ルー・リードの師デルモア・シュワルツをめぐる断章 - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
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ルー・リードの師デルモア・シュワルツをめぐる断章

 最近は、ネットで著名人の訃報に接する機会が多い。ルー・リードが亡くなったのを知ったのもネット上であったが、興味深いのは、何人かがルー・リードが最も深い文学的影響を受けたシラキュース大学の恩師、作家・詩人のデルモア・シュワルツに言及していたことだ。

 

デルモア・シュワルツは、『夢の中で責任が始まる』という短篇小説によってアメリカ文学史に燦然と輝いている作家である。

 この短篇は、一九八八年に刊行された村上春樹訳編の『and Other Stories とっておきのアメリカ小説12篇』(文藝春秋)の中に、『夢で責任が始まる』という題で収録されている。訳者の畑中佳樹は次のように書いている。

「たった一発の狙いすました弾丸でたった一つの的を射ぬき、あとは一切余計なことをせずに死んでいった作家――デルモア・シュウォーツを、ぼくはそんな風に感じている。その一発の弾丸とは、一つの短篇小説である。そのタイトルが、まるで伝説のように、アメリカ小説愛好家の間で囁かれつづけてきた。」

 

『夢の中で責任が始まる』が長く語り継がれる伝説の作品となった理由のひとつは、たぶん、それが「映画」と「夢」の親密な関わりについて書かれた最初の、そして最高の小説だからだ。

 

時は、一九〇九年。主人公の「僕」は映画館でスクリーンを見つめている。映っているのは古いサイレント映画で、そこに登場する男女は、若き日の「僕」の父と母だ。父は母を連れ出して、コニーアイランドへ出かける。浜辺を散歩し、メリーゴーランドに乗り、いちばん高級な店で食事をとる。そこで父は母にプロポーズする。母はうれしさのあまりすすり泣く。すると、「僕」は席から立ち上がり、スクリーンに向かって「結婚しちゃいけない! まだ間に合う、考え直すんだ、二人とも。いいことなんて何も待ってないぞ。後悔とにくしみと醜聞と、それからおそろしい性格の子供が二人、それだけさ!」と叫ぶ――。

 

かつて、ジャン・コクトーは、「映画とは現在進行形の死をとらえた芸術だ」と書いたが、そんな映画というものの特異さ、そして映画館でスクリーンに魅入っている時の混濁した深層心理、夢想とも妄想ともつかない昏い惑乱状態をこれほど繊細に掬い取った作品はない。

『夢の中で責任が始まる』は、一九三七年に復刊された「パーティザン・レヴュー」の巻頭を飾ったが、当時、二十四歳だったデルモア・シュワルツは、一躍、若手世代の文化英雄となった。文芸批評家のアルフレッド・ケイジンが「『夢の中で責任が始まる』は、率直で、美しく、忘れられないものだった。……〈われわれの経験〉についてその後読むことになったもののなかで、最高の寓話だった」と回想しているのは、そのひとつの例証だ。

 

私が、デルモア・シュワルツの名前をふたたび強く意識するようになったのは、マガジンハウスの文芸誌『鳩よ!』の2001年12月号で「坪内祐三 いつも読書中」という特集が組まれ、その中で坪内祐三がデルモア・シュワルツの『スクリーノ』という短篇を翻訳し、「必敗者シュワルツ」という刺激的なエッセーを寄せていたからである。この『スクリーノ』も「映画」と「映画館」が主題になっていた。

 

坪内祐三さんは、その後、2007年に『変死するアメリカ作家たち』を上梓する。この本は、一九九一年から未来社のPR誌『未来』に断続的に連載された20世紀のアメリカ文学で変死したマイナー作家たちを描いたポルトレがもとになっており、その巻頭を置かれていたのがデルモア・シュワルツだった。そのほかにハリー・クロスビー、ナサニェル・ウエスト、ロス・ロックリッジ、ウェルドン・キースというシブい名前が並んでいる。

坪内さんによれば、当初は、さらにジェイムズ・エイジーとリング・ラードナーのふたりの作家を加えて一冊にまとめる構想があったようで、本来なら最初の彼の著作になるはずであったという。

