◀第5回▶“お仕事”あれこれリサーチ その①──誰でもいつでも簡単になれる? 「フリーランス・ライター」

さて、今回からは50歳以上でも始められそうな、あるいは世間で“始められる”と認識されている職業のあれこれを、具体的に見ていきます。なお、こうした記事に付きものの☆いくつ的な数値表現はいたしません。適性は人によって異なるからです。ただし性格的な向き不向きや想定月収などは示すようにいたします。

映えある第一回は、私自身の職業である「フリーランス・ライター」、一般名称「フリーライター」を紹介します。

副業やリタイア後の職業として人気のようですが、はたして実態は?!

 

<データ>

職業名 フリーランス・ライター/無所属文筆業

業種 第三次産業/広告・出版・マスコミ業界

仕事内容 発注元から依頼を受け、取材や調査をして、相手が望む内容を揃えた文章を書く。

就業形態 案件ごとの業務委託契約。雇用され専属になることもある。在宅ワーク可能。

想定月収 0円~50万円(印税収入を除く)

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 平易な文章を書く力

情報収集/整理力

臨機応変なコミュニケーション能力

自己管理能力

 

<どんな仕事?>

フリーランス・ライターとは、案件ごとの都度契約で雑誌やWebサイトの記事執筆を行うライターのことを指します。クライアントから依頼された記事を執筆し、原稿料を受け取ります。仕事内容は、主に以下の通りです。

 

* クライアントから依頼された記事の企画・構成・執筆

* インタビューや取材活動

* 写真や動画の撮影・編集

* 校正・修正

 

フリーランス・ライターになるには、文章力や取材力、編集力などのスキルが必要です。また、クライアントとのコミュニケーション能力も重要です。自分の興味や関心のある分野を専門とするのもよいでしょう。

フリーランス・ライターとして活躍するためには、以下のポイントを押さえるとよいでしょう。

 

* 自分の強みや得意分野を明確にする

* クライアントとの信頼関係を築く

* 営業力やマーケティング力を身につける

 

以下に、フリーランス・ライターの仕事の種類をいくつかご紹介します。

 

* ニュースライター:時事問題やトレンドに関する記事を執筆する

* エンタメライター:音楽、映画、テレビ、スポーツなどのエンタメに関する記事を執筆する

* ビジネスライター:企業や商品に関する記事を執筆する

* コピーライター:商品やサービスの宣伝文句を執筆する

 

<リアルな事情>

さて、ここまではつらつら仕事内容を紹介しましたが、実は<どんな仕事?>部分の文章は、最近一般化しつつあるテクノロジーを使って作成しています。読んでいてなにか気づかれることはあったでしょうか?

種明かしをしますとこの文章、生成AI(人工知能)に「フリーライターの仕事について800字程度で説明して」とオーダーして書かせたものです。結果、ものの数十秒で十分使えるレベルの文章を出してきました。

これが一体なにを意味するのか。みなまで言わずとも、もうおわかりでしょう。

今後間違いなく、簡単な紹介記事やまとめ記事程度のライティング仕事はAIに取って代わられる、ということです。村上春樹氏が小説『ダンス・ダンス・ダンス』で「文化的雪かき」と表現したような仕事は、どんどん無くなっていくわけです。

執筆してくれたAIさんいわく、「フリーランス・ライターは、インターネットの普及により、近年ますます注目を集めている職業」で「自分のスキルや経験を活かして、自由な働き方を目指」せる職業なんだそうです。

ふむ、なるほど。

ライター業は自由な働き方である。それはそうかもしれません。勤務時間は自分で決められますからね。ただし、何を書いてもいいわけではなく、クライアントの望む通りの内容でなければなりません。自我を入れ込む隙はないわけです。もちろん、個性は自ずと香るものですし、後々それが武器になるケースもありますが、まずは心頭滅却して「文章生成マシン」になることが求められます。

自分のスキルや経験を活かせる。まあ、たしかにそうです。私も自分のスキルや経験を活かしてやっています。

しかし、なぜだかどうしてかライター業は「日本語が書ければ誰でもできる」と思われがちです。そして、元手がかからない仕事と看做されたりもします。

実際、求人サイトなどでは「スキマ時間にできる」「お小遣い稼ぎにぴったり」なんていう惹句が踊っています。「何か始めたいけど、特殊な技術はない」人向け、なんてアピールをしているものさえあります。専業ライターとしてイラッとすることこの上ないのですが、まあよしとしましょう。

言いたいことはただ一つ。「何か始めたいけど、特殊な技術はない」人が「スキマ時間にできる」レベルの案件ほど、今後はAIに取って代わられていくでしょう、ということです。上記の通り、AIさんは十分使える文章を秒で提出してきます。そうである以上、外注して経費を発生させる意味がありませんからね。(なお、今回掲載したものは職業的良心に則って多少手を加えています。)

しかしながら、ライター業にまったく将来性がないかというとそんなわけでもない、と私は考えています。

ひと言でライターと言っても内情は様々です。

最も一般的なのは、クライアントから受注した案件について取材をし、知り得た情報を整理して、文章化するタイプの仕事です。媒体に掲載される単発記事から、まるまる一冊を手掛ける「ゴーストライター」まで幅広い案件があります。

一方、最近増えているのは「こたつ記事」と呼ばれる類の案件です。ネット上の情報をいくつかコピー&ペーストして、読める日本語に整えた程度の記事を作成します。

また、自主的に取材し、記事化した原稿を出版社に持ち込む方法もあります。

これらのうち、一番簡単で、参入障壁が低いのは、言うまでもなく「こたつ記事」です。ですが、当然ながら、報酬は激安です。1000字書いて1000円なんていう目が点になるような案件さえあります。これらは最初から「コピペしてまとめるだけ」が前提なのでしょう。もし自力できちんと調べて文章化する手間暇をかけるなら、とてもではないけれども受注できる金額ではありません。

