高崎俊夫の映画アット・ランダム: 2010年12月アーカイブ
高崎俊夫の映画アットランダム
2010年12月アーカイブ

映画批評家としての山川方夫

 今、山川方夫のエッセイ集『灰皿になれないということ』(仮題・清流出版刊)を編集している。山川方夫は、1930(昭和5)年生まれ。戦後の「三田文学」を復興させた名編集長であり、江藤淳に「夏目漱石論」を書かせて批評家デビューさせたことはよく知られている。何度か芥川賞候補にもなり、作家としても最も脂が乗っていた1965(昭和40)年、不慮の交通事故に遭い、夭折してしまった。まだ34歳という若さであった。

 私が山川方夫という作家を知ったのは、1970年代に入ってからで、当時、古書店にはよく冬樹社版の『山川方夫全集』全五巻が揃いで並んでいたが、貧乏学生にはあまりに高価でなかなか手が出なかった。
 ようやく、端本を見つけて、まず入手したのは、ショートショート集『親しい友人たち』が収められた巻だったように思う。
 一読し、驚嘆した。
 今でも『待っている女』『赤い手帖』『夏の葬列』『クリスマスの贈物』といった名品を時おり、読み返すことがあるが、そのたびに、その清冽で哀切な抒情に深く胸を打たれる。
 中編でも『愛のごとく』『街のなかの二人』『煙突』といった作品は忘れがたい。

 山川方夫はそのあまりに悲劇的な早逝ゆえに、いまだに伝説のマイナー・ポエットとして一部の熱狂的なファンを擁するが、私は、かつて村上春樹の『中国行きのスローボート』という短編集が出た時に、山川方夫の再来ではないかと思ったことがある。
 それほど、(今では想像もつかないだろうが)初期の村上春樹にはマイナーで清冽なイメージが漂っていたのである。
 当時は、アドレッセンスの翳りを繊細な硬質で抽象的な言葉によって浮かび上がらせる独特の文体も、ふたりの親和性を強く感じさせたものである。

 本来であれば、言葉の真の意味での<青春文学>である山川方夫の主要作品は、手軽で安価な文庫本で読まれるべきだが、ほとんど絶版状態であり、数年前に出た筑摩書房版の全集も法外な高価格なため、とうてい若い世代には手が届かない。
 そこで、山川方夫の魅力を幅広い世代に知ってもらいたいと思い、エッセイ集を編むことにしたわけである。というのも、彼のエッセイ、批評はその小説世界と不可分なものと思えるからである。

 文芸評論では、江藤淳、石原慎太郎、曾野綾子といった同世代の作家のスケッチがあり、なかでも印象深いのが「中原弓彦について」というエッセイである。
 これは中原弓彦こと若き日の小林信彦の幻の処女長編小説『虚栄の市』の跋文で、「彼のユーモアが、他人へのサービスというより、もっと自己本位なものであること、つまり、彼のいっさいは、ときには相手の存在さえ見失うほどの怒りであり、いいかえれば、彼自身のおびえへのそれほど激情的な固執なのだ」というくだりは、今でも充分に通用する卓抜でリアルな指摘である。

 とりわけ、私が今回のエッセイ集でクローズ・アップしたいと考えたのは、映画評論である。
 たとえば、よく知られている「目的を持たない意志」というアラン・レネの『二十四時間の情事』とピーター・ブルックの『雨のしのび逢い』を比較した論考がある。
 これは、脚本・原作者であるマルグリット・デュラス論でもある。
 とくに『二十四時間の情事』のヒロインを批判し、「女は、正確に彼女の観念の中でしか生きていない、生きようとしてもいない。その女の自己愛的な偏執を、戦争によって失われた愛、汚された無実、という焦点にしぼり、あらゆる映像をそのために配置した」とまことに手厳しい。しかし、アラン・レネの審美的映像ばかりが称賛されるこの作品を、このような意想外な視点で抉り出した批評は稀であり、また、その苛烈な批判には、作家としての山川方夫のモラルと信条が賭けられているのだ。

