心のどこかの風景 -女性がおしえてくれること-
第32回 人は美しくなるために生きている(後編)  ──瞳の輝きを磨く
(掲載日:2011年8月15日)

 つい先日、ある知人の尽力によって、およそ二十年ぶりにCさんと再会することが出来た。
 
  僕は待ち合わせた店に約束の三十分前に着き、ずっと店の前で立ってCさんを待っていた。誰よりも早く目的地に到着して待っていること。それこそ雑用係の頃の習慣だった。Cさんに会えるとわかった途端に、僕は雑用係の頃の自分に戻っていた。
 
  Cさんは約束の十分前にやってきた。その時、緊張した僕は直立不動で動けなかった。そしてCさんに両手で握手を求めた。それが精一杯だった。
 「暑いから店の中で待っていればいいのに」とCさんは呆れて微笑んだ。
 
  昔の話は尽きることなく、あっと言う間に三時間が経ち、店の閉店時間にもなり、その日は別れることになった。
 
  「見た目も感じもひとつも変わってませんね」とCさんに言われたが、僕にとってもCさんは何ら変わったところはなかった。互いに家庭があり、偶然にも同じ年齢の娘がいて、年相応の身体的な衰えがあったにも関わらず、会って話していた時は、互いに当時の自分に戻っていたからだと思う。それは不思議ととても心休まることだった。

  「こうやって互いに歳は取ったけれども、変わっていないと感じるということは、心の歳は取ってないということなのですかね。でも、心が歳を取るってどういうことなのでしょうか」と僕が言うと、「きっといろいろなことが変わっていると思うけれど、瞳の輝きや色は変わらないというか、本来の自分の瞳の輝きや色を、更にきれいに磨いていくことが、心の歳を取るってことじゃないかしら。瞳の輝きや色を失っていくことは、残念なことに心の歳を取っていないということかもしれないわ。それは人として成長していないということ。私のことはわからないけれど、当時のあなたの瞳はとてもきらきらしていたわ。そして今日、二十年ぶりに会って変わっていないと思ったのは、あなたの瞳が同じようにきれいってことで、それはちゃんと心の歳を取っているってことよ」とCさんは褒めてくれた。
 
  心の歳を取るということは、自分の瞳の輝きや色をさらにきれいに磨くこと。身体の衰えを止めることは出来ないけれども、心の衰えは止めることは出来る。どんなに歳を取っても心というものは磨くことが出来て、それは自分の瞳に現れる。

  年齢を重ねる、または心の歳を取るということは、一歳、そして一歳と、美しくなるということ。人は美しくなるために生きている。人は瞳を磨くために生きていると思った。
 

(毎月1日、15日更新)

著者プロフィール
松浦弥太郎
(まつうら・やたろう)
1965年、東京都生まれ。『暮しの手帖』編集長。「COW BOOKS」代表。文筆家。18歳で渡米し、アメリカの書店文化に関心をもち、帰国後に書店を開業。著書に『くちぶえサンドイッチ 松浦弥太郎随筆集』『最低で最高の本屋』『日々の100』『今日もていねいに。』『あたらしいあたりまえ。』『松浦弥太郎の仕事術』『ぼくのいい本こういう本1,2』『あなたにありがとう。』『暮らしのヒント集2』などがある。

COW BOOKS http://www.cowbooks.jp/

暮しの手帖 http://www.kurashi-no-techo.co.jp/

心のどこかの風景
検索