高崎俊夫の映画アット・ランダム: 2013年12月アーカイブ
高崎俊夫の映画アットランダム
2013年12月アーカイブ

秦早穂子の映画エッセイの魅惑

 六年ほど前だったか、コミュニティシネマ支援センターが発行していた会報誌「フィルムネットワーク」で秦早穂子さんにロング・インタビューをしたことがある。秦さんについては、山田宏一さんとの対談集『映画、輪舞(ロンド)のように』(朝日新聞社)、『スクリーン・モードと女優たち』(文化出版局)等の著作で、ある程度の知識はあったものの、あらためて、ご自身の口から直接、語られる新外映時代、カンヌ映画祭をめぐる数多のエピソードは、あまりにもきらびやかで、めまいが起きそうであった。

「秦早穂子のヌーヴェル・ヴァーグ誌」と題して、二号にわたって掲載されたインタビューは一部で反響もあったが、私としては、秦早穂子さんのような特権的な体験をされた映画人の回想は、ぜひ、活字に残しておかなければならないとずっと考えていた。

 そうこうするうちに、しばらくして、雑誌『真夜中』で、秦さんの自伝的な回想と小説を織り交ぜた連載が始まった。私は、ああ、やられてしまったと口惜しい思いに駆られながらも、毎号、興奮を抑えがたい気持ちで愛読していたのだが、その連載が昨年、『影の部分』(リトルモア)となって上梓された。さっそく、通読し、あらためて深い感銘を受けた。『影の部分』は、昨年、刊行された映画本のなかでも傑出した名著である。


『影の部分』は、戦前から焦土と化した戦後を生きぬいた秦早穂子さん自身を思わせる萩舟子という主人公の一人称の小説と、新外映の社員として、一九五〇年代の終りに、リアルタイムで、パリでヌーヴェル・ヴァーグの飛沫を全身で浴びた秦さんのリアルな体験が三人称のドキュメントで交互に綴られている。秦早穂子さんは、意図的に、フィクションとノンフィクションの綴れ織りのような手法を選びとることで、私的な記憶を昭和という時代の歴史に貫流させ、かけがえのない体験をより立体的にとらえ直し、内面化させ、深化させようと試みたのだと思う。


『影の部分』は、続篇を予想させる終わり方になっていて、一九六〇年代以後の時代を描く第二部が愉しみでならない。その一方で、私は、秦早穂子さんがこれまで書かれた膨大なエッセイもずっと気になっている。


  たとえば、一九五八年から『スクリーン』で、六一年からは『映画の友』でほぼ毎号のように連載されていた女優、男優へのインタビュー記事は出色の面白さで定評があった。とりわけ、『太陽がいっぱい』の時のアラン・ドロンの妖しいエロティシズムに言及した秦さんのインタビューを、三島由紀夫が絶賛していたことはよく知られている。


  今、私の手許にある『映画芸術』の一九六〇年四月号には、秦さんの「ヌーヴェル・ヴァーグの横顔――パリ日記より」というエッセイが載っているが、たとえば、一九五九年十一月二十日、ある新人監督の完成試写を見た時の、次のような記述がある。

「シャブロール、トリュフォー、ベッケル、ゴダール、ヴァレールらが集まっている。ラッシュを見たときとちがって、思い切ってカットしてある。カットされた部分と、完成のコピイを総合してみて、ゴダールの意図がはっきりわかる。だが、商業上からいうと、あまりにカットされたことによる危険性をはらむので、ゴダールにくってかかる。「この間のラッシュのときは、切ってくれとあんなにいっていたのに」。ゴダールはうけつけない。だが商業的立場だけからいっているのではない。カットされたシーンは数々美しい点があった。たとえば、ベルモンドが、ボガートの写真を見つめて独りいうセリフ。「全く変なことだけどさ。ボブが死んだとき、俺は泣けて仕方なかった」。ひとつの作品を、撮影ラッシュから完成と見守ってゆくとき、映画作家の秘密にふれることができる。その秘密にはしばしば美しいものがある。試写後、けんけんごうごうの議論になる。興奮状態。……黒眼鏡のゴダール、さすがにほほを紅潮させるが、次の一瞬にやりと笑って何もいわない。議論をきいていたいが、おそいので中座。コリガでおそい夜食をとる。一時だ。」


  秦早穂子さんが、ジャン=リュック・ゴダールという未知の新人監督の『息切れ』のラッシュフィルムを見ただけで、世界最初に買い付け、自ら『勝手にしやがれ』と名づけた伝説的なエピソードは、『影の部分』でも微妙にトーンを変えて鮮やかに再現されているが、試写室で、猛然とゴダールにくってかかる秦さんの姿を思い浮かべるとやはりすごいなと思ってしまう。

