幻の日活映画『孤独の人』をめぐって - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
幻の日活映画『孤独の人』をめぐって

 いささか旧聞に属するが、昨年十二月二十三日の天皇誕生日に、今上天皇が記者会見の席上、「天皇という立場にあることは、孤独とも思えるものですが、私は結婚により、私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました」と述べられたのが強く印象に残った。とりわけ「孤独」という言葉から、私はすぐさま、映画『孤独の人』を思い浮かべた。


 今から半世紀以上前の一九五六年に、皇太子(今の天皇)の御学友だった藤島泰輔が、皇太子をモデルにした『孤独の人』を発表し、センセーショナルな話題となった。すぐさま、その原作は日活の辣腕プロデューサー児井英生の目にとまって映画化された。西河克己が監督した『孤独の人』である。

私の手許にある三笠書房版『孤独の人』の奥付をみると、四月十五日に第一版、二十五日には第五十版というにわかに信じられない数字が記載されているが、大ベストセラーであったのは間違いない。帯にある大谷壮一評が当時の雰囲気をよく伝えているので引用しておこう。 

「これは、いわば『暴力教室』学習院版で、彼らはつとめてべらんめえ口調で語りあい、その不良的な発言によって、皇太子をめぐる側近のナンバーワン的地位を獲得し、おまけに皇太子をそそのかせて、銀座につれだすところなど、まるで『ローマの休日』の日本版だ。」

 

 さらに、序文を寄せた三島由紀夫は次のように書いている。

「作者は多くの学生を登場させて、あらゆる側面から照明を当て、皇太子に対する同級生の各種の反応を客観的に並べている。そして小説的に興趣のある点は、皇太子なる人物が、丁度故人を主人公にした『レベッカ』のやうに、小説の背後に淋しい肩を見せて立っているだけで、すべての登場人物に影響を与え、行動の動機を与えていることである。作者が小説家として皇太子を拉し来った企みは、まさにここにあったのかもしれない。」

 

たしかに藤島泰輔の原作は、学習院内において初等科からの学友が中等科から入った生徒に対して抱く排他意識を露わにし、さらに熱っぽい同性愛の描写まで盛り込まれており、スキャンダラスな興味を喚起させるには充分だった。そして、翌年の五七年一月に封切られた『孤独の人』は、ひとりの人物の運命を大きく変えることになる。当時、学習院大学の四年生で戯曲研究会に所属していた三谷礼二さんは日活サイドに乞われて、皇太子の御学友の役で出演することになった。しかし、そのために、安倍能成学習院院長から退学処分を受けてしまうのだ。三谷礼二さんは、責任を感じた西河克己の伝手で日活俳優部に入り、『果しなき欲望』『幕末太陽傳『白い悪魔』など数本の作品に秋津礼二の芸名で出演している。その後、宣伝部に移って、退社後は、日本を代表する天才的なオペラ演出家となった。 

 

天皇陛下の発言に刺激されて、私は、二十年ほど前、深夜T?で放映された『孤独の人』を録画したビデオを、ひさびさに見直してみた。そして、この問題作が、決して時流に便乗したキワモノ映画ではなく、正統派の学園青春ものに仕上がっていることに感心してしまった。新米教師をいじめる教室内のあっけらかんとしたユーモラスな描写など、鈴木清順の『けんかえれじい』を彷彿させるし、初等科からの学友の鼻持ちならぬ特権意識も丁寧に描き込まれている。あらためて、『生きとし生けるもの』など、手堅い職人としての手腕が発揮された西河克己の日活初期の文芸映画は、きちんと再評価されねばならないと思った。   

 

『西河克己映画修業』(ワイズ出版)によれば、公開時には、日活に右翼から拳銃のタマが送られるなど、不穏な騒動もあったらしい。皇太子はまったくの素人が演じているが、遠目におぼろげながらに存在は確認できるものの、画面にその貌が現れることはない。白い手袋をして、時おり一人称による主観ショットが差し込まれるだけで、皇太子は、つねに不可視の中心のように、まさに「淋しい肩を見せて立っている」だけの透明な存在と化しているのだ。

 

映画初出演の三谷礼二さんの堂に入った演技も見ものだが、御学友では年上の色っぽい叔母月丘夢路とねんごろな関係にある津川雅彦の屈折したキャラクターが異彩を放っている。なにしろ、ふたりのベッドシーンまであるので、一瞬、どきりとする。こういうキワドい場面を平気で入れてしまうところに、若い映画会社日活のノンシャランな自由さを感じてしまう。 

もうひとり、ひと際、強く印象に残るのが、やはり御学友に扮した小林旭である。この時期の小林旭は、まだ大部屋時代で無名に近いはずだが、クラス討論で「学習院内の男女交際の可能性について」などというお題目で一席、熱弁をふるう珍景もある。この映画のクライマックスともいえる、皇太子を夜の銀座に連れ出して、一波乱を巻き起こすのも小林旭なのだ。宿舎に帰り、寮長に叱責されて、泣き伏してしまうシーンなど、後のアクション・スターとは異なる小林旭の性格俳優としての魅力が光っている。

 

そういえば、今、編集している白鳥あかねさんの聞き書きの自伝『スクリプターはストリッパーではありません』(国書刊行会)の中で、『孤独の人』にスクリプターとして就いた白鳥さんはこんなエピソードを披露していた。

教室のシーンで、西河監督が「誰か歌を歌える奴はいないか」と訊ねたところ、「ハイ」と手を挙げたのが小林旭で、いきなり、旭が「木曾節」を歌い出すと、あまりのうまさに、その場にいたスタッフ全員が水を打ったように静まり返ってしまったのだという。そしてたまたまそこに立ち会っていたコロンビア・レコードのディレクターが、旭の類まれな歌唱力に目をつけ、翌年、「女を忘れろ」で歌手デビューさせたとのことである。

 

私は、八年前、三谷礼二さんの遺稿集『オペラとシネマの誘惑』(清流出版)を編纂した時に、三谷さんの学習院中等・高等科時代の後輩である蓮實重彦さんに、当時の思い出をめぐってロング・インタビューをしたことがある。蓮實さんは、折りに触れて、三谷さんのことを「アメリカのB級映画をていねいに見る習慣を教えてくれたアナーキーな先輩」と称賛していたからである。羽根木の御自宅で、蓮實さんに珈琲をごちそうになりながら、若き日のふたりの異常な映画狂ぶりをうかがうのは至福の時間であった。『孤独の人』の話題にふれると、撮影用に、急遽、蛇腹の学習院の学生服を集めなければならず、三谷さんから「君、まだ持ってる?」と問われ、貸したのだという。蓮實さんは「私の古い制服を誰が着たのかはわかりませんが」と苦笑していたが、私は、『孤独の人』の出演者のなかで、蓮實さんのような巨きな体型に見合う俳優は、小林旭以外には思いつかない。スクリーンの中で、後の東大総長の学生服を、後の〈無意識過剰〉な不世出の大スターが着ていたのかもしれないと想像するのはなかなかに愉しいことである。

キナ臭い世相の今こそ、見るにふさわしい問題作『孤独の人』は、日活にもプリントがないという噂もあるが、ぜひ、どこかの名画座で上映してほしい。

 

 

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藤島泰輔著『孤独の人』(岩波現代文庫)

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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