◀第11回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑦──「農業」を生業にするために直面すること

<データ>

職業名 農業

業種 第一次産業(第六次産業)

仕事内容 農作物や畜産物の生産

就業形態 経営

想定年収 100万~1000万

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 農業知識、経営能力、コミュニケーション能力

 

<どんな仕事>

農業についてはいまさら説明するまでもないでしょう。

近年、第一次産業の従事者が減り続け、後継者のいない耕作放棄地が社会問題になっています。そのため、農林水産省が率先してシニア世代(といっても50~59歳)の新規就農を勧めるような動きがあります。

また、退職後は農業地帯に家を持ち、新たに就農したいと希望する人たちも少なくありません。その多くは実家が農家など、元々第一次産業とつながりがあるケースですが、中にはまったくの新規就農を希望する人たちもいます。

イメージとして(あくまでイメージとして)、農業は老人でも就業が可能で、退職後にも充実した日々を送ることができる、いわゆる悠々自適のカントリーライフを得る手段と捉えられています。さらに、自家消費用の作物を得られれば家計の足しになりますし、直売所での販売などによって現金収入源を確保できます。もちろん、初期投資は必要ですが、退職金を活用して環境を整えることはできます。

また、地域に密着することで新たな人間関係を構築できれば、満ち足りた「終の棲家」を得ることもできるでしょう。新規就農の場合、経験や知識の不足といった課題が伴いますが、各地域の公的機関が提供する新規就農者への支援策や、居住地域の先達の協力を得ることで、スキルを身につけながら地域社会に溶け込んでいくことができるかもしれません。

また、もう少し事業寄りに考えるなら、農林水産業(第一次産業に製造業⦅第二次産業⦆と商業⦅第三次産業⦆)を融合させる第六次産業分野での起業を視野にいれるべきでしょう。

従来の農林水産業は、主に一次産品を生産し、協同組合などを通して出荷するのが中心でした。しかし、現在は生産者が自ら製造、流通、サービスに参入し、商品開発や加工、Eコマース(電子商取引)や直売所での販売などに携わるケースが増えています。

また、アグリツーリズムと呼ばれる、農業体験を都市部や外国からの旅行者に提供するサービス業も盛んになりつつあります。

2011年には「六次産業化・地産地消法」が施行されました。この法律は生産者の所得向上と地域活性化の両立を目指し、国の支援策も設けられています。これからの農業を事業として運営するならば、第六次産業化は避けられません。しかし、それには複数の業種にわたるノウハウの習得や設備投資が必要です。そのため、中小規模の生産者には負担が大きく、新規就農者がいきなり目指すにはかなりハードルが高い面があります。しかし、農業は初めてでも食品製造や流通販売に携わっていた経験があれば、必ず役立つでしょう。生産者として、地域の協力を得ながら、付加価値の高い事業モデルを構築できれば可能性はあるプランです。

 

<リアルな事情

自然と触れ合う、だけでない

シニアが新規就農する場合、既存農家の後継者として入るのであればさほど障壁はないでしょう。少なくとも住宅や農地や機材は揃っているはずです。現実に、地域農業を保持する役割を期待されてもいます。

ですが、完全に見知らぬ土地で新規就農となるとなかなか厄介です。

シニア雑誌の特集などを見ると、古民家を購入して自家消費用の野菜を無農薬で育てたりしている方々が、実によい笑顔の写真付きで紹介されています。ですが、よく読むと最初から現地となんらかの縁があった、あるいは資産的に余裕があるというケースが多いように見受けられます。

農業が今担い手不足に直面しているのは確かです。そのため労働力の多くを海外からの“研修生”に頼っています。もし、まったくの素人が、本当に一から生活の糧を得る手段として農業を始めるのであれば、“研修生”同様に“研修”と呼ばれる下働きに従事し、農業の実際を覚えるという手はあるかと思います。ですが、おそらく、なんの準備もしていないシニアには体力的にも精神的にもきついはずです。農園の仕事は田畑を耕すだけではありません。付随する作業が色々とあり、これがまた大変なのです。

先般、私はとある農園の作業所で出荷準備のアルバイトをしている方のお話を聞きました。その方は毎年真冬限定で発生する出荷作業をしているのですが、屋内作業とはいえ作物の傷みを防ぐために温度はほぼ外気温と同じ。太陽が遮られている分、よけいに寒くなります。そんな中、8時間ほどひたすら黙々と流れ作業をすることになります。正直、かなりの苦痛だそうです。そこには、農村風景で想像されがちなような、和気あいあいとおしゃべりしながら、時にはお茶でも飲んで、なんていうのどかな風景はありません。むしろ、食品工場の流れ作業に近い雰囲気だそうです。一日中同じ場所に立ってベルトコンベアを流れてくる弁当箱にハランを置くだけ、みたいな、あの感じです。

今どき、生産品に少しでも異物混入があればクレームにつながります。それがたとえ農作物であっても、虫や髪の毛の混入などもってのほかであるわけです。よって、食品工場並とまでは言いませんが、それに近い衛生管理がされています。私語も厳禁、だそうです。

耕作そのものの厳しさは比較的想像がしやすいでしょうが、農業にはその他の作業もたくさんあります。

結局のところ、素人の日曜菜園と産業としての農業ではまったく話が違うことを理解しておかないと、生活の糧を得る手段としての新規就農はかなり厳しいでしょう。

 

小規模営農ならば可能か?

