精神障害、認知症などの理由で、判断能力に不安がある人たちを後見する制度です。老いれば誰もが認知症になる可能性がありますが、そんな時に当事者の生活を守るのが後見人の仕事です。

成年後見人になるための特別な資格は必要ありません。しかし、家族や肉親が後見人になるのは20%ぐらいにとどまるそうです。なぜなら、後見人になるには、それなりの能力が求められるからです。

後見人は家庭裁判所によって選任されますが、面談などを通じて家族が後見人になるのは難しいと判断された場合、司法書士や弁護士などから選ばれます。

この場合、報酬は、家庭裁判所が発生しうる業務量や被後見人の財政事情などを鑑みて決定します。月2万円程度のことが多いようですが、財産が多ければその管理が必要になってくるので、月6万円程度まで引き上げられることもあるようです。被後見人に支払い能力がないと判断されれば無料になりますが、普通に暮らしていけるだけの収入があれば月額は発生すると考えておいてよいでしょう。

しかし、もし家族の誰かが有資格者、あるいはそれに準ずるような知識があれば、家裁も認めてくれるでしょう。報酬金の節約になります。せこく感じるかもしれませんが、老後はなにが起こるかわかりません。節約は大事です。

それに、そもそも社会生活を送るにあたり、法や行政制度に関する知識は大きな武器になります。資格取得は最終目標として、勉強するだけでも十分意義があるのではないでしょうか。

 

※【こんなタイプにぴったり!】【こんなタイプはやめておいたほうが……】は、次回「その⑩-2」にまとめて記します!

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第13回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑨──年齢や性別に縛られずに活躍できる「YouTuber」

<データ>

職業名 YouTuber(InstagramerやTick Tockerなど他媒体も含む)

業種 第三次産業

仕事内容 YouTubeなどインターネット上の媒体にコンテンツを公開して収益を得る

就業形態 個人事業

想定年収 0円~3億円

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 IT機器の知識、コンテンツ力

 

<どんな仕事?>

動画サイトYouTubeに自家製動画をアップし、世界中の人に閲覧してもらって広告収入を得るYouTuber。これが職業として認められるようになったのはごく近年のことです。ですが、今はもう税務申告で「YouTuber」と書いても通るそうです。

それを反映するように、YouTubeやYouTuberについて特段の説明をする必要もなくなってきました。高齢者にも視聴者が増えているとい言います。それどころか、発信者も少なくありません。InstagramやTick Tockも同様です。これらはすでに「第三のメディア」として定着したと考えてもよいでしょう。

YouTuber(以下、Instagramer/Tick Tockerも含むとお考え下さい)は、オリジナルの動画コンテンツを企画・制作し、YouTubeを通じて世界中の人々と共有するクリエイターです。動画の内容は、生活に密着したノウハウものから個人の生活記録、~してみた系、ゲーム実況などなど多岐にわたります。映像コンテンツにできるものならすべてが対象になると言っても過言ではありません。

極端に言えば、何かを撮影し、動画サイトにアップすれば、誰でも即座にYouTuberなのです。

ただし、コンテンツをアップしても即座に収益が得られるわけではありません。

収益化するにはYouTubeパートナープログラムに加入しなければならず、そのためには下記の条件を満たす必要があります(2024年5月現在)。

1.チャンネル登録者数:500人以上

2.直近12ヶ月間の公開動画の総再生時間:3,000時間以上

3.公開動画が3本以上

4.YouTubeの収益化ポリシー・ガイドを遵守している

 

無事にパートナーに認定されたら、主に以下の方法で収益を得られるようになります。

1.広告収入

動画再生時に画面表示される広告掲載で得られる収益。広告の種類や再生数、視聴者の属性などによって1再生あたりの単価が決まります。

2.投げ銭

生動画配信すると、その最中に視聴者から投げ銭と呼ばれるチップを得ることができます。

3チャンネルメンバーシップ

チャンネルメンバーシップとは、自分が運営するチャンネルのファンクラブのようなものです。メンバーになってくれた視聴者から月額料金を徴収します。メンバーには、メンバー限定動画や特典などを提供して対価とします。

4.アフィリエイト

動画内で商品やサービスを紹介し、その動画で紹介されたURL経由で購入された数に伴い、報酬が発生する仕組みを使って収益をあげます。

収益は、YouTube側が一定の割合を差し引いた上で、YouTuberに支払われます。つまり、YouTuberとは基本的には歩合制の仕事であると思えば間違いないでしょう。

人気YouTuberともなれば、テレビタレント顔負けの知名度を得ることができます。そうなると企業から商品紹介動画の作成を依頼されるケースも出てきます。この場合、企業から宣伝費が支払われます。

 

<リアルな事情>

YouTuberになるためには特別な資格など必要ありません。もっと言うなら、特技も不要です。ただあくびをして伸びをするだけの動画でも、それを面白いと思う人間が多ければたちまちバズる世の中です。

