『ブルージャスミン』と「ブルー・ムーン」 - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
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『ブルージャスミン』と「ブルー・ムーン」

『ブルージャスミン』は、近年、ヨーロッパの各都市を舞台に、いささか弛緩したロマンティック・コメディを連作していたウディ・アレンが、ひさびさにアメリカ西海岸を背景に撮ったダークな味わいのドラマだ。セレブリティの世界から転落したジャスミン(ケイト・ブランシェット)が、どん底からはい上がろうと身悶える姿を冷徹にとらえたウディ・アレンのまなざしは辛辣きわまりない。

虚栄心の塊のようなケイト・ブランシェットは、なまなかな感情移入を完璧に拒むヒロインだが、狂気の淵をのぞかせる、その鬼気迫る演技には、ただ圧倒されるほかない。最近のウディ・アレンの映画ではもっとも心に沁み入る、チェーホフ的ともいうべき苦い、メランコリックな笑いに彩られている。

 

 現在のアメリカ映画界で、ウディ・アレンは、ジャズのスタンダード・ナンバーをもっとも愛情をこめて、巧みに使う映画作家だが、この作品では、ケイト・ブランシェットが、「大切な出会いの歌なの、歌詞は忘れたけど」と呟き、「ブルー・ムーン」が何度も流れる。とりわけ、幕切れで、コラル・フォークスのピアノソロによる「ブルー・ムーン」の旋律が聴こえてくると、なんだか粛然たる思いにとらわれてしまった。

 

「ブルー・ムーン」は、「ロマンティックじゃない?」「時さえ忘れて」「恋に恋して」「イッツ・イージー・トゥ・リメンバー」「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」などの名曲で知られるロレンツ・ハート&リチャード・ロジャースの代表作といってよいだろう。

 この名曲の誕生には、紆余曲折がある。最初は、クラーク・ゲイブルとウィリアム・パウエル主演の『男の世界』(34)のなかで「ザ・バッド・イン・エヴリマン」という題で、挿入歌として使われている。ただし、歌手シャーリー・ロスがメロディを口ずさむシーンがあっただけで、ほとんど話題にはならなかった。そこで、ロレンツ・ハートが「ブルー・ムーン」の題で新たに詞を書くと、今度は、当時の美人歌手コニー・ボズウェルが歌って大ヒットとなった。

私の手許にも、メル・トーメ、ジュリー・ロンドン、ディーン・マーチン、ビリー・ホリデイ、サラ・ヴォーンなどが歌ったアルバムがあるが、とりわけ、私が密かにトニー・ベネットの最高傑作と考えている名盤『ロング・アンド・ファー・アウェイ』に入っている「ブルー・ムーン」は、何度、聴いても陶然となる、すばらしい絶唱だ。

 

「ブルー・ムーン」は、一九六一年には、ザ・マーセルズがアップテンポのドゥー・ワップのスタイルで歌ってミリオンセラーとなったが、私が、この曲を最初に強烈に印象づけられたのは、ジョン・ランディスの『狼男アメリカン』(81)だった。この映画では、ザ・マーセルズのバージョンをメインにして、サム・クックのソウルフルな熱唱、そしてボビー・ヴィントンの甘く切ない「ブルー・ムーン」がそれぞれ使われている。

『狼男アメリカン』は、当初は、『ブルー・ムーン殺人事件』という素敵な邦題だったはずで、当時、SF映画雑誌『スターログ日本版』の編集者だった私は、早めに試写を見て、『ブルー・ムーン殺人事件』の題で、紹介記事を書いた記憶がある。なぜ『狼男アメリカン』などというつまらないタイトルに変わってしまったのだろうか。 

 

 日本映画で、もっとも早く「ブルー・ムーン」が使われたのは、間違いなく、鈴木傳明が監督・主演した『舗道の囁き』(36)だろう。加賀まり子の父親で戦後、大映のプロデューサーとして活躍した加賀四郎が製作した、この幻の作品は、日本最初の本格的なダンス・ミュージカル映画といってよい。中川三郎のアパートで一夜を過ごしたジャズ歌手のベティ稲田が、翌朝、食事の用意をしながら、「ブルー・ムーン」を口づさむと、それに合わせて、中川三郎が超絶技巧のタップを踊り出すシーンは、まさに、アステア&ロジャーズ映画を彷彿とさせる愉しさである。

 

 インストルメンタルでは、フェリーニの『81/2』(63)で、マルチェロ・マストロヤンニの映画監督が愛人と逗留しているロケ地に、妻のアヌーク・エーメが初めて登場するシーンに流れる「ブルー・ムーン」が忘れられない。『81/2』は、ニーノ・ロータのさまざまに変奏される主題曲が有名だが、既成のスコアでは、湯治場のシーンでダイナミックに響きわたる「ワルキューレの騎行」と「セヴィリアの理髪師」が傑出した効果を上げているのは周知の通り。なかでも、広場のステージで、フル・オーケストラが演奏する哀愁に満ちた「ブルー・ムーン」は、なんともゴージャスで美しかった。

ところが、最近、DVDで見直したところ、この場面に使われていた「ブルー・ムーン」が、まったく別な曲に替えられていた。これはいったい、なぜだろう。著作権の問題だろうか。

 


 最後に、「ブルー・ムーン」の極め付けといっていい名演を紹介したい。狂気じみたアナーキーな笑いが炸裂するマルクス兄弟の映画のなかでも、もっとも豊かな音楽性が感じられるのが『マルクス兄弟珍サーカス』(39)である。サーカス巡業の移動列車内で、チコがピアノで弾く「ビア樽ポルカ」、グルーチョが怪しげな振り付けで歌い踊る「刺青の女リディア」も実に可笑しいが、動物園のくだりで、黒人たちのジャズ・コーラスをバックに、ハーポがお得意のハープで「ブルー・ムーン」を弾くシーンは、一度見たら忘れられない。 典雅きわまりないハーポの演奏に唖然とした表情で聴き入っている少女のショットがあるが、恐らく、マルクス兄弟の全作品のなかでも屈指の、どこか神々しさすら漂う感動的なシーンであった。


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『マルクス兄弟珍サーカス』でハーポが「ブルー・ムーン」を弾く名場面

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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