心のどこかの風景 -女性がおしえてくれること-
第34回 ほめることで深まる人間関係(後編)  ──関心をもたれると人は嬉しい
(掲載日:2011年9月15日)

 旅先で覚えたことであるが、いきなり用件や話したいことを切り出すのは味気ないから、まずは相手のすてきなところを言葉にして、それに対するあれこれを話していくと、互いにリラックスしてくる。その上で本題に入っていくと、話の内容が相手のプライドに関わることであっても、とてもおだやかに話ができる。

 

 滞在先のホテルの部屋で毎晩ギターの練習をしていた僕に、ある日支配人が話しかけてきた。とてもおだやかに僕の人柄をほめてくれてから、部屋でギターを弾くことは、君にとってとても大切なことであろうけれども、隣の部屋の人にとってはちょっとうるさいことなんだ、と言ってきた。もちろんそのことに気がつかなかった僕が良くなかったのだが、支配人の話し方のおかげで、注意してくれて本当にありがとう、というすなおな気持ちで聞くことができた。そして、もし夜中にギターを弾きたくなったらロビーで弾くといいと言って、すぐさまフロント係に、彼が夜中にロビーでギターを弾くかもしれないからよろしく、と伝えてくれた。

 

 伝えたいことがあるなら、まずは相手を言葉で喜ばせてからというのは、ある種、定説であるかもしれないが、相手を敬っているということや、関心を持っているということを、最初にやさしく伝えることで、話の受け取り方が変わるのは本当だと思う。

 とはいうものの、僕も他人をほめることがなかなか上手には出来なかった。はじめは照れがあって、ほめる言葉をすなおに言い出せなかった。あいさつの後に何か一言が出来そうで出来なかった。

 

 そこで最初はこんなふうにしてみた。別れるときにほめ言葉をそえてみたのである。たとえば、「じゃあ、またね」というあいさつの後に、「今日の装いはとてもすてきですね」というように。もちろん、その後は「ありがとう」と相手は言って去っていくのだけれど、自分も「ありがとう」と言って去るから照れくささはごまかせる。照れくさいのは相手も一緒。だから、そんな照れもすぐに嬉しさに変わってくる。互いが背中を見せて歩きながら、じんわりと嬉しさをかみしめるのは、ちょっといいものである。

 

 僕は今、買い物をしても、外食をしても、何か外で他人とやりとりをしても、いつもそこで出会う相手のいいところを見つけて言葉にすることを自分の喜びのひとつとしている。他人から見ると、それは時たま軽薄に思えることかもしれないが、自分にとっては当たり前のことである。他人のいいところやすてきなところを見つけてほめることは、れっきとしたマナーである。

 

 いちばんむつかしいのは、家族や友人、会社の同僚といった身近な人をほめることだ。実はそんな身近な人こそ、一番ほめるべき人たちであることを忘れてはいけない。まずははじめてみることである。そうすると、他人も身近な人も、自分をほめてくれるようになる。

 

 俳優高倉健さんの「あなたに褒められたくて」という大好きなエッセイ集があるが、僕もいつもほめられたい気持ちでいっぱいである。それはみんな一緒だとも思う。

 

 

(毎月1日、15日更新)

 

著者プロフィール
松浦弥太郎
(まつうら・やたろう)
1965年、東京都生まれ。『暮しの手帖』編集長。「COW BOOKS」代表。文筆家。18歳で渡米し、アメリカの書店文化に関心をもち、帰国後に書店を開業。著書に『くちぶえサンドイッチ 松浦弥太郎随筆集』『最低で最高の本屋』『日々の100』『今日もていねいに。』『あたらしいあたりまえ。』『松浦弥太郎の仕事術』『ぼくのいい本こういう本1,2』『あなたにありがとう。』『暮らしのヒント集2』などがある。

COW BOOKS http://www.cowbooks.jp/

暮しの手帖 http://www.kurashi-no-techo.co.jp/

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