また、この手の案件では、コンテンツ管理システムに直接記事を入力して原稿を納品する形が一般化しています。CMS入稿と呼ばれていますが、WordPressやStudioなどの専用ソフトが使えないと仕事ができません。新しい技術についていく根性が必要とされるわけですね。とはいえ、Microsoft Wordや一太郎などのワープロソフトを使えたら十分対応できるレベルのものです。また、ソフト自体はクラウドでクライアントから提供されます。私も何度かCMS入稿をしたことがありますが、一、二度やればすぐ慣れました。編集者の仕事を肩代わりさせられているようで何だかモヤッとしましたが(CMS入稿を求められる案件ほど単価が安かったりするのに、です)。

次に多いのは「一般的なライター案件」です。昔は出版社などに営業をかけないといけませんでしたが、今は求人サイトで仕事を見つけることができます。ほとんどが業務委託として案件ごとに受注する形です。単価はこたつ記事よりは上がりますし、ゴーストライターとして一冊書く仕事なら一本数十万円単位のギャランティが支払われるでしょう。

しかし、その分、より専門性が求められるようになります。ビジネス記事を書くのに「CEO」の意味がわからなかったら話になりませんし、今まで一度も酒を呑んだことがない人が酒場紹介の記事を書いたところで魅力的なものにはなりません。つまりなんらかの引き出しがないと書けない、というわけです。

また、WEB媒体だと、記事作成にプラスして取材交渉や写真撮影もライターが担当するケースがほとんどです。本来、これらは編集者やフォトグラファーの仕事であるはずなのですが……。しかも多くの役割を求められる仕事ほど単価が安いという謎の逆転現象も起きています。

さらに、SEO(Search Engine Optimization)、つまりブラウザ検索への対策をした記事を求められるケースもありますので、適応した文章を書けるようにならなくてはなりません。

なお、ギャランティ的にもっとも割がいいのは大手出版社の紙媒体、最悪はこたつ記事を乱造乱発するタイプのウェブ媒体です。よって、理想は前者の仕事をすることですが、初心者がいきなり参入するのはかなりハードルが高いと思われます。

高額を稼げて、かつWEB募集から参入しやすいのは、ゴーストライターです。しかし、ゴーストライターは一種の専門職です。著者となる人物にインタビューをし、その人の言葉を引き出した上で構成する作業をしなければいけません。そのためには著者と会話が成立する最低限の基礎知識ぐらいは必要です。また、著者の話を補足するために周辺情報を独自調査し、原稿に付加しなければなりません。つまりリサーチ力が求められます。

私は以前、物理学の先生にお話を聞いてまとめる仕事をしたことがありますが、話が決まってからひと月は中学物理から大学の一般教養レベルまで付け焼き刃でおさらいしました。正直、死にそうになりました。ギャランティは普通だったけれども、あの知恵熱が出そうな労力に見合っていたかというと……。でも、もし私に学部卒程度の物理学知識があったなら、そこまで苦労はしなかったはずです。専門ライターが専門記事を短時間で書けるのは膨大な蓄積あってのこと。そこに至るまでにはそれなりの時間と元手がかかっています。

つまり、何の専門性もない人が元手を一切かけずいきなりライターになって生活費を稼ぐ、なんていうのはほぼ夢物語なのです(小遣い稼ぎならいけるかも)。

逆に、これまでの人生の中で何か一つでも一家言持てるほど造詣を深めてきた分野があるとして、それをきちんと誰もが理解できるレベルの文章にする力があるならば、何歳からでも十分参入可能な職業ともいえるでしょう。実際、長年の趣味が高じた結果、ライターになった方はかなりの数います。実は私もその口の一人なのですが。

なお、未経験者がライターになるためには、知らないことは知らないと言える素直さと、できないことでもできるとハッタリをかませられる度胸が必要かと思います。

最後に、自主取材をして記事化した原稿を出版社に持ち込むケースですが、ここまでいくとすでにドキュメンタリー作家の領域に入ってきます。ですので、回を改めて触れたいと思います。

 

【参入方法】

1.WEBのライター求人に応募する。

2.出版社やWEBコンテンツ業者にライターとして売り込む。

 

【こんなタイプにぴったり!】

・「ひとりでコツコツ」が好き

・好奇心が強く、新しい知識や知らない分野への興味が旺盛

・知らないことは知らないと素直に言える

・できないことでもできるとハッタリをかませられる

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・自我が強すぎる/プライドが高すぎる

・社会情勢に対する認識や知識をアップデートできない

・スケジュール管理ができない

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第4回▶お仕事は鼻歌まじりで探したい。でも現実は……

今回は「中高年の求職事情」を見ていきたいと思います。

被雇用者になる前提で仕事を探すとなると、まず思いつくのがハローワーク、正式名称・公共職業安定所での求職です。高年齢層には“職安”の響きの方が耳慣れているかもしれません。

昭和22(1947)年制定の職業安定法に基づいて設置された公共職業安定所は、厚労省が運営する行政機関です。国民の誰もが有する「勤労権」の確保を最大の目的としています。 よって、高齢者対象の求人も取り扱っています。50代以上にはどんな仕事があるのかをチェックするには最適といえるでしょう。

ところで、求人条件に年齢制限を付けるのは一部の例外を除いて原則禁止であることはご存知でしょうか。平成19(2007)年に雇用対策法が改正され、求人を出す事業主は募集や採用に年齢制限をかけることが禁止されました。理念上、求職者に対して「年齢に関わりなく均等な機会を与えなければならない」としたためです。

