ある日、待ち合わせのカフェに行くと、いつものように彼女が先に着いていた。声をかけるとうなずくだけで、その日の彼女は少し沈んでいた。僕はコーヒーを飲みながら彼女の横顔をぼんやり見ていた。彼女は窓の外の景色をじっと見つめていた。外に何が見えるわけでもなく、あるのは夕暮れの街の風景と道行く人の姿だけだった。「ねえ」と彼女が言った。仕事のことを考えていた僕はふいを突かれて「え?」と聞き返した。「ねえ、今日どこか行かない?」彼女は窓の外を見たまま言った。
「いいよ」。少しも悩むことなく、そう答えた自分に驚いた。しかしそれは二人にとって当然だった。そのときにはっきりとわかったのだが、「どこに? これから?」と聞き返さず、すぐに「いいよ」と答える間柄が、僕と彼女の関係だった。そんな間柄でいることを二人は求めていたのだった。
上着を取って立ち上がると彼女もそうした。外に出ると、とびきり冷たい冬の風が吹いていた。僕と彼女は並んで歩いた。
ターミナル駅の構内に入って、「海、山、どっち?」と訊くと、「山」と、彼女は小さな声で答えた。「山の終点まで行ってみるか」と僕が言うと、「うん」と彼女は答えた。僕らは山に向かう電車に乗り込んだ。
二時間ほど電車に揺られていると、いつの間にか乗客は僕ら二人だけになっていた。あと二駅で終点というところだった。電車に乗っている間、彼女は何も話さなかった。僕はいつものようにぼんやりしているだけだった。
「ああ、おもしろかった。そろそろ帰ろうか」電車が終点に着くと彼女がこう言った。彼女の顔を見ると、好きなだけ泣いてすっきりしたような顔をしていた。「うん」と僕は言った。外の空気は冷たくて僕らの顔をこわばらせた。何気なく顔を見合わせると、僕と彼女の目が一瞬だがしっかり合ってドキっとした。二人の間に深いつながりのようなものを感じた。映画などでは、こんなとききっと抱き合ったりするんだろうなあと少し照れた。
僕らはホームの反対側に停車していた電車に乗って出発を待った。席に座ると、「あー、さむいさむい、ちょっと手を貸して」と言って彼女は僕の片手を引っ張って自分のコートの中に入れた。「ひとの手はやっぱりあったかいなあ」。彼女がそう言って静かに目を閉じると、電車は静かに動き始めた。
僕らは揺られながら都会へと戻っていった。
(毎月、1日、15日更新。次回は2月1日です)