しかし、収益を得られるほどのYouTuberになろうとすると話は違ってきます。やはり「多くの人が、また見たい、何度も見たいと思うような動画」を制作する才覚が必要になります。

そこをクリアし、先述したYouTubeパートナープログラムに加入できるほどの登録者を得られたという前提で月30万円、1日あたり1万円をYouTubeで稼ごうとすると、下記のような試算になります。

動画の広告収入は1回の広告視聴単価✕動画の再生回数で計算されます。

動画再生で得られるのは1再生あたり0.1~1円前後ですが0.2円程度が平均値であるようです。

また、登録者の平均視聴率は30%、広告のクリック率2%とされています。

回数×単価が、即取り分になるわけでもありません。YouTube側が取る手数料があるからです。

これらを元にして計算すると1日につき8000回以上再生されなければ、目標額に至りません。チャンネル登録者が3万人規模でないと達成するのは容易ではないでしょう。

現在、日本でもっとも人気があるYouTuberはチャンネル登録者数が1000万人以上、中には3000万人に手が届くほどの人もいます。さらに海外に目を向けると億単位の登録者数を誇るYouTuberさえいます。このレベルになれば動画配信だけで億円単位で稼げるようになります。

けれども、これほどの人気を得ている=稼げているのはごくごく少数です。すべてのYouTubeチャンネルの中で、100万人以上の登録者数を誇るメガチャンネルは0.4%程度とみられています。平均的な登録者数は数百程度、さらに100人未満のチャンネルが約80%にのぼります。

つまり、インフルエンサー(ソーシャルメディアやインターネット上で、特定の分野において影響力を持つ個人)と呼ばれるほどたくさんの人々に見てもらえる人はごく一握りなのです。どんな世界であれ突出するのはごく一部、なのですね。

しかし、年齢や性別に縛られず活躍しやすい環境であることは間違いありません。

実際に高齢者でもYouTuberとして活躍している人たちはたくさんいます。

たとえば、おじいちゃん先生の愛称で知られる柴崎春通(しばさき はるみち)さん(76歳)の「Watercolor by Shibasaki」。2017年に開設されたこのチャンネルは水彩画の描き方をメインコンテンツにしていますが、チャンネル登録者数 はなんと180万人もいます。さらにTick Tockで100万人超、他のSNSでも10万人単位のフォロワーがいる文字通りのインフルエンサーです。

柴崎さんはもともとプロの絵画講師で、文化庁派遣芸術家在外研究員として渡米されたこともあるような方です。つまり元々斯界の名士ともいえる方だったわけですが、動画で人気が出たのはそれが理由ではありません。

色鉛筆やクレヨンといった誰でも手に入れやすい画材を使って素晴らしい絵を描き上げる過程を、時には雑談を交えながらの優しい語り口で見せる画面づくりが「癒やされる」として人気を得たのです。

ジャンルとしてはハウツーあるいはテクニック集系動画になるのでしょうが、技術だけでなく人柄やプレゼンテーション力が物を言うのがYouTubeの世界です。また、視聴者から寄せられた絵を添削するコーナーなども設けることで登録者と交流するコンテンツも設けているのが人気の秘訣でしょう。

「Watercolor by Shibasaki」 https://www.youtube.com/@WatercolorbyShibasaki

こうした人気チャンネルを多数閲覧してみてコツを勉強してみるといいかもしれません。ただし、単なる模倣では視聴者は振り向いてくれません。やはり個性が大事です。

 

収益を度外視するなら?

では、柴崎さんのように発信するに足るスキルを持っていなければYouTuberにはなれないのでしょうか。いえ、そういうわけでもありません。

本来、YouTubeとは個人が気軽に情報発信をするためのツールでした。あくまで趣味の延長線として考え、さほど収益にこだわらないのであれば、気軽に挑戦できます。スマートフォンの動画撮影機能とYouTubeへのアップロード方法さえ知っていればOK。スマホなんて使えない! というなら、撮影とアップロードは家族や知人にお願いする、なんていう手もあります。

高齢者YouTuberには、普段の生活をそのまま発信するだけで人気になっている方々もいます。彼らは特段大仰なポーズをとったり、特別おもしろいことを言ったりするわけではありません。むしろ自然な振る舞いが、視聴者にほっとした時間を与えるのです。

また、ハウツー系は、特別な技能がなくても、長年の暮らしの中で培ってきた「おばあちゃんの知恵袋」的ノウハウを披露するだけでも成り立ちます。箒とハタキだけを使う掃除手順やそうめんの美味しい茹で方などなど、「こんなこと、わざわざ見る人がいるの?」と思うような内容でも案外人気があります。おそらく、今どきの人は誰かに教えてもらうより、動画などで知りたい情報だけ見るほうが「タイムコスパがよい」と考えるのでしょう。

