加登屋のメモと写真…: 2012年11月アーカイブ
加登屋のメモと写真…
2012年11月アーカイブ

佐藤徹郎さんと西脇礼門さん

清流出版 (2012年11月21日 10:50)

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元ダイヤモンド社出版局の佐藤徹郎さん(左)と、麗澤大学出版会編集長の西脇礼門さん。

 

 

・僕が週1回出社する時(基本的には金曜日だが)、会いたいという人が複数いて、調整ができない場合がある。結果的にダブルブッキングに近いこともよく起こる。そういう時は事情を説明して、同席をお願いする。この方法でいままでも特に問題が起こったことはない。昼食をご一緒することもあるし、弊社で到来物のワインを開けて歓談することもある。このような出会いは、時として刺激的なことが多く、僕の最も好きな時間となる。この日も、弊社社長の藤木健太郎君が僕の長年の親友である名編集者・佐藤徹郎さん(左)を正午に会社へ呼んでくれていた。その時すでに、出版部顧問の斉藤勝義さんが僕に会わせたいとして翻訳出版の名編集者・西脇礼門さん(右)が来社しており、旧知のように話が盛り上がっていた。早速、二人のゲストと昼食を摂ることにした。この写真には写っていないが、藤木、斉藤、臼井に僕を加えた合計六人のメンバー。場所は気心の知れた店員がおり、居心地がよいのでよく行く神保町の寿司屋である。

 

・佐藤徹郎さんは、前々月の本欄に紹介したように、弊社の囲碁本『黄龍士――中国古碁・最強棋士対局集』(薛至誠著、牛仙仙訳、監修・解説マイケル・レドモンド、定価3990円〈税込〉)の編集協力をしてくれた方だ。囲碁ファンなら、見逃せない好著である。僕はこの本を読むたびに、実態はともかく囲碁の腕が上がったような気がしてならない。また、徹郎さんはかつて、月刊『清流』で50回にわたり「職人を訪ねて」という連載を企画し、優れた女流伝統工芸士たちを取材して紹介してきた。伝統工芸を熱心に追究し続けてきた女性たちを、少しでも応援したいという徹郎さんの熱い心が伝わる企画だった。徹郎さんは囲碁が滅法強く、実力六段、いや今は七段ぐらいの腕前である。そして今は、『知遊』というハイブローな雑誌(NPO法人・日医文化総研発行、年2回)の編集人を務めている。

 

・佐藤徹郎さんについては、何度か本欄でもご紹介したので、今回は西脇礼門さんのことを中心に書いてみる。頂いた名刺には、麗澤大学出版会編集長とあるが、良い仕事している出版人である。僕との最初の出会いは、1970年、今からざっと40年ほど前まで遡る。ダイヤモンド社の月刊誌『レアリテ』で僕が礼門さんを翻訳者として抜擢したことに始まる。礼門さんが訳した記事は「ルネ・ラリックの〈ガラスの城〉」である。当時、ルネ・ラリックの名前は日本人の間ではほとんど知られていなかったが、アール・ヌーヴォー、アール・デコの両時代にわたって活躍した作家だった。その後、ラリック商会は、ルネ・ラリックから息子マルクへ、さらに孫娘のマリー・クロード・ラリックへと受け継がれて発展の一途を辿った。しかし、“好事魔多し”とはよく言ったもの。ガラス工芸品以外に手を広げすぎたのがあだとなり、1994年に彼女はラリック社の株を売却せざるを得なくなる。その彼女が最近、ニュースになって驚いた。今年4月、アメリカのフロリダ州滞在中、不慮の出来事で死去したのである。享年64。僕は今まで『レアリテ』の記事を担当したことから、気になっていたラリック社の浮沈や消息がこのニュースで終焉したのである。

 

・その後、西脇礼門さんとのお付き合いはしばらく疎遠になったが、動向は気になっていた。礼門さんTBSブリタニカへ入社し、今から35年前の話になるが、出版界に旋風を巻き起こすことになる。『不確実性の時代』(J.K.ガルブレイス著 1978年刊)、『ジャパン アズ ナンバーワン』(E.F.ヴォーゲル著 1979年刊)などの名著、ベストセラーを手掛けた編集者としてその名を知られることになった。その後、礼門さんは、会社のM&A(合併と買収)に翻弄されることになる。出版事業は傍流でありTBSはラジオで勝負すべきだとして経営者が持ち株をサントリーに売却、TBSブリタニカの経営はサントリーの手に移った。さらには、阪急電鉄がTBSブリタニカの出版事業に興味を示して買収する。そのこととは直接関係がないが、弊社の出版部顧問の斉藤勝義さんは、ダイヤモンド社の海外出版物の版権をしていた時代、1980年代からフランクフルトのブックフェアなどで、TBSブリタニカの礼門さんと親しく付き合いが始まったという。お二人は、翻訳の世界の情報交換をしたり、実際に版権争奪戦に凌ぎを削りながらの、いわば好敵手の間柄であった。

 