では、最初の例に出したような自家消費+αの小規模営農はどうでしょうか。

結論から言うと、これも簡単ではないようです。

そもそも農業は熟練のスキルが要求される職業です。作物の栽培方法、病害虫への対処、機械の扱いなど、若いうちから先達に教わっていれば次第に一人前になれるでしょうが、定年後にいきなりこれらを独学するのはほぼ不可能でしょう。また、農作業の肉体的負担に耐えられるだけの体力があるでしょうか。テレビなどでは後期高齢者でも農作に励む姿が映し出されたりしますが、あれは長年やってこられたからこその姿です。基礎体力が違います。

人口減少が続く自治体などでは就農支援のための研修制度が設けられていたりしますし、農地も公的機関の斡旋で借りることができます。それでも、土地をよく知り、その場所に適した農業を教えてくれる先達が不可欠です。なぜなら、多くの場合、農村は独自のルールでつながる独立した共同体だからです。

いわゆる「田舎の習慣」に馴染めるかどうか。それが、シニア就農者が成功するかどうかの分かれ目と言われています。

「田舎の習慣」というと、なにやら不合理や因習の塊であるように誤解する人もいますが、実際はその共同体が共存共栄するために長い時間をかけて生み出した慣習です。その地域なりの理があるわけです。それを無視しては暮らしていけません。

移住しての新規就農に失敗する例は、十中八九人間関係構築の失敗にあるといいます。

よくあるのが、自然農法をいきなり持ち込んで、周囲の農家の不興を買うパターンだそうです。

都会の人間は無農薬や有機栽培が大好きです。しかし、周囲一帯が農薬や化学肥料を使う慣行農法(標準的な農法)の農家である中、自分の田畑だけ有機農法をやりたいと言っても普通は受け入れてもらえません。

なぜなら田畑には境目がなく、土も水も空気もつながっているからです。病虫害を防ぐには地域が一斉に同じ対策を取らないと意味がありません。自分のところだけやりたくない、では済まないのです。ですが、そこを理解できず、我を通して周囲との関係が悪化し、結局は地域から出ていかなくてはならなくなるケースは珍しくないとか。

また、自家消費で余った作物を破格の価格で販売するせいで、正当な値段(それでも一般流通品に比べれば安いわけですが)で販売している直売所が影響を受けるというケースもあると言います。無邪気な販売が価格破壊を起こしてしまうのです。これは、それで糧を得なければならない人たちにとっては大変困ったことです。当然、プロの農家の生産品と半素人のものでは品質に雲泥の差があるわけですが、消費者はとかく値段だけを見がちです。

結局のところ、農村で農家としてやっていくためには、規模の如何にかかわらず、その地域のルール内でやっていかなければならない。そのためには、土地をよく知らなければならない。つまり、土地の人々と良好な関係を築き上げた上でないと不可能です。ということは、新参者がいきなり現れて始めるのは無理、ということになります。

もし本気で就農したいのであれば、数年前からその土地に通い、キーマンとなりそうな人を見つけ、少しずつ関係を深めた上でアドバイスを受け、支援してもらいながら移住するのがベスト、ということになります。その第一歩として、アグリツーリズムの「収穫体験」や「耕作体験」に応募してみるのも手かもしれません。最近は短期就業を前提とした旅行を斡旋するサイトなどがあるので、アクセスしてみるといいでしょう。

また、農業の現実的な情報を発信するサイトや、新規就農のノウハウ本も出ています。雑誌の特集などで憧れるだけでなく、現実的な情報を収集し、計画的に準備できるのならば、素敵なシニア農業ライフも夢ではないと思います。

いずれにせよ、新規就農を成功させる上で大事なのは、長期的な計画であるようです。そしてこれは営農の上でも大変大切だということです。なにせ自然相手の仕事ですから、年々で結果が違います。収入は市場価格に左右されるし、たった一回の災害ですべての努力が無になることも計算に入れておかなければなりません。自然は決して人に優しいものではないので。

 

【参入方法】

・新規就農を募集する地域の役所や農協などに相談する

・就業前提旅行などで農業体験を重ね、農村との縁を作る

参考:おてつだび https://otetsutabi.com/

 

【こんなタイプにぴったり!】

・体力がある

・計画性がある

・協調性がある

・柔軟性がある

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・金銭的な余裕がない

・情報収集が苦手

・何があっても我が道を行きたい

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。