  それか、あらぬか、やはり『映画芸術』の六〇年五月号では、「映画の性とモラル」という特集が組まれ、戸井田道三の司会で、「映画にあらわれた?性?の問題」というテーマで、石原慎太郎、白坂依志夫と秦さんが鼎談しているのも際立って印象的だ。フランス本国で公開禁止だったロジェ・ヴァディムの『危険な関係』や『墓にツバをかけろ』『青い牝馬』などを話題にしながら、当時、人気絶頂の気鋭の若手作家、シナリオライターを相手にまったくひるむことなく丁々発止の議論を戦わしている秦早穂子さんは、とてもチャーミングである。

 

 私は、秦早穂子さんが一九七〇年代の終りに書かれた『パリに生きる女たち』(時事通信社)、『パリの風のなかで』(講談社)を永年、愛読している。どちらもパリとそこに生きる有名、無名の芸術家、映画女優、歌手、デザイナーなどを描いたポルトレ集といえるが、フランスの文化を真に血肉化している人物以外には、絶対に書けない円熟した味わいがある。

  たとえば、『パリに生きる女たち』に収められた「ぶらんこ人生」と題されたアニイ・ジラルドのスケッチは印象深い。秦さんは「アニイ・ジラルドという女優の存在を考える時に、いつも人間の持つ愚かさの部分を思い浮かべる」と書き、なんと藤山寛美と比較しているのだが、その波瀾に富んだ生き方を、彼女の言葉をさりげなく引きながら一筆書きのような見事な肖像として描いている。この一文を読むと、アニイ・ジラルドが出演した『若者のすべて』と『パリのめぐり逢い』を見直したくなるのは間違いない。


  秦早穂子さんは、一九五八年から二〇〇三年までの四五年間、毎年欠かさずにカンヌ映画祭に通われていた。インタビューの際に、秦さんは、一九六〇年のカンヌで、賛否両論だったフェリーニの『甘い生活』がグランプリを獲った瞬間の異様な熱狂に包まれた雰囲気や、同じ年、『情事』を出品したアントニオーニがあまりの観客のブーイングに、思わず泣き出してしまったエピソードを、あたかも昨日の出来事のように語っていた。秦さんは、まさにカンヌが、そして映画が最も豊饒であった時代を肌で知っているほとんど唯一の証言者にほかならないのである。そんな秦さんのカンヌ映画のメモワールを読みたいと思うのは私だけではないはずである。

  秦早穂子さんのまばゆいばかりの映画的キャリアに思いを馳せるたびに、編集者としての熱い血が限りなく騒いでしまうのである。



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秦早穂子著『影の部分』(リトルモア)


東京フィルメックスでのツァイ・ミンリャンとの対話

 今年の東京フィルメックスは、中村登とジャン・グレミヨン特集など気になるプログラムもあったのだが、仕事に追われ、あまり通えなかった。ただ、どうしてもツァイ・ミンリャンの新作『ピクニック』だけは見たかった。

というのも、ツァイ・ミンリャンは、今年のベネツィア国際映画祭の記者会見で、「『ピクニック』で監督を引退する」と表明していたからだ。四年前の東京フィルメックスでオープニングを飾った前作の『ヴィザージュ』(09)は結局、一般公開されなかった。恐らく、『ピクニック』もどこの配給会社も買わないだろうし、私は、これが最後の機会になるだろうと思い、今回、来日したツァイ・ミンリャンにインタビューを申し込み、その真意を聞いてみたいと思ったのだ。

 

『ピクニック』は、まさにツァイ・ミンリャンにしか撮れない、とてつもない映画だった。台北の街頭で高級住宅地のPRの看板を持って一日中立ち続けるリー・カンション。二人の幼い子供はスーパーマーケットの試食品コーナーを徘徊し、彼らは廃屋となったビルの一室で寝泊まりしている。この世界から打ち棄てられ、壮絶な貧困と孤立を強いられた家族の光景を、ツァイ・ミンリャンは、驚異的な長回しによって凝視し続ける。その果てに、夢とも現ともつかぬ不可思議な〈時間〉が流れ出す。こういう稀有な体験は、今や、ツァイ・ミンリャン以外の作品では味わうことができない。

  

私は、『ピクニック』を見ながら、『愛情萬歳』(94)を思い出していた。高度経済成長下の台北を舞台に、高級マンションの不動産セールスレディ、ヤン・クイメイが抱える孤独と空虚が鮮烈に描かれ、ベネティア映画祭で金獅子賞を受賞した傑作だった。この映画を配給したプレノン・アッシュは、その後も『Hole』(98)、『楽日』(03)、『西瓜』(05)、『黒い眼のオペラ』(06)とツァイ・ミンリャンの映画を公開し続けた。

