◀第6回▶“お仕事”あれこれリサーチ その②──あこがれの職業「作家」を巡る現実

<データ>

職業名 小説家、エッセイスト、ドキュメンタリー作家

業種 第三次産業/広告・出版・マスコミ業界

仕事内容 発注元から依頼を受け、文芸作品やルポルタージュ、随筆などを書く。

就業形態 案件ごとの業務委託契約。ほぼ在宅ワーク(よほどの売れっ子はホテル缶詰などもある)。

想定月収 0円~100万円(印税収入を除く)

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 最後まで書き通す力/構成力、文章力/自信と客観性のバランス

 

<どんな仕事?>

作家というと小説家をイメージされるかもしれませんが、文筆業における作家は小説家に限りません。エッセイストやノンフィクション作家もいます。

小説家

ひと言で小説といっても種類は様々です。

まず思いつくのは「純文学」と「大衆文学」の区分でしょう。ですが、近頃はこの区分はあまり用いられません。大衆性の高い純文学、あるいは文学的に評価される大衆小説もあり、境目は年々薄くなっています。昭和の頃には純文学作家が大衆小説作家より高級、みたいな価値観がありましたが今はほぼ失せていると思って間違いありません。

小説家はフィクションの物語を文章化するのが仕事で、比較的平均的な手順は次の通りです。

1.物語の種を探し当てる。

2.アイデアに従って、登場人物やストーリーを具体的に考え、プロット(あらすじ)を作る。

3.編集者にプロットを説明し、OKが出れば書き始める。

4.とにかく最後まで完結させる。

しかし、中にはプロットなしで書き始める人もいますし、思いついた場面から始めるという人もいます。書き方は人それぞれです。

エッセイスト

随筆を書くのが仕事ですが、専門作家はそれほど多くはありません。たいてい小説家や何か別に専門を持つ人が執筆しています。中には私のような雑文書きが、適切な肩書きが見つからないので仮に「エッセイスト」を名乗っていることもあります。

英語のessayは小論文や論説などの意味も含みますが、日本ではもっぱら随筆がエッセイと呼ばれています。そして、随筆とは「自己の見聞・体験・感想などを、筆に任せて自由な形式で書いた文章」(「デジタル大辞泉」より)であり、あまり肩のこらないまさに「徒然なるままに、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつく」文章と考えられています。専門家のエッセイは自分の専門分野について一般向けに軽く解説するような内容が多いようです。

一方、編集部から与えられたお題や自由題で書く場合は、読んでもらうためのテーマ選びや工夫が重要になります。これにはたくさんの知識の引き出しが必要ですし、時代にあわせた感性のアップデートも不可欠です。

ノンフィクション作家

現実の事件や出来事、人物の評伝などを手掛ける作家です。小説家がノンフィクションを書くこともありますが、多くの分野で専門のノンフィクション作家がいます。なぜなら、長年にわたる知識の蓄積がないと書けるものではないからです。

また、ノンフィクションは書き下ろしが多いのも特徴です。書き下ろしとは雑誌などへの連載を介さず書籍化することですが、連載時の原稿料がない分、収入が下がるという大きなデメリットがあります。

いずれの場合も主な収入源は原稿料です。

原稿料は一記事に対して定額が支払われる場合と、原稿用紙1枚あたりの単価が決まっていて、書いた文字数を原稿用紙換算した上で支払われる場合があります。前者も後者も、作家のキャリアや人気により金額は変動します。

人間、一ヶ月に書ける原稿量はある程度限られますので、例示した最高額を稼ぐには人気作家になって原稿用紙一枚あたりの単価を上げるしかありません。いずれにせよ、発注がなければ月収は0円です。安定した職業とは決して言えないので今日明日の収入が必要なタイプには向きません。一方、万が一ベストセラーを出せたら一攫千金も夢ではありません。というか、私もそんな夢を見てみたいものです。

 

<リアルな事情>

50歳を過ぎて作家を目指す人なんているの? と思われるかもしれませんが、実は案外少なくありません。

特に、リタイア後のセカンドキャリアとして作家を志す男性はかなり多いようです。インテリジェンスが感じられる上、社会的地位が高い、というようなイメージがあるのでしょう。

こうした方々は概ね御自身が社会人として体験してきたことを文章化すれば立派な商品になると思っておられるようです。

ですが、はっきり申し上げましょう。それは大いなる誤解です。

体験は点に過ぎません。小説にするのであれば、点から四次元の世界を生み出さなければなりません。個人の体験だけでは物語にはならず、むしろ未体験を描写できるかどうかが鍵なのです。

