心のどこかの風景 -女性がおしえてくれること-
第27回僕が学んだ育児としつけ(前編)  ──子どもの心を満たす
(掲載日:2011年6月 1日)

 「子どもが望むことをすべてしてあげることが大切」と聞いたときは、はっとして目から鱗が落ちた。

 三十歳を過ぎ、子どもを授かり、育児としつけについて考えていたとき、僕にとって第二の母と言える知人の女性に相談をしていたときのこと。女性は、幼い頃のある時期、仕事で忙しかった両親の代わりに、僕とひとつ年上の姉の面倒を見ていてくれていた人だった。それからというもの、今でも家族同然の付き合いを続けている。思い返すと、僕にとってもうひとりの姉のような存在でもある。

 子どもが望むことをどれだけしてあげるかが育児の第一歩。まずはしてはいけないことを教えること、きちんと叱ること、生活のルールを伝えることといった、親として厳しくしつけなければいけないことは何か、と考えてばかりいたから驚いた。

 女性が言うには、乳幼児の頃は、何よりも子どもの心を満たしてあげることに親は務めるべきだという。それでは過保護にならないだろうか? もしくはわがままな子どもにならないだろうかと訝ったりもしたが、過保護というのは子どもが望んでいないことまで過剰に親がしてしまうことである。心が満たされて育った子どもは決してわがままにはならないから心配ないと女性は言った。なぜなら、親の愛情で心が常に満たされていれば、子どもは決して必要以上に望むことはなくなるからだ。そしてまた、過保護の延長として、絶対に親の自己満足と子どもの苦しみを交換してはいけないとも女性は言った。

 このアドバイスは、父親一年生の僕にとっての育児としつけの大きなヒントになった。
 望むことをすべてしてあげる。これは簡単なようでむつかしいことだった。育児は二十四時間体制。夜中に抱っこしてと言われても、忙しいときに遊んでと言われても、親の立場で言ってしまえば、眠いし、疲れているからだめだよと言いたくなる。しかし、そこを踏ん張って望みをかなえてあげる。愛情をかけてあげる。学んだことのひとつに「疲れているから」「忙しいから」「あとで」という親の都合を子どもに絶対に言わないということがある。遊びたいと言えば、いつでも遊んであげる。望みが叶ってしまうと、子どもは「もういい」と自分から言うものだ。子どもはいつも親が自分を見ていてくれて、耳を傾けてくれて、望みを叶えてくれるとわかると、安心して、それほど親の手をかけることはしなくなる。

 であるから、実際に子どもが望むことをすべてしてあげるという、一見とても大変そうなその行為は、それほど面倒なことではないとわかる。小さな子どもの望みなんてかわいいものである。そしてまた、女性が言うように、自分が望んでいることが、常に満たされている子どもは、わがままにはならず、いつもおだやかで、人への思いやりさえ持つようになる。それは僕の娘を見ていてほんとうにそう思う。してはいけないことも素直に理解していくから不思議なものだ。とにかく子どもの望むことをできる限りしてあげて、たっぷりの愛情をかけてあげる。

(後編に続く、次回は6月15日です)

著者プロフィール
松浦弥太郎
(まつうら・やたろう)
1965年、東京都生まれ。『暮しの手帖』編集長。「COW BOOKS」代表。文筆家。18歳で渡米し、アメリカの書店文化に関心をもち、帰国後に書店を開業。著書に『くちぶえサンドイッチ 松浦弥太郎随筆集』『最低で最高の本屋』『日々の100』『今日もていねいに。』『あたらしいあたりまえ。』『松浦弥太郎の仕事術』『ぼくのいい本こういう本1,2』『あなたにありがとう。』『暮らしのヒント集2』などがある。

COW BOOKS http://www.cowbooks.jp/

暮しの手帖 http://www.kurashi-no-techo.co.jp/

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