しかし、実態はというと応募条件に年齢制限がなくとも、書類審査の時点で足切りされることが多いそうです。

「応募はお好きにどうぞ、でも採用するかしないかは別」というわけです。もちろん、不採用の理由として「あんたは年寄りだから不合格」と告げたらアウトですが、「適性がないと判断しました」であればOK。そう言われたら誰も文句をつけられません。あまりに露骨な違反を繰り返す企業は行政指導されることもありますが、罰則はないのでなあなあになっています。また、社則に定年がある場合はそれ以下に制限してもよいとなっています。まあ、企業側としては一から仕事を教えたって10年働けるかどうかもわからない人は採りたくないでしょう。気持ちはわかります。そんなわけで、今のところ求人の年齢制限撤廃法令は有名無実です。

よって、求人サイトなどの「年齢不問」を真に受けていると、いつまで経っても「お祈りメール」(*1)しか届かないなんていう悲しい事態に陥ることになります。

大変残念ながらハローワークでの求職も同様です。

ハローワークの求人情報はインターネットでも閲覧できます。そして年齢を正直に申告した上で検索しても、かなりの数がヒットします。けれどもそれは建前に過ぎません。年齢制限をかけたら法令違反になるからヒットする、だけです。

本気で中高年OKの求人を見たいならば、実際にハローワークに出向き、高齢者も対象であると明記されているコーナーをチェックするに限ります。「ハローワークで仕事を探すならネットで十分」と思っているならそれは甘い、と言わざるを得ないわけです。

そんなわけでつい先日、ある自治体のハローワークに行き「高齢者向け求人」コーナーをチェックしてきました。そして、理解しました。案の定、50代以降はやりたい仕事ではなく、やれる仕事を探すしかないのだ、と。

 

「高齢者可」求人の現実

50代の求人はまだギリギリ正社員もあります。しかしそれ以上はほぼ見当たりません。「高齢者が活躍中」と書いてあっても、その雇用形態はパートやアルバイトです。

もしあなたが何か特殊な技能や資格、かなりハイレベルな業務経験を持っているのであれば60代正社員を見つけることは可能でしょう。特に医療看護系の資格は強く、民間の中高年向け転職サイトでもかなり好条件の求人を見つけることができます。また建築施工管理の求人も比較的多いようです。

では「未経験可」はどうでしょうか。

この場合、職種は介護補助、調理補助、清掃、警備に限られると思って間違いはありません。店舗スタッフも若干見受けられますが、いずれにせよ体力が必要な仕事です。さらに言うなら雇用形態は非正規、給料はほぼ最低賃金です。

働く目的が「年金の補完」で、月に10万もあれば御の字だったらこれでも十分でしょう。ですから、「働く場所」がないと悲観する必要はありません。

しかし、ある程度安定した被雇用者の立場を望む限り、基本的人権の一つである「職業選択の自由」は相当の制限を受けることを覚悟しなければなりません。残念ながら「職業選択の自由 アハハ~ン!」と鼻歌を歌えるのは若い人だけなのです。

 

鼻歌交じりで仕事を選ぶには

そんなのはいやだ! 何歳になってもやりたい仕事につきたい! いや、老い先短いからこそむしろやりたいことだけをやりたい!

もしくは、低年金/無年金だから正社員並の給料でないと無理!

そう思われるのであれば、方法はひとつ。

自営業者になるしかありません。そして、自営業者になるには三つほど手段があります。

 

1.起業して法人経営者になる

2.起業して個人事業主になる

3.フリーターになる

 

まず1と2ですが、最近は「シニア起業」などという言葉も出てきているように、老年期のひとつの働き方として注目されています。

長い社会人生活を経て、現役時代に培った技術、あるいはやってみたかったアイデアを実現するために会社を始めるのは心躍るに違いありません。また、なにか強い使命感を持って世の中を変えていこうとするなら、NPO法人を立ち上げて社会事業に進出するという手もあります。

もし事業計画を立てられるだけの豊富な経験や有意義な人脈があって、開業資金もしっかり用意できるならば、シニアになってからの法人起業は現実的な選択肢となるでしょう。逆に、これらが一つでも欠けていれば残念な結果になるのは必定です。うっかりすれば老後破産が待っています。

2の個人事業主は、法人の形を取らないで事業を始めるパターンです。個人経営で店舗を運営したりするのもこの枠に入ります。税務署に開業届けを出すだけですぐに「個人事業主」になれます。開業届けを出さないでも事業を始めることは可能です。法人起業に比べたら比較的簡単でしょう。

私はこの枠で仕事をしております。一応個人事業主の届けは出していますが、社会に向けては「フリーランスライター」と名乗っています。個人事業主とフリーランスの区分はさほど重要ではありません。

さて、個人事業主として仕事をするならば思い切って「未経験だけれどもやってみたい職業」に挑戦するのもいいかもしれません。

しかし、まったくの徒手空拳で始めるのはさすがに無謀。やはり事前の情報収集は必要でしょう。収集手段としては書籍がもっとも手頃簡便ですが、業界を舞台にしたドキュメンタリー作品や、お仕事ものの小説/漫画なども参考になるかもしれません。さらに最近はインターネット上で情報収集する手もあります(ただしネットリテラシーが必要です)。

ですが、情報を利用するとして、それが「表現物」である以上、たとえドキュメンタリーと謳われていてもそれには正負関わらず必ず何らかの情報バイアスがかかっている、つまり表現者の主観が影響している、というのは理解しておかなければならないと思います。制作者のさじ加減一つでキラキラの夢物語になっているかもしれないし、現実以上の残酷物語になっているかもしれないわけです。

とはいえ、概観するにはもってこいです。「これはなんらかの意図に沿って整えられた二次情報である」と自分に言い聞かせた上なら、とても有益ではないでしょうか。それらを見てもなお未経験から起業しようと決心されたのであれば、それはとても尊いことだと心から思います。