そうした実利に加え、発信者の人柄が垣間見えるようなもの、あるいは見ていて心地よい画面づくりであれば、うまくいけばファンを得ることができます。プラスアルファとして、「田舎暮らし」「団地暮らし」「都心暮らし」などなんらかの特徴を出せれば、一つのライフスタイル提案としてコンテンツに付加価値を与えることができでしょう。

もし動画が難しくても、静止画が撮れればInstagramerになれます。

もっとも重要なのはプレゼンテーション力。それも、素人らしい自然で親しみやすい雰囲気がある方が、人気が出る傾向にあるようです。

 

注意すべき点

市井の人々の生活をドキュメンタリー的に発信するのは既存メディアでもよくあった手法です。しかし、自分で自身をコンテンツ化し、世界に発信するという形式はやはりインターネットの発展なくしてはありえませんでした。

つまり、分野の歴史としてはまだまだ浅く、その分リスク管理のノウハウがきっちり確立されていないきらいがあります。

まず気をつけないといけないのは、登録者数や閲覧数を意識するばかりに内容が過激化することです。高齢者の場合、年の功でそうした心配はないと思われがちですが、自分の意見を発信するタイプの動画の場合、登録者の気に入るようなことを言おうとするあまりエコーチェンバー現象に陥り、過激思想や陰謀論にはまってしまう可能性があります。

また、生活系コンテンツの場合は、生活場所を特定されないように気をつける必要があります。犯罪から身を守るためです。こうした危機管理はやはり事前に学んでおくべきでしょう。

しかし、そこさえしっかりできれば、自分でコンテンツを作り、それを発表し、多くの人に観てもらうというのは楽しく、生きがいになるものです。人目を意識すると生活にも張りが出て、老化防止につながることでしょう。

YouTuberになるには、さほど費用もかかりません。いつ始めても、いつ止めても自由です。気楽にやってみるのもいいのではないでしょうか。

 

【こんなタイプにぴったり!】

・自己表現することが好き

・何かを伝えたい熱意がある

・社会通念をわきまえていて、そこから逸脱することはない

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・強迫概念を持ちやすい

・極度のお調子者

・コンプライアンス意識が低い

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第12回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑧──年齢が高いほど信用してもらえる「占い師」

<データ>

職業名 占い師

業種 第三次産業

仕事内容 人の運勢を占い、アドバイスをする

就業形態 個人事業

想定年収 100万~1000万

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 占術の知識、コミュニケーション能力、コンプライアンス精神

 

<どんな仕事?>

占い師は、様々な占術を用いて人々の未来や人生上の決断に対して助言を行う職業です。

即物主義や合理主義が蔓延する現代社会においても、未だ占いに関心を持ったり悩み事を占い師に相談したりする人は少なくありません。その市場規模は約一兆円とも言われています。なかなかのビッグビジネスです。

日本でポピュラーな占術は、大別すると西洋系と東洋系に分かれます。

テレビや雑誌などで日々触れる機会がもっとも多いのは西洋占星術、いわゆる「星占い」でしょう。とはいえ星占いは12パターンで運勢を予想するかなり大雑把な内容です。どれぐらい大雑把なのかを天気予報でたとえると「アジアの天気は晴れ、ヨーロッパは曇り、アフリカは雨」レベルになります。

本来の西洋占星術は、対象が出生した時のホロスコープを元に占います。ホロスコープは生まれた月日だけでなく出生時間や出生場所まで関係してくるので、かなり複雑で個人差もあります。よって、運命や性格、運勢を判断するのに適するとされています。

タロットカードと呼ばれる占術用のカードを使う占いも人気です。タロットカードは中世後期の欧州地域で遊ばれたゲーム用のカードが起源とされていますが、日本で流行するようになったのは1970年代以降のことです。カードの神秘的で象徴的な絵が乙女心をそそり、若い女性を中心に人気が出始め、やがて一般に広がりました。主に問題解決のヒントや近未来の展望を知るのに適するといいます。

東洋系占術の代表格は四柱推命でしょう。五行思想に基づいて理論構築されており、生年月日時から導き出される「四柱」と呼ばれる情報を元に性格の傾向や運勢を判断します。また、吉凶判断にも適するとされるため、仕事や進路の選択など、人生の重要な局面で活用される傾向にあります。

身体的特徴から占断するのは手相占いや人相占いです。手のひらの線や形、顔の相から性格や運命、未来の出来事を予測します。生年月日と違い、フィジカルな特徴は年月とともに変化するので、短期スパンの運勢を見るのに用いられます。

人相見が併用することが多い易占(えきせん)は、古代中国で書かれた古典「易経(えききょう)」を原理とする占術で、卦(け)の組み合わせから未来を予測します。昔は繁華街に行くと一人や二人は人相見が座っていたものですが、近ごろはめっきり見かけなくなりました。

