◀第8回▶“お仕事”あれこれリサーチ その④──シニア力が発揮できる「大手チェーン店アルバイト」の仕事

<データ>

職業名 大手小売/飲食チェーン店店員

業種 第三次産業

仕事内容 接客

就業形態 アルバイト/パート契約

想定月収 1万円~15万円

上限年齢 なし(建前上)

必要資格 なし

技能 手順を守って作業できる/最低限の愛想/タフな精神力

 

<どんな仕事?>

今回はアルバイトの定番である大手小売/飲食チェーン店での仕事を取り上げます。

日本にコンビニエンスストアが初登場したのは1970年前後とされています。同時期に牛丼の吉野家のチェーン展開が始まったり、東京・銀座にマクドナルドの第一号店がオープンしたりもしました。また、後に全国チェーン化するファミリーレストランが日本各地で次々と産声をあげています。

つまり、全国一律で画一化された商品やサービスを提供するチェーン事業という業態は、ようやく半世紀の歴史を持とうとしているわけです。

そして、その歴史は同時にアルバイトやパートをいかに素早く戦力化するかを模索する歴史でもありました。

その過程で確立されていった「非正規労働者即戦力化」手法が作業のマニュアル化(標準化)とOJT(On The  Job Training)です。

接客マニュアルは、顧客に対し常に均質のサービスや接客を提供できるように定められた手順書です。基本的な接客態度や業務手順が、誰にでも理解できるよう体系的に書かれています。

OJTはその名の示す通り、実際の仕事をしながらトレーニングしていく教育手法です。日本語では「職務訓練」や「職場内訓練」と訳されますが、トレーナーは現場の上司や先輩スタッフが担当し、業務を通して必要な知識やスキルを指導していきます。

大手であればあるほど、こうした教育方法が洗練された形で整備されているので、接客業は初めて、という人でも安心です。

 

コンビニエンスストア店員

コンビニエンスストアでの主な仕事は「接客」「商品管理」「店内清掃」の3つです。

接客ではレジ会計はもちろん、商品の問い合わせや各種サービス(チケット販売、宅配便受付など)の対応を行います。

商品管理については、商品の陳列や補充が基本ですが、店舗によってはバイトリーダーが発注や検品、売り場づくりなどを担当します。また、賞味期限や消費期限、期限切れ商品の廃棄なども店員の仕事です。店舗によっては商品をPRするためのPOP作成も店員が受け持つケースがあるようです。

また、店舗の維持管理で重要なのが清掃です。店内清掃はもちろん、商品棚やレジ周り、調理器具などを清潔に保ったり、店外を清掃したりして周囲の環境を保つ必要があります。特に店外清掃は店の治安を守るためにも重要です。

これらの職務内容はしっかりシステム化されているので、機器の取り扱いや手順を覚えるのが最初の仕事になるでしょう。

 

ファストフード店接客係

ファストフード店のスタッフは調理と接客に分かれますが、ここでは接客に絞りたいと思います。

お客様の注文を聞き、その内容をレジに登録し、調理場にオーダーするのが主な仕事です。調理している間に会計をします。商品はお客さんが自分自身で運ぶことになりますが、調理に若干の時間を要する場合は、接客係がお客さんの席まで運ぶこともあります。また、客席エリアの整理整頓やお手洗いの清掃も接客係の仕事であることが多いようです。

ファストフードも接客マニュアルが完全に整備されていますが、客層が幅広いため想定外もそれなりに起こります。柔軟な対応力と打たれ強さが結構重要です。

 

ファミリーレストラン店接客係

ファミリーレストランのスタッフもやはり調理と接客に分かれますが、こちらも接客に絞ります。

仕事内容は、お客さんの案内、注文受付、商品提供、会計、テーブルの片付けが主です。ファストフード店よりもお客さんに接する時間が長く、コミュニケーションもやや複雑になります。

また、ランチタイムなど、時間帯によってはお客さんを待たせる時間が発生するので、臨機応変な客さばきが求められます。商品に対しての説明を求められることも往々にしてあるので、ファストフード店での勤務より熟練には時間を要することが多いようです。

料理を運んだり、食器を片付けたりするのもかなりの重労働です。近年、食器類は軽量化が進んでいますが、提供する料理によっては陶器や金属製の重い食器があり、ある程度の腕力が必要になります。もちろん、成人なら容易に持ち運びできる程度ですが、高齢になって手や腕に痛みなどが出ている場合はつらく感じることがあるかもしれません。

 

百円均一ショップ店員

百均ショップで骨が折れるのが商品補充の仕事です。

百均は安価で多種多様な商品が揃うのが消費者にとっての最大の魅力です。しかし従業員にとっては商品管理の大変さを意味します。商品の在庫管理を行う際の最小単位はSKU(Stock Keeping Unit)と呼ばれますが、これがひたすら多いとそれだけ作業量が増えるわけです。覚えないといけないことも増えます。記憶力の減退を感じる高齢者には、少々つらい職場環境かもしれません。

また、最近は百均ショップ内で価格帯の異なる商品が扱われることが増えてきたため、以前よりレジでの確認作業が若干増えています。

 

<リアルな事情>

現在のところ大手チェーン店はパートやアルバイトの求人が多く、年齢制限もないため、高齢者にも比較的就きやすい仕事といえるでしょう。

ほとんどが最低賃金ギリギリという、低賃金傾向の強い物販や飲食の非正規雇用ですが、近頃は人手不足のあおりを受け、最低賃金にプラス100円程度上乗せされた時給も増えてきました。ですので、フルタイムで働いたら月15万ほどは確保できることになります。年金の不足分を補う程度であれば十分な収入ではないでしょうか。

チェーン店での接客は、なぜかやったことがない人ほど「誰でもできる」と思う傾向にありますが、まったくそのようなことはありません。確実に適性があります。それも心身両面で。

世の中、店員には偉そうにしていいと思っている中高年が少なくありません。そういう人物を軽くいなせるか、何か言われても馬耳東風できるか。それが一つの大きな関門になることでしょう。いちいち傷ついていては到底やっていけません。こういうところだけは中高年の厚かましさ全開でOKなのだと思います。繊細な方にはお勧めしません。

とはいえ、比較的参入しやすい職なのは確かです。

もし、接客業をやったことがない人がこの分野に挑戦してみようと思うのであれば、初心者の受け入れ態勢が整っている大手飲食系からやってみるのがベストかと思います。

たとえば、大手ハンバーガーチェーンのマクドナルドでは不定期でクルー体験会というのが開催されています。

これはアルバイトをしたいけれども雰囲気などがわからず不安……という人に向けて、30分程度で開かれる説明会です。日程さえ合えば参加者が一人でも開催してくれます。店の責任者がタブレットなどを使っておおよその仕事内容を説明した後、少しだけ現場に立たせてくれます。

実は私も体験してみました。

説明は丁寧でわかりやすく、調理体験では些細なことでも褒めちぎるという具合で、非常に今どきの教育姿勢であるとの印象を受けました。体験会はもちろんリクルーティングの一貫ではあるけれども、働きに来る人もまた一顧客であることを会社全体が理解していることの表れでしょう。作ったハンバーガーは体験終了後に食べさせてくれました。たいへん美味しゅうございました。

その後、すぐに入社を迫られることもなく、後追いの電話連絡などもない、たいへん気楽な内容でした。あれこれ不安に思うタイプの方ほど、一度、説明会を体験してみるといいかもしれません。

 

第一関門は脚力

さて、中高年が小売や飲食の仕事をするにあたって、最初の関門になるのはなんでしょう。

物覚え? スマイル? いいえ、違います。

ずばり、脚力です。

大手チェーン店での仕事はほとんどが立ち仕事です。ずっと立ちっぱなしというのは、慣れていないと相当足に負担がかかります。おそらく、今まで一度もやったことがなければ、初日は3時間もすれば足の裏あたりがかなり痛くなってくることでしょう。

もちろんやっていくうちに慣れるものではあるのですが、最初のうちは音を上げてしまうかもしれません。

ウォーキングやスポーツをしているから大丈夫だわ、と自信がある方もいらっしゃるでしょうが、遊びと仕事では使う筋肉がまったく違います。最初のうちは湿布など用意しておいて、それなりの覚悟で挑んだほうがよいでしょう。

 

レジや注文の無人化で変わる光景

大手チェーン店では、現在急速に注文や会計の無人化が進んでいます。また、料理の配膳もロボット任せにする店が出てきました。こちらはまだエンターテインメントの域を出ていないですが、客側が慣れたら配膳ロボットの本格導入が始まるかもしれません。それはつまり、求人が少なくなっていくことを意味します。

もちろん、百パーセント無人になることは当面ないでしょう。ロボットはまだまだ人間の管理無しでは稼働できないし、注文や会計をすべてセルフでこなせないお客さんも多いからです。

しかし将来的に単純作業や登録作業のセルフ化が進めば、人間には問題解決能力だけが求められることになります。その場合、むしろシニアの方が有利になるかもしれません。トラブル解決や少し複雑な要求に適宜対応する能力は、総じて中高年の方が高いからです。つまり、意外と最後まで中高年に開かれた職場として残る可能性があるわけです。

 

コンビニは熟練工の活躍の場に?

