加登屋のメモと写真…: 2014年5月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2014年5月アーカイブ

笹本恒子さん

清流出版 (2014年5月21日 10:24) | コメント(0) | トラックバック(0)

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かつて弊社を訪ねてきた時の写真家・笹本恒子さん(中)。その時は、写真集『昭和を彩る人びと――私の宝石箱から100』の企画打ち合わせをした。今から約10年前のことになる。右は臼井雅観君。

 

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2014415日(火)の日本経済新聞に掲載された全5段広告「笹本恒子100歳展」に、僕はビックリさせられた。その広告は、514日(水)にも再度、掲載された。今どき、全5段広告といえば、海外旅行関係、健康食品関係といったところが主流で、文化イベントの広告などあまり見かけない。その中で、この「笹本恒子100歳展」は、人びとの印象に深く刻まれたと思う。記事としても各紙で取り上げられ、430日付け朝日新聞夕刊でも、写真入りで紹介されている。展示された写真は、戦前から現在まで約130点。昭和から平成へと続く激動の時代を見事に切り取って見せてくれる。全4部構成だが、「明治生まれの女性たち」のコーナーには、宇野千代、淡谷のり子、市川房枝、加藤シヅエなど時代を牽引した女性たちが並ぶ。

 

 

・昨年、『はつらつ!――恒子さん98歳、久子さん95歳 楽しみのおすそ分け』(笹本恒子・吉沢久子共著、20136月発行、定価=本体1400円+税)という本を弊社から刊行した。お2人が100歳間近という年齢にもかかわらず、現役で元気に過ごしておられる様子が伝わる。一方、僕は盛夏が到来すると74歳になるが、物忘れがひどくアルツハイマー病スレスレの状態である。笹本恒子さんも吉沢久子さんも、普段の生活から頭脳明晰で思考力を発揮し、本当に頭が下がる。そして、今回、「笹本恒子100歳展」で笹本恒子さんが、大いに話題となった。僕と笹本恒子さんとの関わりについて、少し述べてみたい。

 

・清流出版を立ち上げた僕は、出版部門の柱として写真集のジャンルを考えていた。ちょうど創業から3年ほど経った1996年初頭、恰好の人物に出会うことができた。それが日本初の女性報道写真家として売り出し中だった笹本恒子さんである。笹本さんは、「女性の権利が保障されていなかった明治に生まれ、大正、昭和と走り抜けた、この人たちの苦労を残しておかなければ」の強い思いから、明治生まれの女性たちを撮り続けてきた。僕は日ごろから、女性の潜在パワーには感服していたこともあり、そのテーマに惹きつけられた。そこから数ヶ月、写真集が完成。弊社から刊行された『きらめいて生きる 明治の女性たち――[笹本恒子写真集]』はこうして世に出た。明治という時代に生まれ、大正、昭和、平成と四つの時代を生き抜き、牽引してきた各界の女性たち。笹本さんは、そんな女性たち60人に直接会い、毅然として生きる姿を活写したのである。お恥ずかしい話だが、題字は元気だったころの僕が書いたものだ。ちなみに60人の主な内訳は、先に挙げた宇野千代、淡谷のり子、加藤シヅエのほか、佐多稲子、杉村春子、沢村貞子、秋野不矩、住井すゑ、丸木俊、櫛田ふき、飯田深雪、石垣綾子、井上八千代、北林谷栄、相馬雪香、田中澄江、長岡輝子、三岸節子、メイ牛山、吉行あぐり等など錚々たる女性たちが並ぶ。

・この本が出来上がると、資生堂の福原義春社長(現・名誉会長)がいたく気に入ってくれた。そこで福原社長は、発売と同時に、資生堂別館を使って紫式部から続いてきた煌めく女性の歴史を俯瞰する「千年のバトンタッチ」と題する写真展を開催できるように取り計らってくれた。その準備に奔走されたのが堤江実(つつみ・えみ)さんである。今でこそ堤江実さんといえば、詩人、翻訳家、エッセイスト、絵本作家と幅広いジャンルで執筆活動をされ、文化放送アナウンサーの経歴もあって詩の朗読イベントもされているが、当時は、グリーティングカード、ラッピングペーパーの会社を経営されていた。福原さんはこのイベントを仕切れる女性として江実さんに白羽の矢を立てた。江実さんは、その起用に見事に応えてみせた。こうして「千年のバトンタッチ」は、福原義春さん、堤江実さん、笹本恒子さんのトライアングルで、写真展は成功裏に幕を閉じたのだ。