TBSブリタニカといえば、僕は1975年、ダイヤモンド社雑誌事業部にいたが、ある企画でTBSブリタニカの初代社長であるフランク・B・ギブニーと何回かお会いしたことがある。その時、ギブニーさんは『吾輩はガイジンである――日本人の知恵の構造』(大前正臣訳、サイマル出版会刊、1975年)を出版し、それが僕の目にとまった。だが当時、西脇礼門さんは多分、系列会社の阪急コミュニケーションに出向されていた時期で、出会うことは叶わなかった。僕は知日派のアメリカのジャーナリストを追っかけ、フランク・B・ギブニー、エドワード・ジョージ・サイデンステッカー、ドナルド・キーン、バーナード・クリッシャーなどに次々と取材をした。担当していた月刊『価値ある情報』臨時号に、その一端を掲載した。フランク・B・ギブニーさんは日本語も流暢で、毎回、葉巻を燻らせながら熱弁をふるった。当時、『ブリタニカ国際大百科事典』の最新版を上梓したばかりで、勢いに乗ったジャーナリスト兼経営者だった。

 

・話が飛ぶが、月刊『レアリテ』で、西脇礼門さんのご母堂・西脇美津子さんが「私の好きな味」欄で、フランス哲学の研究・翻訳者の松浪信三郎さんと誌面に登場されていた。その欄の編集担当者は、僕ではなく三木(旧姓・磯)久恵さんだった。礼門さんもそのことをよく覚えていて、しきりと懐かしがっているご様子。たしか磯さんは入社したばかりの頃で、父親は大手電機メーカーの社長さんだった。久恵さんは九人姉妹の末っ子。現在は、大津市で彫刻家のご主人と暮らしているとのこと。今度、機会があったら、礼門さんと一緒に磯さんと旧交を温めたいと思っている。

 

・西脇礼門さんを「礼門」(れいもん)と命名したのは、松浪信三郎さんだったそうだ。20歳で夭折したフランスの作家・詩人で、14歳の時『肉体の悪魔』の傑作を書いたレイモン・ラディゲに因んで、名前を付けたという。僕はもう一人、レイモン・ラディゲに因んだ方を知っている。弊社から『ものみな映画で終わる――花田清輝映画論集』(花田清輝著、2007年刊)の「編者あとがき」(編者は高崎俊夫さん)に登場する清輝さんのご子息・黎門(れいもん)さんだ。残念なことに花田黎門さんは昨年5月にお亡くなりになった。それはそれとして、松浪信三郎さんには懐かしい思い出がある。サルトル全集で『存在と無―― 現象学的存在論の試み』(松浪信三郎訳、第18-20巻、人文書院刊、1956-1960年)を大学生の頃、訳文と原書や辞書と首っ引きで読んだことだ。礼門さんによれば、数ある松浪翻訳本のうちでも、最高の本はモンテーニュという話だ。松浪信三郎訳『モンテーニュ 随想録〈エセー〉』は知っていながら、まだ読んでいない。僕は関根秀雄訳で慣れ親しんだが、松浪訳でもう一度読みたいと思っている。

 

TBSブリタニカ、阪急コミュニケーションズ、麗澤大学出版会と版元は変わったものの、礼門さんの出版人として生きた過程は素晴らしい。一言で言うならきわめて倫理的である。その一例として、礼門さんの編集・刊行していらっしゃる『福田恆存評論集』(全20巻別巻1)が何とも素晴らしい。本欄(201112月)でも述べたが、福田恆存さん(19121994)は評論家、翻訳家、劇作家であり、日本の戦後の文芸、論壇に異才を放つ存在。今読んでも頷ける。小林秀雄と並んで、いまだに納得できるイデオローグだ。

 

・ここからは、僕の早とちりで誤解していたことを話す。西脇礼門さんの命名は、最初、詩人、英文学者の西脇順三郎さんだとばかり思っていた。西脇姓は、新潟県に多い。ちなみに西脇順三郎さんは新潟県北魚沼郡小千谷町(現在の小千谷市)の生まれ。聞くと、なんと西脇礼門さんも小千谷市の生まれ。だが、それとなく僕が確かめたところ、命名者は松浪信三郎さんだと分かり、誤解が溶けた。西脇順三郎さんは戦前のモダニズム・ダダイズム・シュルレアリスム運動の中心人物。そして、慶應義塾大学の教壇に立った。一方、松浪信三郎さんは哲学者であり、早稲田大学で教鞭をとった。その違いは誰でもわかるが、僕は早稲田大学出身の西脇礼門さんのことを、早とちりで40年間、間違って認識していた。

 

・もう一つ、付け加えておきたい。実は、西脇礼門さんをもう少し詳しく知ろうと思い、パソコンで検索してみた。すると、そこには、俳優・西脇礼門なる同姓同名の人がいて、写真付きのプロフィールが沢山載っている。僕の探している西脇礼門さんも出てはくるが、最初に出てくる頁では一項目のみ。立命館大学大学院教授の谷口正和さんのブログで紹介されているだけだ。谷口さんは福田恆存を「知の巨人」と定義づけている。保守派の論客として論文、文藝批評、シェークスピア等の戯曲の翻訳はじめ、演出家としてもその異才ぶりを存分に発揮した人物。その福田恆存の全仕事を『福田恆存全集』全20巻(別巻1)として編集・刊行してきた編集者・西脇礼門さんについて「いい仕事をなさっている」と絶賛している。これで少しは僕の溜飲も下がった。これからも礼門さんには、敏腕編集者として大いに話題作を世に問うてほしいと願ってやまない。そしてまた、談論風発する楽しい会食をご一緒したいものだ。

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