加登屋のメモと写真…: 2021年8月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2021年8月アーカイブ

保阪正康さん

清流出版 (2021年8月20日 12:25)

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保阪正康さん著『一語一会』

・昭和という時代を語り継ぐことをライフワークとし、延べ4000人におよぶ人々にインタビューしてきた人がいる。それが保阪正康さんである。保阪さんは1939年北海道に生まれ、札幌東高校から同志社大学文学部社会学科に進んだ。高校在学中に、演劇研究会で特攻隊員を描いた創作劇を執筆したというから、昭和史への関心はこの頃から芽生えていたのであろう。昭和史の研究家としては、数多くの著作を残した半藤一利さんが知られている。その半藤さん亡き後、昭和史の研究において、いま保阪さんの右に出る人はいない。戦後60年というもの、太平洋戦争は様々の人々に語られ、また記されてきた。しかし、本当にその全体像を明確に捉えたものがあったかといえば、疑問符がつく。保阪さんはそんな大命題に挑んで、多くの人たちの証言から昭和という時代を炙り出そうと試みた。弊社は幸いにも、そんな保阪さんの書きおろし意欲作を2冊刊行させてもらうことができた。それが『一語一会 出会いで綴る昭和史』(2000年8月刊)と『昭和の空白を読み解く 昭和史の謎が明らかに』(2003年8月刊)である。

 保阪さんは、『一語一会』のプロローグに、なぜ昭和史を聞き書きしようと自ら心に決めたのかについて書いている。<昭和という時代>には、あらゆる事件や事象が詰まっている。戦争、敗戦、軍事的制圧、占領、被占領、テロ、クーデター、革命騒動、それに加えて飢えから飽食まで、それこそあらゆる人類の歴史が詰まっている。だから近代日本の国民性を検証するに、<昭和という時代>を見つめることが後世の必須要因になるはず、と喝破したのである。保阪さんのノンフィクション作家への道を切り開いた事件がある。1970年11月25日、三島由紀夫が楯の会の会員とともに自衛隊東部方面総監部に乱入し、決起を呼びかけた後に自決した三島事件である。その日、三島は総監部のバルコニーから「檄文」をバラ撒いている。この檄文の中に「共に死なう」の5文字があり、どこかで目に触れたことがあると保阪さんの頭の中で渦巻いた。


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『一語一会』を改題し刊行(2004年12月刊)

・保阪さんは書いている。もし、「共に死なう」が「共に死のう」となっていたら、目に止めることはなかった、と……。人生は不可思議である。たった1文字が人生を決めることがある。「共に死なう」と旧仮名遣いになっていたことで、昭和初期のある事件のビラに、このような表現があったことに思い至る。保阪さんは、個人的な関心と編集の仕事上で年譜を作成する必要があったため、昭和初年代の新聞には何度か目を通していた。そこで国会図書館に通い詰め、昭和12年2月に新聞で報じられていたはずだとの記憶が蘇った。昭和12年2月18日付け東京朝日新聞の、「“死なう団”死線に踊る」という大見出しの記事に行き着いたのである。「死なう団」を名のる青年が、東京の中心街で切腹未遂事件を起こしたのだ。興味を喚起された保阪さんは、ほぼ2年間にわたってこの事件に関わった元団員やその遺族、さらにその周辺にいた人たちなど、数多くの人に会っているうちに、様々な体験をすることになる。

 この事件を弾圧した警視庁の刑事と幹部の団員を引き合わせることになったり、この事件で警察のスパイとなってしなう団の団員になっていた人の告白を聞いたりした。多くの人の人生の一端を垣間見て、人間の原像を見たのである。同時に、歴史的事実を伝承することの難しさも知らされたという。こうした体験を積み重ねて保阪さんは、昭和史を聞き書きしていこうと決めた。この時代のそれぞれの局面に生きた先達の聞き書きを進め、それをまとめながら、次代に語り継いでしく役割を自らに課すことにしたのである。保阪さんは、5年間勤務した朝日ソノラマを退社してフリーに転じ、1972年に『死なう団事件(軍国主義下の狂信と弾圧)』を上梓し作家デビューすることになる。

・『一語一会 出会いで綴る昭和史』は446頁もの大著であり、全4章立てで構成されている。第一章 歴史に生きる実像(犬養道子、東條カツ、瀬島龍三、美濃部正、鈴木貞一ほか)、第二章 昭和史を貫く心(麻生和子、三木睦子、佐藤千夜子、細川護貞、後藤田正晴氏ほか)、第三章 先達の飾らぬ一言(美作太郎、花山信勝、三宅正一、松田権六、木川田一隆氏ほか)、第四章 一路邁進に生きた人(森元治郎、江田五月、藤山覚一郎、吉岡隆徳、田原総一朗氏ほか)と64人もの証言者が登場している。評論家、元首相夫人、大本営作戦参謀、歌手、芸術家、経済人、ジャーナリスト、政治家など、分野は実に様々である。

