心のどこかの風景 -女性がおしえてくれること-
第17回 ひと月に一度だけ会うひと(前編)  ──僕らはなぜ会い続けているのか
(掲載日:2011年1月 4日)

 

 ひと月に一度だけ会うひとがいる。そのひとと僕は恋をしているわけではない。いや、出会った頃は、ほのかな恋心を持っていたかもしれない。しかし、ひと月に一度会うようになって一年が経とうとしている今、僕も彼女も相手に何かを求めることはなく、相手のことを特別深く知ろうとすることもなく、ただ会うということだけを続けている。

 知り合ったのは三年前。半年に一度くらい、たまに会っておしゃべりするだけの間柄だった。それがある日、「ひと月に一度必ず会うっていうのはどう?」と彼女が言って、僕は何も考えずに頷いた。彼女は微笑んでから「だいたい月はじめにしておこうか? なんだかおもしろいね」と言った。

 約束のしかたは、その頃あいになると、なんとなくどちらかが電話をして、場所と時間を聞くようになっている。場所は、ひとけの少ない場末のカフェが多く、時間は夕方六時くらいと決まっている。

 「来られなかったら、それはそれでいいよ」。毎回そんなふうに互いが言うけれど、時間に遅れることがあっても、どちらかが来なかったことはない。いつも彼女のほうが先に着いている。

 はじめの頃は、会うと互いの近況を聞き合うといった、他愛のないおしゃべりで終わっていた。会う時間はだいたい一時間半くらい。最近は会っても、ほとんど話すことなく、ただ一緒にいる、というだけだった。それはなんだか、ひさしぶりに会った兄妹のような関係に近いかもしれない。仲はいいけれど、相手に対してそこまで踏み込まない、というような。それはそれで心地よいと距離だとおもっている。ぼんやりしているだけで、何も話さなくても、さみしくないし、ある時間を一緒に過ごしているというだけだが、あたたかなひととき。不思議な感覚だった。

 「こんにちは」「元気?」「うん、元気」「そっか、よかった」こんなやり取りをして、あとは何も話さず、ぼうっとしながらコーヒーや紅茶を飲んでいる。そして「そろそろ帰ろうか」「うん」「じゃあね」「うん、気をつけて」と言って別れる。

 そんな付き合いだが、会ったあとの帰り道には、会えてよかった、ありがとう、というおもいが必ず湧いてくる。たいして話すこともなく、なにもせずに会うだけの関係だが、なんとなく、次に会う約束が楽しみになっている。

 僕らはなぜ会い続けているのか。少し前にふと考えたことがある。だけど答えは見つからなかった。そんなことはどうでもいい。言葉にできないおもいや考えはいくらでもある。答えを見つける必要がないこともある。そう自分に言い聞かせて、それ以来考えなくなった。彼女がどうおもっているかはわからないが。

(後編へ続く。毎月、1日、15日更新。次回は1月14日です)

著者プロフィール
松浦弥太郎
(まつうら・やたろう)
1965年、東京都生まれ。『暮しの手帖』編集長。「COW BOOKS」代表。文筆家。18歳で渡米し、アメリカの書店文化に関心をもち、帰国後に書店を開業。著書に『くちぶえサンドイッチ 松浦弥太郎随筆集』『最低で最高の本屋』『日々の100』『今日もていねいに。』『あたらしいあたりまえ。』『松浦弥太郎の仕事術』『ぼくのいい本こういう本1,2』『あなたにありがとう。』『暮らしのヒント集2』などがある。

COW BOOKS http://www.cowbooks.jp/

暮しの手帖 http://www.kurashi-no-techo.co.jp/

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