コンビニエンスストアでは、最近少しおもしろい流れが出来ています。店員のフリーランス化です。

今、日雇いアルバイトのマッチングサイトなどを見ると、特定のコンビニで働いたことのあるスタッフをスポット雇用したいという求人が山のようにあります。

人手不足の昨今、店舗を回すのにどうしても人が足りないケースがある。そんな場合、経験者に来てもらえたら一番であるわけですが、身近な人脈だけだとなかなかそううまくタイミングが合いません。しかし、マッチングサイトの増加によって、教育不要な経験者を必要な時だけ臨時雇いできるようになったのです。

これは雇用の安定という意味ではあまりよろしくない傾向ですが、個人が自由に働く時間を選択できるという意味では「自由な働き方」だと言えるでしょう。

少しだけ稼ぎたいリタイア層の場合、まずレギュラーアルバイトとして店に入り、経験を積んで「コンビニ熟練工」となった後は、こうした仕組みを使って自由時間と稼ぐ時間のバランスを取る方法もあるのです。

 

【参入方法】

・求人への応募

 

【こんなタイプにぴったり!】

・心身ともにタフ

・最低限のマナーと愛想はある

・人間観察が好き

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・何か言われたらすぐに凹む

・人の好き嫌いが激しい

・忙しい時間と暇な時間の落差が苦手

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第7回▶“お仕事”あれこれリサーチ その③──他人様に「教える」お仕事

<データ>

職業名 講師

業種 第三次産業/教育業界

仕事内容 自分の知識を他人様に教える。

就業形態 正規雇用、非正規雇用、業務委託契約、個人経営。在宅ワークも可能。

想定月収 0円~40万円

上限年齢 なし

必要資格 なし(あった方がよい場合/必須の場合もある)

必要技能 他人様に伝授するに値する知識や技能/コミュニケーション力/人間に対するあたたかな目線と懐の深さ

 

<どんな仕事?>

ひと言で講師と言っても様々です。

大学講師もあれば一回こっきりの講演会やセミナーなどで話す講師もあります。今回は社会人相手の専門学校やカルチャーセンター、もしくは企業が開催するセミナーなどで教える講師を取り上げたいと思います。

言語講師

日本語や英語などを教える仕事です。

日本語の場合、教える対象は主に留学生。他言語の場合は子供から社会人まで幅広く教えることになります。

意外なことに、言語講師には無資格でもなれます。2024年2月現時点では教員免許のような国家資格はありません。しかし、英語や国語の教員免許や、関連する何らかの検定に合格していれば、仕事を得るのに有利に働くのは間違いありません。給与交渉もしやすくなるでしょう。

もちろん例外もあります。外国人が「留学」の在留資格を取れる日本語教育機関(法務省告示校)で日本語を教える場合は、

1.四年制大学卒業+日本語教師養成講座受講(420単位時間以上)

2.日本語教育能力検定試験合格

3.大学もしくは大学院で日本語教育を専攻・副専攻した経歴

が必要です。

日本語教師養成講座は文化庁指針に基づく420時間以上のカリキュラムで構成された講座で、専門学校や通信教育講座などで受講できます。一定以上の基準で修了できれば、上記の通り、法務省告示日本語教育機関で日本語教師ができるようになります。

また「日本語教育能力検定試験」は公益財団法人日本国際教育支援協会が主催する検定で、日本語教育の体系的な知識や教育現場での対応能力が一定基準に達しているかを測定します。受験資格に国籍や学歴、関連講座受講歴などの制限はなく、これ自体は国家資格ではありません。

しかし、2024年4月から「登録日本語教員制度」が始まります。日本語教員試験に合格し、教育実習を修了した場合のみ教員として登録できる制度で、これは国家資格になります。日本語教員試験は2024年から始まる予定の試験で、昨年年末には現役の日本語教師などを対象にした試行試験が行われました。

登録日本語教員でなくとも日本語講師に就くことは可能ですが、資格があった方が活躍の場が広がるのは間違いありません。

英語など他言語の講師には今のところこのような動きはありません。ただし、何らかの検定に合格していたらそれは売りになります。

言語講師は正規雇用、非正規雇用、業務委託など様々な形があります。自宅を教室とする個人教師であれば法人を通さず直接生徒を集められます。またフリーランスでも企業研修講師として複数受け持つことができれば、ある程度安定して稼ぐことができるでしょう。最近ではオンライン講座も盛んになり、在宅で好きな時間に講師をすることもできるようになりました。

賃金はスキルや需要によって異なります。正社員で月給25万円~35万円程度、非正規で時給だと1時間1,500円~3,500円程度あたりが相場のようです。

カルチャーセンター講師

手芸、料理、工芸、美術、木工、楽器、声楽、文学、ダンス、生涯学習系などありとあらゆる講座があります。何か一つでも人に教えられるほどの知識や技能があれば、誰でも講師を務めることはできます。資格は特に必要ありませんが、何か売りになるような経歴はあった方がいいでしょう。伝統芸能やお稽古ごとなら各流派の師範免状、芸術系なら受賞歴や芸大卒の学歴が半ば必須のようになっています。

講座を開くにはカルチャーセンターに申し込む方法が一般的です。カルチャーセンターでは集客可能か検討した上で開講を判断します。

収入は生徒から受け取る謝礼金の30~40パーセント程度です。残りはカルチャーセンターに上納する形になります。

セミナー講師

単発セミナーなどの講師を請け負う仕事です。内容はビジネス・マナーからビジネス・ノウハウ、さらには専門知識など様々あります。近年は情報化社会のトレンドやデータサイエンスの行末などを教える講師が特に人気のようです。

主催者は自治体、企業、学校など様々で、そこから依頼を受けて出向くことになります。

セミナー講師になるには講師派遣会社に登録する方法が一般的です。この場合は派遣社員と同じで、派遣会社との契約内容次第で収入が変わります。

個人で請け負うこともできますが、この場合、仕事を得るルートは紹介や口コミが多くなるでしょう。強い人脈がある場合は紹介のみでも十分ビジネスとして成り立ちます。しかし、口コミを当てにするならば、世間に広く名前を知ってもらえるように、何らかの顕著な業績をあげるか、あるいは有名人になるしかありません。謝礼はお車代程度から一回数十万円まで。本人の知名度や呼ばれた先の経済力次第で大きく変わります。

 

<リアルな事情>

人に何かを教える仕事も、リタイア層には人気です。

「先生」と呼ばれる職業はなんであれ自尊心がくすぐられるのでしょう。

しかし、その実態はサービス業ど真ん中です。敬ってもらうどころか、全方向的に生徒に対して気を遣っていかねばなりません。今どきは医者や大学教員ですらそんな感じです。「先生」職でふんぞり返っていられるのは、選挙運動期以外の政治家だけでしょう。

 

生徒さんたちは“お客様”

さて、従来、人を教える仕事は物理的な「教室」を持つのが前提でした。しかし、近頃はオンラインで教えるパターンが増えています。特にコロナ禍で一気に増えました。

今や外国語は、現地在住のネイティブにオンラインで教えてもらうのが当たり前になっています。初心者を卒業し、練習台が欲しいタイプの生徒だったら、オンライン講師に教えてもらうほうが効率的かつ経済的です。

しかし、さすがに初心者はそうもいきません。やはり教えてもらう側の母語で会話できる講師に、基礎から教えてもらうのが一番です。

つまり、日本人が外国語を教える場合、初学者向けのカリキュラムを提供できなければ需要はないと思っておいた方がよいでしょう。何ごともそうですが、できない人に一から教えるのが一番難しいものです。つまり、言語に習熟しているだけでは不足で、「教える技術」を習得しておかなければできない仕事だと言えます。

日本語講師の場合、日本語ネイティブなら簡単になれると思ってしまう向きもあるようで、長年なぜか人気の職業扱いになっていました。しかし、「話せる」と「教えられる」の間にはマリアナ海溝より深い溝があります。2024年になって“日本語教師”の資格がより厳しくなったのは質を高めるのが急務だったためなのでしょう。

これは他の「教える仕事」でも同じです。趣味が玄人はだしの粋に達したからといって、あるいは習いごとの師範免状を取ったからといって、すぐに教えられるわけではありません。講師として成功するには一にも二にも“お客様”である生徒さんたちを引きつけて離さない人柄が第一要件になるようです。

一方、単発セミナーの講師は知名度と人脈が武器になりますが、それ以上に大事なのは提供する知識に何らかの付加価値をつけることです。

たとえば、「掃除」。ひと昔前なら掃除のやり方をセミナーで講義します、と募集したところで関心を持たれることはほとんどなかったでしょう。

しかし、そこに何らかの思想的あるいはスピリチュアル的意味合いを乗せることで「掃除」でさえパワーのあるコンテンツにできることが証明されました。つまり、プレゼンテーションさえ上手にできれば、何でも講座やセミナーの種になるわけです。

専門性があれば講師になること自体は可能です。しかし、継続してお呼びがかかるようにするにはプラスαの個性が必要な時代なのです。

 

【参入方法】

・資格を取る、あるいは特技を身につけて専門学校などに講師登録する。

・フリーランスの講師として自宅教室やオンライン教室を開催し、ネットなどを通して生徒を募集する。

・フリーランスの講師として法人などに売り込む。

 

