加登屋のメモと写真…: 2015年2月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2015年2月アーカイブ

杉田明維子さん

清流出版 (2015年2月20日 10:20)

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個展会場での杉田明維子さん。(撮影:臼井雅観)


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作品集の表紙。地に無限に続く麻の葉をデザインしている。


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僕に絵入りのサインをしてくれた。


・いささか旧聞に属する話で恐縮だが、昨年10月12日から20日まで9日間、杉田明維子(すぎた・あいこ)さんの個展が銀座の画廊で行われた。僕は17日の金曜日、明維子さんの担当編集者だった臼井雅観君を伴って個展会場に出かけた。「ギャラリー枝香庵(えこうあん)」という会場で、ビルの最上階の8階にあり、併設するテラスも使えるという抜群のロケーション。杉田明維子さんとは、弊社から刊行させて頂いた『うまれるってうれしいな』という絵本の絵をお願いしたのがご縁である。この絵本の物語は、詩人の堤江実さんが紡いだもの。明維子さんの絵は、とても温かい。だからファンも多い。実際、この『うまれるってうれしいな』の原画展は、銀座を皮切りにして、能登、金沢、神戸、静岡と各地で巡回展示が行われ、好評だったと聞く。


・杉田明維子さんの家族は、夫君の作宮隆氏、娘の杏奈さんと芸術家一家である。家族での三人展も何回か開催している。作宮隆氏は、1954年、石川県金沢市の生まれ。1978年に金沢美術工芸大学商業デザイン科を卒業している。卒業後、日本デザインセンターや第一企画など一流広告会社でデザインやテレビCFを制作しつつ、造形作家として現在活躍中だ。2004年からは「花炭」素材を使った作品を発表して話題を集めている。また、娘の杏奈さんは、「生きること」をテーマに、版木彫りなどをされており、これもなかなか面白い作風で注目されている。実は僕の中学の同級生に井上リラさんという画家がいるのだが、この井上リラさんと明維子さんが親しく、一緒に展覧会などをしている。世間は本当に狭い。不思議な縁を感じている。


・ここで井上リラさんについて少々触れておきたい。リラさんは、僕が豊島区立第十中学校2年2組のとき、本欄の三ヶ月前に登場された担任の小寺禮子先生に教わったわけだが、リラさんも同じクラスメイトだった。彼女はあまり目立つことのない、おとなしい生徒と記憶している。リラさんは画家になったわけだが、僕は後年、彼女の両親ともに画家だったことを知る。ちょうど明維子さんの家族が芸術家一家だったように……。井上リラさんの父君は、井上長三郎という有名な画家であった。かつて、かの井上長三郎をよく知るわが親しき友人、野見山暁治画伯から話を聞いたことがある。そこから導き出した僕なりの結論だが、“池袋モンパルナス”がリラさんの職業選択に多大な影響を与えたのではないかと思った。


・野見山さんは、池袋モンパルナスについて、“歯ぎしりのユートピア”だったとおっしゃっている。難しい顔で黙々と作品制作に没頭する者。果てしなく芸術論を闘わせる理論家肌。雇ったモデルを交えてドンチャン騒ぎをする画家。池袋モンパルナスには、自己責任で自由人の自覚を基に活動する、いろんな芸術家たちが蝟集していた。貧しさや将来の不安はあったにしても、みんなそれぞれの夢に生きていた。野見山さんの歯ぎしりのユートピアとは、実に言い得て妙だ。

   豊島区西池袋を中心にして、椎名町、千早町、長崎、南長崎、要町、板橋区向原など、この周辺に多くの自由人たちが住みついてアトリエ村の態をなしていた。画家、音楽家、詩人など多くの、延べ千人近い芸術家たちが暮らしていた。池袋モンパルナスには、小熊秀雄、熊谷守一、靉光(あいみつ)、麻生三郎、松本竣介、長沢節、古沢岩美、北川民次、福沢一郎、丸木位里、丸木俊、寺田政明、林 武……等々、錚々たる人物が集まっていた。もちろん井上長三郎さんも野見山暁治さんも“池袋モンパルナス”の仲間だった。


・井上長三郎さんは、1906年に生まれ、1995年に逝去している。自由美術協会会員で、太平洋画会研究所に学んでいる。また、リラさんの母堂である井上照子さんは、自由美術協会会員、女流画家協会創立会員だった。1911年の生まれで、1995年に没(夫の没年と同じ)している。井上長三郎さんは、1953年から1956年にかけて、日本美術会の委員長を務めた。1972年、第25回日本アンデパンダン展の実行委員長を務めた。時勢を風刺した作品を数多く描き、風刺画家として知られている。暖色調の色彩と丸みのある曲線によって構成された作風からは、ユーモアや気品が感じられる。1938年に照子夫人と渡欧、2年半近くフランスやイタリアに滞在した。リラさんは、1940年の生まれなので、日本に戻った後に生まれたと推測する。この辺のことをご本人にもう少し詳しく聞いてみたいと思ったが、ご本人がなかなかつかまらない。それに生まれた頃、それも戦争直前のことを、あれこれ言っても仕方ないと諦めた。


