心のどこかの風景 -女性がおしえてくれること-
第14回 手を愛する
(掲載日:2010年11月15日)


 ふと何気なしに女性の手を見ると、どきどきすることがある。それはなんだか、その女性の日常というか、見てはいけないプライヴェートな部分を見てしまったようで戸惑ってしまうからだ。そして手によっては、その女性を人として好きになってしまう。さらにいうと、ふと見てしまう手のほとんどが、不思議なことにすてきな手をしている。美しいからこそ人の視線を引くのだろう。 

 僕は手が美しい人が好きだ。美しい手というのは働きものの手である。白魚のような指に飾りつけた爪を持つ手は、ひとつも美しいとは思えないし好きになれない。
 手は正直だから、手を見れば、それまでどんな仕事と暮らし方をしてきたかがよくわかる。少なくても、その人が信用できるか、信用できないかは、ちらっと見た手の印象でわかる気がする。そのくらいに手には目に見えない何かが現れるものなのだろう。

 働きものの手は、肌が荒れているかもしれない。関節がごつごつしているかもしれない。爪が傷ついているかもしれない。しみもあるかもしれない。しかし、そんな手で、日々一生懸命働いている人は、自分の手を愛していて、心を込めた手入れを怠らない。疲れているだろうから、マッサージをして、ハンドクリームを塗って、よく動くようにあたためる。そして、なにより自分の手が大好きである。一日の終わりには手にありがとうと感謝する。

 僕の友人の女性で、一日十時間以上、キッチンで働いている人がいる。その人の手はいつも荒れていて、やけどや切り傷だらけ。短く整えられた爪も水仕事のせいか輝きはない。しかし、そんな働きものの手が大好きな彼女は、一日に何度も手入れをし、感謝して慈しむ。休みの日は目一杯の安息を与える。僕は彼女に会うと、いつもふとその手を見てしまう。そして、ああ、ほんとうにすてきな手だなあ、と思い、彼女の仕事と暮らし方を美しく感じている。

 手の使い方で最近気になることに、パソコンのキーボードの打ち方がある。上手にブラインドタッチで打てるせいか、ものすごいスピードで、それも叩くようにして打つ人がいる。あれは隣で静かに仕事をしている人からすれば、うるさくて迷惑千万であろう。キーボードの気持ちになれというのは無理な話であるが、そんな気さえ抱いてしまう。もっとやさしく静かに打てないものなのかと思う。タイピングの音を聞いていると、昨日、何か嫌なことがあったのかと心配にさえなってしまう。急がなくてもいいし、そんなに強く叩いたらキーボードがこわれてしまうよと言いたい。

 そして、駅の改札で使うICカードを読み取り部分に叩きつける人もいる。これもまた手の使い方として一言二言ある。相手が機械なら乱暴でよいかと思ったら大間違いである。仕事にも暮らしにも、自分が関わるものへの思いやりの最低限の所作があるだろうに……。結果、そういう思いやりのなさが、自分の手の使い方に現れてしまうのである。

 僕は「胸に手をあてて聞いてみる」という言葉が大好きで、毎日寝る前にそうしている。なんとなく他人や周りを誤魔化すことはできても、自分で自分には嘘をつけない。どんなことも手が一番よく知っている。胸に手をあてて何を思うのか、何を感じるのか。さらに手と手を合わせてみると、それがもっとわかるだろう。

 目は口ほどにものをいうという言葉があるが、「手は口ほどにものをいう」と思う。まずは自分の手を、家族や友だちのように愛することからはじめたい。

(毎月1日、15日更新。次回は12月1日です)

著者プロフィール
松浦弥太郎
(まつうら・やたろう)
1965年、東京都生まれ。『暮しの手帖』編集長。「COW BOOKS」代表。文筆家。18歳で渡米し、アメリカの書店文化に関心をもち、帰国後に書店を開業。著書に『くちぶえサンドイッチ 松浦弥太郎随筆集』『最低で最高の本屋』『日々の100』『今日もていねいに。』『あたらしいあたりまえ。』『松浦弥太郎の仕事術』『ぼくのいい本こういう本1,2』『あなたにありがとう。』『暮らしのヒント集2』などがある。

COW BOOKS http://www.cowbooks.jp/

暮しの手帖 http://www.kurashi-no-techo.co.jp/

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