【こんなタイプにぴったり!】

・「褒めて伸ばす」が得意

・自分自身に付加価値をつけるのが上手

・分け隔てなく人と接することができる

・教え子の成長を我がことのように喜べる

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・先生と呼ばれたい

・部下の養成が下手だった

・相手から立ててもらえないとイライラする

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第6回▶“お仕事”あれこれリサーチ その②──あこがれの職業「作家」を巡る現実

<データ>

職業名 小説家、エッセイスト、ドキュメンタリー作家

業種 第三次産業/広告・出版・マスコミ業界

仕事内容 発注元から依頼を受け、文芸作品やルポルタージュ、随筆などを書く。

就業形態 案件ごとの業務委託契約。ほぼ在宅ワーク(よほどの売れっ子はホテル缶詰などもある)。

想定月収 0円~100万円(印税収入を除く)

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 最後まで書き通す力/構成力、文章力/自信と客観性のバランス

 

<どんな仕事?>

作家というと小説家をイメージされるかもしれませんが、文筆業における作家は小説家に限りません。エッセイストやノンフィクション作家もいます。

小説家

ひと言で小説といっても種類は様々です。

まず思いつくのは「純文学」と「大衆文学」の区分でしょう。ですが、近頃はこの区分はあまり用いられません。大衆性の高い純文学、あるいは文学的に評価される大衆小説もあり、境目は年々薄くなっています。昭和の頃には純文学作家が大衆小説作家より高級、みたいな価値観がありましたが今はほぼ失せていると思って間違いありません。

小説家はフィクションの物語を文章化するのが仕事で、比較的平均的な手順は次の通りです。

1.物語の種を探し当てる。

2.アイデアに従って、登場人物やストーリーを具体的に考え、プロット(あらすじ)を作る。

3.編集者にプロットを説明し、OKが出れば書き始める。

4.とにかく最後まで完結させる。

しかし、中にはプロットなしで書き始める人もいますし、思いついた場面から始めるという人もいます。書き方は人それぞれです。

エッセイスト

随筆を書くのが仕事ですが、専門作家はそれほど多くはありません。たいてい小説家や何か別に専門を持つ人が執筆しています。中には私のような雑文書きが、適切な肩書きが見つからないので仮に「エッセイスト」を名乗っていることもあります。

英語のessayは小論文や論説などの意味も含みますが、日本ではもっぱら随筆がエッセイと呼ばれています。そして、随筆とは「自己の見聞・体験・感想などを、筆に任せて自由な形式で書いた文章」(「デジタル大辞泉」より)であり、あまり肩のこらないまさに「徒然なるままに、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつく」文章と考えられています。専門家のエッセイは自分の専門分野について一般向けに軽く解説するような内容が多いようです。

一方、編集部から与えられたお題や自由題で書く場合は、読んでもらうためのテーマ選びや工夫が重要になります。これにはたくさんの知識の引き出しが必要ですし、時代にあわせた感性のアップデートも不可欠です。

ノンフィクション作家

現実の事件や出来事、人物の評伝などを手掛ける作家です。小説家がノンフィクションを書くこともありますが、多くの分野で専門のノンフィクション作家がいます。なぜなら、長年にわたる知識の蓄積がないと書けるものではないからです。

また、ノンフィクションは書き下ろしが多いのも特徴です。書き下ろしとは雑誌などへの連載を介さず書籍化することですが、連載時の原稿料がない分、収入が下がるという大きなデメリットがあります。

いずれの場合も主な収入源は原稿料です。

原稿料は一記事に対して定額が支払われる場合と、原稿用紙1枚あたりの単価が決まっていて、書いた文字数を原稿用紙換算した上で支払われる場合があります。前者も後者も、作家のキャリアや人気により金額は変動します。

人間、一ヶ月に書ける原稿量はある程度限られますので、例示した最高額を稼ぐには人気作家になって原稿用紙一枚あたりの単価を上げるしかありません。いずれにせよ、発注がなければ月収は0円です。安定した職業とは決して言えないので今日明日の収入が必要なタイプには向きません。一方、万が一ベストセラーを出せたら一攫千金も夢ではありません。というか、私もそんな夢を見てみたいものです。

 

<リアルな事情>

50歳を過ぎて作家を目指す人なんているの? と思われるかもしれませんが、実は案外少なくありません。

特に、リタイア後のセカンドキャリアとして作家を志す男性はかなり多いようです。インテリジェンスが感じられる上、社会的地位が高い、というようなイメージがあるのでしょう。

こうした方々は概ね御自身が社会人として体験してきたことを文章化すれば立派な商品になると思っておられるようです。

ですが、はっきり申し上げましょう。それは大いなる誤解です。

体験は点に過ぎません。小説にするのであれば、点から四次元の世界を生み出さなければなりません。個人の体験だけでは物語にはならず、むしろ未体験を描写できるかどうかが鍵なのです。

体験をエッセイに仕立てる場合は、そこに普遍的な価値なり共感に繋がる要素なりを持たせる、あるいは自ら道化になる覚悟が必要です。単なる自慢話では商品になりません。

ドキュメンタリーを目指すなら、体験を時系列で整理し、綿密な裏打ちや取材による客観証拠を加えなければなりません。脳内を棚卸しするのは膨大な労力が必要です。

とにかく、「社会的ステータスがありそうだから」「なんとなくあこがれだから」では百パーセント作家にはなれないでしょう。

 

情熱はそこにあるのか

世の中の作家志望には、どうやら二種類いるようです。

一つは「“作家”になりたい」人。要するにステータスとしての作家の名が欲しい人です。みんなに「先生、先生」と呼ばれてチヤホヤされたい人です。残念ながらこの手のタイプは十中八九作家には向いていません。もしなったところで長続きしないでしょう。

もう一つは「書かないと死ぬ」人です。なんでもいいから文章を書きたい。書いていないと落ち着かない。発表する場はなくとも自分から溢れ出る物語を止めることはできない。

そういう人です。

私が知る限り、長年「作家」を続けているのはこうした人たちです。

記録的な大ベストセラーでデビューしたとある直木賞作家は、暇つぶしの種を持たずに電車に乗っても時間を持て余すことなど絶対にない、とおっしゃっていました。たとえば広告ひとつ目に入っただけで、そこから無数の物語が生まれ、頭の中を駆け巡るのだそうです。それを追いかけるのに必死で退屈している暇などない、と。

また、50歳でデビューし10年越しでブレイクしたある小説家は、注文が来ない時期もずっと原稿を書き続けていたそうです。理由は、書かずにはおられないから。人気作家になった後は驚くようなスピードで立て続けに作品を発表されたのですが、ストックがたくさんあったから可能だったそうです。今も一作ごとに作風を変えるという驚異的な技を繰り広げながら、力作を出し続けておられます。

エッセイストやドキュメンタリー作家も同じです。

ある人気エッセイストはブログの文章が評判になり、それが著作に結晶しました。書き綴っていたのは幼少期から大人になるまでのかなりハードな生い立ちです。誰が読んでも心痛むような過去です。しかし、その方は自己憐憫に陥らず、むしろユーモアたっぷりに表現されました。それが同じような体験をしてきた人々の琴線に触れたのです。

また、あるドキュメンタリー作家は、引き受けてくれる出版社はないだろうと思いつつも、いわゆる「食うための仕事」をやりながらもコツコツ書き続けていたといいます。「たとえ日の目を見なくてもどうしても書きたい」との衝動を抑えられなかったそうです。

これは他の分野――たとえば漫画などでも同じでしょう。プロとして成功する人のほとんどは、とにかく書く/描くことが好きです。内側に表現への欲が渦巻いているのです。

そういう人たちは生まれながらの作家であり、何歳からでもスタートできるのだと思います。

 

作家へのハードルは下がった?

ひと昔前までは「行く当てのない原稿」を世間に出すことは困難でした。

しかし、今は状況が一変しました。

小説ですと、「小説家になろう」や「カクヨム」などの小説投稿サイトがあります。現在はいわゆるライトノベルと称される分野の作品が多いものの、ジャンルに制限はありません。PV数(Webページの閲覧数)が評価のすべてという、ある種梁山泊的な場所です。武者修行にはぴったりでしょう。こうしたサイトから何作も十万部単位のベストセラーが生まれているのは事実です。最近では50代を過ぎての小説家デビューは珍しくなくなりました。挑戦する余地は十分あると思います。

エッセイやルポルタージュには同様の場はありませんが、自前のブログなどで発表していたものがネット上で話題になれば出版社から声をかけられることは十分あります。またSNSでの発言がたびたびバズるようになると、その個性を買われて出版社から本の執筆を勧められることもあります。

いずれにせよ、以前に比べたら作家デビューのハードルは随分と低くなっているのは間違いありません。問題は人気をずっと保てるか、です。正直一発屋も少なくありません。結局のところ、質の高いコンテンツを途切れることなく提供できるかどうかにかかっているのでしょう。

 

【参入方法】

1.新人賞に応募する。

2.出版社に持ち込む。(古の作法なので今では受け付けてくれる会社があるかどうか)

3.Web上に自作を掲載して高い閲覧数を得る。

4.SNSなどで個性を発揮してバズる。

 

【こんなタイプにぴったり!】

・「書きたい」衝動で溢れている

・売れようが売れまいが書けたら幸せ

・これだけは世に出したいと熱望する何かが“複数”ある

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・何かを書きたいのではなく、“作家”になりたい

・読書が嫌い

・これだけは世に出したいと熱望する何かが“一つだけ”ある

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第5回▶“お仕事”あれこれリサーチ その①──誰でもいつでも簡単になれる? 「フリーランス・ライター」

さて、今回からは50歳以上でも始められそうな、あるいは世間で“始められる”と認識されている職業のあれこれを、具体的に見ていきます。なお、こうした記事に付きものの☆いくつ的な数値表現はいたしません。適性は人によって異なるからです。ただし性格的な向き不向きや想定月収などは示すようにいたします。

映えある第一回は、私自身の職業である「フリーランス・ライター」、一般名称「フリーライター」を紹介します。

副業やリタイア後の職業として人気のようですが、はたして実態は?!

