「挫けない力」ブログ: 2014年5月アーカイブ
「挫けない力(仮)」ブログ
2014年5月アーカイブ

なぜ、ウルトラマラソンを走るのか?(3)

(掲載日:2014年6月30日)

(2)から、えらく間が空いてしまいました。

このトピックに興味を失ったからではなく、

単純に、仕事がパンパン状態(笑)でして…。

いや、もちろん言い訳です(開き直りです)。

__.JPG

(ウルトラで走った河口湖の桜…もう初夏ですね…)

「今、ここ」感覚…ってピンとこないでしょうか。

割と最近、心理系の本ではよく出てくる言葉だと思います。

メンタルヘルスだけではなく、メンタルトレーナーの本や、

お坊さんの本、ビジネス関連でも目にすることがあります。

 

『挫けない力』のなかでも、石田さんが触れていらっしゃる

マインドフルネスは、アメリカ発祥の第三世代の認知行動療法。

単に、心理療法だけではなくて、医療の疼痛管理や、

心の技法としてメンタルヘルス、さらにビジネスでも注目を

浴びているようです。

 

これもまた、「今、ここ」の感覚をすごく大事にするんです。

マインドフルネス自体が仏教に起源を発するので、

当然といえば、当然なのでしょう。

 

『挫けない力』のなかで、白戸さんがランニングの習慣は、

内省の習慣になる、という内容を書いていらっしゃるのですが、

これも、まさに走ることは、ある種の瞑想ということですね。

 

前回、人間の脳は「刺激」が大好物という考え方を

紹介しましたが、心は「思考」が大好物みたいです。

坐禅でいう「無の境地」なんて、私はほとんど経験がありません。

心は、何をしていてもまったく関係ないことを考えたりします。

心は、すぐに暴走するもののようですね。

 

ウルトラマラソンを走っていると(ようやくたどり着いた・汗)

「無の境地」に入れます⇒嘘です。

いや、私の場合はそんな境地になったことはありません。

 

ただ、「今、ここ」感覚は常に研ぎ澄まされるような気がします。

ウルトラに限らず、フルマラソンでも経験します。

走っていると、ペースは大丈夫かな、早くゴールしないかな、

次のエイドは近いだろうか、走り終えたらどんな気分だろう、

いろいろな思考や雑念が浮かんでは消えます。

シャボンのように浮かんでパチンと消える感じです。

で、「今、ここ」に引き戻される。

 

そうなんです。

走っているときほど、「今、ここ」を感じるときは

日常生活にないんじゃないかと私は思います。

特に、長距離を走ってくると、筋肉が疲れて、

走る行為そのものを、筋肉の動きから感じやすくなります。

そして、目の前の道を、ただただ見ている。

さらに、風の匂いを、ただただ感じている。

 

簡単に言えば、普段は将来のさまざまな懸案事項や

仕事のこと、人間関係などに思考をめぐらせて、

しなくてもいい心配をするもの。

でも、走っているときは、意識が「今」に留まって、

余計な心配や不安から解放されるということなんです。

 

今回、かなり強引だったかな。

 

ところで、先日、といっても二週間近くも前のことですが、

私、恒例の週末夜ランニングの途中で、激しく転倒し、

身体のあちこちに擦り傷を作ってしまいました。

単に、バランスが悪いのでしょう。

あと、やはり夜は暗い道だとちょっとした凸凹でも

足をとられて転倒の可能性が高まります。

あ__.JPG

(汚くてすみません。ちなみに、顔にも裂傷を負い、会う人会う人

に爆笑されてしまいました・涙)

みなさんもお気をつけて!

