2022.07.25荒井宗羅さん

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茶道家・荒井宗羅さん(本人提供)

・この連載コラム「加登屋のメモと写真」には、僕が出版業界でこれまで雑誌・単行本の編集者をしてきた過程で、お世話になった方々、執筆者・寄稿者たち、仕事上での様々なトラブルやハプニングなどのエピソードを交え、自分の好きなように書いてきた。しかし、読んでくれている人が一体どれくらいいるのかは、よく分からない。多分、それほど多くはないだろう。だが、メール等で直接、僕宛てに感想を送ってくれる方も中にはいる。そのお一人が、今回書かせて頂く荒井宗羅さんである。宗羅さんは時に素敵な感想文を寄せてくれるので、僕がこのコラムを書くにあたっての大きな原動力になっている。表千家不白流師範であり、弊社から『和ごころで磨く――ビジネスに生かす“茶の湯の精神”』(清流出版、1997年刊)という本を出させて頂いている。

『週刊新潮』、『週刊文春』は、清流出版が出版広告を定期的に出稿していたこともあり、今でもほぼ毎号購読している。その『週刊新潮』の最新号(6月30日号)に気になる記事を見つけた。茶道家で悠遊塾塾頭を務める宗羅さんが取材された記事が載っていたのだ。「私の週間食卓日記」という連載企画であった。この企画は、様々なジャンルの著名人が、1週間どのような生活をし、どんな食事をしてきたのかを公開するものだ。この号では6月1日から6月7日までの宗羅さんの1週間の生活ぶりと食事内容が明かされていた。僕も知らなかった荒井さんの交友関係や、あのスタイルの良さを保つための秘密も明かされていて、興味津々で読ませて頂いた。

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フェイスブックページより(本人提供)

・僕も一応、フェイスブックに登録している。ただし、ほとんど発信はせず受け取るだけである。友だちもごく限られた人数しかいない。同年代の友達は何人かいるが、頻繁にアップすることもない。だからもっぱら気になる人の公開ページをはしごして見ているのが関の山である。いきおい、弊社の著者であり、お世話になった宗羅さんや山田真美さんなどのページを拝見していることが多い。宗羅さんがフェイスブックでよくアップしているのは、海外の美術館が所蔵する世界の絵画展、日本画・洋画から浮世絵展、仏像、陶器・磁器の展覧会などに出掛けての感想や藝術評である。その他、歌舞伎・浄瑠璃・文楽・能など日本の伝統文化、寄席や講談などにもよく出掛けられている。交友関係もこうした藝術畑の人のみならず、仕事柄かビジネス社会のトップ層とも交友関係が広い。

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フェイスブックページより(本人提供)

・ビジネスに「茶の湯の精神」を生かすべく尽力してきた成果なのだろう、NY証券取引所上場を目論む起業家や通信界のレジェンドたちとのパワーランチを楽しんだことが、この1週間の動向にも出ている。著書『和ごころで磨――ビジネスに生かす“茶の湯の精神”』の推薦者が船井総研の船井幸雄さんであったことでも、宗羅さんのビジネス人脈の凄さが分かる。この本も単なる茶道解説書でない。美魔女という言葉があるが、宗羅さんはまさにそれを体現したような方である。和服の着こなしは当然としても、洋服でも、ジーンズのようなラフな格好をしても、センスよく着こなし、絵になる方なのだ。
 
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(清流出版、1997年刊)

・一般的には、茶道を楽しみながら、それをビジネスに生かすなどというのは、難しく思える。しかし、宗羅さんは自信をもってこう断言する。
「日本人には美意識があり、風土に根差した四季折々の中にある美しいものを愛し、共有しようとする心があります。そんな心のあり方を、ややもすると忘れ去り、退化させているようにも見えますが、茶道は、日本人の誰もが心の奥底に持っている美意識を、時には無意識下におかれた部分まで引っ張り出し、意識的に磨き上げていこうとする芸道なのです」と。後援者だった船井幸雄さんは、この本の推薦文にこう書いた。
 《本書は、六百年余にわたって日本文化の神髄を保ち続けてきた、茶の湯について語られたものである。しかし単なる「茶道解説書」ではなく、現代人の決定的に欠けている部分を、極めて正確に、そして大胆に指摘しているように感じられる。幸福が、決して経済というバロメーターだけでは推し量れないことを知っている反面、自らの”あるべき姿”もまた見失いかけている……そんな人は、この若き女流茶人の胸のすくような呼びかけに耳を傾けてみるといい。受難の時代を生きるビジネスマンにとって、今、なぜ茶道が必要なのか。日本人の本質とは何か。「茶室」という小宇宙には、古くて新しい生き方との出会いがあることに気づいてほしい。》