 

<データ>

職業名 フリーランス・ライター/無所属文筆業

業種 第三次産業/広告・出版・マスコミ業界

仕事内容 発注元から依頼を受け、取材や調査をして、相手が望む内容を揃えた文章を書く。

就業形態 案件ごとの業務委託契約。雇用され専属になることもある。在宅ワーク可能。

想定月収 0円~50万円(印税収入を除く)

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 平易な文章を書く力

情報収集/整理力

臨機応変なコミュニケーション能力

自己管理能力

 

<どんな仕事?>

フリーランス・ライターとは、案件ごとの都度契約で雑誌やWebサイトの記事執筆を行うライターのことを指します。クライアントから依頼された記事を執筆し、原稿料を受け取ります。仕事内容は、主に以下の通りです。

 

* クライアントから依頼された記事の企画・構成・執筆

* インタビューや取材活動

* 写真や動画の撮影・編集

* 校正・修正

 

フリーランス・ライターになるには、文章力や取材力、編集力などのスキルが必要です。また、クライアントとのコミュニケーション能力も重要です。自分の興味や関心のある分野を専門とするのもよいでしょう。

フリーランス・ライターとして活躍するためには、以下のポイントを押さえるとよいでしょう。

 

* 自分の強みや得意分野を明確にする

* クライアントとの信頼関係を築く

* 営業力やマーケティング力を身につける

 

以下に、フリーランス・ライターの仕事の種類をいくつかご紹介します。

 

* ニュースライター:時事問題やトレンドに関する記事を執筆する

* エンタメライター:音楽、映画、テレビ、スポーツなどのエンタメに関する記事を執筆する

* ビジネスライター:企業や商品に関する記事を執筆する

* コピーライター:商品やサービスの宣伝文句を執筆する

 

<リアルな事情>

さて、ここまではつらつら仕事内容を紹介しましたが、実は<どんな仕事?>部分の文章は、最近一般化しつつあるテクノロジーを使って作成しています。読んでいてなにか気づかれることはあったでしょうか?

種明かしをしますとこの文章、生成AI(人工知能)に「フリーライターの仕事について800字程度で説明して」とオーダーして書かせたものです。結果、ものの数十秒で十分使えるレベルの文章を出してきました。

これが一体なにを意味するのか。みなまで言わずとも、もうおわかりでしょう。

今後間違いなく、簡単な紹介記事やまとめ記事程度のライティング仕事はAIに取って代わられる、ということです。村上春樹氏が小説『ダンス・ダンス・ダンス』で「文化的雪かき」と表現したような仕事は、どんどん無くなっていくわけです。

執筆してくれたAIさんいわく、「フリーランス・ライターは、インターネットの普及により、近年ますます注目を集めている職業」で「自分のスキルや経験を活かして、自由な働き方を目指」せる職業なんだそうです。

ふむ、なるほど。

ライター業は自由な働き方である。それはそうかもしれません。勤務時間は自分で決められますからね。ただし、何を書いてもいいわけではなく、クライアントの望む通りの内容でなければなりません。自我を入れ込む隙はないわけです。もちろん、個性は自ずと香るものですし、後々それが武器になるケースもありますが、まずは心頭滅却して「文章生成マシン」になることが求められます。

自分のスキルや経験を活かせる。まあ、たしかにそうです。私も自分のスキルや経験を活かしてやっています。

しかし、なぜだかどうしてかライター業は「日本語が書ければ誰でもできる」と思われがちです。そして、元手がかからない仕事と看做されたりもします。

実際、求人サイトなどでは「スキマ時間にできる」「お小遣い稼ぎにぴったり」なんていう惹句が踊っています。「何か始めたいけど、特殊な技術はない」人向け、なんてアピールをしているものさえあります。専業ライターとしてイラッとすることこの上ないのですが、まあよしとしましょう。

言いたいことはただ一つ。「何か始めたいけど、特殊な技術はない」人が「スキマ時間にできる」レベルの案件ほど、今後はAIに取って代わられていくでしょう、ということです。上記の通り、AIさんは十分使える文章を秒で提出してきます。そうである以上、外注して経費を発生させる意味がありませんからね。(なお、今回掲載したものは職業的良心に則って多少手を加えています。)

しかしながら、ライター業にまったく将来性がないかというとそんなわけでもない、と私は考えています。

ひと言でライターと言っても内情は様々です。

最も一般的なのは、クライアントから受注した案件について取材をし、知り得た情報を整理して、文章化するタイプの仕事です。媒体に掲載される単発記事から、まるまる一冊を手掛ける「ゴーストライター」まで幅広い案件があります。

一方、最近増えているのは「こたつ記事」と呼ばれる類の案件です。ネット上の情報をいくつかコピー&ペーストして、読める日本語に整えた程度の記事を作成します。

また、自主的に取材し、記事化した原稿を出版社に持ち込む方法もあります。

これらのうち、一番簡単で、参入障壁が低いのは、言うまでもなく「こたつ記事」です。ですが、当然ながら、報酬は激安です。1000字書いて1000円なんていう目が点になるような案件さえあります。これらは最初から「コピペしてまとめるだけ」が前提なのでしょう。もし自力できちんと調べて文章化する手間暇をかけるなら、とてもではないけれども受注できる金額ではありません。

また、この手の案件では、コンテンツ管理システムに直接記事を入力して原稿を納品する形が一般化しています。CMS入稿と呼ばれていますが、WordPressやStudioなどの専用ソフトが使えないと仕事ができません。新しい技術についていく根性が必要とされるわけですね。とはいえ、Microsoft Wordや一太郎などのワープロソフトを使えたら十分対応できるレベルのものです。また、ソフト自体はクラウドでクライアントから提供されます。私も何度かCMS入稿をしたことがありますが、一、二度やればすぐ慣れました。編集者の仕事を肩代わりさせられているようで何だかモヤッとしましたが(CMS入稿を求められる案件ほど単価が安かったりするのに、です)。

次に多いのは「一般的なライター案件」です。昔は出版社などに営業をかけないといけませんでしたが、今は求人サイトで仕事を見つけることができます。ほとんどが業務委託として案件ごとに受注する形です。単価はこたつ記事よりは上がりますし、ゴーストライターとして一冊書く仕事なら一本数十万円単位のギャランティが支払われるでしょう。

しかし、その分、より専門性が求められるようになります。ビジネス記事を書くのに「CEO」の意味がわからなかったら話になりませんし、今まで一度も酒を呑んだことがない人が酒場紹介の記事を書いたところで魅力的なものにはなりません。つまりなんらかの引き出しがないと書けない、というわけです。

また、WEB媒体だと、記事作成にプラスして取材交渉や写真撮影もライターが担当するケースがほとんどです。本来、これらは編集者やフォトグラファーの仕事であるはずなのですが……。しかも多くの役割を求められる仕事ほど単価が安いという謎の逆転現象も起きています。

さらに、SEO(Search Engine Optimization)、つまりブラウザ検索への対策をした記事を求められるケースもありますので、適応した文章を書けるようにならなくてはなりません。

なお、ギャランティ的にもっとも割がいいのは大手出版社の紙媒体、最悪はこたつ記事を乱造乱発するタイプのウェブ媒体です。よって、理想は前者の仕事をすることですが、初心者がいきなり参入するのはかなりハードルが高いと思われます。

高額を稼げて、かつWEB募集から参入しやすいのは、ゴーストライターです。しかし、ゴーストライターは一種の専門職です。著者となる人物にインタビューをし、その人の言葉を引き出した上で構成する作業をしなければいけません。そのためには著者と会話が成立する最低限の基礎知識ぐらいは必要です。また、著者の話を補足するために周辺情報を独自調査し、原稿に付加しなければなりません。つまりリサーチ力が求められます。

私は以前、物理学の先生にお話を聞いてまとめる仕事をしたことがありますが、話が決まってからひと月は中学物理から大学の一般教養レベルまで付け焼き刃でおさらいしました。正直、死にそうになりました。ギャランティは普通だったけれども、あの知恵熱が出そうな労力に見合っていたかというと……。でも、もし私に学部卒程度の物理学知識があったなら、そこまで苦労はしなかったはずです。専門ライターが専門記事を短時間で書けるのは膨大な蓄積あってのこと。そこに至るまでにはそれなりの時間と元手がかかっています。

