ある夏の日、恋人とパリへ旅行した。
二週間の滞在であったが、僕と彼女は別々の用事があり、最初の二日間はパリのホテルで一緒に過ごし、その後、彼女はマルセイユへ出かけ、一週間の仕事を済ませて、またパリに帰ってくるという予定だった。二週間の旅行といっても、二人きりで過ごしたのは、往復の移動時間と五日しかなかった。
僕の用事はパリに暮らす知人との打ち合わせだけだった。僕らは定宿にしているパリ六区のリュクサンブール公園近くの一階にレストランが付いたホテルにチェックインした。
部屋には広いベッドルームと小さなキッチンがあり、道に面した大きな木枠の窓を開けると、リュクサンブール公園の夏の緑が美しく広がっていた。
到着した次の日の朝、近くのパン屋でサンドイッチを買い、階下のレストランで淹れてもらった珈琲のポットを部屋のテーブルに置いて、朝食をとりながら、パリについて互いの興味を話し合った。彼女はパリ市内でも歩いたことのない、インドなどエスニック系の人たちが暮らすオベルカンフという街を、何日かかけて散策したいと言った。僕は古書好きの友人と会って、古書漁りをするのが楽しみだった。要するに、二人で旅行をしているけれど、昼間のほとんどは別行動が、僕らにとっては自然だった。二年あまり恋人として付き合ってきた僕らは、新婚カップルのように観光に出歩くこともなく、最初から決めた旅の予定はひとつもなかった。
朝食を一緒にとること。ランチは別でよい。夕方六時くらいにどこかで落ち合って夕食をとる。それも、もし互いの予定が合えばのこと。僕らは携帯電話で連絡をとり、待ち合わせや帰宅時間を伝え合った。約束というか、それが僕と彼女の旅の流儀だった。それともうひとつ大切なこと、夜は一緒に寝ること。もしけんかをしたとしても、これらのことは、必ず守ると約束していた。
要するに、二人が濃密に一緒にいるのは、夜寝るときからの時間と、その延長ともいえる朝食の時間だけである。それが僕らにとって、東京では忙しくてなかなか出来ない、ひとつの旅の目的でもあった。
昼間たっぷりと、だれにも遠慮せず自分らしく旅を堪能し、それで得た満足をたっぷり抱いて、静かであたたかな夜を二人で過ごす。その日にあった話のあれこれは、夜にするのではなく、次の日の朝食のときに、ああだった、こうだったと話した。ベッドの中では、とにかく好きなだけ相手を求め合った。
(後編へつづく 毎月1日、15日更新。次回は5月15日です)
