◀第10回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑥──一国一城の主を目指して「起業」

<データ>

職業名 社長/団体代表

業種 全産業

仕事内容 多種多様

就業形態 経営

想定月収 0万円~天井なし

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 経営能力

 

<どんな仕事>

起業とは、読んで字の如し、新しく事業を起こすことです。

事業の内容はなんでもOK。第一次産業から第三次産業まで、どの業種でも事業を始めることができます。

一般的には、法人設立を以て事業を開始するのを起業といいます。個人事業主として事業を始める場合は「開業」と呼ぶことが多いようです。しかし、これはあくまで言葉上の問題で、やることは同じ。自分が事業主として新規事業を立ち上げればそれは「起業」です。

法人として事業を起こす場合、株式会社や合同会社など営利企業として立ち上げる方法と、NPO法人や公益法人など非営利団体で始める方法があります。利益を出しやすい事業は営利企業、社会的意義はあるが利益は出づらい=還元できないタイプの事業はNPO法人で起業することになります。ただし、NPO法人が利益を出してはいけないわけではありません。出た利益を出資者などに配当してはいけないだけです。給与として従業員に配分するのは問題ありません。もちろん、社会通念を越えるような高額給与であれば監査の時点で待ったがかかるとは思いますが。会計監査が必要なのはどんな法人でも同じです。それぞれにメリットとデメリットがあるので、事業内容や規模、資金調達方法などを考慮して、事業内容にもっとも適した形態を選ぶ必要があります。法人化する最大のメリットはやはり社会的信用でしょう。

個人事業主として事業を起こすならば、法人を設立する必要はないため、大きく開業資金を節約できます。手続きも税務署への開業届ぐらいで済みます。事業拡大を目指さず、食い扶持を稼ぎつつのんびりやるならば個人事業主でも十分かと思います。ただし、法人が有限責任であるのに比べ、個人事業主は無限責任を負うため、事業上のリスクが大きくなるという欠点があります。つまり、大きな取引をするには向かない、ということです。

いずれにせよ、起業する前には事業計画や資金調達方法など、しっかりと準備しておくことが重要です。

では、後半生であえて起業するメリットはどこにあるのでしょうか。

やはり一番は一国一城の主になれることでしょう。自分のアイデアを実現するために働くのは、雇われて命じられるまま仕事をするスタイルとは比べ物にならないほど喜びを感じられるはずです。鶏口と為るも牛後と為る無かれ、の気概がある向きには最適の働き方でしょう。また、大きく成功すれば勤め人では得られない大きな収益を得られます。事業内容によっては社会貢献にもなるので、社会的動物としてこの上ない満足感を得ることもできます。

では、デメリットはなんでしょうか。それは一にも二にもリスクの高さです。一国一城の主になるとはつまり、一朝事あらば真っ先に首を取られるということでもあります。また事業が軌道に乗るまでは収入が不安定になりますし、事業主にはタイムカードなどないのでどうしても長時間労働になる傾向があります。

どのような業種であれ、起業は自分の可能性への挑戦です。その分、リスクも伴います。特に高齢者の起業はしっかりとした事前準備をしておくことが重要です。

 

<リアルな事情>

シニア起業、という言葉を聞いたことはないでしょうか。

これは、定年退職をした人たちが新たに自分の事業を立ち上げることをいいますが、最近では50代で早期退職などをし、起業する人たちも増えているそうです。

背景は色々あるでしょうが、国がシニア起業を奨励しているのは見逃せない点です。たとえば日本政策金融公庫ではシニア向けに優遇された特別利率を用意する新規開業資金融資がありますし、各自治体でも助成金を出すことが増えてきました。

では、なぜ公が起業を奨励するのでしょう。

理由は明白です。年金だけで生活する高齢者を極力減らしたいからです。

制度としての年金は破綻しない、とされています。少なくとも向こう100年ほどは。ただし、給付水準が今後低下の一途をたどるのは火を見るよりも明らかです。年金問題に触れるとキリがなくなるので、ここではこれ以上言及しませんが、平均して20年から25年はあるであろう退職後の人生を年金のみで暮らしていけるのは、公務員や教員など一部の何層にも手当された年金制度に加入してきた人たちだけです。老後収入が国民年金のみであれば、行く末はホームレスです。

では、高齢者の雇用を維持すればいいかというと、それも難しいところがあります。現在では定年が60歳、そのあと5年は継続雇用制度を使う人が多いでしょう。つまり年金受給開始年齢までは、現役時代より大幅に減るとはいえ、会社からの給金が一応保障されるわけです。また2021年の高年齢者雇用安定法の改正により、2025年を目処に65歳定年制が義務化され、努力義務ではあるものの70歳までは就業機会を確保するよう求められるようになりました。これにより安定収入を得られる期間が長くなった人もいるかと思います。

しかし、企業側にしてみれば社会保険の負担が続くことになります。以前は65歳以上であれば雇用保険料が免除されていましたが、2020年4月1日からは高年齢労働者についても雇用保険料の納付が必要となりました。ご存知の通り、被雇用者の社会保険料は雇用側が一定額を負担することになっています。現在のような実体経済の伸長を伴わないコスト高傾向が続けば、こうした負担を嫌う企業が増えることでしょう。政府は経済界の意向も汲んで政策を決めますので、今後高齢者雇用については必ずしも楽観できない状況が続くと思われます。

要するに、高齢者には自分の責任で仕事をして自力で稼いでほしいというのが、政府や経済界の本音なのです。

 

シニア起業のキラキラは本物?

最近、シニア起業のキラキラ成功例を紹介する記事や番組が目立つようになってきました。シニア起業の成功率は20代の倍以上、7割に達する、なんて惹句も散見します。しかし、私は、個人的には、眉唾だと思っています。

そもそも起業の成功とはどのような状態を指すのでしょうか。年商何千万に達すること? それとも起業後10年は潰さないでいること? 基準が曖昧です。

私も個人事業主ですので一応は起業経験者、ということになります。そして、ほぼ物書き仕事だけで20年近く食べていますので、成功といえば成功の部類に入るのかもしれません。しかし、実感は成功とは程遠いものがあります。正直食べていくだけで精一杯ですし、これから先、安定して稼げるとも限りません。しかし、統計上は廃業していない=失敗していないということで成功にカウントされるでしょう。でも実態は「実感なき成功」なのです。「実感なき景気回復」のようなものです。

おそらく、今後もシニア起業を勧めるような記事や番組はどんどん作られていくと思います。しかし、それらは政府によるプロパガンダと思って、話半分で見ておくのが吉でしょう。

半分の話から夢を見るのもいいと思います。ただし、失敗した時、家族や親しい人に累が及ぶかもしれません。60代で退職金などを注ぎ込んだ末、事業に失敗したらどうなるでしょうか? 若い頃と違い、再起はなかなかしんどいものです。シニア起業の怖さは、失敗した時の取り返しのつかなさにあります。それを承知の上でなお起業を目指すのであれば、それは大変素晴らしいことです。社長って響きはやっぱり魅力的なのでしょうし。

老婆心ながら、計画は御家族ともよく相談なさったうえでお進めになるのがいいかと存じます(最後にわざわざこんなことを書くのはどうしてかって? それをしないでえらいことになったケースが山ほどあるからさ)。

 

【参入方法】

・法人設立

・個人事業開業

 

【こんなタイプにぴったり!】

・勤勉実直かつ柔軟性がある

・バランスの取れたものの見方ができる

・やりたいことが明確

・リスクを正しく恐れることができる

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・安定志向

・大企業での勤務経験しかない

・何かあっても責任は取りたくない

・資金が豊富にあるわけではない

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。