つまり、何の専門性もない人が元手を一切かけずいきなりライターになって生活費を稼ぐ、なんていうのはほぼ夢物語なのです(小遣い稼ぎならいけるかも)。

逆に、これまでの人生の中で何か一つでも一家言持てるほど造詣を深めてきた分野があるとして、それをきちんと誰もが理解できるレベルの文章にする力があるならば、何歳からでも十分参入可能な職業ともいえるでしょう。実際、長年の趣味が高じた結果、ライターになった方はかなりの数います。実は私もその口の一人なのですが。

なお、未経験者がライターになるためには、知らないことは知らないと言える素直さと、できないことでもできるとハッタリをかませられる度胸が必要かと思います。

最後に、自主取材をして記事化した原稿を出版社に持ち込むケースですが、ここまでいくとすでにドキュメンタリー作家の領域に入ってきます。ですので、回を改めて触れたいと思います。

 

【参入方法】

1.WEBのライター求人に応募する。

2.出版社やWEBコンテンツ業者にライターとして売り込む。

 

【こんなタイプにぴったり!】

・「ひとりでコツコツ」が好き

・好奇心が強く、新しい知識や知らない分野への興味が旺盛

・知らないことは知らないと素直に言える

・できないことでもできるとハッタリをかませられる

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・自我が強すぎる/プライドが高すぎる

・社会情勢に対する認識や知識をアップデートできない

・スケジュール管理ができない

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第4回▶お仕事は鼻歌まじりで探したい。でも現実は……

今回は「中高年の求職事情」を見ていきたいと思います。

被雇用者になる前提で仕事を探すとなると、まず思いつくのがハローワーク、正式名称・公共職業安定所での求職です。高年齢層には“職安”の響きの方が耳慣れているかもしれません。

昭和22(1947)年制定の職業安定法に基づいて設置された公共職業安定所は、厚労省が運営する行政機関です。国民の誰もが有する「勤労権」の確保を最大の目的としています。 よって、高齢者対象の求人も取り扱っています。50代以上にはどんな仕事があるのかをチェックするには最適といえるでしょう。

ところで、求人条件に年齢制限を付けるのは一部の例外を除いて原則禁止であることはご存知でしょうか。平成19(2007)年に雇用対策法が改正され、求人を出す事業主は募集や採用に年齢制限をかけることが禁止されました。理念上、求職者に対して「年齢に関わりなく均等な機会を与えなければならない」としたためです。

しかし、実態はというと応募条件に年齢制限がなくとも、書類審査の時点で足切りされることが多いそうです。

「応募はお好きにどうぞ、でも採用するかしないかは別」というわけです。もちろん、不採用の理由として「あんたは年寄りだから不合格」と告げたらアウトですが、「適性がないと判断しました」であればOK。そう言われたら誰も文句をつけられません。あまりに露骨な違反を繰り返す企業は行政指導されることもありますが、罰則はないのでなあなあになっています。また、社則に定年がある場合はそれ以下に制限してもよいとなっています。まあ、企業側としては一から仕事を教えたって10年働けるかどうかもわからない人は採りたくないでしょう。気持ちはわかります。そんなわけで、今のところ求人の年齢制限撤廃法令は有名無実です。

よって、求人サイトなどの「年齢不問」を真に受けていると、いつまで経っても「お祈りメール」(*1)しか届かないなんていう悲しい事態に陥ることになります。

大変残念ながらハローワークでの求職も同様です。

ハローワークの求人情報はインターネットでも閲覧できます。そして年齢を正直に申告した上で検索しても、かなりの数がヒットします。けれどもそれは建前に過ぎません。年齢制限をかけたら法令違反になるからヒットする、だけです。

本気で中高年OKの求人を見たいならば、実際にハローワークに出向き、高齢者も対象であると明記されているコーナーをチェックするに限ります。「ハローワークで仕事を探すならネットで十分」と思っているならそれは甘い、と言わざるを得ないわけです。

そんなわけでつい先日、ある自治体のハローワークに行き「高齢者向け求人」コーナーをチェックしてきました。そして、理解しました。案の定、50代以降はやりたい仕事ではなく、やれる仕事を探すしかないのだ、と。

 

「高齢者可」求人の現実

50代の求人はまだギリギリ正社員もあります。しかしそれ以上はほぼ見当たりません。「高齢者が活躍中」と書いてあっても、その雇用形態はパートやアルバイトです。

もしあなたが何か特殊な技能や資格、かなりハイレベルな業務経験を持っているのであれば60代正社員を見つけることは可能でしょう。特に医療看護系の資格は強く、民間の中高年向け転職サイトでもかなり好条件の求人を見つけることができます。また建築施工管理の求人も比較的多いようです。

では「未経験可」はどうでしょうか。

この場合、職種は介護補助、調理補助、清掃、警備に限られると思って間違いはありません。店舗スタッフも若干見受けられますが、いずれにせよ体力が必要な仕事です。さらに言うなら雇用形態は非正規、給料はほぼ最低賃金です。

働く目的が「年金の補完」で、月に10万もあれば御の字だったらこれでも十分でしょう。ですから、「働く場所」がないと悲観する必要はありません。

しかし、ある程度安定した被雇用者の立場を望む限り、基本的人権の一つである「職業選択の自由」は相当の制限を受けることを覚悟しなければなりません。残念ながら「職業選択の自由 アハハ~ン!」と鼻歌を歌えるのは若い人だけなのです。

 

鼻歌交じりで仕事を選ぶには

そんなのはいやだ! 何歳になってもやりたい仕事につきたい! いや、老い先短いからこそむしろやりたいことだけをやりたい!

もしくは、低年金/無年金だから正社員並の給料でないと無理!

そう思われるのであれば、方法はひとつ。

自営業者になるしかありません。そして、自営業者になるには三つほど手段があります。

 

1.起業して法人経営者になる

2.起業して個人事業主になる

3.フリーターになる

 

まず1と2ですが、最近は「シニア起業」などという言葉も出てきているように、老年期のひとつの働き方として注目されています。

長い社会人生活を経て、現役時代に培った技術、あるいはやってみたかったアイデアを実現するために会社を始めるのは心躍るに違いありません。また、なにか強い使命感を持って世の中を変えていこうとするなら、NPO法人を立ち上げて社会事業に進出するという手もあります。

もし事業計画を立てられるだけの豊富な経験や有意義な人脈があって、開業資金もしっかり用意できるならば、シニアになってからの法人起業は現実的な選択肢となるでしょう。逆に、これらが一つでも欠けていれば残念な結果になるのは必定です。うっかりすれば老後破産が待っています。

2の個人事業主は、法人の形を取らないで事業を始めるパターンです。個人経営で店舗を運営したりするのもこの枠に入ります。税務署に開業届けを出すだけですぐに「個人事業主」になれます。開業届けを出さないでも事業を始めることは可能です。法人起業に比べたら比較的簡単でしょう。

私はこの枠で仕事をしております。一応個人事業主の届けは出していますが、社会に向けては「フリーランスライター」と名乗っています。個人事業主とフリーランスの区分はさほど重要ではありません。

さて、個人事業主として仕事をするならば思い切って「未経験だけれどもやってみたい職業」に挑戦するのもいいかもしれません。

しかし、まったくの徒手空拳で始めるのはさすがに無謀。やはり事前の情報収集は必要でしょう。収集手段としては書籍がもっとも手頃簡便ですが、業界を舞台にしたドキュメンタリー作品や、お仕事ものの小説/漫画なども参考になるかもしれません。さらに最近はインターネット上で情報収集する手もあります(ただしネットリテラシーが必要です)。

ですが、情報を利用するとして、それが「表現物」である以上、たとえドキュメンタリーと謳われていてもそれには正負関わらず必ず何らかの情報バイアスがかかっている、つまり表現者の主観が影響している、というのは理解しておかなければならないと思います。制作者のさじ加減一つでキラキラの夢物語になっているかもしれないし、現実以上の残酷物語になっているかもしれないわけです。

とはいえ、概観するにはもってこいです。「これはなんらかの意図に沿って整えられた二次情報である」と自分に言い聞かせた上なら、とても有益ではないでしょうか。それらを見てもなお未経験から起業しようと決心されたのであれば、それはとても尊いことだと心から思います。

なお、成功者の物語は自らを鼓舞するには役立ちますが、現実を見据えるにはマイナスになりかねないな~という気がしています。ああいう方たちは人生のオリンピック選手のようなものです。パンピー(*2)がいきなり真似すると大怪我しかねません。

もしあなたが未経験から市民マラソンに出るとして、いきなりトップアスリートの練習方法をまねたりするでしょうか。しないですよね。「いや、自分はするよ」って? ……止めはしませんが、まずは年齢体力に応じた練習方法を模索した方がいいんじゃないかな、なんて私は思います。新しい仕事を始めるのも同じ。ゆめ、いきなり退職金を突っ込んで趣味の手打ち蕎麦屋やオーガニック・カフェなど始めたりなさいませんよう。