なお、成功者の物語は自らを鼓舞するには役立ちますが、現実を見据えるにはマイナスになりかねないな~という気がしています。ああいう方たちは人生のオリンピック選手のようなものです。パンピー(*2)がいきなり真似すると大怪我しかねません。

もしあなたが未経験から市民マラソンに出るとして、いきなりトップアスリートの練習方法をまねたりするでしょうか。しないですよね。「いや、自分はするよ」って? ……止めはしませんが、まずは年齢体力に応じた練習方法を模索した方がいいんじゃないかな、なんて私は思います。新しい仕事を始めるのも同じ。ゆめ、いきなり退職金を突っ込んで趣味の手打ち蕎麦屋やオーガニック・カフェなど始めたりなさいませんよう。

3の「フリーターになる」ですが、これは単発や短期のアルバイトをいくつも兼業してお金を稼ぐ方法です。昔々その昔、リクルートが作った「フリーアルバイター」の略語で、当時は新しい働き方のようにもてはやされましたね。それが単なる不安定雇用の言い換えに過ぎなかったことを考えるとうたた感慨に堪えないのですが、年金生活者になって、それを補うための労働形態としてならいいのではないかと私は思います。なにせ自分の好きな時間に、好きな仕事を(ある程度)選べるのは魅力です。今更人生全体のキャリアを考えなくてもいい老境だからこそ醍醐味がある働き方かもしれません。

なお、ときおりフリーターとフリーランスをごちゃまぜにしている方がいらっしゃるのですが、双方はまったく異なります。

フリーランスは案件ごとに業務契約を結び、業務達成の方法や労働時間は受注者に任されます。つまり、発注者の指揮監督下に置かれることは基本ないのです。ですので労働基準法でいうところの労働者にはカウントされません。一方、アルバイトは短期でも労働契約が結ばれ、契約の範囲内で雇用者の指揮監督下に置かれます。そして、労働基準法で保護される立場になります。

なお、今どきフリーターをするにもスマホの所持と利用は必要不可欠です。この連載はWEB上でやっているので、おそらく読者諸氏はIT機器を使いこなしていらっしゃると思います。ただ、今後も新たなIT機器がどんどん出てくるでしょう。もしついていけないと感じても国家が率先してICT化を進めている以上「年寄りは新しいものについていけない。年寄りにもやさしい手段を!」と主張しても無駄です。地縁血縁口コミで仕事を得られるのでない限り、ある程度新しい技術についていかなければなりません。新しい言葉やムーブメントが出てきたら何事もまずは自分で調べてみる。21世紀も中盤に入ろうとする今、これができないと仕事探しも難しくなるかと思います。

さて、4回にわたって、50歳から仕事を探す/始めるために心得ておいた方がよいことを模索してきました。次回からいよいよ具体的な仕事内容に入っていきたいと思います。

乞うご期待!

*1 お祈りメール
不採用通知のこと。不採用を知らせるメールの末尾が「今後のご活躍をお祈り申し上げます」の定型文で終わるケースが多いことから、就職活動する若者発のスラングとして流通するようになった。
*2 パンピー
一般人。一般ピープルの略語。

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第3回▶「最低でも70歳まで働け」と言われても……はてさてどうする?

前回は「高齢社会対策基本法」を読むことで、国が長寿社会に対してどのようなスタンスを取ろうとしているのかを確認しました。その結果浮かび上がってきたのは「老人といえどものんびり隠居なんかさせない。ギリギリまで働いて自立してもらう」という鬼のような理念でした。

もしのんびり隠居したかったら自己責任で財産形成しろ、それができないなら死ぬまで働け。

これが国の本音なのでしょう。

まっぴら御免被る! と突っぱねたくなります。しかし、現実のデータ推移を見る限り、国もこうせざるを得ないのはわかります。残念ながら、“失われた30年”でそれほどまでに国力が衰えてしまいました。

どうあがいても、私たちは衰退国家で年老いていかなければなりません。

覚悟を決めましょう。納得いかないことは数あれど、ひとまず腹をくくりましょう。何がどうであれ、今いる場所で生きていかなければならないのですから。

 

正規雇用の人は継続雇用、でも非正規は?

さて、「高齢社会対策基本法」成立以降、法の理念に基づいて、高齢者が就労/就業するための環境が整えられてきました。

現在の日本で最大の人口ボリュームゾーンである団塊の世代、つまり昭和22年から昭和25年に生まれた人たちが全員75歳以上の後期高齢者となる2025年は一つの分水嶺になります。なにせ国民の約5人に1人が後期高齢者、そして約3人に1人が65歳以上という驚きの時代になるのですから。

それがあと2年後にせまった今、時間はほとんど残っていません。急ピッチで「まだ働けるなら何歳だろうと働いてもらう社会」の実現が図られています。

その対策の一つが「高年齢者雇用安定法」の改正でした。令和3年の改正によって、これまで努力義務だった65歳までの雇用確保が義務となり、継続雇用制度の努力義務も上限が70歳に引き上げられました。

でも、なぜ70歳なのでしょう?

