心のどこかの風景 -女性がおしえてくれること-
第22回仕事に表れるもの(後編)  ──いい仕事のコツとは?
(掲載日:2011年3月15日)

  そういえば、仕事に人間性が欠けることが一番よくないことだと教えてくれたのは父だった。人間性が欠けるということは、他の部分で努力しているつもりでも努力が足りない。そしてまた、緊張感のない仕事の仕方はするなと。仕事におけるコミュニケーションで心掛けるのは、相手に失礼のないような礼儀作法と身だしなみ。言葉使いに話し方、姿勢など。これらにちょうどいい緊張感を持たせること。若かりし頃の僕はそれらが上手くできる自信がないと父に言うと、出来ないなら、せめて身だしなみだけはきちんとしておくようにと言い、身だしなみで大切なのは靴だと念を押した。
  そんな父から教わった話を彼女にした。

「まあ、ともかく仕事とは実験の毎日よね。心持ちも技術も、実験という名のチャレンジの連続よ。人と衝突しようと、失敗をしようと、批判されようと、毎日の実験を止めた途端に、自分の成長は止まってしまうとおもう。仕事をしていて、成長が止まるくらい不幸なことはないわ。だから、今日の実験が思いつくかどうかが仕事の本質だと私はおもう。それがおもいつかなくなったら……」

  彼女はここまで話して言葉を止めた。僕がその続きを待つと、一呼吸入れてから、「おもいつくまであきらめない……かな」。
「そうだね、何があろうとあきらめないことが仕事のベースにないと、どんな仕事も始められないよね」
「うん、そう、その通り」
  彼女はこう言って微笑んだ。話しながら手の甲を気にしていて、そこを見ると水仕事の所為か痛々しく肌が荒れていた。彼女の仕事がどれほど過酷なのか想像が出来た。

「今日はおだやかでいい休日だなあ……」
  カフェのソファに身体を沈ませて、彼女は「ウーン」と背伸びをした。そんな彼女を僕は微笑ましく見つめた。
  彼女と話していておもったのだが、仕事とは結局、その人の生き方やものの考え方、人生観なのだ。

  最後に「いい仕事のコツってあるとおもう?」と聞いたら、「気持ちが熱くないとダメよね。あとは休み上手になることね。健康管理も仕事だから」と言って、舌をぺろっと出した。
  その言葉を聞いて、明日も頑張ろう、と僕はおもった。窓の外を眺めると、夕焼けがいつもよりとてもきれいに見えた。


(毎月1日、15日更新)

著者プロフィール
松浦弥太郎
(まつうら・やたろう)
1965年、東京都生まれ。『暮しの手帖』編集長。「COW BOOKS」代表。文筆家。18歳で渡米し、アメリカの書店文化に関心をもち、帰国後に書店を開業。著書に『くちぶえサンドイッチ 松浦弥太郎随筆集』『最低で最高の本屋』『日々の100』『今日もていねいに。』『あたらしいあたりまえ。』『松浦弥太郎の仕事術』『ぼくのいい本こういう本1,2』『あなたにありがとう。』『暮らしのヒント集2』などがある。

COW BOOKS http://www.cowbooks.jp/

暮しの手帖 http://www.kurashi-no-techo.co.jp/

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