 ミケランジェロ・アントニオーニを論じた「『情事』の観念性」でも、当時、<愛の不毛>などと持て囃されたアントニオーニの問題作を俎上にのせている。ここでも、
「彼にとって愛はおたがいのあいだの<信頼>ですらなく、他者と自分とを一つにくるむような<錯覚>でも<誤解>でもなく、したがって、そこにどんな連帯の夢想もよろこびも保証してはくれない。……つまり、いっしょに理由のない個々の存在としての自分に耐えることの、その仲間意識以外に、人間は人間とは結ばれえない。『情事』においてアントニオーニが描いたのは、要するに、以上のような<人間たちの風景>であるにすぎない。」と、アントニオーニの解釈の悪しき文学性、固定観念を批判している。
しかし、そのいっぽうで、
「この映画の主要人物のすべては、ほとんどいつも<一人きりの目>をしている。そして、まるで未知の異様な物体をながめるように、ときどきまじまじと相手をみつめなおす。――かれらは、まるで床に撒かれた小豆粒の一つ一つのように、それぞれが単独な「個」でしかなく、いくつかの「物」としてたがいに存在しているのにすぎない。かれらにとっては<愛>もまた、その<物>と<物>の関係を越えるものではない。」
 と、誰も試みたことのないアントニオーニ作品の独創的な<読み>を提示してもいるのだ。

 その山川方夫の映画批評の最高傑作ともいえるのが「増村保造氏の個性とエロティシズム」という長編エッセイである。
 この論考において、山川は、増村保造の初期の傑作『妻は告白する』の若尾文子について次のように書く。
「僕は、彼女のもつ一切のものが動員され綜合され、あの<彩子>という人妻とぴったりとかさなりあい、そこになまなましい一人の<女>がむき出しにされているのを見た。あの画面には女そのものの裸体が、強烈なエロティシズムとともに動いていた。僕たちはそこに呼吸のとまるほどなまなましく、美しい一人の女を見たのである。」
 冷静な論理の運びと迸るような熱狂的なオマージュがめざましく共存する、この見事な批評は、ある意味で望みうる映画評論の極北ともいえるのではないかと思う。
 
 山川方夫という稀有な作家の内面世界を深く理解する上でも、これらの映画評論はきわめて重要ではないかと私はひそかに確信しているのだ。

 1012-1.jpg

夭折した作家、山川方夫

1012-2.jpg

アラン・レネ監督『二十四時間の情事』

1012-3.jpg

ミケランジェロ・アントニオーニ監督『情事』 

 

 

ロマン・ギャリをめぐる断章

 昔から、ずっと気になっている一本の映画がある。『夜明けの約束』(70)というジュールス・ダッシン監督の作品で、主演はもちろんメルナ・メルクーリだ。当時の『映画評論』誌で作品評を読んだ記憶があるのだが、未公開作品の扱いで、どうやら字幕入りのままオクラになったらしい。
 なぜ見たいのかといえば、これがロマン・ギャリの自叙伝の映画化だからである。

 ロマン・ギャリは、1914年リトアニア生まれのロシア系ユダヤ人で、十四歳の時に女優だった母親に連れられフランスに移住。戦後は、外交官として世界各地に赴任する傍ら、小説家として盛名を馳せる。ゴンクール賞を受賞した『自由の大地』は、ジョン・ヒューストンによって映画化されている。

 ロマン・ギャリという名前が映画史と深く交錯するのは、何といってもジーン・セバーグという神話的な女優との結婚によってである。後にロマン・ギャリ自身、ジーン・セバーグ主演で『ペルーの鳥』(68)、『殺し』(71)と二本の映画を監督している。

 実は、『ペルーの鳥』は、私が中学生の時に見て、初めてエロティシズムというものを強烈に意識した映画だった。ほとんどストーリーらしきものはなく、全篇が仮面劇というか淫らな白日夢のような印象で、ジーン・セバーグのヌードしか記憶には残っていない。

 最近、この映画の原作である短篇『ペルーの鳥』が『フランス短篇傑作選』(山田稔編訳・岩波文庫)に収められているのを知って、読んでみたが、まさにエロティックで幻想的なコントだった。
 この短編集の編者である山田稔が偏愛する作家ロジェ・グルニエのエッセー集『ユリシーズの涙』(みすず書房)には、パリの路上で、愛犬ユリシーズを連れて散歩するグルニエに親しげに声をかける晩年のロマン・ギャリが登場する。ユリシーズの死が近いことを知ると、ギャリがむせび泣いてしまうくだりがなんとも印象的だ。