これはあくまで私見ですが、現在の健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)の平均が男性で72歳、女性で75歳ぐらいなので、企業が戦力にしうるのはそのあたりが限界と判断されたのでしょう。

しかし、すでにお気づきかと思いますが、定年云々は正規雇用で働いている人しか関係ありません。

現時点では60代女性の就業者のうち、正社員は約20パーセント、50代でも40パーセント程度とされています。ですので、正規雇用でない過半数は、今回の法改正から受けられる恩恵はありません。(なお『顧問』や『相談役』なんて肩書で会社や関連会社に残れる方ははじめから読者対象外です。あしからず)

雇用改革と同時に年金改革も進み、支給開始年齢を遅らせる「繰り下げ受給」の上限が70歳から75歳に引き上げられました。「繰り下げ受給」とは、年金受給を開始する年齢を遅くすればするほどひと月分を増額しますよ、という制度です。

もし、75歳まで受給しなければ、月額は最大で84パーセント増えることになります。国民年金が月6万円しかない場合でも、75歳まで我慢すれば月11万円になるわけですね。逆に繰り上げて60歳からもらおうとすると最大25~30パーセントも減額されます。こういうところにも「隠居させたくないお気持ち」がよく表れています。増額はインセンティブかもしれませんが、減額は罰みたいなものですから。支給総額で均されるという人もいますが、インセンティブを期待して75歳まで耐えたのに明日が誕生日という日に死んじゃうかもしれません。そんな賭けみたいなこと、私はあまりしたくありません。

でも、制度はそうなってしまっているわけで、どちらを選ぶかは自分次第、なのでしょう。

 

経験を活かすか、未経験に飛び込むか

どうでしょうか。

富裕層以外は高齢者になってもまだまだ働かなければならない社会になったことはご理解いただけたでしょうか。

つまり、今後は高齢者でも求職するのが当たり前、ということになります。

でも、闇雲に探すだけではアンマッチになるでしょう。第一回で本連載の趣旨を「50歳以上の『老後の稼ぎ方』に焦点をあてつつ、『自分に合った未来/なりたい自分』を見つける」としたのは、まさにこれが理由です。

働き口を探すためには、まずは自分がどんな風に働きたいのか/働かなくてはいけないのかを明らかにしなければなりません。

というわけで、私のケースに戻ります。

第一回で検討した通り、私は最低でも月11万円は稼がなければなりません。15万円ぐらいあれば若干の余裕は生まれそうです。

もし、今のペースで物書き仕事を続けていけるならば、このぐらいの金額ならなんとかなるでしょう。しかし、年を取れば取るほど受注量が漸減していく蓋然性は相当高い。ライターを取り巻く環境は年々厳しくなるばかりだからです。よって、専業ライターから兼業に移行することも視界にいれなければなりません。ならば、ライターの仕事がある間はこれを柱にしつつ、足りない分を非正規雇用か別の業態の仕事を並走することで補っていくことになるのでしょう。

しかし、高齢になって新しく一から始められる仕事なんてあるのでしょうか。

50代からなにか新しい仕事を始めるとすると、方法は二つあります。

起業するか、被雇用者になるか、です。

シェークスピア風に言えば、“To be employed, or to start your own business, that is the question.”ってなところでしょうか。

なぜ突然シェークスピア風? と思われたかもしれませんね。いえなに、ちょっと言ってみたかっただけですので、どうぞお気になさらず。

……え~、えへん。気を取り直し、話を進めます。

もっとも手っ取り早いのは、経験を活かした仕事に就くことです。

私の場合、20代で小売店の販売員(店長含む)、経理事務、オープン系システムのプログラマ、30代で飲食や小売の経営分析関係の仕事などをした経験があります。その他、アルバイトでライブハウスのスタッフ、書店員、テレフォンアポインターなどもしたことがあります。

ふむ。自分で言うのもなんですが、こうして見ると職業の選択に一貫性がありません。見事にバラバラです。迷走ばかりの生涯を送って来ました。

とはいえ、迷走がマイナスだったかというとそうでもありません。

物販から飲食まで幅広く接客業を経験したことで「世の中いろんな人がいる」というのを実感しました。店長職や経理の仕事では企業内でのヒト・モノ・カネの動きを実地で学びました。経営分析の仕事では、ヒト・モノ・カネがどんな理屈で動かされているのかを実見しました。また、プログラマ時代には、業務フローの分析手法やシステムへの落とし込み方を習得しました。

一つ一つの従事期間が短いのですべて触りを覚えた程度ですが、それぞれの経験が玉突きのように次の仕事に繋がり、結果的には人生の幅を広げてくれたので、私としては「無駄は一つもなかった」と胸を張って言えます。ライターになってからだって、すべての経験が貴重な糧になりました。

しかしながら、「高齢になってからする仕事」を前提にすれば、どの経験が役立ちそうでしょうか。

今のところ起業はハードルが高そうなので、ひとまず被雇用者になる前提で検討します。

まず、経営分析系の仕事ですが、これはもうきっぱり無理です。当時やっていたのはアシスタントレベルの業務なので、箸にも棒にもかかりません。しかも、得たはずの知識だって、20年以上経った今ほぼ何も残っていない上に、残っていたところで21世紀のビジネスで通用するとも思えません。よって、この線は最初からないものとします。

経理事務も然り、です。今は経理ソフトなどを使うのが一般的なのでオペレーターレベルならやれるでしょうが、その手の事務仕事に高齢者を採用する雇用者がいるとは思えません。縁故ならともかく、一般募集ではまずないでしょう。

その点、接客の仕事は比較的見つけやすいと思われます。特にファストフードや飲食チェーン店は、昨今の人手不足のあおりを受け、高齢者雇用に積極的な企業も出てきています。コンビニエンスストアも高齢者雇用に寛容です。

もし応募し、無事雇われたとして、「接客」自体にはさほど不安はありません。また、ポスレジやハンディターミナルなどの機器にも苦手意識はありません。むしろ未知の機械を触るのは好きな方です。使いこなせるかどうかは別として、ですが。

一方、自信がないのは体力です。店員をしていた頃は何時間も立ちっぱなしが当たり前でしたが、それができるだけの足腰もありました。まだ若かったですから。でも、今はどうでしょう。

つい先日、三時間ほど立ちっぱなしになる機会があったのですが、かなり足腰の痛みやしびれを感じましたし、翌日にも疲れをひっぱりました。よって、連日数時間の立ちっぱなしはかなり辛そうです。慣れれば必要な筋力も若干戻るかもしれませんが、大きな不安要素ではあります。