ちなみに堤江実さんは清流出版から、著者として『ことば美人になりたいあなたへ』、絵本『うまれるってうれしいな』、『水のミーシャ』(読書推進運動協議会賞)、『風のリーラ』(ユネスコ・アジア文化センター賞)、『森のフォーレ』(ユネスコ・アジア文化センター賞)等を刊行されている。また、お嬢さんの堤(現・川田)未果さんも注目の新進気鋭ジャーナリストとして、ベストセラーを連発されており、弊社からも『人は何故過ちを繰り返すのか?』(佐治晴夫さんとの共著、2012年)を刊行されている。

 

・「千年のバトンタッチ」のイベント開催にあたり、来賓の方々がスピーチされたが、とりわけ僕の印象に強く残ったのは、野中ともよさんだった。野中さんは、上智大学文学部新聞学科卒業後、ミズーリ大学コロンビア校大学院に留学。帰国後フォトジャーナリストとしての活動を開始。アメリカの大学院時代にたたきこまれた、スピリット・オブ・ジャーナリズム精神でテレビ界に転じ、当時、テレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」の2代目キャスターとして、人気沸騰中だった。スピーチの詳しい内容はともかく、概要はこんなだった。野中さんは、笹本さんにあこがれて、報道写真家を目指したものの、なかなかよい写真を撮れないままにテレビの世界に入ってしまった。それに引き換え、笹本恒子さんは、女性初の報道写真家として今も牽引し続けている。素晴らしい目標とすべき女性である。そんな内容だったと思う。

 

・その野中ともよさんと、弊社の翻訳本の訳者としてお付き合いすることになろうとは、その時は知るべくもなかった。その本がピーター・ドラッカー夫人のドリス・ドラッカーの著になる『あなたにめぐり逢うまで――ドラッカー博士を支えた妻の物語』(1997年、弊社)である。969月まで「ワールドビジネスサテライト」のキャスターを務められた野中さん、超多忙の日々の中で翻訳時間を捻出され、刊行までこぎつけてくださったことには、感謝の言葉もない。それにしてもドリス・ドラッカーさんも凄い方だ。あの一世を風靡したドラッカー博士を70年近くにわたって支え続けた。そのドラッカー博士は2005年に鬼籍に入られたが、103歳になるドリスさんは今も元気だそうだ。笹本さんといい、ドリスさんといい、100歳を超えて元気に活躍している。女性の時代が到来したことを痛感せざるを得ない。なお、野中ともよさんは、このあと国連本部にて行われたシンポジウムに日本代表のジャーナリストとして参加、2001年には経済界大賞「フラワー賞」を受賞、三洋電機株式会社代表取締役会長等を経て、NPOガイア・イニシアティブ代表など様々な要職に就いていらっしゃる。

 

・ここからはお忙しい方には失礼、蛇足である。笹本さんの本は、『夢紡ぐ人びと――一隅を照らす18人』(2002年)、『ライカでショット!――お嬢さんカメラマンの昭和奮戦記』(2002年)、『昭和を彩る人びと――私の宝石箱の中から一〇〇人』(2003年)と立て続けに刊行したが、この間、(有)遊人工房の飯嶋清さんが企画、印刷等、笹本さんの意向を心得た協力をしてくれた。「笹本恒子100歳展」にも、飯嶋さんは一枚噛んでいる。会場には、100歳のファインダー 日本初の女性報道写真家 笹本恒子』(東京新聞事業局・編、東京新聞社刊)が並んでいる。制作は飯嶋さんの遊人工房、印刷所は光村印刷。カバーデザインは弊社でもお馴染みのデザイナー、西山孝司さんが担当している。