同じく古代中国由来の占いでは風水も人気です。住居に由来する運勢診断に使用されるため、建築やインテリア関連の企業と結びつきやすいのが特徴です。そこから派生した風水グッズはすっかりおなじみになりました。

占術を用いない「霊感占い」もあります。これは霊的インスピレーションを元にするので、技法よりも個人の資質に頼ることになります。

このように日本では多種多様な占いが根付いており、好みによって選ぶことができます。その気になればオリジナルの占法を編み出すことも可能でしょう。

営業場所は常設店舗のほか、週末などの特定日に商業施設の催事として開かれる占いコーナーなどが主になります。一方、直接対面せず、電話やネットを使用する場合もあります。いずれの場合も運営会社と業務委託契約を結び、報酬に関しては歩合制を取ることが多いようです。もちろん、完全な個人経営も可能です。その場合集客や占い場所の確保などは自分自身でしなければなりません。

また、雑誌やWebのコンテンツ、あるいは占いアプリに占いを提供する仕事もあります。この場合、報酬は原稿料や業務委託料として提供先から受け取ることになります。

人気占い師になると、独自の占い本を出す機会にも恵まれるでしょう。それが大ヒットすれば高額収入も夢ではありません。

 

<リアルな事情>

占い師になるために必要な資格は特にありません。私の職業であるライターと同じで名乗ったもの勝ちです。しかし当然ながら、お金を稼ぐ手段にするには他の職業同様に前提となる知識やテクニックが求められます。今回はそのリアルな事情を現役の占い師さんから直接伺うことにしました。

話してくださったのは大阪で長年占い師をしておられる山葵(わさび)さんです。主に商業施設の占いコーナーで対面の占いをされているほか、Webページの占いコーナーを担当されています。

 

山葵さんプロフィール

https://enso.co.jp/profile_popup/uranai_info.asp?idx=10000058

 

山葵さんは、四柱推命とタロットカードをメイン、補助として手相なども取り入れた総合的な占いを実践しています。

占いの勉強を始めたのは28歳のころで、定年のない仕事をしようと思いたち、占い師を志されたそうです。

勉強の手段として最初に選んだのはカルチャーセンターの占い入門講座でした。そこで基礎的なことを学んだ後、講師からの勧めによって本格的に学べる占い学校に移りました。月謝はそれほど高くなく、20代の勤め人でも出せる程度だったとか。現在でもカルチャーセンターの占い講座の月謝は3000円から5000円程度のところがほとんどなので、経済面では比較的学びやすいかもしれません。資本を十分用意できない50代が一から起業するにはうってつけです。

一般的には3年ほどで占い師になることが多いようですが、山葵さんは2年ほど教室で学び、その後講師の推薦を受けて占い師としてデビューしました。最初の占いの場は教室の運営会社が提供してくれました。とはいえ、雇用関係ではなく、個人事業主として会社から業務委託の形でした。

このパターンが職業占い師になるにはもっとも効率的かつ障壁が少ない方法でしょう。独学かつ市場開拓も一から自分でやれば、報酬はすべて自分のものになりますが、かなりの労力が必要です。その点、業務委託だと報酬は歩合制がほとんどであるものの、事務手続きやその他の諸作業は委託元がするので、占いに専念できるのがメリットです。なお、一部日給制の場合もあるそうです。

 

学ぶのに遅すぎることはない

さて、山葵さんは20代で占いの世界に入られました。しかし、これはむしろ特異な例で、占い師を始めるのは50代ぐらいからがもっとも多いそうです。そう、占いはシニアになってから堂々と始められる、それどころか加齢がアドバンテージになる数少ない職業なのです。

その背景には、占い師は年齢が高い人ほど信用してもらいやすい、という特性があります。理由ははっきりしていますね。占いとは詰まるところ人生相談です。若い人より、ある程度劫を経た感じの方が言葉に説得力が感じられるのでしょう。占い師の世界は50代ではまだまだひよっこ扱いされることもあるそうです。デビューが早かった山葵さんは、若い頃はできるだけ老けて見えるよう服装などに気を使われたと言います。

では、占い師になるにはどのような能力が必要でしょうか。

霊感? スピリチュアルな能力?