 ロマン・ギャリのジーン・セバーグへのほとんど妄執のような狂恋を強く感じたのは、学生時代に『白い犬』(角川文庫)を読んだ時である。
 ワッツの暴動、パリの五月革命を背景に、人種差別主義者によって黒人だけを襲うように調教された<白い犬>を象徴的に使ったポリティカルな寓話といえるが、ビバリーヒルズに住むロマン・ギャリ自身が語り手であり、元妻のジーン・セバーグほかも実名で登場する異様な迫力をもつノンフィクション・ノベルである。

 この小説は、後に鬼才サミュエル・フラーによって映画化されている。その『ホワイトドッグ/魔犬』(82)は、ジーン・セバーグをクリスティ・マクニコルが演じているが、あまりに力不足な感じは否めなかった。なによりも原作に色濃く立ち込めていたロマン・ギャリの黒人への複雑で混濁した感情やヒロインへの屈折した眼差しがまったく欠落しているのだ。
 
 十数年前、セバーグの波瀾に満ちた生涯を描いた『ジーン・セバーグ/アメリカン・アクトレス』というドキュメンタリーが公開されたことがある。この中に、ロマン・ギャリがジーン・セバーグ主演で撮った『殺し』の撮影風景が映っているのだが、ふたりとも、どこか虚ろげな表情を浮かべているのが妙に気にかかる。『白い犬』が書かれたのも、恐らく、この頃ではないかと思われる。

 映画は、FBIがブラック・パンサー党を支持したジーン・セバーグに対して危険分子の烙印を押して、徹底的に監視し、盗聴し、果てはブラック・パンサー党の代表者の子供を妊娠しているというスキャンダラスな情報をマスコミに流し、彼女を精神的な破滅へと追いやったことを克明に証言している。
 セバーグは、晩年は鬱病と、薬物依存による症状に苦しんでいたが、おたがいに再婚した後も、ロマン・ギャリは、最後までジーン・セバーグが住むパリの自宅周辺を徘徊していたとされる。

『アメリカン・アクトレス』で、ジーン・セバーグと最後に話したとされる友人の女性が語っているエピソードが興味深い。
 彼女によれば、1979年、『ある女の恋』(79・コスタ・ガブラス監督、ロミーシュナイダー主演・未公開)という自分たちの結婚生活を赤裸々に描いたロマン・ギャリの原作の映画を見て、激しく怒り、動揺し、錯乱状態となって失踪してしまったのだという。

 その十日後、ジーン・セバーグは、パリの自宅近くの車の中で死んでいるのを発見される。睡眠薬の過剰摂取による自殺とされたが、死因は未だに謎につつまれたままである。
 そして、その一年後、ロマン・ギャリは、セバーグの後を追うようにして自殺した。

『ジーン・セバーグ/アメリカン・アクトレス』は秀逸な構成になっていて、冒頭はジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』(60)のラスト、ギャングに撃たれたベルモンドがよろめくように倒れこむ、あのパリの街頭風景をそっくりそのまま主観移動のカットで再現している。
 そして、ラストは、あの「最低ってなに?」とつぶやくパトリシア役のジーン・セバーグの謎めいた表情のクローズ・アップでエンド・マークが出る。

 私は、『勝手にしやがれ』のこのジーン・セバーグの名状しがたい瞳のクローズ・アップを見るたびに、映画史上、最も恐ろしいファム・ファータール(運命の女)は、このパトリシアというヒロインではないかと思うことがある。

 この『勝手にしやがれ』という伝説的な栄光を背負った映画に出演した瞬間に、アメリカ・アイオワ州のスモール・タウンに生まれたジーン・セバーグという女優の運命は激変し、そして、おそらく、この女優に生涯、魅せられてしまったロマン・ギャリというコスモポリタンな作家の数奇な運命も定まってしまったのだ。

 白い犬.jpgのサムネール画像

 ロマン・ギャリ『白い犬』

 

 セバーグ.jpg

 『勝手にしやがれ』のジーン・セバーグ

 

ラスト.jpg

 『勝手にしやがれ』の伝説的なラストシーン

 

« 2010年11月 | メインページ | アーカイブ | 2011年1月 »
著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
検索