走ることで、こんなケガになるなんて、まったく想像して

いませんでした。車には注意しているんですけど。

なぜ、ウルトラマラソンを走るのか?(2)

(掲載日:2014年6月30日)

ウルトラマラソンでは、かなりの長時間

ただひたすら走り続けます。

走るスピードや、走る能力によって様々ですが、

100キロを走る人は、10時間から14時間もかけて

ただひたすらにゴールを目指して走るわけです。

 

一つのことをそれだけ長時間やり続けるという経験は、

通常、日々の生活のなかではほとんどないことです。

一種の?修業??のような、そんな感じもあります。

人によっては、願掛けなどする方もいらっしゃるかもしれませんね。

 

「いやいや、忙しいときには仕事で徹夜なんてこともある」

「受験勉強では、二日くらいの徹夜は当たり前だった」

なんて意見もあるかもしれません。

まあ、確かに似たような状況なのですが、

ただ、走るという動作をただただ繰り返す、

そのシンプルさにおいて、異質ですよね。

 

この、同じ動作を繰り返すというところに、

ウルトラマラソンの魅力があるような気がします。

走っているときには、さまざまことを考えていますが、

あとで振り返ってみると、一種の瞑想状態にあったのではないか、

そんな気がします。

 

私は禅や瞑想に興味があり、実際に禅寺へ行って

坐禅を体験してみたり、家で本を参考にして瞑想を

したことがありますが、実際は「迷走」してしまって、

あまり効果を感じることができませんでした。

それでも、繰り返すうちにおそらくその効果を感じられる

ようになるものだと思いますが、

私の場合、瞑想に関しては習慣化できませんでした。

 

瞑想の効果を知らない私が書くのもなんですが、

その効果を一言で言えば、非常に心がフラットな状態になり

悩みや迷い、怒り、焦り、妬みなどの強い感情から離れて、

とてもクリアに世界が見えるということだと思います。

 

一方で、私たちの生活はこういう平静な心の世界からはほど遠い

環境ですよね。

さまざまな「刺激」が溢れていて、

脳は、その刺激が大好物だそうです。

 

卑近な例で恐縮ですが、私の趣味の一つ、スロットなどの

ギャンブルなんて、「刺激」そのものです。

ああ、今日も負けるから行きたくない、と思いながらも、

気がつくと、脳が「刺激」を求めてパチンコ屋の前に

私を連れていっている(笑)。

 

また、現代社会は高度情報化社会と言われます。

確かに、スマホの普及によって、

それは加速しているように感じます。

とりあえず、なにかの情報に触れ続けている。

テレビは意識的に遠ざけることができますが、

スマホはコンパクトなので、どこへでも持ち運びできます。

 

一昔前は、人間が完全に情報から遮断されるのは、

風呂、トイレ、ベッドの中…だったものが、

現在は、トイレにもベッドの中にもスマホは侵入します(笑)。

 

とにかく、情報から切り離される時間はどんどん減って

きているのは間違いないようです。

振り返って、ウルトラマラソンでは走っている間は

ほぼ、情報から完全に切り離されています。

ラジオや音楽を聴きながら走る方もいらっしゃるので、

一様にそうとは言い切れませんが。

 

情報から切り離され、瞑想に近い状態を長く続けていると、

気分がとても軽くなってきます。

少なくとも私の場合は。

刺激の大変少ない状態を、ごく自然に受け入れて、

平静な心で、淡々とゴール目指して走る。

もちろん、脚の痛みや全身の疲れ、

それに伴う気持ちのアップ・ダウンはあります。

あるのですが、心はとても静かな状態なんですね。

 

普段は常に波立っている湖面が、たまに波打つくらいで

鏡のように風景を映し出す時間が長い、と言いますか…。

それこそ、逆さ富士じゃないですけれども。

裏を返せば、普段の私の心は、逆さ富士を映すほどに

鎮まり返っていることはない、ということです。

だからでしょうか、その感覚がなんとも懐かしく、

心地よく感じるのです。

 

よくわかりせんが、幼少期の心は、こういう状態だったのでは

ないだろうか…そんなことを想います。

いや、あるいはいつか迎える老境の、非常に落ち着いた

状態があるとすれば、こういう感覚ではないかと。

 

なんだか変な方向に話が進んでしまいましたでしょうか?

でも、あのファンタジー経験を言葉にすれば、

こういうことなのでは?と思うのですが…。

 

いや、これだけではまだまだウルトラの魅力を語れていません。

もういいよ!という声が聞こえてきそうですが、

次回、また(3)に「今ここ」感覚に絡めて書いて

終わりにしたいと思います。

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