いえ、そのようなものは二義的であって、一番必要なのはまず人の話を聞く力であり、さらにいえば人の話を聞くことそれ自体を楽しめる力だそうです。顧客の中には長話をする人や聞くだけでもつらい話をする人もいます。そういう時でも興味を失わず、最後には「この人の話を聞けてよかった」と思えるタイプでないと職業としては長続きしません。

逆に向いていないのは、自分の出した占い結果に固執しすぎて相手に合わせられない、自分の意見を押し付けてしまいがちなタイプです。また、占いが好きすぎる人、信じすぎる人はやめた方がいいようです。むしろ、ある程度「占い」そのものを客観視していて、時には懐疑的にもなれないと顧客によいアドバイスができません。

占法も一つに頼るのではなく、複数知っておいた方が有利です。相談内容は多岐にわたる一方、占法はそれぞれどのような内容を占うのに向くのかが分かれます。山葵さんの場合、運勢は四柱推命で、個別の問題解決はタロットカードを使用することが多いそうです。武器は多いほうがいいのも、また一般的な職業と何ら変わりありません。

占い師がシニアの職業に向いている理由は他にもあります。老若男女を問わず、様々な人とコミュニケーションを取ることができる点です。

普通、退職などすれば人間関係が狭くなり、付き合う相手も同世代に限られがちになります。その点、占い師をしていれば、それこそ孫世代とも話すことになります。年の離れた世代の新しい価値観や、昔と変わらない悩みなどを聞くことによって気持ちの若さを保てるでしょうし、自身の視野も広がることでしょう。また、顧客に感謝されれば、老いると失われがちな自己肯定感も高い状態で維持できるかもしれません。

山葵さんが所属する事務所の占い師平均年齢は60歳後半、80歳を超えた方も現役で活躍されています。そうした方の中には60代に入ってから占いの勉強を始められた方も珍しくないということでした。つまり、学ぶには遅すぎるといった心配も不要。結局のところ、人を受け入れる包容力、もっといえば「人が好き」かどうかが占い師として成功するための一番の鍵であるようです。

 

【こんなタイプにぴったり!】

・人と話をするのが好き

・一つのことを一生かけて勉強する意欲がある

・どんな相手でも対処できる柔軟性がある

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・コミュニケーションが苦手

・意見を押し付けがち

・なにかを信じたら疑わなくなる

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第11回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑦──「農業」を生業にするために直面すること

<データ>

職業名 農業

業種 第一次産業(第六次産業)

仕事内容 農作物や畜産物の生産

就業形態 経営

想定年収 100万~1000万

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 農業知識、経営能力、コミュニケーション能力

 

<どんな仕事>

農業についてはいまさら説明するまでもないでしょう。

近年、第一次産業の従事者が減り続け、後継者のいない耕作放棄地が社会問題になっています。そのため、農林水産省が率先してシニア世代(といっても50~59歳)の新規就農を勧めるような動きがあります。

また、退職後は農業地帯に家を持ち、新たに就農したいと希望する人たちも少なくありません。その多くは実家が農家など、元々第一次産業とつながりがあるケースですが、中にはまったくの新規就農を希望する人たちもいます。

イメージとして(あくまでイメージとして)、農業は老人でも就業が可能で、退職後にも充実した日々を送ることができる、いわゆる悠々自適のカントリーライフを得る手段と捉えられています。さらに、自家消費用の作物を得られれば家計の足しになりますし、直売所での販売などによって現金収入源を確保できます。もちろん、初期投資は必要ですが、退職金を活用して環境を整えることはできます。

また、地域に密着することで新たな人間関係を構築できれば、満ち足りた「終の棲家」を得ることもできるでしょう。新規就農の場合、経験や知識の不足といった課題が伴いますが、各地域の公的機関が提供する新規就農者への支援策や、居住地域の先達の協力を得ることで、スキルを身につけながら地域社会に溶け込んでいくことができるかもしれません。

また、もう少し事業寄りに考えるなら、農林水産業(第一次産業に製造業⦅第二次産業⦆と商業⦅第三次産業⦆)を融合させる第六次産業分野での起業を視野にいれるべきでしょう。

従来の農林水産業は、主に一次産品を生産し、協同組合などを通して出荷するのが中心でした。しかし、現在は生産者が自ら製造、流通、サービスに参入し、商品開発や加工、Eコマース(電子商取引)や直売所での販売などに携わるケースが増えています。

また、アグリツーリズムと呼ばれる、農業体験を都市部や外国からの旅行者に提供するサービス業も盛んになりつつあります。

2011年には「六次産業化・地産地消法」が施行されました。この法律は生産者の所得向上と地域活性化の両立を目指し、国の支援策も設けられています。これからの農業を事業として運営するならば、第六次産業化は避けられません。しかし、それには複数の業種にわたるノウハウの習得や設備投資が必要です。そのため、中小規模の生産者には負担が大きく、新規就農者がいきなり目指すにはかなりハードルが高い面があります。しかし、農業は初めてでも食品製造や流通販売に携わっていた経験があれば、必ず役立つでしょう。生産者として、地域の協力を得ながら、付加価値の高い事業モデルを構築できれば可能性はあるプランです。

 

<リアルな事情

自然と触れ合う、だけでない

シニアが新規就農する場合、既存農家の後継者として入るのであればさほど障壁はないでしょう。少なくとも住宅や農地や機材は揃っているはずです。現実に、地域農業を保持する役割を期待されてもいます。