3の「フリーターになる」ですが、これは単発や短期のアルバイトをいくつも兼業してお金を稼ぐ方法です。昔々その昔、リクルートが作った「フリーアルバイター」の略語で、当時は新しい働き方のようにもてはやされましたね。それが単なる不安定雇用の言い換えに過ぎなかったことを考えるとうたた感慨に堪えないのですが、年金生活者になって、それを補うための労働形態としてならいいのではないかと私は思います。なにせ自分の好きな時間に、好きな仕事を(ある程度)選べるのは魅力です。今更人生全体のキャリアを考えなくてもいい老境だからこそ醍醐味がある働き方かもしれません。

なお、ときおりフリーターとフリーランスをごちゃまぜにしている方がいらっしゃるのですが、双方はまったく異なります。

フリーランスは案件ごとに業務契約を結び、業務達成の方法や労働時間は受注者に任されます。つまり、発注者の指揮監督下に置かれることは基本ないのです。ですので労働基準法でいうところの労働者にはカウントされません。一方、アルバイトは短期でも労働契約が結ばれ、契約の範囲内で雇用者の指揮監督下に置かれます。そして、労働基準法で保護される立場になります。

なお、今どきフリーターをするにもスマホの所持と利用は必要不可欠です。この連載はWEB上でやっているので、おそらく読者諸氏はIT機器を使いこなしていらっしゃると思います。ただ、今後も新たなIT機器がどんどん出てくるでしょう。もしついていけないと感じても国家が率先してICT化を進めている以上「年寄りは新しいものについていけない。年寄りにもやさしい手段を!」と主張しても無駄です。地縁血縁口コミで仕事を得られるのでない限り、ある程度新しい技術についていかなければなりません。新しい言葉やムーブメントが出てきたら何事もまずは自分で調べてみる。21世紀も中盤に入ろうとする今、これができないと仕事探しも難しくなるかと思います。

さて、4回にわたって、50歳から仕事を探す/始めるために心得ておいた方がよいことを模索してきました。次回からいよいよ具体的な仕事内容に入っていきたいと思います。

乞うご期待!

*1 お祈りメール
不採用通知のこと。不採用を知らせるメールの末尾が「今後のご活躍をお祈り申し上げます」の定型文で終わるケースが多いことから、就職活動する若者発のスラングとして流通するようになった。
*2 パンピー
一般人。一般ピープルの略語。

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第3回▶「最低でも70歳まで働け」と言われても……はてさてどうする?

前回は「高齢社会対策基本法」を読むことで、国が長寿社会に対してどのようなスタンスを取ろうとしているのかを確認しました。その結果浮かび上がってきたのは「老人といえどものんびり隠居なんかさせない。ギリギリまで働いて自立してもらう」という鬼のような理念でした。

もしのんびり隠居したかったら自己責任で財産形成しろ、それができないなら死ぬまで働け。

これが国の本音なのでしょう。

まっぴら御免被る! と突っぱねたくなります。しかし、現実のデータ推移を見る限り、国もこうせざるを得ないのはわかります。残念ながら、“失われた30年”でそれほどまでに国力が衰えてしまいました。

どうあがいても、私たちは衰退国家で年老いていかなければなりません。

覚悟を決めましょう。納得いかないことは数あれど、ひとまず腹をくくりましょう。何がどうであれ、今いる場所で生きていかなければならないのですから。

 

正規雇用の人は継続雇用、でも非正規は?

さて、「高齢社会対策基本法」成立以降、法の理念に基づいて、高齢者が就労/就業するための環境が整えられてきました。

現在の日本で最大の人口ボリュームゾーンである団塊の世代、つまり昭和22年から昭和25年に生まれた人たちが全員75歳以上の後期高齢者となる2025年は一つの分水嶺になります。なにせ国民の約5人に1人が後期高齢者、そして約3人に1人が65歳以上という驚きの時代になるのですから。

それがあと2年後にせまった今、時間はほとんど残っていません。急ピッチで「まだ働けるなら何歳だろうと働いてもらう社会」の実現が図られています。

その対策の一つが「高年齢者雇用安定法」の改正でした。令和3年の改正によって、これまで努力義務だった65歳までの雇用確保が義務となり、継続雇用制度の努力義務も上限が70歳に引き上げられました。

でも、なぜ70歳なのでしょう?

これはあくまで私見ですが、現在の健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)の平均が男性で72歳、女性で75歳ぐらいなので、企業が戦力にしうるのはそのあたりが限界と判断されたのでしょう。

しかし、すでにお気づきかと思いますが、定年云々は正規雇用で働いている人しか関係ありません。

現時点では60代女性の就業者のうち、正社員は約20パーセント、50代でも40パーセント程度とされています。ですので、正規雇用でない過半数は、今回の法改正から受けられる恩恵はありません。(なお『顧問』や『相談役』なんて肩書で会社や関連会社に残れる方ははじめから読者対象外です。あしからず)

雇用改革と同時に年金改革も進み、支給開始年齢を遅らせる「繰り下げ受給」の上限が70歳から75歳に引き上げられました。「繰り下げ受給」とは、年金受給を開始する年齢を遅くすればするほどひと月分を増額しますよ、という制度です。

もし、75歳まで受給しなければ、月額は最大で84パーセント増えることになります。国民年金が月6万円しかない場合でも、75歳まで我慢すれば月11万円になるわけですね。逆に繰り上げて60歳からもらおうとすると最大25~30パーセントも減額されます。こういうところにも「隠居させたくないお気持ち」がよく表れています。増額はインセンティブかもしれませんが、減額は罰みたいなものですから。支給総額で均されるという人もいますが、インセンティブを期待して75歳まで耐えたのに明日が誕生日という日に死んじゃうかもしれません。そんな賭けみたいなこと、私はあまりしたくありません。

でも、制度はそうなってしまっているわけで、どちらを選ぶかは自分次第、なのでしょう。

 

経験を活かすか、未経験に飛び込むか

どうでしょうか。

富裕層以外は高齢者になってもまだまだ働かなければならない社会になったことはご理解いただけたでしょうか。

つまり、今後は高齢者でも求職するのが当たり前、ということになります。

でも、闇雲に探すだけではアンマッチになるでしょう。第一回で本連載の趣旨を「50歳以上の『老後の稼ぎ方』に焦点をあてつつ、『自分に合った未来/なりたい自分』を見つける」としたのは、まさにこれが理由です。

働き口を探すためには、まずは自分がどんな風に働きたいのか/働かなくてはいけないのかを明らかにしなければなりません。

というわけで、私のケースに戻ります。

第一回で検討した通り、私は最低でも月11万円は稼がなければなりません。15万円ぐらいあれば若干の余裕は生まれそうです。

もし、今のペースで物書き仕事を続けていけるならば、このぐらいの金額ならなんとかなるでしょう。しかし、年を取れば取るほど受注量が漸減していく蓋然性は相当高い。ライターを取り巻く環境は年々厳しくなるばかりだからです。よって、専業ライターから兼業に移行することも視界にいれなければなりません。ならば、ライターの仕事がある間はこれを柱にしつつ、足りない分を非正規雇用か別の業態の仕事を並走することで補っていくことになるのでしょう。

しかし、高齢になって新しく一から始められる仕事なんてあるのでしょうか。

50代からなにか新しい仕事を始めるとすると、方法は二つあります。

起業するか、被雇用者になるか、です。

シェークスピア風に言えば、“To be employed, or to start your own business, that is the question.”ってなところでしょうか。

なぜ突然シェークスピア風? と思われたかもしれませんね。いえなに、ちょっと言ってみたかっただけですので、どうぞお気になさらず。

……え~、えへん。気を取り直し、話を進めます。

もっとも手っ取り早いのは、経験を活かした仕事に就くことです。

私の場合、20代で小売店の販売員(店長含む)、経理事務、オープン系システムのプログラマ、30代で飲食や小売の経営分析関係の仕事などをした経験があります。その他、アルバイトでライブハウスのスタッフ、書店員、テレフォンアポインターなどもしたことがあります。

ふむ。自分で言うのもなんですが、こうして見ると職業の選択に一貫性がありません。見事にバラバラです。迷走ばかりの生涯を送って来ました。

とはいえ、迷走がマイナスだったかというとそうでもありません。

物販から飲食まで幅広く接客業を経験したことで「世の中いろんな人がいる」というのを実感しました。店長職や経理の仕事では企業内でのヒト・モノ・カネの動きを実地で学びました。経営分析の仕事では、ヒト・モノ・カネがどんな理屈で動かされているのかを実見しました。また、プログラマ時代には、業務フローの分析手法やシステムへの落とし込み方を習得しました。

一つ一つの従事期間が短いのですべて触りを覚えた程度ですが、それぞれの経験が玉突きのように次の仕事に繋がり、結果的には人生の幅を広げてくれたので、私としては「無駄は一つもなかった」と胸を張って言えます。ライターになってからだって、すべての経験が貴重な糧になりました。

しかしながら、「高齢になってからする仕事」を前提にすれば、どの経験が役立ちそうでしょうか。

今のところ起業はハードルが高そうなので、ひとまず被雇用者になる前提で検討します。

まず、経営分析系の仕事ですが、これはもうきっぱり無理です。当時やっていたのはアシスタントレベルの業務なので、箸にも棒にもかかりません。しかも、得たはずの知識だって、20年以上経った今ほぼ何も残っていない上に、残っていたところで21世紀のビジネスで通用するとも思えません。よって、この線は最初からないものとします。