私は、これらの作品のパンフレットをすべて編集していたので、ツァイ・ミンリャンの映画がいかに一部で熱狂的なファンを擁しながらも、興行的には厳しい苦戦を強いられていた現実をよく知っている。プレノン・アッシュは、残念ながら、今年、倒産してしまったが、私は、大ヒットを飛ばしたウォン・カーウァイ作品よりも、むしろツァイ・ミンチャンの映画を持続的に配給した功績によって、プレノン・アッシュは永く評価されるべきだと思う。

 

『ピクニック』には、冒頭で二人の子供を見守る守護天使のようなヤン・クイメイが登場し、さらに、ルー・イーチン、後半には母親とおぼしきイメージを背負ったチェン・シャンチーと、ツァイ・ミンリャンの映画の常連だった女優たちが、次々に現れる。

 

この謎めいた女たちについて、ツァイ・ミンリャンは、こんなふうに語っている。

「私は、当初、ルー・イーチンだけをキャスティングしていたのですが、クランク・イン前にひどく体調を崩してしまい、もしかしたら、これが最後の映画になるのではないかと危惧しました。そこで、これまで私の映画に出てくれたヤン・クイメイ、チェン・シャンチーにも急遽、出演してくれるように声をかけたのです。役柄などは別に考えもしませんでした。この映画では、ヤン・クイメイ、ルー・イーチン、チェン・シャンチーの三人がひとりのキャラクターを演じているといってよいかもしれません。しかし、映画が出来上がってみると、もう、そんなことはどうでもよいと思えるようになりました。」

 

ツァイ・ミンリャンは、もはや通常の意味でのプロットや物語を語ることにまったく興味がない。意図や主題をめぐって積極的に云々することもない。彼は、主演のリー・カンションについて話題が及んだ時にのみ、心底、饒舌になるのだった。

デビュー作『青春神話』(92)以来、すべてのツァイ・ミンリャンの映画に主演しているリー・カンションとの関係は映画史的にも極めてユニークである。ツァイ・ミンリャンは、「私の映画には、ただリー・カンションの顔だけがあるのです。」とまで断言するのだが、それは、彼が『ふたつの時、ふたりの時間』(01)で引用していた『大人は判ってくれない』のフランソワ・トリュフォーとジャン・ピエール・レオとの関係とはやや異なるように思う。

トリュフォーは、ジャン・ピエール・レオーを主演にしたアントワーヌ・ドワネルものにおいて、自らの過去を、ある距離をもって、トラジコミカルに回顧、再構成しているが、ツァイ・ミンリャンにとって、リー・カンションという俳優は、映画を作り続ける根拠そのもの、創作というイマジネーションの絶えざる霊感源にほかならないからだ。それは、一時期のジャン・コクトーの映画におけるジャン・マレーのような存在と言ってよいかもしれない。

 

ツァイ・ミンリャンは、この映画でも、リー・カンションが、ただひたすら食べること、排泄する光景を注視し続けるのだが、とりわけ、彼が子供たちがいなくなった蒲団の上で、キャベツをむさぼり喰う、愛と憎しみが複雑に入り混じった、おぞましくも悲痛に満ちた行為を長回しでとらえたショットは、名状し難い感銘を与える。

 

その直後に、大雨の中、リー・カンションが子供たちを連れて河上のボートに乗せようとする瞬間、ルー・イーチンが木の上から二人を救出する幻想的な場面がある。ここでのリー・カンションは明らかに邪悪なイメージを身にまとっているのだが、ゆくりなくも、ある一本の映画を連想させずにはおかない。チャールズ・ロートンの『狩人の夜』(55)である。

リー・カンションは、河上でボートに乗った孤児の兄妹に襲いかかる殺人鬼の牧師ロバート・ミッチャムの恐ろしくも甘美で夢魔的なイメージを体現し、そしてルー・イーチンは、ライフルを持ってふたりを守ろうとするリリアン・ギッシュの神話的なイメージにぴったりと重なるのだ。

 

 そのことを指摘すると、ツァイ・ミンリャンは、あえてことさらにシネ・フィル的に言及することはしなかった。だが、昨年、『サイト・アンド・サウンド』誌による映画監督が選ぶ映画史上のベストテンというアンケートで、ツァイ・ミンリャンは『狩人の夜』を選んでいるのだ。無意識のうちに、『ピクニック』を撮っている際、あの呪われたカルト・ムーヴィーの記憶が揺曳していたことは充分に考えられると思う。

 

 予定の一時間を超えてもなお、ツァイ・ミンリャンは率直に現在の心境を語ってくれた。その一端は、いずれ『キネマ旬報』誌上で、ご紹介できるかと思う。

 そして、公開はとうてい無理かと思われた『ピクニック』だが、ムヴィオラが配給することが正式に決定したようだ。アートフィルムが冬の時代を迎えている今、ムヴィオラの大英断には心から敬意を表したいと思う。

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ピクニック2.png

ピクニック3.jpgのサムネール画像

 

ツァイ・ミンリャン監督『ピクニック』

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著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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