高崎俊夫の映画アット・ランダム: 2013年3月アーカイブ
高崎俊夫の映画アットランダム
2013年3月アーカイブ

わが偏愛するエリオット・グールドの七〇年代

 

 今年、早々に刊行された『70年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)には、私も「アルトマンとペキンパーの70年代」というコラムを書いているのだが、主編である渡部幻さんの熱っぽい力のこもった作品解説を読んでいるうちに、私にとって、一九七〇年代を象徴する俳優は誰だっただろうか、と思いをはせることになってしまった。

 

それはニューシネマを代表する、傷つきやすい繊細さを体現したアル・パチーノでも、ピーター・フォンダでもない。あるいはウォーレン・オーツでも、デニス・ホッパーでもないし、ジャック・ニコルソンでも、ロバート・デ・ニーロでもない。

やはり、エリオット・グールドだ。

 

 私がエリオット・グールドを初めてスクリーンで見たのは、ロバート・アルトマンの『М★A★S★H』(70)だが、当時、高校生だった私を魅了したのは、むしろ、同時期に見たリチャード・ラッシュの『…YOU…』(70)のほうである。

『…YOU…』は、当時、センセーショナルに喧伝された『いちご白書』(70)と同系列の<学園紛争もの>で、エリオット・グールドは、ハリーというややトウがたった英米文学を専攻する学生を演じていた。ヒゲもじゃでむさ苦しい、大きなガタイを持て余しているような風情が、強く印象に残った。

 ハリーは、かつて学園闘争のリーダーとして活躍したが、絶望して大学を飛び出し、六年のブランクの後に復学し、高校の教師になろうとしている。恋人のジャン(キャンディス・バーゲン)は、闘争に積極的に参加し、懐疑的なハリーとのあいだにはひびがはいってくる。そして、学園に警官隊が導入されて衝突が起こっているさなか、修士試験の面接の場で、試験官たちの意地の悪い時代遅れな質問に憤激したハリーは、テーブルの上に立ち上がって、彼らを面罵し、学生のデモの中に飛び込み、傷ついたジャンと抱き合う――。

 

『…YOU…』については、当時、珍しいことに朝日新聞の文化欄で評論家の松田道雄が絶賛している。手許にあるスクラップを読むと、「『…YOU…』はアメリカの映画芸術の生存証明書といえる。そこには今日がある」と述べ、オレゴン州のレーン大学がキャンパスを開放し、映画の製作に協力したことを讃え、日本映画が大学の問題に正面から取り組まない現状を憂いている。結語では「今日という日がないかのように映画会社もテレビ局も大学紛争をタブーにしている。だが、芸術はタブーをもったら衰退する」とまで書いている。

 

残念ながら、『…YOU…』は、DVD化もされず、今やすっかり忘れ去られてしまったが、<学園紛争もの>としては時流に便乗した『いちご白書』よりもはるかにすぐれていると思う。なぜなら、エリオット・グールドがドライ・フール(道化)として傑出した存在感を示しているから。とくにクライマックスの面接シーンで、スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャッツビー』のニックとギャッツビーとの隠れた同性愛とか『夜はやさし』の近親相姦をめぐってねちねちと尋問する教授とグールドの丁々発止のやりとりが爆笑もので、当時、アメリカ小説に興味を抱き始めた私にはこの上なく刺戟的だった。

 

当時、さっそく角川文庫から出ていたケン・コルブの原作『傷だらけの青春』(小菅正夫訳)を読んでみたが、『ライ麦畑でつかまえて』の系譜に連なる青春小説してもなかなか面白かった。これは、余談になってしまうが、一九七〇年前後に角川文庫から刊行されていた映画の原作本のラインナップはほんとうにすばらしい。

たとえば、ナサニエル・ウェストの『いなごの日』、スー・カウフマンの『わが愛は消え去りて』、トーマス・ロジャースの『幸せを求めて』、リチャード・マイルスの『雨に濡れた舗道』、トマス・マッゲインの『スポーツ・クラブ』、エヴァン・ハンターの『去年の夏』、ロマン・ギャリの『白い犬』、ジェイムズ・ミルズの『哀しみの街角』、レナード・ガードナーの『ふとった町』etc…。当時、私は、これらの原作本をむさぼるように読んだが、今や、ほとんど古本屋でも入手困難である。

 

私にとっては、一九七四年とは、エリオット・グールド主演の『ロング・グッドバイ』(73)と『破壊!』(73)というふたつの傑作が封切られた年として記憶されている。たしか、当時、「キネマ旬報」のベストテン選考委員だった五木寛之が、決算号で一位に『破壊!』、十位に『ロング・グッドバイ』を挙げ、「エリオット・グールドは『破壊!』が最高で、『ロング・グッドバイ』よりも断然よい」とコメントしていたはずだ。    