 それにしても大盛況だった宗羅さんの出版記念パーティを思い出す。船井幸雄さんをはじめ、竹村健一さん、ジェームス三木さん、細川隆一郎さん、浅草寺の京戸慈光師、渡部昇一さんなど、多くの宗羅ファンが押しかけた。
 
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(『週刊新潮』6月30日号の当該ページ)

・宗羅さんの朝は、薄茶を点てて、季節の練り切りとともに仏壇にお供えし、下ろしてから頂くのが定番という。そして日々の昼食や夕食がバラエティーに富んでいることにも驚かされる。この6月の1週間をざっと見てみても、若鮎の塩焼きと懐石料理、オーストラリア創作料理、鰻重と赤出汁、十番でイタリアン、今半のすき焼き弁当などが出てくる。フレンチ、中華料理はもとより、和食も歳時記に従うように、新蕎麦、江戸前寿司、とんかつ、焼肉なんて日も出てくる。僕も食べることは好きなのに病気で行動範囲が狭まった。料理に合わせての宗羅さんのお酒選びも見事である。フランスワイン、吟醸酒、スコッチウヰスキー、泡盛など、実に楽しんでおられる。料理好き、酒好きの僕には酷な記事である。日・豪・ニュージーランド協会の理事をされていることにも関係するのか、豪州料理もよく登場する。

『週刊新潮』の記事を読んで、なるほどと腑に落ちたことがある。それは宗羅さんがあれだけ美味しいものを食べて飲んで、どうしてスレンダーのままなのか。その謎が解明されたのだ。臼井君と何度か話したことがあるのだが、あの体形をどうして維持できるのかが不思議だった。宗羅さんは現在、体重は身長マイナス百十を維持しているというが、常に身体を鍛えておられることがこのコラムでよく分かった。前日の夕食を済ませてから、朝食は翌朝10時以降とし、ゆるい16時間ダイエットを心がけている上に、この1週間だけでもサルサのレッスンに通い、アクアダンスをし、ジムでボディメンテナンスのストレッチ指導を受けている。特にジム通いでは60分で1キロほど体重ダウンするほどの過激な運動もこなされている。これだけ鍛えているからこそ、食べても太らないのだ。僕にはとてもできない芸当である。

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弊社出版記念パーティで宗羅さんと

・宗羅さんについて補足しておきたいことがある。その活躍ぶりは国際的である。鎌倉と浅草に「宗羅茶道教室」を開校。その後新宿校、パリ校なども開校してきた。日・豪・ニュージーランド協会の理事も務めているが、これは同協会の創立90年を超える歴史上、初めての女性理事とされる。また、異文化、異業種とのコラボレーション茶会なども多く企画立案し、現代に置ける茶の湯のレゾンデートルの確立に努めている。2003年秋には、ニューヨーク/メトロポリタン美術館における「ORIBE大茶会」の実行委員をされた。茶の湯の精神を通し、日本の伝統文化を世界に知らしめた功績は大きい。茶道は単にお茶を客人に振る舞い、お茶を頂くだけではなく、亭主と客人との精神的な交流を重んじるものである。精神性や思考、そのための茶室や庭、茶室のしつらえ、茶道具の選別や鑑賞、振る舞われる料理や手前作法などの審美性が融合した総合芸術といわれる所以である。茶道の精神は、現代の日本人のおもてなしの精神にも通じている。

「川上不白を知らずして、江戸文化を語る事なかれ」を持論とする宗羅さん。江戸文化に対する造詣も深く、1993年には、日本文芸大賞「古典研究賞」を受賞している。宗羅さんは、混迷の時代を生き抜くビジネスマンを後押しするこんな夢を語っている。「現代のビジネスマンにとって文化も時にはビジネスのツールになり、茶の湯こそはその宝の山であり、大いに利用すべきです。茶道によって人間的魅力に磨きをかけ、茶室という“非日常の小宇宙”でストレスから完全に解放され、その上、国の内外を問わぬ異文化異業種の方々との人間関係を作ることができる。そんな生き生きとした茶道を学んで頂くのが私の理想です」と語っている。これからも一層、高みを目指して頑張って欲しい。僕も陰ながら応援し続けたいと思っている。