・井上リラさんは、本欄でご紹介したことがある。父君の『井上長三郎展―生誕100年記念―』が、銀座の「ギャラリー・オリーブ・アイ GALLARY olive eye」で開催されており、僕はその招待状をいただいた。9年前、2006年10月のことである。そのとき、じっくり井上長三郎展を鑑賞させていただいた。彼の絵は素晴らしいと思った。日本人には稀な、諧謔精神に満ちた風刺魂を感じたのである。その前年の2005年、井上リラさんが「池袋モンパルナスの集い」のトーク番組で講師をされたことがある。中学時代には、寡黙な印象が強かったリラさんだが、堂々と立派に務めを果たされた。僕は改めて目を見開かされる思いがした。

  昨年、4月21日から5月17日まで、『井上長三郎展』が、八重洲の日本画廊で開催された。その直後に、同じ日本画廊で、『井上照子・リラ展』が、5月19日から6月6日まで開催された。戦後美術の大家だった井上長三郎夫人、照子さんの作品に実際に目にする機会はそうはない。加えて、リラさんも協賛して、「母と娘」が展覧会を開催するとは、僕は他人事ながら賛辞を惜しまない。素晴らしい家族の足跡を拝見できたと感動一入であった。


・話を元に戻そう。杉田明維子さんは、あの彫刻家・佐藤忠良さん(娘さんは女優の佐藤オリヱ)に可愛がられていた方だ。忠良さんは、1990年の伊勢丹での個展の際、『アイ子さんの絵』と題して、こんなメッセージを寄せている。

  ――ある雑誌の表紙絵がよくて、飽かず見入ったことがある。十年ほど前のことであった。そのときはじめて杉田明維子という人であることを知った。(アイ子と呼ぶのを知ったのはそれからずっと後になる)以来、杉田さんの個展やグループ展はいつもみせてもらっているが、会場を出てその都度思わせられることは、この人には、当て込み的な卑しさがちっともないということである。私も一人のもの作りとして、この媚びからの脱出の切なさを人一倍知っているから一層そのことを強く感じさせられるのかもしれない――

  この文章は、杉田明維子という人物像、そして絵の特長を余すことなく伝えている。あの謹厳実直な佐藤忠良さんが、これほど手放しで褒めるというのも珍しいことではないだろうか。


・今回、明維子さんはこの個展に合わせて、作品集を刊行されている。それを見ると、これまでの素晴らしい画業が俯瞰できる。若かりし頃に、シルクロードにスケッチ旅行をしたことをこの作品集で知った。詩人・堤江実さんは明維子さんの絵をこう表現している。

 ――絵は魂の光です。だから、頭で描いたものは、どんなに技法が優れていても心に光は届かない。明維子さんの絵は光そのものです。その折々、モチーフも変わり、色が変化していても、いつも魂が素晴らしい光を放って、その絵を見るすべての人を幸せでいっぱいにします。誰かのために、みんなの幸せのために、きっと祈りながら絵を描いているのでしょう。明維子さんの絵は、まるで観音様のようだといつも思います――

 と、これも手放しの絶賛ぶり。

 


・今回の個展会場の絵の題材として、麻のイメージが多く採り入れられていた。麻の葉は幸運を呼ぶ。幸せを呼ぶ。その麻の葉の三角形のイメージが、無限の広がりを表している。明維子さんのテーマは、すべての命は繋がっているということ。だからこう作品集に一文を載せている。「ひとつから生まれた“いのち”。やがてひとつに戻るまでの長い旅。あなたと私、花や樹木、魚、鳥、動物たち、すべての“いのち”は一つに繋がっている」と……。絵には花が咲き、太陽が輝き、鳥が空を舞っている。魚が飛び跳ね、象のガネーシャが歩いている。実に見ていて愉しい。それも暖色系なので、余計ほのぼのしてくる。

  個展会場入口には美内すずえさんから贈られた花が飾られていた。あの大ベストセラー漫画『ガラスの仮面』の作者である。1976年から現在まで長期連載が続いており、2014年9月の時点で累計発行部数が5,000万部を突破したと伝えられる。聞けばごく親しい友人だとか。物質至上主義の世の中から脱皮して、これからは精神世界に羽ばたこうとしている、と語る明維子さん。美内すずえさんとは、精神の浄化を表現する手段は異にするが、目指すゴールは共通なのであろう。羨ましいと思った。なぜなら、魂が響き合う友の存在は、人生に一層の輝きを与えてくれるからだ。


・明維子さんは、世界中の人たちの平和と幸せを祈りながら、絵を描き続けるに違いない。これからも明維子さんの仕事ぶりを見守っていきたい。今回、杉田明維子さん、井上リラさんの芸術一家を取り上げたが、そんな芸術家ファミリーが増えていくことを切に祈っている。家族がともに暮らしながら、ごく自然に審美眼を養い、個々の芸術性を高めていく。お互い切磋琢磨して高みを目指していく。他の芸術分野においても、千住ファミリーや五嶋ファミリーなど世界的な芸術家を生んだ家族を挙げれば枚挙に暇がない。身近なところでも、僕の長男と幼稚園、小学校と一緒だった盲目のピアニスト・梯剛之君がいる。父君は元NHK交響楽団ヴィオラ奏者の梯孝則氏、母堂は声楽家という芸術家一家だ。音楽、書道、絵画、彫刻、演劇……何の分野でもいい。親が関心を寄せるものを、子は見て育つ。天賦の才ある者たちが自由に飛翔できる、そんな文化的な土壌が日本に根付いてくれればと心から思っている。

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弊社発行の『うまれるってうれしいな』(文・堤江実、絵・杉田明維子)

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