その店で、毎朝顔を合わすたくさんの客のなかで、僕と同じ時間にやってきて、朝食にパンケーキを食べる初老の女性がいた。彼女は二日目から僕と挨拶をするようになり、エリザベスと名乗った。エリザベスが、パンケーキを食べながらせっせといつも何かを書いていることが僕は気になった。
ある日の朝、「毎朝いつも何か書いていますが、何を書いているんですか?」と聞くと、「手紙よ」とエリザベスは小さな声で答えた。そして「私は毎朝、友だちに手紙を書くの。家には電話がないから」と笑った。決して貧しいわけでなく、自分らしいライフスタイルを貫くために電話を引かず、大切な友だちとのコミュニケーションは毎日の手紙であるという彼女の心持ちに僕は感動してしまった。
「あなたから手紙が欲しかったらどうすればいいのですか?」と聞くと、「簡単よ。私に手紙を書いてくれればいいのよ。電話でも、もしもしと言えば、もしもしとこちらも応えるでしょ。それと同じよ」と、エリザベスは言った。
そして「私の住所はここよ」と、自分の名前と住所が印刷されたステッカーを貼った小さなトランプを一枚僕にくれた。「私に手紙を書いてくれるなら、あなたの名前の横に、このカードの数字を書いておいてね。えーと、これはハートのセブンね。そうすれば、確かにあなたが私の友だちだとわかるから」。エリザベスはそう言ってから「いい一日でね」と店員や知り合いそれぞれに声をかけて店を出ていった。
日本に帰る日の朝もエリザベスと会った。今日帰ることを告げると、「私のカードを無くさないでね」と言って、握手を求めてきた。彼女の手はとても温かかった。
日本に帰ってから数日後、僕はエリザベスに手紙を書いた。とりとめもない日常と、旅の思い出を彼女に綴った。もちろん名前の横にはハートのセブンを書いた。それから二週間ほど経ってから、ポストにエリザベスからの手紙が届いていた。僕のことを覚えていることと、僕の着ていた青いシャツがとても好きだということや、最近の街の様子などが、青いインクの小さな字で三枚の便せんにたっぷりと綴られていた。そして、便せんの折り目には、彼女が毎朝食べているパンケーキの粉がくっついていた。なんて微笑ましいのだろう。
僕が毎朝見ていた通りに、エリザベスは、あの朝食屋でパンケーキを食べながら、せっせと手紙を書いてくれたかと思うと、嬉しさあまってなんだか胸が詰まった。今日も明日もあさっても、エリザベスは毎朝友だちに手紙を書き続けているのだろう。そしてたくさんの友だちから毎日手紙が届いているのだろう。そんなささやかで温かい夢のような暮らしが、この世界には本当にあるのだ。旅先では、急いであっちこっちに行かず、取るに足りない日常に心を開いて、少しばかりの勇気をふるうことができれば、こんなすてきな人たちと出会える。
昨日またエリザベスからの手紙が届いた。つい先日、彼女は七十歳の誕生日を迎えたという。
僕はバースディカードを送った。
(毎月1日、15日更新。次回は11月15日です)