経理事務も然り、です。今は経理ソフトなどを使うのが一般的なのでオペレーターレベルならやれるでしょうが、その手の事務仕事に高齢者を採用する雇用者がいるとは思えません。縁故ならともかく、一般募集ではまずないでしょう。

その点、接客の仕事は比較的見つけやすいと思われます。特にファストフードや飲食チェーン店は、昨今の人手不足のあおりを受け、高齢者雇用に積極的な企業も出てきています。コンビニエンスストアも高齢者雇用に寛容です。

もし応募し、無事雇われたとして、「接客」自体にはさほど不安はありません。また、ポスレジやハンディターミナルなどの機器にも苦手意識はありません。むしろ未知の機械を触るのは好きな方です。使いこなせるかどうかは別として、ですが。

一方、自信がないのは体力です。店員をしていた頃は何時間も立ちっぱなしが当たり前でしたが、それができるだけの足腰もありました。まだ若かったですから。でも、今はどうでしょう。

つい先日、三時間ほど立ちっぱなしになる機会があったのですが、かなり足腰の痛みやしびれを感じましたし、翌日にも疲れをひっぱりました。よって、連日数時間の立ちっぱなしはかなり辛そうです。慣れれば必要な筋力も若干戻るかもしれませんが、大きな不安要素ではあります。

次にプログラマ。求人の多い業界です。しかし、現在の技術についていけるかというと、私のレベルでは難しいところです。需要が高いJavaやPython(*1)のサンプルコードを読むと、何をやっているかはなんとなくわかるものの、書けと言われたら無理です。というか、昔やっていた言語でもすぐには書けません。近頃流行りのリスキリング(*2)をやればなんとかなるかもしれませんが、稼げるほどになるまでには時間がかかりそうです。それに、そもそも雇用されるとなるとやっぱり若い人優先でしょうし、ブランクが長い、あるいは未経験に近い高齢者では難しいでしょう。

こうしてみると、やはり経験だけで後半人生の仕事を選ぶのは難しそう。ですので、次回は「中高年と高齢者のお仕事事情」をチェックしていきたいと思います。

*1 コンピューター専門の言語=「プログラミング言語」の種類。
*2 新たな知識やスキルを学ぶこと。

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第2回▶ なが~い年金生活。足りない分はどうする?

前回、人生百年時代を生きる私はどうやらお先真っ暗らしい、という話をいたしました。

しかも、それは私だけではなさそうだとも書きました。

ですので、今回はその話からしていこうと思います。

暗い予測の源になったのは政府発表のデータです。

厚生労働省の資料「令和3年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、現時点でも公的年金受給者の半数弱が月額10万円未満しか貰えていません。さらに男女別で見ると、男性の約6割が月額15万円以上受給しているのに対し、女性は逆に6割以上が月額10万円未満になっています。

女性の受給額の平均値が低くなるのは、専業主婦率が高かった時代に妻は第三号被保険者であるケースが多く、厚生年金であっても受給年額が下がるためです。令和3年度の厚生年金の平均月額受給額は14万5,665円ですが、夫が亡くなった場合、第三号被保険者の受給金額は4分の3に減額されます。平均値で換算すると11万円弱になるので、いきおい女性の平均値が押し下げられるわけです。

 

年金収入だけでは、毎月赤字に

月収10万円。

生活費はこれで十分ですという人は、どれぐらいいるのでしょうか。

家賃の心配がなければなんとかなるかもしれません。

データ(住宅・土地統計調査 2018年)で見ると世帯の持ち家率は60パーセント程度。ですが、単身女性となると69パーセントにまで上がります。

家賃がいらない分、支出は押さえられます。しかし、修繕費や固定資産税、マンションだとさらに管理費などは必要ですから、そうした支出を勘案すると、やはり2~3万円はプラスして考えておきたいところ。

すると月3万円程度の赤字が発生します。

つまり年36万円、100歳まで生きるとしたら1260万円の貯蓄が必要です。私の5000万円弱に比べたらまだしもですが、それでも大金には変わりありません。

では、みんなそんなに貯蓄があるのでしょうか。

金融広報中央委員会が発表している令和4年(2022年)版「家計の金融行動に関する世論調査」によると、単身者の平均貯蓄額は50代で1,048万円、60代で1,388万円、70代で1,433万円となっています。

みなさん、結構持っているのねえ……とため息が出そうになりますが、ちょっと待ってください。
ここに統計の罠があります。

この数字、あくまでも「平均」なんです。つまり、とてつもない貯蓄額を持っている人が一人いるだけで、全体が上方に引っ張られるのですね。

案の定、中央値、つまり調べた人たちを順番にならべてちょうど真ん中になる人の金額となるとまったく違う数字が出てきました。

50代で53万円、60代で300万円、70代で485万円。驚くほど低くなります。半数以上の人が、老後を支えるには不十分な貯蓄しかないのです。

これが二人以上世帯、つまり家族と住んでいる人たちになると50代で350万円、60代で700万円、70代で800万円と倍以上に増えますが、人生百年時代の貯蓄としては不十分なのは前出の数字を見てもあきらかです。

これは困ったことになりました。

平均的な年金受給額や貯蓄額の中央値を鑑みるに、国民の半数近くが決してうかうかしていられない状況にあるようです。なかんずく、私のような単身女性高齢者(予備軍)の老後は真っ暗闇っぽい……。

ですが、もうお気づきのように、ここまでの試算はあくまで「年金しか収入がない場合」に限った話でした。他に収入を得る手段があればまた違ってきます。

この恐ろしい試算を覆す方法はただ一つ。

元気に働けるうちは働く。

これしかありません。

実は、日本国政府はもうとっくに政策を「生涯現役」路線に切り替えています。

高齢社会対策基本法、という法律があるのはご存知でしょうか。

平成7年(1995)に公布された法律で、直近では令和3年、つまり一昨年に改正法が施行されました。

内容は名前の通り、政府が高齢社会対策をするための基本となる法律です。これを読めば、政府がどのように高齢社会対策を進めていくつもりなのかがはっきりとわかります。ですので、この法律の内容をチェックしてみようと思います。

 

国が目指すのは、「みんなで高齢社会対策」

さて、法律にはその理念をざっくりと要約する「前文」がつきものです。もちろん高齢社会対策基本法にもあります。比較的短いので、以下に全文を引用したいと思います。

──────────

我が国は、国民のたゆまぬ努力により、かつてない経済的繁栄を築き上げるとともに、人類の願望である長寿を享受できる社会を実現しつつある。今後、長寿をすべての国民が喜びの中で迎え、高齢者が安心して暮らすことのできる社会の形成が望まれる。そのような社会は、すべての国民が安心して暮らすことができる社会でもある。

しかしながら、我が国の人口構造の高齢化は極めて急速に進んでおり、遠からず世界に例を見ない水準の高齢社会が到来するものと見込まれているが、高齢化の進展の速度に比べて国民の意識や社会のシステムの対応は遅れている。早急に対応すべき課題は多岐にわたるが、残されている時間は極めて少ない。

このような事態に対処して、国民一人一人が生涯にわたって真に幸福を享受できる高齢社会を築き上げていくためには、雇用、年金、医療、福祉、教育、社会参加、生活環境等に係る社会のシステムが高齢社会にふさわしいものとなるよう、不断に見直し、適切なものとしていく必要があり、そのためには、国及び地方公共団体はもとより、企業、地域社会、家庭及び個人が相互に協力しながらそれぞれの役割を積極的に果たしていくことが必要である。

ここに、高齢社会対策の基本理念を明らかにしてその方向を示し、国を始め社会全体として高齢社会対策を総合的に推進していくため、この法律を制定する。

──────────

要約すると「日本は長寿社会になって、国民全員がそれを享受できるようになるべきなんだけど、現実は追いついていないから社会全体で高齢化対策を進めていきましょうね」というところでしょう。大変結構なことだと思います。

しかし、実際にはどのように進めていくつもりなのでしょうか。

根本となる理念は次のようなもの、であるようです。

──────────

(基本理念)
第2条 高齢社会対策は、次の各号に掲げる社会が構築されることを基本理念として、行われなければならない。

一 国民が生涯にわたって就業その他の多様な社会的活動に参加する機会が確保される公正で活力ある社会

二 国民が生涯にわたって社会を構成する重要な一員として尊重され、地域社会が自立と連帯の精神に立脚して形成される社会

三 国民が生涯にわたって健やかで充実した生活を営むことができる豊かな社会

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さて、ここで注目したいのが高齢社会対策基本法基本理念の第一が「生涯にわたって就業その他の多様な社会的活動に参加する」社会を目指すことになっている点です。「定年後は隠居して安穏と暮らせる」社会を目指していないのです。

さらに、国民は「生涯に渡って社会を構成する」一員であり「自立」していなければいけません。ぼんやりと他人様頼りの生活をする高齢者は国として望ましくないのです。しかも自助と共助は明記されていますが、公助については素知らぬ顔です。現政権の思想がとてもよく表れている気がするのですが、いかがでしょうか?