ですが、完全に見知らぬ土地で新規就農となるとなかなか厄介です。

シニア雑誌の特集などを見ると、古民家を購入して自家消費用の野菜を無農薬で育てたりしている方々が、実によい笑顔の写真付きで紹介されています。ですが、よく読むと最初から現地となんらかの縁があった、あるいは資産的に余裕があるというケースが多いように見受けられます。

農業が今担い手不足に直面しているのは確かです。そのため労働力の多くを海外からの“研修生”に頼っています。もし、まったくの素人が、本当に一から生活の糧を得る手段として農業を始めるのであれば、“研修生”同様に“研修”と呼ばれる下働きに従事し、農業の実際を覚えるという手はあるかと思います。ですが、おそらく、なんの準備もしていないシニアには体力的にも精神的にもきついはずです。農園の仕事は田畑を耕すだけではありません。付随する作業が色々とあり、これがまた大変なのです。

先般、私はとある農園の作業所で出荷準備のアルバイトをしている方のお話を聞きました。その方は毎年真冬限定で発生する出荷作業をしているのですが、屋内作業とはいえ作物の傷みを防ぐために温度はほぼ外気温と同じ。太陽が遮られている分、よけいに寒くなります。そんな中、8時間ほどひたすら黙々と流れ作業をすることになります。正直、かなりの苦痛だそうです。そこには、農村風景で想像されがちなような、和気あいあいとおしゃべりしながら、時にはお茶でも飲んで、なんていうのどかな風景はありません。むしろ、食品工場の流れ作業に近い雰囲気だそうです。一日中同じ場所に立ってベルトコンベアを流れてくる弁当箱にハランを置くだけ、みたいな、あの感じです。

今どき、生産品に少しでも異物混入があればクレームにつながります。それがたとえ農作物であっても、虫や髪の毛の混入などもってのほかであるわけです。よって、食品工場並とまでは言いませんが、それに近い衛生管理がされています。私語も厳禁、だそうです。

耕作そのものの厳しさは比較的想像がしやすいでしょうが、農業にはその他の作業もたくさんあります。

結局のところ、素人の日曜菜園と産業としての農業ではまったく話が違うことを理解しておかないと、生活の糧を得る手段としての新規就農はかなり厳しいでしょう。

 

小規模営農ならば可能か?

では、最初の例に出したような自家消費+αの小規模営農はどうでしょうか。

結論から言うと、これも簡単ではないようです。

そもそも農業は熟練のスキルが要求される職業です。作物の栽培方法、病害虫への対処、機械の扱いなど、若いうちから先達に教わっていれば次第に一人前になれるでしょうが、定年後にいきなりこれらを独学するのはほぼ不可能でしょう。また、農作業の肉体的負担に耐えられるだけの体力があるでしょうか。テレビなどでは後期高齢者でも農作に励む姿が映し出されたりしますが、あれは長年やってこられたからこその姿です。基礎体力が違います。

人口減少が続く自治体などでは就農支援のための研修制度が設けられていたりしますし、農地も公的機関の斡旋で借りることができます。それでも、土地をよく知り、その場所に適した農業を教えてくれる先達が不可欠です。なぜなら、多くの場合、農村は独自のルールでつながる独立した共同体だからです。

いわゆる「田舎の習慣」に馴染めるかどうか。それが、シニア就農者が成功するかどうかの分かれ目と言われています。

「田舎の習慣」というと、なにやら不合理や因習の塊であるように誤解する人もいますが、実際はその共同体が共存共栄するために長い時間をかけて生み出した慣習です。その地域なりの理があるわけです。それを無視しては暮らしていけません。

移住しての新規就農に失敗する例は、十中八九人間関係構築の失敗にあるといいます。

よくあるのが、自然農法をいきなり持ち込んで、周囲の農家の不興を買うパターンだそうです。

都会の人間は無農薬や有機栽培が大好きです。しかし、周囲一帯が農薬や化学肥料を使う慣行農法(標準的な農法)の農家である中、自分の田畑だけ有機農法をやりたいと言っても普通は受け入れてもらえません。

なぜなら田畑には境目がなく、土も水も空気もつながっているからです。病虫害を防ぐには地域が一斉に同じ対策を取らないと意味がありません。自分のところだけやりたくない、では済まないのです。ですが、そこを理解できず、我を通して周囲との関係が悪化し、結局は地域から出ていかなくてはならなくなるケースは珍しくないとか。

また、自家消費で余った作物を破格の価格で販売するせいで、正当な値段(それでも一般流通品に比べれば安いわけですが)で販売している直売所が影響を受けるというケースもあると言います。無邪気な販売が価格破壊を起こしてしまうのです。これは、それで糧を得なければならない人たちにとっては大変困ったことです。当然、プロの農家の生産品と半素人のものでは品質に雲泥の差があるわけですが、消費者はとかく値段だけを見がちです。