 

この頃、神田神保町の北沢書店のバーゲンだったかで、五百円ぐらいで『Selected ssays of elmore chwartz』を見つけた。デルモア・シュワルツの詩作と小説以外の評論、エッセイを集成した大部のハードカバーで、私は、拾い読みしているうちに、デルモア・シュワルツは、ほぼ同世代のジェイムス・エイジーにどこか似ているなと思った。

ジェイムズ・エイジーは、アメリカが生んだ最高の映画批評家であり、優れた詩人、作家、シナリオライターでもあったが、デルモア・シュワルツと同様、過度のアルコール中毒と憂鬱症のために、やはり〈変死〉している。ピューリッツァー賞を獲ったエイジーの唯一の長篇小説『家族の中の死』も自伝的な作品で、父親とチャップリンの映画を見に行った幼少時の場面が印象的に描かれていた。 

デルモア・シュワルツも、T・S・エリオット、エズラ・パウンド、W・H・オーデンをめぐる詩論、ヘミングウェイ、フォークナー、ジイドについての作家論などのほかに、映画評論も手がけている。

たとえば、「W・C・フィールズの天才」は、サイレント時代からトーキー初期にかけて絶大な人気を誇った喜劇人W・C・フィールズをマーク・トウェイン、リング・ラードナーなどのアメリカの偉大なユーモリストの系譜に位置づけた論考でとても面白い。メアリー・ピックフォード論も彼女の自伝の書評という形でこのサイレント期を代表する女優へのオマージュを捧げている。

そのほかにもヒッチコックの『泥棒成金』や『七年目の浮気』におけるマリリン・モンローの魅力を論じたり、ロバート・アルドリッチの『ビッグ・ナイフ』評でも原作者クリフォード・オデッツに着目し、その才能を称賛している。本格的な文学論から雑文まで、デルモア・シュワルツの鋭い知見とユーモアにあふれたエッセーはとても読みごたえがある。

 

デルモア・シュワルツについては、さまざまな人たちがその「恐るべき早熟さ」を指摘している。たとえば、前述のアルフレッド・ケイジンは、デビュー当時、「人生を生きる前にすでに、みずからの全人生を生き尽くしてしまった」ような印象を受けたと書き、『グループ』の作家メアリー・マッカーシーも、後に夫となるエドマンド・ウィルソンへの手紙で、「彼は化け物です。……私がこれまで会ったなかでもっとも知的な人間で、あまりに知的なので非人間的なくらいです。……もうこの世の本は全部読んでしまったので、老い先慰みとするべきものは何も残っていないんですよ」とその印象を書きとめている。

 

数年前、私は、ある一本の映画を見ながら、ひさびさにデルモア・シュワルツのことを思い浮かべた。

ショーン・ペンが監督した『イントゥ・ザ・ワイルド』だ。ジョン・クラカワーのベストセラー・ノンフィクション『荒野へ』の映画化で、裕福な家庭に育った青年が、突然、すべてを捨てて、ヒッチハイクでアメリカを縦断し、最後はアラスカの奥地に分け入り、餓死するまでを描いた作品だ。

この映画の冒頭近くで、主人公がホーム・ムーヴィーを眺めているシーンがある。そこに映っているのは若き日の父と母で、彼はその至福に満ちた映像を見ながら、必死で「結婚なんかしちゃ、だめだ!」と叫ぶのである。

『イントゥ・ザ・ワイルド』はジャック・ケルアックの『路上』の精神的嫡子ともいうべき作品で、アメリカ文学史に時おり現われる、神話性を帯びた浪漫的放浪者を描いている。ショーン・ペンは、この映画を撮る際に、間違いなく、ルー・リードの代表作「ワイルド・サイドを歩け」にインスパイアされたはずだ。そして、ルー・リードの詩作に天啓を与えたデルモア・シュワルツの『夢の中で責任が始まる』の鮮烈で悲痛なイメージを、映画の中で引用したに違いないと思うのである。

 

 

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村上春樹訳編『and Other Stories とっておきのアメリカ小説12篇』(文藝春秋)

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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