 

私は五木寛之の感想には必ずしも同意しないけれど、この二本をベストテンに入れた慧眼には今でも敬意を表している。

ピーター・ハイアムズの『破壊!』は、街角をさっそうと歩く美女(『セルピコ』のコーネリア・シャープだ!)がビルの一室にある歯科医を訪ねると、診療椅子で、いきなり服を脱ぎ始め、股をひろげるオープニングにしびれる。エリオット・グールドは風紀係の刑事で、コンビを組むロバート・ブレイクとのかけあい漫才のようなへらず口の応酬が実におかしい。彼らは、街の麻薬・売春ビジネスを牛耳るボス(アレン・ガーフィールド)に一矢報いようとするも、警察内部は腐敗しきっており、すべては徒労に帰する。

 

『破壊!』では、芯にある生真面目さと自嘲を交えたアイロニカルな笑いというエリオット・グールドの両義的な魅力がアクション映画のフォームを介して見事に生かされていた。

 

そして、ロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』で、グールドはトレードマークのヒゲをばっさりと切り、紺のスーツにネクタイで身をかため、かつてのハンフリー・ボガートとは対極にある、ヒロイズムとは無縁の匿名性を体現するフィリップ・マーロウ像をつくりあげた。

 

ロサンゼルスという街を白昼夢のように彷徨するヴィルモス・ジグモンドの魔術的なキャメラも忘れがたいが、一九五〇年代に『アスファルト・ジャングル』ほかのケイパームーヴィーの名作で犯罪者を演じたスターリング・ヘイドンが作家ロジャー・ウェイドに扮している点こそ興味深い。私は、海岸に面した邸宅でロジャーとマーロウがとりとめのない会話をするシーンを見るたびに、名状しがたい感銘を覚える。ここでは、虚勢と恥らいと怯え、そして書けない絶望を抱えた巨漢の作家の繊細な神経がむき出しにされているのかのようだ。その過酷な現実をなすすべもなく、見つめるほかない無力さを噛みしめるフィリップ・マーロウ。エリオット・グールドは、<タフで、優しくあること>の美徳が、カリカチュアとしてしか機能しなくなった一九七〇年代という時代を誠実に生きた俳優だった。私は、あの頃、スクリーン上のエリオット・グールドの一見、飄々とした屈折した身振りを見つめることで、やっかいな自意識を手なずけ、ささやかな解放感を味わっていたのだと思う。

 

最近、『ルビー・スパークス』(12)で、ひさびさに老境を迎えたエリオット・グールドに再会し、その健在ぶりが嬉しかった。

 

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『…YOU…』の原作『傷だらけの青春』(ケン・コルブ著・小菅正夫訳、角川文庫)

寺山修司とネルソン・オルグレン

 

 今年は寺山修司の没後三十周年に当たる。私が、寺山さんに初めて面識を得たのは亡くなる三か月ほど前のことだった。ちょうど、その頃、谷川俊太郎さんとの映像による往復書簡『ビデオレター』が完成したので、『月刊イメージフォーラム』で、この作品をめぐって二人に対談してもらったのだ。挨拶をすると、寺山さんはあの鋭い、しかし人懐こそうな眼で、一瞬、私を見すえた。

当時、寺山さんはすでに重度の肝硬変のために椅子に坐ることさえ大儀そうな感じで、編集部のソファに横になったままの状態で、谷川さんと対話しているのがなんとも痛々しかった。

 

この対談で、ひときわ印象深かったことがある。谷川俊太郎さんの発言は明晰そのもので、まとめたテープお越しの原稿にもまったくといってよいほど直しは入らなかった。そして、その原稿を渋谷の天井桟敷に届けたのだが、後日、戻ってきた原稿を一読して、あっと驚いた。寺山さんの発言部分がまったく原型をとどめないほどに書き直されていたからである。しかも、その場での発言とは似て非なる、まったく関係のない言葉のみが加筆されているのにもかかわらず、対談そのものは、谷川さんの発言にきちんと対応して成立しているのだ。

 

私は、この時、遅ればせながら、完璧なまでに、<虚構の人><言葉の人>としての寺山修司を目の当たりにしたという気がする。

寺山さんは、自ら<職業は寺山修司>と名乗ったほど、詩人、劇作家、脚本家、小説家、評論家、演出家、映画監督とあらゆる領域での八面六臂の活動で知られたが、たとえば、映画作家としては、生涯、フェリーニの視覚的なスタイルを引きづり、その影響下から抜け出せなかったのではないかと思う。その中でも、私は、初期の劇作『大人狩り』に想を得たと思しき『トマトケチャップ大帝』が、もっとも寺山さんの<アンファンテリブル>な資質が出ていて好きだ。

 

