2021.04.23高田宏さんほか

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高田宏さん 月刊「清流」より

・先月、僕はこのコーナーで養老孟司さんの愛猫であった「まる」ちゃんの死について書いた。つらつら考えてみるに、猫と作家の関係というものは、濃厚であることは古くからよく知られている。平凡社から『作家と猫』や『作家の猫』といった単行本が刊行され、素晴らしい販売実績を上げているとも聞く。また、雑誌でも困ったときには「猫特集」を組めば、売れるので一息つけるということも聞いた。作家は、書斎にひきこもり、ひたすら言葉を紡ぎだすのが仕事である。他者は必要としない。猫は独立独行のところがあり、作家とよく似ているから猫好きが多いのではないかとも思えてくる。

 高田宏さんも猫好きで知られた作家の1人である。奥沢のご自宅を訪ねると、5、6匹の老猫がたむろしていて、気が向けば出迎えてくれるとか。猫たちはあたかも空気のように高田家に溶け込んでいる。高田さんは、「猫ほど気ままで、悠々自適な生活が似合う動物はいない」とし、人生の道連れと考えておられた節がある。できうるならば「猫に生まれてみたい」とまでおっしゃっていたほどだ。僕は犬も猫も関心がないので、この辺りの心理は理解不能である。ただ、猫にもそれぞれ個性があり、色んな性格の猫たちとの付き合いが、高田さんの人生を彩ってきたということは、お話からも理解できた。こうして振り返ってみると、弊社も多くの猫好き作家に支えられて今日があることに思い至った。今回はそんな猫好き作家について書いてみようと思う。


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猫と戯れる奥様と高田宏さん 月刊「清流」より

 
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弊社刊行の高田宏さんの本

・昨今の猫ブームの中心にいて、牽引車のような立場にいるのが、動物写真家・岩合光昭さんである。NHK BSプレミアムで放映中の 「岩合光昭の世界ネコ歩き」は猫好きにはたまらない番組だという。岩合さんがビデオカメラを手にして世界中を旅し、現地で逞しく生きる野良猫や、飼い猫たちの生き生きとした生態をカメラに収めてきた。世界中のネコと出会い、心から撮りたいと願った猫の“家族愛”や“親子の絆”を流れゆく季節の中で追ったりもする。フロリダのキーウエストにはヘミングウェイの家(The Ernest Hemingway Home & Museum)がミュージアムとして残されている。  そのミュージアムの猫たちを岩合さんが取材した回は面白かったと聞いた。
 
 楽しみに見たという臼井君によれば、文豪ヘミングウェイが晩年を過ごしたという家と、猫好きのヘミングウェイがどんな生活をしていたのか。その一端が知りたいから、僕もその話には興味を魅かれた。ミュージアムの屋外には熱帯植物が茂り、屋内にはヘミングウェイとその家族が使用した様々な調度品が展示されている。自身が原稿執筆に使ったタイプライターも置かれ、その横に猫たちが長々と寝そべっている。気ままに歩き回る猫や寝転んでいる猫たちを写真に撮ったり、優しく撫でている観光客もいる。ヘミングウェイの愛した猫たちは、不思議なことに指が6本ある。その末裔の猫たちがカメラに収められている。確かに手足が普通の猫の2倍くらいあったという。その岩合さんもわが月刊「清流」にご登場いただいた。


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月刊「清流」掲載

・弊社も極めつけともいうべき猫本を出している。それが『ネコ族の夜咄』』(弊社刊、1999年)と題した鼎談本である。直木賞作家・村松友視さん、直木賞作家・小池真理子さん、イラストレーターの南伸坊さんの豪華メンバーである。こしまきのキャッチコピーも秀逸だった。「だから、あなたに首ったけ!」、「“猫派”として人後に落ちない三人が、猫の魅力を縦横に語り尽くした」とうたった。鼎談は東京神田お茶の水の「山の上ホテル」で行われた。ここは出版社がよく作家を缶詰にして、原稿執筆を促すホテルとしても知られている。村松さんと小池さんとは、この日が初対面であったが、そんなことはまったく感じさせないほど、打ち解けた鼎談になった。ほぼ、1日缶詰になって頂いたことになる。猫にまつわる面白いエピソードが披露され、最初から終わりまで笑いっぱなしのような鼎談だったようだ。鼎談後、山の上ホテルの地下レストランでワインを開け、楽しい宴でお開きになったという。