次にプログラマ。求人の多い業界です。しかし、現在の技術についていけるかというと、私のレベルでは難しいところです。需要が高いJavaやPython(*1)のサンプルコードを読むと、何をやっているかはなんとなくわかるものの、書けと言われたら無理です。というか、昔やっていた言語でもすぐには書けません。近頃流行りのリスキリング(*2)をやればなんとかなるかもしれませんが、稼げるほどになるまでには時間がかかりそうです。それに、そもそも雇用されるとなるとやっぱり若い人優先でしょうし、ブランクが長い、あるいは未経験に近い高齢者では難しいでしょう。

こうしてみると、やはり経験だけで後半人生の仕事を選ぶのは難しそう。ですので、次回は「中高年と高齢者のお仕事事情」をチェックしていきたいと思います。

*1 コンピューター専門の言語=「プログラミング言語」の種類。
*2 新たな知識やスキルを学ぶこと。

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第2回▶ なが~い年金生活。足りない分はどうする?

前回、人生百年時代を生きる私はどうやらお先真っ暗らしい、という話をいたしました。

しかも、それは私だけではなさそうだとも書きました。

ですので、今回はその話からしていこうと思います。

暗い予測の源になったのは政府発表のデータです。

厚生労働省の資料「令和3年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、現時点でも公的年金受給者の半数弱が月額10万円未満しか貰えていません。さらに男女別で見ると、男性の約6割が月額15万円以上受給しているのに対し、女性は逆に6割以上が月額10万円未満になっています。

女性の受給額の平均値が低くなるのは、専業主婦率が高かった時代に妻は第三号被保険者であるケースが多く、厚生年金であっても受給年額が下がるためです。令和3年度の厚生年金の平均月額受給額は14万5,665円ですが、夫が亡くなった場合、第三号被保険者の受給金額は4分の3に減額されます。平均値で換算すると11万円弱になるので、いきおい女性の平均値が押し下げられるわけです。

 

年金収入だけでは、毎月赤字に

月収10万円。

生活費はこれで十分ですという人は、どれぐらいいるのでしょうか。

家賃の心配がなければなんとかなるかもしれません。

データ(住宅・土地統計調査 2018年)で見ると世帯の持ち家率は60パーセント程度。ですが、単身女性となると69パーセントにまで上がります。

家賃がいらない分、支出は押さえられます。しかし、修繕費や固定資産税、マンションだとさらに管理費などは必要ですから、そうした支出を勘案すると、やはり2~3万円はプラスして考えておきたいところ。

すると月3万円程度の赤字が発生します。

つまり年36万円、100歳まで生きるとしたら1260万円の貯蓄が必要です。私の5000万円弱に比べたらまだしもですが、それでも大金には変わりありません。

では、みんなそんなに貯蓄があるのでしょうか。

金融広報中央委員会が発表している令和4年(2022年)版「家計の金融行動に関する世論調査」によると、単身者の平均貯蓄額は50代で1,048万円、60代で1,388万円、70代で1,433万円となっています。

みなさん、結構持っているのねえ……とため息が出そうになりますが、ちょっと待ってください。
ここに統計の罠があります。

この数字、あくまでも「平均」なんです。つまり、とてつもない貯蓄額を持っている人が一人いるだけで、全体が上方に引っ張られるのですね。

案の定、中央値、つまり調べた人たちを順番にならべてちょうど真ん中になる人の金額となるとまったく違う数字が出てきました。

50代で53万円、60代で300万円、70代で485万円。驚くほど低くなります。半数以上の人が、老後を支えるには不十分な貯蓄しかないのです。

これが二人以上世帯、つまり家族と住んでいる人たちになると50代で350万円、60代で700万円、70代で800万円と倍以上に増えますが、人生百年時代の貯蓄としては不十分なのは前出の数字を見てもあきらかです。

これは困ったことになりました。

平均的な年金受給額や貯蓄額の中央値を鑑みるに、国民の半数近くが決してうかうかしていられない状況にあるようです。なかんずく、私のような単身女性高齢者(予備軍)の老後は真っ暗闇っぽい……。

ですが、もうお気づきのように、ここまでの試算はあくまで「年金しか収入がない場合」に限った話でした。他に収入を得る手段があればまた違ってきます。

この恐ろしい試算を覆す方法はただ一つ。

元気に働けるうちは働く。

これしかありません。

実は、日本国政府はもうとっくに政策を「生涯現役」路線に切り替えています。

高齢社会対策基本法、という法律があるのはご存知でしょうか。

平成7年(1995)に公布された法律で、直近では令和3年、つまり一昨年に改正法が施行されました。

内容は名前の通り、政府が高齢社会対策をするための基本となる法律です。これを読めば、政府がどのように高齢社会対策を進めていくつもりなのかがはっきりとわかります。ですので、この法律の内容をチェックしてみようと思います。

 

国が目指すのは、「みんなで高齢社会対策」

さて、法律にはその理念をざっくりと要約する「前文」がつきものです。もちろん高齢社会対策基本法にもあります。比較的短いので、以下に全文を引用したいと思います。

──────────

我が国は、国民のたゆまぬ努力により、かつてない経済的繁栄を築き上げるとともに、人類の願望である長寿を享受できる社会を実現しつつある。今後、長寿をすべての国民が喜びの中で迎え、高齢者が安心して暮らすことのできる社会の形成が望まれる。そのような社会は、すべての国民が安心して暮らすことができる社会でもある。

しかしながら、我が国の人口構造の高齢化は極めて急速に進んでおり、遠からず世界に例を見ない水準の高齢社会が到来するものと見込まれているが、高齢化の進展の速度に比べて国民の意識や社会のシステムの対応は遅れている。早急に対応すべき課題は多岐にわたるが、残されている時間は極めて少ない。