俳句、短歌においては、まぎれもなき天才であった寺山修司は<引用>の達人でもあった。<書を捨てよ、街へ出よう>という高名なるアジテーションにもかかわらず、私にとっては、魅惑的な書物の世界へと誘う最良のチチェローネ(案内人)のひとりであった。

 

たとえば、寺山修司のエッセイによって、私はネルソン・オルグレンという作家を知った。シカゴのスラム街を舞台に、ギャンブラーやボクサー、不具者、貧しい移民たちを好んで描いたネルソン・オルグレンは、寡作にもかかわらず、なぜか作品が二本も映画化されている。オットー・プレミンジャーの『黄金の腕』、そしてエドワード・ドミトリクの『荒野を歩け』である。

『黄金の腕』と『荒野を歩け』は、いずれもソウル・バスの傑作なタイトル・デザインと音楽をエルマー・バーンスタインが担当していることで映画ファンに記憶されている。

 

『黄金の腕』は、主人公のポーカーの名手フランキー・マシーンをフランク・シナトラが演じて、本格的なハリウッドへのカムバックを果たした作品として知られている。当初、シナリオにも参加したオルグレンは、原作では麻薬中毒の果てに自殺するフランキーが、恋人のキム・ノヴァクと共に更生の道を歩むというハッピーエンドに改変させられたことに激怒し、降板したと言われる。

私は、むしろ車椅子に乗った妻を演じたエリナー・パーカーが強く印象に残っている。たしか、虫明亜呂無も、あるエッセイで、彼女の生涯最高の演技だと絶賛していたのを読んだ記憶がある。

 

『荒野を歩け』は、昔、テレビで見たきりだが、ローレンス・ハーヴェイ、ジェーン・フォンダ、アン・バクスター、キャプシーヌ、バーバラ・スタンウィックという超豪華なキャスティングにもかかわらず、猫が歩いている秀逸なタイトルだけを覚えている。

 

ちょうど、その頃、一九七〇年代後半に、ハヤカワ文庫から『黄金の腕』の完訳と、晶文社から『荒野を歩め』(三谷貞一郎訳)が続けて刊行されたのですぐに読んだ。とりわけ、『荒野を歩め』は、不具者がぞろぞろ出てくるし、散文詩のような独特の文体のせいもあって、むしろ、ルイス・ブニュエルの『忘れられた人々』を思い起こさせた。<スラム街の詩>という形容がもっともふさわしい作品に思えた。

 

寺山修司が絶賛していた『朝はもう来ない』は、長谷川四郎の名作『遠近法』を出していた書肆パトリアという小さな出版社から発行されていたが、なかなか見つからず、神田の古本屋でようやく安価で発見した時はうれしかった。『朝はもう来ない』は、一九八七年には河出書房新社から同じ宮本陽吉の翻訳で完訳が出たが、私は、カバーのデザインも含めて、この書肆パトリア版を気に入っている。

シカゴの貧民街を舞台に、ブルーノ・バイセックという不良少年がヘビー級チャンピオンを夢見るが、仲間たちの横やりで挫折する、という物語は、いかにも寺山修司好みで、寺山さんの処女小説『ああ荒野』、そして東映で撮った清水健太郎主演の『ボクサー』の原典は、まちがいなく『朝はもう来ない』だろう。

 

『朝はもう来ない』と『黄金の腕』を最初に称賛したのは、ジャン=ポール・サルトルで、そのパートナーであったシモーヌ・ド・ボーヴォワールとネルソン・オルグレンが長い間、愛人関係にあったことはよく知られている。

 

 ボーヴォワールの『アメリカその日その日』(人文書院・二宮フサ訳)を読むと、初めてのアメリカ旅行に同行したネルソン・オルグレンが印象的に描かれている。

 たとえば、ニューヨークを一緒に散歩している時に、オルグレンが発した「シカゴにはユダヤ人街はない」という言葉に触発され、アメリカの反ユダヤ主義の跋扈に思いをはせる。あるいは、「シカゴ人の眼でニューヨークを発見する彼を見ていると面白い」といったオルグレンへの親密な感情を吐露した記述にたびたび出会うのである。

 

 私が一番好きなネルソン・オルグレンの作品は『スティックマンの笑い』という短篇だ。ギャンブル狂の男が給料日に家に帰ると、女房は不在で、がっかりした男はふらふらと外へ出る。ダイスの勝負に賭け、有り金を全部すってしまい、泥酔して帰宅すると、妻がいて――。というお話だが、ラストの一行がいい。

 

 この短篇は、むかし、白水社から出ていた『現代アメリカ短篇選集?』に収められていたが、最近、『20世紀アメリカ短篇選上』(岩波文庫・大津栄一郎編訳)にふたたび収録された。やはり、名篇なのだろう。

 

 寺山修司によって見出され、映画にも縁が深かった作家ネルソン・オルグレンを決してわすれてはならない。

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著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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