結局のところ、農村で農家としてやっていくためには、規模の如何にかかわらず、その地域のルール内でやっていかなければならない。そのためには、土地をよく知らなければならない。つまり、土地の人々と良好な関係を築き上げた上でないと不可能です。ということは、新参者がいきなり現れて始めるのは無理、ということになります。

もし本気で就農したいのであれば、数年前からその土地に通い、キーマンとなりそうな人を見つけ、少しずつ関係を深めた上でアドバイスを受け、支援してもらいながら移住するのがベスト、ということになります。その第一歩として、アグリツーリズムの「収穫体験」や「耕作体験」に応募してみるのも手かもしれません。最近は短期就業を前提とした旅行を斡旋するサイトなどがあるので、アクセスしてみるといいでしょう。

また、農業の現実的な情報を発信するサイトや、新規就農のノウハウ本も出ています。雑誌の特集などで憧れるだけでなく、現実的な情報を収集し、計画的に準備できるのならば、素敵なシニア農業ライフも夢ではないと思います。

いずれにせよ、新規就農を成功させる上で大事なのは、長期的な計画であるようです。そしてこれは営農の上でも大変大切だということです。なにせ自然相手の仕事ですから、年々で結果が違います。収入は市場価格に左右されるし、たった一回の災害ですべての努力が無になることも計算に入れておかなければなりません。自然は決して人に優しいものではないので。

 

【参入方法】

・新規就農を募集する地域の役所や農協などに相談する

・就業前提旅行などで農業体験を重ね、農村との縁を作る

参考:おてつだび https://otetsutabi.com/

 

【こんなタイプにぴったり!】

・体力がある

・計画性がある

・協調性がある

・柔軟性がある

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・金銭的な余裕がない

・情報収集が苦手

・何があっても我が道を行きたい

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第10回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑥──一国一城の主を目指して「起業」

<データ>

職業名 社長/団体代表

業種 全産業

仕事内容 多種多様

就業形態 経営

想定月収 0万円~天井なし

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 経営能力

 

<どんな仕事>

起業とは、読んで字の如し、新しく事業を起こすことです。

事業の内容はなんでもOK。第一次産業から第三次産業まで、どの業種でも事業を始めることができます。

一般的には、法人設立を以て事業を開始するのを起業といいます。個人事業主として事業を始める場合は「開業」と呼ぶことが多いようです。しかし、これはあくまで言葉上の問題で、やることは同じ。自分が事業主として新規事業を立ち上げればそれは「起業」です。

法人として事業を起こす場合、株式会社や合同会社など営利企業として立ち上げる方法と、NPO法人や公益法人など非営利団体で始める方法があります。利益を出しやすい事業は営利企業、社会的意義はあるが利益は出づらい=還元できないタイプの事業はNPO法人で起業することになります。ただし、NPO法人が利益を出してはいけないわけではありません。出た利益を出資者などに配当してはいけないだけです。給与として従業員に配分するのは問題ありません。もちろん、社会通念を越えるような高額給与であれば監査の時点で待ったがかかるとは思いますが。会計監査が必要なのはどんな法人でも同じです。それぞれにメリットとデメリットがあるので、事業内容や規模、資金調達方法などを考慮して、事業内容にもっとも適した形態を選ぶ必要があります。法人化する最大のメリットはやはり社会的信用でしょう。

個人事業主として事業を起こすならば、法人を設立する必要はないため、大きく開業資金を節約できます。手続きも税務署への開業届ぐらいで済みます。事業拡大を目指さず、食い扶持を稼ぎつつのんびりやるならば個人事業主でも十分かと思います。ただし、法人が有限責任であるのに比べ、個人事業主は無限責任を負うため、事業上のリスクが大きくなるという欠点があります。つまり、大きな取引をするには向かない、ということです。

いずれにせよ、起業する前には事業計画や資金調達方法など、しっかりと準備しておくことが重要です。

では、後半生であえて起業するメリットはどこにあるのでしょうか。

やはり一番は一国一城の主になれることでしょう。自分のアイデアを実現するために働くのは、雇われて命じられるまま仕事をするスタイルとは比べ物にならないほど喜びを感じられるはずです。鶏口と為るも牛後と為る無かれ、の気概がある向きには最適の働き方でしょう。また、大きく成功すれば勤め人では得られない大きな収益を得られます。事業内容によっては社会貢献にもなるので、社会的動物としてこの上ない満足感を得ることもできます。

では、デメリットはなんでしょうか。それは一にも二にもリスクの高さです。一国一城の主になるとはつまり、一朝事あらば真っ先に首を取られるということでもあります。また事業が軌道に乗るまでは収入が不安定になりますし、事業主にはタイムカードなどないのでどうしても長時間労働になる傾向があります。