私などは第三こそが第一にもってくるべき“基本理念”であり、それを実現する責任の主体は国家であると宣言してもらいたいのですが……。

こうしたことを踏まえ、前文の主旨を私なりに国の本音バーションに翻訳しますと次の通りになります。

《我が国は世界に類を見ない高齢者社会になった。良し悪しはともかく、こうなることは数十年前からわかっていたにもかかわらず、国も社会も個人もほとんど準備ができていない。

そのため、老人といえどもギリギリまで現役でいてもらわないと立ち行かなくなる。よって、高齢者だろうがなんだろうがボケーっとさせずにキリキリ働かせる社会を作らなくてはならない。》

こんなところだと思うのですが、どうでしょう?

ちょっと意地悪な翻訳にも感じられるかもしれませんが、私は本当にこうなのであろうと見ています。というのも、各省庁が行っている個々の政策は自立促進政策ばかりなのです。

次回はそのあたりを確認しながら、21世紀老人はどんな働き方ができるのか、あるいはしなければならないのかを見ていきたいと思います。

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第1回▶ 「人生百年」が現実に。喜ぶべきか、憂うべきか。

今月から「50歳からのハローワーク」と題するエッセイを連載することになりました。どうぞよろしくお願いいたします。

さて、このタイトル、一見して既視感を覚えられた方もいらっしゃるかと思います。

今からもう20年も前、2003年に芥川賞作家の村上龍さんが『13歳のハローワーク』という本をお出しになりました。

これから大人になっていく思春期の少年少女に向けて、無数にある職業の数々を具体的に解説し、「自分に合った未来/なりたい自分」を見つけてもらおうとする内容で、たいへんなベストセラーになりました。

当エッセイは、そんな素敵な本にあやかり、50歳以上の皆さんを対象に、「老後の稼ぎ方」に焦点をあてつつ「自分に合った未来/なりたい自分」を見つけるお手伝いをしたい、と願って書かれています。

……いえ、嘘はいけませんね。

本当は私が「老後の稼ぎ方」に焦点をあてつつ「自分に合った未来/なりたい自分」を見つけたいのです。

あら、50歳にもなってまだ自分探し? と思われたかもしれません。

確かに、私たちが子供だった頃……昭和の時代には50歳といえばそろそろ人生も終盤。還暦を過ぎたら社会の一線からは外れて余生を過ごすモードに入るのが当たり前でした。

しかし、時代は変わりました。

変わってしまったのです。

今や50歳は単なる人生の折返し地点に過ぎなくなってしまいました。

近頃、人生百年時代、なんていう言葉を目にする機会が増えましたね。

この言葉、長寿社会を象徴的に「百年」と表現しているだけではありません。日本は本当に「人生が百年続く時代」に入りつつあるのです。少なくとも、今の50代60代にとって“百歳まで生きる”は夢物語ではありません。十分あり得る、現実的な話です。この点をしっかりと脳に焼き付けておかないと、50歳を過ぎてから「自分に合った未来/なりたい自分」を探すなんて話はバカバカしく見えるでしょう。

ですので、最初の4回ほどは「21世紀に老人として生きるリアル」を確かめていこうと思います。

 

半世紀前の「余生」は15~25年

さて、その昔……今の50代60代が子供だった半世紀ほど前、日本人の平均寿命は女性が約75歳、男性が約70歳でした。ただし、もっとも死亡数が多くなるピーク年齢はだいたい平均寿命に4~5歳を足したぐらいなので、女性は80歳、男性は75歳前後で亡くなる人が多かったとみられます。

当時はちょうど社会全体が55歳定年制から60歳定年制に移り変わろうとしていた時代でした。ですので、サラリーマン男性の多くは15年から20年の「余生」があったでしょう。

一方、女性は学校卒業後、“家事手伝い”なる謎の身分に落ち着く人もたくさんいました。今だとニートに分類されてしまうでしょう。いやはや、世は変わったものです。

就職する人ももちろんいました。ですが、20代を半ばも過ぎれば結婚退職するか、会社から早期退職を求められました。中には女性のみ35歳定年制という信じられないような会社もありました。それは極端としても、女性は50歳定年とする会社が一般的だったようです。

なお、専業主婦率が高かった時代ではあったものの、女性の就業率そのものは4割程度ありました。しかし非正規がほとんど。ですので、男性のように「定年」を経験する女性は数少なかったでしょう。

多くの女性にとっては子育ての終了がひとつの区切りとなり、子供が独立した後が「余生」と感じられたのかもしれません。あるいは、夫の定年を以て自分も余生に入ったとみなした女性もいたでしょう。

そのように仮定すると当時の女性の「余生」は男性より長めの25年程度ということになります。

15年から25年の余生。決して短くはありません。しかし今と比べて退職金や年金支給額は多く、一方で物価はまだ安く、消費税はなく、社会保険料も今ほど高くなかった時代です。さらに核家族化もさほど進んでいなかったので、家族の平均像はサザエさん型の同居世帯でした。つまり、老後の世話をしてくれる人が誰かいる状態です。よって、老後生活がとても心配、という人は今よりはかなり少なかったでしょう。

 

90代まで生きるのが当り前の時代へ

しかし、半世紀の年月が流れ、状況は激変しました。

2023年の最新データによると、現在の日本人の平均寿命は女性が87.09歳、男性が81.05歳です。さらに40年後の未来、2060年には女性91.26年、男性85.22年に達すると見られています。今50歳ぐらいの人は平均余命が40歳はある、ということになります。

しかも、この数値は「平均」です。前述した通り、死亡ピークは平均寿命に4~5歳を足したぐらい。つまり、女性は95歳ぐらい、男性は90歳ぐらいまで当たり前のように生きることになるのです。「人生百年時代」は決して単なる比喩ではなかったのですね。

人生百年。

こう聞いて、どう思われるでしょうか?

百歳まで長生きできるなんて素敵! と心躍りますか?

それとも、そこまで生きるのって大変そう……とちょっと尻込みするでしょうか。

今52歳の私はというと、後者よりもっとネガティブで、「百年も生きなきゃいけないなんてうんざりする」というのが正直なところです。本当にそうなら、ようやく折り返しを過ぎたばかりになります。これまで生きてきたのと同じだけの時間をもう一度歩んでいかなければならないと思うと、手放しで喜ぶ気になれません。

もちろん、私だって十代の記憶力や体力、二十代のお肌、三十代の行動力、四十代の判断力や実行力を百歳まで保ったまま生きられるのであればやぶさかではありません。

しかし、人はどんどん老化します。つまり、心身ともに衰えていくのを覚悟しなければなりません。最近の老人がいくら昔よりは“若い”って言ったって、老化のスピードが少し緩やかになっているだけ。若返るわけではないのです。

しかし、それより心に重くのしかかるのが「経済問題」です。

寿命が長くなれば、老後資金もたくさん必要になります。

では、いくらあれば安心なのでしょうか?

これは個々の事情によって大きく異なるので、ひとまず私自身をモデルケースにして、必要な額を考えたいと思います。

 

公的年金だけで「余生」を生きるのはムリ!

私の生業は文筆業、今どきの言葉だとフリーランス・ライターです。ですので、定年退職という概念はありません。やりたければ何歳でもやっていられます。しかし、よほどの人気ライターでもない限り、いえ、よほどの人気ライターでも年をとるにつれ仕事は減っていきます。

先輩ライターの事情を眺めていると、今のところ60歳ぐらいがひとつの壁になっているようです。頑張れば65歳ぐらいまで同じ仕事をすることは可能かもしれませんが、貯蓄をする余裕などはなくなるでしょう。

ですので、普通のサラリーマンと同じく、定年60歳雇用延長65歳とみなすことにいたします。

では、まず支出金額から見ていきましょう。

私は持ち家がないので、借家の家賃が必須です。次に医療費や介護保険料を加えた上で、今後のインフレなども勘案すると、生活費としては月に18万円から20万円を見ておいたほうがよさそうです。まあ頑張って倹約するとして、ひとまず18万円にしておきましょう。

収入はどうでしょうか。年金は今のところ月額8万円弱といったところです。

令和2(2020)年度の国民年金平均支給額は月額56,252円です。私の場合、35歳まで会社勤めをしていたので厚生年金に加入していた期間があり、国民年金だけよりは少し多めにあるはずなのですが、将来的に月額が減らされる可能性が大きくあります。よって、手堅く7万円ということにしておきましょう。

ということは、65歳以後は毎月11万円も赤字が出ることになります。年換算すると132万円。この赤字分を貯蓄で補うとしたら一体どれぐらい必要になるのでしょうか。

もし人生百年時代を地でいってしまったとしましょう。

すると、余命は35年です。35年間、貯蓄だけで赤字補填しようとすると4620万円必要になります。

4620万円!

自分で計算しておいてなんですが、今とってもびっくりしています。

4620万円!

あまりに驚きすぎたので2度書いてしまいましたが、そんな大金、65歳までに全額用意しておくなんて到底無理です! 現時点で、老後資金として公的年金だけを頼りにしていては到底生きていけないのが確定しました。

さて、ここまでお読みになって、他人事と思われたでしょうか。それとも自分もそうなるかも……と心配になられたでしょうか。

実はこの数字、私の個人的な危機ではありません。

調べるうちに、これから老後を迎える女性の半数近くが、程度の大小はあれ、同じような境遇になりそうなことがわかってきました。

次回は、そのことについて触れたいと思います。

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。