 

・この飯嶋清さんは、今を遡ること約45年前、光村印刷に勤務されていた頃、印刷学会の関係で僕の古巣であるダイヤモンド社をしばしば訪れ、石山四郎副社長(後に、社長)、入谷光治さん(後に、ダイヤモンド・グラフィック社社長)等と交流されていた。当時、印刷学会はオフセット派、グラビア派に分かれ、それぞれ自らの陣営が将来、主流になるものと論陣を張っていた。オフセット派かグラビア派か、その渦中に飯嶋さんもいたわけだ。ダイヤモンド社の石山四郎さんはオフセット派の筆頭格だった。その関係で、現在、清流出版の外国版権担当顧問をしている斉藤勝義さんは、ダイヤモンド社主催で日本の出版各社の印刷関係者を引き連れて、デュッセルドルフ、フランクフルト、パリ、スイス等にしばしば行った。世界的に有名なDRUPA(ドルッパ)――「印刷及び印刷機材業界最大の展示会」である。

・笹本さんの本では、『夢紡ぐ人びと――一隅を照らす18人』が、懐かしい本だ。とくに最初に登場する「富田忠雄――ラベンダーに憑かれた男」に思い出深いものがある。僕は数年前、北海道旅行をした際、念願だった富田ファームを訪ねた。オーナーの富田忠雄さんに会って、素晴らしいラベンダー畠を見せて頂き、しばしお話することができた。あの観光客がごった返す中、よくぞ車椅子の僕に付き合ってくださった。笹本恒子さんのことやら、遊人工房の飯嶋清さんの近況などをお話すると、思わず身を乗り出すようにされたのを思い出す。その時の光景が忘れられない。その富良野・美瑛の美しい地域にもう一つ観光スポットがある。「榎木孝明水彩画館」だ。榎木さんには、月刊『清流』で長期にわたって画とエッセイを連載していただいた。榎木さんは、実は南の鹿児島県人だが、この北の富良野・美瑛に長年の夢であった水彩画館をつくった。しかも、そこにはあの写真家の織作峰子さんが撮った榎木さんの大きな写真が飾られている。美男美女のお二人の友情を目の当たりにして、うらやましいなと思った次第である。そして、富田さんのラベンダー畠については、飯嶋清さんの遊人工房から『富良野ラベンダー物語』(岡崎英生著、2013年)が昨年刊行されている。ファーム富田の富田忠雄会長の人生を軸に、ラベンダー栽培の歴史をたどったもの。発行人・飯嶋さんの写真への、また出版への熱い思いが伝わってくる本である。

 

・最後に、笹本さんの健康法をご紹介しよう。まず、食から。笹本さんは、ほぼ毎日のように100グラムの牛肉を食べる。それも霜降り肉が好物で豚肉は食べない。食事は3食、自分で作る。焼き魚、煮魚は好きではない。肉といえば、脂身のある牛肉か鶏肉がメイン。夕食には、必ず赤ワインを1杯。このワインが主食代わりでご飯やパンなど炭水化物は食べないという。赤ワインはポリフェノールが多く健康にいいらしい。行動力も笹本さんの健康の源だ。重いカメラ機材をもって身軽に動く。また、テレビ番組を見ていて気付いたことはメモ、気になる新聞記事は切り抜いたりもする。時代の変化を敏感に読み取って、撮影テーマを見つけるためのアイデア集を作っているのだ。現在、笹本さんの関心事は「老い」だ。100歳になっても、いや100歳だからこそ、ふさわしいテーマだと思う。今後も、報道写真家として前人未踏の境地を切り開いてほしい。

 

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『きらめいて生きる 明治の女性たち――笹本恒子写真集』(著者:笹本恒子、発行者:加登屋陽一、造本デザイン:道信勝彦、編集担当:高橋与実、印刷:内外印刷、製本:加藤製本、発行所:清流出版)。右は初版の表紙、左は3ヶ月後に出した新装改訂版第2版の表紙。

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