どのような業種であれ、起業は自分の可能性への挑戦です。その分、リスクも伴います。特に高齢者の起業はしっかりとした事前準備をしておくことが重要です。

 

<リアルな事情>

シニア起業、という言葉を聞いたことはないでしょうか。

これは、定年退職をした人たちが新たに自分の事業を立ち上げることをいいますが、最近では50代で早期退職などをし、起業する人たちも増えているそうです。

背景は色々あるでしょうが、国がシニア起業を奨励しているのは見逃せない点です。たとえば日本政策金融公庫ではシニア向けに優遇された特別利率を用意する新規開業資金融資がありますし、各自治体でも助成金を出すことが増えてきました。

では、なぜ公が起業を奨励するのでしょう。

理由は明白です。年金だけで生活する高齢者を極力減らしたいからです。

制度としての年金は破綻しない、とされています。少なくとも向こう100年ほどは。ただし、給付水準が今後低下の一途をたどるのは火を見るよりも明らかです。年金問題に触れるとキリがなくなるので、ここではこれ以上言及しませんが、平均して20年から25年はあるであろう退職後の人生を年金のみで暮らしていけるのは、公務員や教員など一部の何層にも手当された年金制度に加入してきた人たちだけです。老後収入が国民年金のみであれば、行く末はホームレスです。

では、高齢者の雇用を維持すればいいかというと、それも難しいところがあります。現在では定年が60歳、そのあと5年は継続雇用制度を使う人が多いでしょう。つまり年金受給開始年齢までは、現役時代より大幅に減るとはいえ、会社からの給金が一応保障されるわけです。また2021年の高年齢者雇用安定法の改正により、2025年を目処に65歳定年制が義務化され、努力義務ではあるものの70歳までは就業機会を確保するよう求められるようになりました。これにより安定収入を得られる期間が長くなった人もいるかと思います。

しかし、企業側にしてみれば社会保険の負担が続くことになります。以前は65歳以上であれば雇用保険料が免除されていましたが、2020年4月1日からは高年齢労働者についても雇用保険料の納付が必要となりました。ご存知の通り、被雇用者の社会保険料は雇用側が一定額を負担することになっています。現在のような実体経済の伸長を伴わないコスト高傾向が続けば、こうした負担を嫌う企業が増えることでしょう。政府は経済界の意向も汲んで政策を決めますので、今後高齢者雇用については必ずしも楽観できない状況が続くと思われます。

要するに、高齢者には自分の責任で仕事をして自力で稼いでほしいというのが、政府や経済界の本音なのです。

 

シニア起業のキラキラは本物?

最近、シニア起業のキラキラ成功例を紹介する記事や番組が目立つようになってきました。シニア起業の成功率は20代の倍以上、7割に達する、なんて惹句も散見します。しかし、私は、個人的には、眉唾だと思っています。

そもそも起業の成功とはどのような状態を指すのでしょうか。年商何千万に達すること? それとも起業後10年は潰さないでいること? 基準が曖昧です。

私も個人事業主ですので一応は起業経験者、ということになります。そして、ほぼ物書き仕事だけで20年近く食べていますので、成功といえば成功の部類に入るのかもしれません。しかし、実感は成功とは程遠いものがあります。正直食べていくだけで精一杯ですし、これから先、安定して稼げるとも限りません。しかし、統計上は廃業していない=失敗していないということで成功にカウントされるでしょう。でも実態は「実感なき成功」なのです。「実感なき景気回復」のようなものです。

おそらく、今後もシニア起業を勧めるような記事や番組はどんどん作られていくと思います。しかし、それらは政府によるプロパガンダと思って、話半分で見ておくのが吉でしょう。

半分の話から夢を見るのもいいと思います。ただし、失敗した時、家族や親しい人に累が及ぶかもしれません。60代で退職金などを注ぎ込んだ末、事業に失敗したらどうなるでしょうか? 若い頃と違い、再起はなかなかしんどいものです。シニア起業の怖さは、失敗した時の取り返しのつかなさにあります。それを承知の上でなお起業を目指すのであれば、それは大変素晴らしいことです。社長って響きはやっぱり魅力的なのでしょうし。

老婆心ながら、計画は御家族ともよく相談なさったうえでお進めになるのがいいかと存じます(最後にわざわざこんなことを書くのはどうしてかって? それをしないでえらいことになったケースが山ほどあるからさ)。

 

【参入方法】

・法人設立

・個人事業開業

 

【こんなタイプにぴったり!】

・勤勉実直かつ柔軟性がある

・バランスの取れたものの見方ができる

・やりたいことが明確

・リスクを正しく恐れることができる

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・安定志向

・大企業での勤務経験しかない

・何かあっても責任は取りたくない

・資金が豊富にあるわけではない

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。