 保阪さんは言う。「人は生きる時代を選べない。したがってその生き方はとうあれ時代の空気と枠組みを背負っている」。だからこそ「私たちは先達がどう生きてきたかを検証し、次世代に教訓を伝えなければならない」の強い意思をもってこの本を書き進めた。実際、類書はなく異色の本として販売実績もよく、八重洲ブックセンターでサイン会も行った。当日、多くの保阪ファンが列を作った。さらに嬉しいことに、2冊ともに講談社からオファーがきて、文庫版になって刊行されることになった。保阪さんが個人で年2回、執筆刊行していた『昭和史講座』を中心とする一連の昭和史研究で菊池寛賞を受賞したことも後押しし、文庫版も大いに弊社の経営に寄与してくれたのである。


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『昭和の空白を読み解く』

・2冊目の『昭和の空白を読み解く 昭和史の謎が明らかに』の「まえがき」に保阪さんはこう書いている。「私が描きたいと思っているのは、これまで「聞き書き」のために会ってきた四千人近くの人たちの中から、今なお心に残る人たちとのやのとりやその瞬間に見せる表情の中に、「人間」を感じとったそのことを書きたいがためである。人と人との出会いの中に―たとえそれが瞬時のことであっても―それぞれの人生が交錯する。毎日のように会っていても理解できない関係もあれば、瞬時のうちに理解が可能であり、感情が交流することがある。本書は、私が出会ったときの表現や表情の中に、その理解や交流が可能であった人たちを抽出して、その思い出を語った書である。」。だから本書は、単なる人物論ではない。かといって昭和史の通史を描こうとしたのでもない。「一人の庶民の生きた姿を、ある断面を切り取って描こうとするものである」と……。
 

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タイトルは変えず刊行(2006年8月)

 概要については、第一章 戦争が残した禍根(大友源太郎、山本洋一、古山高麗雄ほか)、第二章 志に生きた人びと(乙戸昇、小沢一郎、渡辺美智雄ほか)、第三章 未来を見通す鋭い目(大原謙一郎、中山素平、宮崎晃ほか)、第四章 昭和史の証言者たち(アレクセイ・アレクセーヴィチ・キリチェンコ、熊沢乃武夫、広橋真光ほか)となっている。本書は『一語一会』の続編ともいうべきものだが、保阪さんにとって、特に思い入れが強い部分があったようだ。「私が出会った人物たちの歴史と関わる一点を取り出し、そのことについて私がどのような感想をもったか、そして彼らの証言によって史実を理解する幅が広がるのではとの思いをこめてまとめた書である。ただ、前著と異なってその人物の証言を昭和史(あるいは世界史)に組み込むことを狙いとした。」とし、書名も『昭和の空白を読み解く』としたと綴っている。政治家、軍人、経営者、文化人ら26人の証言者に切り込んで、当事者の率直な答えや苦渋に満ちた反応は、そのまま昭和という時代の複雑さを物語っている。狙い通り、次代に受け継ぐべき貴重な証言集となっている。

・保阪さんは2019年10月12日から今日まで、BS-TBS毎週土曜日の昼に「関口宏もう一度! 近現代史」という1時間番組にレギュラー出演している。昭和という時代を中心に、日本の近現代史を振り返って検証していく番組である。関口宏さんが歴史上気になる疑問点や不明な点について質問する。保阪さんが歴史上の事件や敗戦に至までの陸海空軍の人の動き、決断の背景などを豊富な知識の中から分かりやすく解説している。まさに保阪さんの面目躍如ともいうべき番組である。僕は時間がある限り、これからも楽しみに拝見させてもらおうと思っている。
 

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BS-TBS「関口宏もう一度! 近現代史」


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保阪さん監修による『志に生きる!』

 最期にもう一つ、忘れてはいけないことがある。実は弊社では、2003年に江口敏さんの著になる『志に生きる! 昭和傑物伝』を出版している。閉塞日本を憂い、孤高を貫いた男たちを取り上げたもので、昭和史において特異な足跡を残した人物を真正面からとりあげた人間論であった。軍国日本と一線画した政治家・軍人・官僚として、中野正剛、井上成美ほか、昭和の言論をリードし抵抗した言論人として、清沢洌、桐生悠々ほか、 伝統精神を受け継ぎ思索深めた苦悩の学者たちとして、河合栄治郎、 柳田国男ほか、芸術世界にわが道を求めた孤高の芸術魂として、三好達治、 原富太郎ほか、閉塞日本の世直しを模索した宗教家・革命家として、北一輝、出口王仁三郎ほか、となっている。実はこの本を監修して頂いたのが保阪さんである。保阪さんのもっとも得意とする分野であり、監修して頂いたことにより、本に箔がつき、内容的にもブラッシュアップすることができた。この場を借りて、感謝の言葉を述べておきたい。

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