このような事態に対処して、国民一人一人が生涯にわたって真に幸福を享受できる高齢社会を築き上げていくためには、雇用、年金、医療、福祉、教育、社会参加、生活環境等に係る社会のシステムが高齢社会にふさわしいものとなるよう、不断に見直し、適切なものとしていく必要があり、そのためには、国及び地方公共団体はもとより、企業、地域社会、家庭及び個人が相互に協力しながらそれぞれの役割を積極的に果たしていくことが必要である。

ここに、高齢社会対策の基本理念を明らかにしてその方向を示し、国を始め社会全体として高齢社会対策を総合的に推進していくため、この法律を制定する。

──────────

要約すると「日本は長寿社会になって、国民全員がそれを享受できるようになるべきなんだけど、現実は追いついていないから社会全体で高齢化対策を進めていきましょうね」というところでしょう。大変結構なことだと思います。

しかし、実際にはどのように進めていくつもりなのでしょうか。

根本となる理念は次のようなもの、であるようです。

──────────

(基本理念)
第2条 高齢社会対策は、次の各号に掲げる社会が構築されることを基本理念として、行われなければならない。

一 国民が生涯にわたって就業その他の多様な社会的活動に参加する機会が確保される公正で活力ある社会

二 国民が生涯にわたって社会を構成する重要な一員として尊重され、地域社会が自立と連帯の精神に立脚して形成される社会

三 国民が生涯にわたって健やかで充実した生活を営むことができる豊かな社会

──────────

さて、ここで注目したいのが高齢社会対策基本法基本理念の第一が「生涯にわたって就業その他の多様な社会的活動に参加する」社会を目指すことになっている点です。「定年後は隠居して安穏と暮らせる」社会を目指していないのです。

さらに、国民は「生涯に渡って社会を構成する」一員であり「自立」していなければいけません。ぼんやりと他人様頼りの生活をする高齢者は国として望ましくないのです。しかも自助と共助は明記されていますが、公助については素知らぬ顔です。現政権の思想がとてもよく表れている気がするのですが、いかがでしょうか?

私などは第三こそが第一にもってくるべき“基本理念”であり、それを実現する責任の主体は国家であると宣言してもらいたいのですが……。

こうしたことを踏まえ、前文の主旨を私なりに国の本音バーションに翻訳しますと次の通りになります。

《我が国は世界に類を見ない高齢者社会になった。良し悪しはともかく、こうなることは数十年前からわかっていたにもかかわらず、国も社会も個人もほとんど準備ができていない。

そのため、老人といえどもギリギリまで現役でいてもらわないと立ち行かなくなる。よって、高齢者だろうがなんだろうがボケーっとさせずにキリキリ働かせる社会を作らなくてはならない。》

こんなところだと思うのですが、どうでしょう?

ちょっと意地悪な翻訳にも感じられるかもしれませんが、私は本当にこうなのであろうと見ています。というのも、各省庁が行っている個々の政策は自立促進政策ばかりなのです。

次回はそのあたりを確認しながら、21世紀老人はどんな働き方ができるのか、あるいはしなければならないのかを見ていきたいと思います。

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第1回▶ 「人生百年」が現実に。喜ぶべきか、憂うべきか。

今月から「50歳からのハローワーク」と題するエッセイを連載することになりました。どうぞよろしくお願いいたします。

さて、このタイトル、一見して既視感を覚えられた方もいらっしゃるかと思います。

今からもう20年も前、2003年に芥川賞作家の村上龍さんが『13歳のハローワーク』という本をお出しになりました。

これから大人になっていく思春期の少年少女に向けて、無数にある職業の数々を具体的に解説し、「自分に合った未来/なりたい自分」を見つけてもらおうとする内容で、たいへんなベストセラーになりました。

当エッセイは、そんな素敵な本にあやかり、50歳以上の皆さんを対象に、「老後の稼ぎ方」に焦点をあてつつ「自分に合った未来/なりたい自分」を見つけるお手伝いをしたい、と願って書かれています。

……いえ、嘘はいけませんね。

本当は私が「老後の稼ぎ方」に焦点をあてつつ「自分に合った未来/なりたい自分」を見つけたいのです。

あら、50歳にもなってまだ自分探し? と思われたかもしれません。

確かに、私たちが子供だった頃……昭和の時代には50歳といえばそろそろ人生も終盤。還暦を過ぎたら社会の一線からは外れて余生を過ごすモードに入るのが当たり前でした。

しかし、時代は変わりました。

変わってしまったのです。

今や50歳は単なる人生の折返し地点に過ぎなくなってしまいました。

近頃、人生百年時代、なんていう言葉を目にする機会が増えましたね。

この言葉、長寿社会を象徴的に「百年」と表現しているだけではありません。日本は本当に「人生が百年続く時代」に入りつつあるのです。少なくとも、今の50代60代にとって“百歳まで生きる”は夢物語ではありません。十分あり得る、現実的な話です。この点をしっかりと脳に焼き付けておかないと、50歳を過ぎてから「自分に合った未来/なりたい自分」を探すなんて話はバカバカしく見えるでしょう。

ですので、最初の4回ほどは「21世紀に老人として生きるリアル」を確かめていこうと思います。

 

半世紀前の「余生」は15~25年

さて、その昔……今の50代60代が子供だった半世紀ほど前、日本人の平均寿命は女性が約75歳、男性が約70歳でした。ただし、もっとも死亡数が多くなるピーク年齢はだいたい平均寿命に4~5歳を足したぐらいなので、女性は80歳、男性は75歳前後で亡くなる人が多かったとみられます。

当時はちょうど社会全体が55歳定年制から60歳定年制に移り変わろうとしていた時代でした。ですので、サラリーマン男性の多くは15年から20年の「余生」があったでしょう。

