一番難しいのは、それが消費なのか、投資なのかの見極めである。身体によい食材を買うことは自分への投資である。普段使いの車のガソリンを買うことは消費である。投資とは金融関係だけではなく、英会話などの学びも含まれる。だから、お金をつかうときにいつも考えるのだ。これは消費なのか、投資なのかと。浪費はほんの少しに留めておきたい。
そこで先の話に戻る。目の前のほんとうに欲しいものとは自分にとっての消費なのか、投資なのか、浪費なのか。女性の言葉の本意は、投資であれば無理をしてでも買いましょうということである。そこには確実に大きなリバレッジが働いていて、値段以上のリターンが見えているものは、ひとつのチャンスであるから見逃してはいけないということだ。
人というものは常に自分を助けてくれるものを探している。買い物をしながらぼんやり何かいいものないかなあと思うのは、今の自分を助けてくれるものはないかなあという気持ちである。日用品も食べ物も、着るものでも、なんでもそうだ。助けてくれるものを手に入れることは、おおむね消費か投資のどちらかの部類に入るだろう。だからこそ、お金の使い方のバランスをとるという意味で、そのどちらなのかを自分が知っておくことは必要であろう。他人から見たら浪費かもしれないが、自分にしてみたら立派な投資であるなら気にすることはない。どんどんお金を使えばいいと思う。
ここでその一つひとつを打ち明ける気はないけれど、僕自身、ほんとうに欲しいと思って、悩んだ末、無理をして買ったものは決して少なくない。それでも投資として成立せずに失敗したことは多い。しかし、そんな失敗を繰り返すことは、お金の使い方の学びにつながり、それ以降、失敗は少なくなる。お金の使い方の失敗が少なくなるということは、結果的にお金が減らないということにつながる。
最後にお金の失敗を少なくする大事なルールというか、コツがある。それはお金を使うときにこう自問するのだ。「こんな使い方をしてお金は喜んでくれるのだろうか」と。もし自分がお金だとしたら、こんな使い方をされたら嬉しいのか悲しいのか。お金が喜んでくれて、嬉しく思ってくれるのなら、きっとその買い物は正しいのであろう。
「値段で迷っているなら、そしてその使い方にお金が喜んでくれると思うなら、無理してでも買うようにしているわ。もし値段以外で悩んでいて、その使い方でお金が悲しみそうなら絶対に買わない」。女性の言葉をこんなふうに補足すれば、わかりやすいだろう。
何事もそうだけれども、喜んでもらえれば、必ず感謝をされる。悲しませれば、その悲しみは必ず自分に帰ってくるだろう。
お金の使い方は人間関係に似ているのである。
(毎月、1日、15日更新)