 
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・この本の刊行に際して、清流出版ではサイン会を開催した。僕もサイン会は、何回も開催してきた。しかし、三人揃ってのサイン会というのは初めてだった。東京八重洲の八重洲ブックセンターで行われたが、猫好きがサインを求めて長蛇の列を作った。このサイン会で僕は残念な決断をした。今でも心残りに思うのだが、会場の混雑を心配するあまり、サイン本は1人1冊に限るとした。三人が順番にサインをしていくのだから、時間的にも余裕をもたなければと考えた。ところが、結構、お三方共に、サインするスピードが速く、弊社の落款押し担当者の奮闘もあって、とてもスムーズにサイン会は進行したのである。1人で5冊、10冊と購入して、猫好き仲間にプレゼントしてもよかったわけで、結果的に売れるものを売り損じてしまった。この本は増刷にもなり、弊社は十分儲けさせては頂いた本なのだが。その後、作家・中野孝二、漫画家・黒鉄ヒロシ、劇作家・如月小春のお三方による犬鼎談も弊社から刊行したが、3人によるサイン会をすることはできなかった。僕にとって鼎談者3人のサイン会は、後にも先にもこれ1回だけである。いい経験をしたと思っている。

・猫好きが書いた本で、この本を忘れることはできない。世界的なピアニスト、フジコ・ヘミングさんの『魂のことば』である。浮き沈みの大きい、波乱万丈の人生を歩んだフジコさんが、信念として心に刻んできた言葉を集大成したものだ。「大切にしているのは、私だけの“音”よ。」と語る彼女の魂の言葉は、音楽の持つ魅力の核心を衝いている。彼女はピアノの腕を磨くため留学していた時、お金が無くなって、1週間、砂糖水だけで過ごすといったどん底生活も体験している。厳冬の最中にあって灯油を買うお金もなく、風邪を引いてしまい右耳の聴力を失った。コンサートデビューの夢も淡雪のように消えた。そんなどん底にあっても信仰が支えた。熱心なクリスチャンだったフジコさんは、神様がいつか助けてくれる、と信じて生きてきたのである。

 フジコさんは、今も左耳だけしか聴こえない。それも普通の人の40パーセント程度しか聴こえないという。取材する時も、フジコさんの左隣に座って左耳に話しかけなければ、やりとりができない。そんな音楽家として決定的とも思えるようなハンディなどものともせずブレークした人である。あるクラシック音楽ファンが、フジコさんの演奏はミスタッチが多過ぎると非難したことがある。それに対する答えが、彼女のこの言葉であろう。《大事にしているもの?  それは“音”よ。私だけの“音”。誰が弾いても同じであるなら、私が弾く意味なんかないんじゃない。》 なんという自らの音楽への自信であろうか。犬も猫も好きなフジコさんは、捨て猫や捨て犬を無視することができない。だから見つければ連れ帰ってしまう。日本の家には、何匹かの犬も猫もいる。ほぼ半年間のフランス生活では、日本の犬猫を世話するための人を雇っているほどだ。だからであろうか、この本の印税を捨て猫や捨て犬の救済活動にと寄付している。こうした生き方には共感するところが多く、僕は大好きなピアニストだ。この本を弊社から出させていただいたことに心から感謝の意を表したい。


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フジコ・ヘミングさんの『魂のことば』(弊社刊)

・その他の猫好き作家にも謝意の心を捧げておかねばならない。熊井明子さん、桐原春子さん姉妹も猫好きであり、熊井さんは猫に関するエッセイ集も出している。弊社からはエッセイ集『こころに香る詩』と熊井啓さんと夫婦合作の『シェークスピアの故郷』を、桐原さんには『ハーブルライフ』と『桐原春子の花紀行―世界の庭園めぐり』を出させていただいた。そして仏文学者・鹿島茂さんである。鹿島さんは『私の猫様大自慢 : 36名の猫好き有名人』に登場して、愛猫自慢をするほどの猫好きで知られる。この本の中で、「背中の黒猫、膝のまだら猫はおかしくも心休まる存在だ」などとコメントしており、特に黒猫系がお好きなようだ。鹿島さんには弊社から『神田村通信』に続き、ラ・フォンテーヌの寓話を出させていただいており、大変お世話になった。
 
 
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鹿島茂さんの著作である

 
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・華道家・假屋崎省吾さんもよく猫自慢の文章を書いている。假屋崎さんには、月刊「清流」に連載した華道の楽しみ方をまとめて『假屋崎省吾の暮らしの花空間』を出させていただいた。雅叙園の百段階段で開催された華道展やイベントにも、随分招待してくれ眼福を味わうことができた。感謝申し上げる。最期になったが、絶対に忘れてはならないのは敬愛するイラストレーターで装丁家の和田誠さんである。僕は和田さんにはダイヤモンド社時代から公私ともに随分お世話になったが、愛妻・平野レミさん同様に。大のつく猫好きだった。『週刊文春』の表紙絵では、鳥や動物たちをたくさん描いてきたが、一番多かったのはやはり猫だったという。僕は毎週発売の和田さんの描く『週刊文春』の表紙を見るのが、大好きだった。最期はわが敬愛した和田誠さんの表紙絵で締めくくりとしたい。