一方、女性は学校卒業後、“家事手伝い”なる謎の身分に落ち着く人もたくさんいました。今だとニートに分類されてしまうでしょう。いやはや、世は変わったものです。

就職する人ももちろんいました。ですが、20代を半ばも過ぎれば結婚退職するか、会社から早期退職を求められました。中には女性のみ35歳定年制という信じられないような会社もありました。それは極端としても、女性は50歳定年とする会社が一般的だったようです。

なお、専業主婦率が高かった時代ではあったものの、女性の就業率そのものは4割程度ありました。しかし非正規がほとんど。ですので、男性のように「定年」を経験する女性は数少なかったでしょう。

多くの女性にとっては子育ての終了がひとつの区切りとなり、子供が独立した後が「余生」と感じられたのかもしれません。あるいは、夫の定年を以て自分も余生に入ったとみなした女性もいたでしょう。

そのように仮定すると当時の女性の「余生」は男性より長めの25年程度ということになります。

15年から25年の余生。決して短くはありません。しかし今と比べて退職金や年金支給額は多く、一方で物価はまだ安く、消費税はなく、社会保険料も今ほど高くなかった時代です。さらに核家族化もさほど進んでいなかったので、家族の平均像はサザエさん型の同居世帯でした。つまり、老後の世話をしてくれる人が誰かいる状態です。よって、老後生活がとても心配、という人は今よりはかなり少なかったでしょう。

 

90代まで生きるのが当り前の時代へ

しかし、半世紀の年月が流れ、状況は激変しました。

2023年の最新データによると、現在の日本人の平均寿命は女性が87.09歳、男性が81.05歳です。さらに40年後の未来、2060年には女性91.26年、男性85.22年に達すると見られています。今50歳ぐらいの人は平均余命が40歳はある、ということになります。

しかも、この数値は「平均」です。前述した通り、死亡ピークは平均寿命に4~5歳を足したぐらい。つまり、女性は95歳ぐらい、男性は90歳ぐらいまで当たり前のように生きることになるのです。「人生百年時代」は決して単なる比喩ではなかったのですね。

人生百年。

こう聞いて、どう思われるでしょうか?

百歳まで長生きできるなんて素敵! と心躍りますか?

それとも、そこまで生きるのって大変そう……とちょっと尻込みするでしょうか。

今52歳の私はというと、後者よりもっとネガティブで、「百年も生きなきゃいけないなんてうんざりする」というのが正直なところです。本当にそうなら、ようやく折り返しを過ぎたばかりになります。これまで生きてきたのと同じだけの時間をもう一度歩んでいかなければならないと思うと、手放しで喜ぶ気になれません。

もちろん、私だって十代の記憶力や体力、二十代のお肌、三十代の行動力、四十代の判断力や実行力を百歳まで保ったまま生きられるのであればやぶさかではありません。

しかし、人はどんどん老化します。つまり、心身ともに衰えていくのを覚悟しなければなりません。最近の老人がいくら昔よりは“若い”って言ったって、老化のスピードが少し緩やかになっているだけ。若返るわけではないのです。

しかし、それより心に重くのしかかるのが「経済問題」です。

寿命が長くなれば、老後資金もたくさん必要になります。

では、いくらあれば安心なのでしょうか?

これは個々の事情によって大きく異なるので、ひとまず私自身をモデルケースにして、必要な額を考えたいと思います。

 

公的年金だけで「余生」を生きるのはムリ!

私の生業は文筆業、今どきの言葉だとフリーランス・ライターです。ですので、定年退職という概念はありません。やりたければ何歳でもやっていられます。しかし、よほどの人気ライターでもない限り、いえ、よほどの人気ライターでも年をとるにつれ仕事は減っていきます。

先輩ライターの事情を眺めていると、今のところ60歳ぐらいがひとつの壁になっているようです。頑張れば65歳ぐらいまで同じ仕事をすることは可能かもしれませんが、貯蓄をする余裕などはなくなるでしょう。

ですので、普通のサラリーマンと同じく、定年60歳雇用延長65歳とみなすことにいたします。

では、まず支出金額から見ていきましょう。

私は持ち家がないので、借家の家賃が必須です。次に医療費や介護保険料を加えた上で、今後のインフレなども勘案すると、生活費としては月に18万円から20万円を見ておいたほうがよさそうです。まあ頑張って倹約するとして、ひとまず18万円にしておきましょう。

収入はどうでしょうか。年金は今のところ月額8万円弱といったところです。

令和2(2020)年度の国民年金平均支給額は月額56,252円です。私の場合、35歳まで会社勤めをしていたので厚生年金に加入していた期間があり、国民年金だけよりは少し多めにあるはずなのですが、将来的に月額が減らされる可能性が大きくあります。よって、手堅く7万円ということにしておきましょう。

ということは、65歳以後は毎月11万円も赤字が出ることになります。年換算すると132万円。この赤字分を貯蓄で補うとしたら一体どれぐらい必要になるのでしょうか。

もし人生百年時代を地でいってしまったとしましょう。

すると、余命は35年です。35年間、貯蓄だけで赤字補填しようとすると4620万円必要になります。

4620万円!

自分で計算しておいてなんですが、今とってもびっくりしています。

4620万円!

あまりに驚きすぎたので2度書いてしまいましたが、そんな大金、65歳までに全額用意しておくなんて到底無理です! 現時点で、老後資金として公的年金だけを頼りにしていては到底生きていけないのが確定しました。

さて、ここまでお読みになって、他人事と思われたでしょうか。それとも自分もそうなるかも……と心配になられたでしょうか。

実はこの数字、私の個人的な危機ではありません。

調べるうちに、これから老後を迎える女性の半数近くが、程度の大小はあれ、同じような境遇になりそうなことがわかってきました。

次回は、そのことについて触れたいと思います。

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。