体験をエッセイに仕立てる場合は、そこに普遍的な価値なり共感に繋がる要素なりを持たせる、あるいは自ら道化になる覚悟が必要です。単なる自慢話では商品になりません。

ドキュメンタリーを目指すなら、体験を時系列で整理し、綿密な裏打ちや取材による客観証拠を加えなければなりません。脳内を棚卸しするのは膨大な労力が必要です。

とにかく、「社会的ステータスがありそうだから」「なんとなくあこがれだから」では百パーセント作家にはなれないでしょう。

 

情熱はそこにあるのか

世の中の作家志望には、どうやら二種類いるようです。

一つは「“作家”になりたい」人。要するにステータスとしての作家の名が欲しい人です。みんなに「先生、先生」と呼ばれてチヤホヤされたい人です。残念ながらこの手のタイプは十中八九作家には向いていません。もしなったところで長続きしないでしょう。

もう一つは「書かないと死ぬ」人です。なんでもいいから文章を書きたい。書いていないと落ち着かない。発表する場はなくとも自分から溢れ出る物語を止めることはできない。

そういう人です。

私が知る限り、長年「作家」を続けているのはこうした人たちです。

記録的な大ベストセラーでデビューしたとある直木賞作家は、暇つぶしの種を持たずに電車に乗っても時間を持て余すことなど絶対にない、とおっしゃっていました。たとえば広告ひとつ目に入っただけで、そこから無数の物語が生まれ、頭の中を駆け巡るのだそうです。それを追いかけるのに必死で退屈している暇などない、と。

また、50歳でデビューし10年越しでブレイクしたある小説家は、注文が来ない時期もずっと原稿を書き続けていたそうです。理由は、書かずにはおられないから。人気作家になった後は驚くようなスピードで立て続けに作品を発表されたのですが、ストックがたくさんあったから可能だったそうです。今も一作ごとに作風を変えるという驚異的な技を繰り広げながら、力作を出し続けておられます。

エッセイストやドキュメンタリー作家も同じです。

ある人気エッセイストはブログの文章が評判になり、それが著作に結晶しました。書き綴っていたのは幼少期から大人になるまでのかなりハードな生い立ちです。誰が読んでも心痛むような過去です。しかし、その方は自己憐憫に陥らず、むしろユーモアたっぷりに表現されました。それが同じような体験をしてきた人々の琴線に触れたのです。

また、あるドキュメンタリー作家は、引き受けてくれる出版社はないだろうと思いつつも、いわゆる「食うための仕事」をやりながらもコツコツ書き続けていたといいます。「たとえ日の目を見なくてもどうしても書きたい」との衝動を抑えられなかったそうです。

これは他の分野――たとえば漫画などでも同じでしょう。プロとして成功する人のほとんどは、とにかく書く/描くことが好きです。内側に表現への欲が渦巻いているのです。

そういう人たちは生まれながらの作家であり、何歳からでもスタートできるのだと思います。

 

作家へのハードルは下がった?

ひと昔前までは「行く当てのない原稿」を世間に出すことは困難でした。

しかし、今は状況が一変しました。

小説ですと、「小説家になろう」や「カクヨム」などの小説投稿サイトがあります。現在はいわゆるライトノベルと称される分野の作品が多いものの、ジャンルに制限はありません。PV数(Webページの閲覧数)が評価のすべてという、ある種梁山泊的な場所です。武者修行にはぴったりでしょう。こうしたサイトから何作も十万部単位のベストセラーが生まれているのは事実です。最近では50代を過ぎての小説家デビューは珍しくなくなりました。挑戦する余地は十分あると思います。

エッセイやルポルタージュには同様の場はありませんが、自前のブログなどで発表していたものがネット上で話題になれば出版社から声をかけられることは十分あります。またSNSでの発言がたびたびバズるようになると、その個性を買われて出版社から本の執筆を勧められることもあります。

いずれにせよ、以前に比べたら作家デビューのハードルは随分と低くなっているのは間違いありません。問題は人気をずっと保てるか、です。正直一発屋も少なくありません。結局のところ、質の高いコンテンツを途切れることなく提供できるかどうかにかかっているのでしょう。

 

【参入方法】

1.新人賞に応募する。

2.出版社に持ち込む。(古の作法なので今では受け付けてくれる会社があるかどうか)

3.Web上に自作を掲載して高い閲覧数を得る。

4.SNSなどで個性を発揮してバズる。

 

【こんなタイプにぴったり!】

・「書きたい」衝動で溢れている

・売れようが売れまいが書けたら幸せ

・これだけは世に出したいと熱望する何かが“複数”ある

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・何かを書きたいのではなく、“作家”になりたい

・読書が嫌い

・これだけは世に出したいと熱望する何かが“一つだけ”ある

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。