高崎俊夫の映画アット・ランダム: 2013年11月アーカイブ
高崎俊夫の映画アットランダム
2013年11月アーカイブ

忘れられた映画監督、野村孝の擁護と顕揚

先日、神保町の東京堂書店で『昭和怪優伝―帰ってきた昭和脇役名画館』(中公文庫)の刊行を記念して、著者の鹿島茂さんと坪内祐三さんのトーク・イベントがあり、出かけて行った。    

二〇〇五年に講談社から出た単行本『甦る昭和脇役名画館』は、私の愛読書で、『プレミア日本版』で書評したこともある。荒木一郎、ジェリー藤尾、岸田森、川地民夫、吉澤健、佐々木考丸、伊藤雄之助…といったシブい個性派俳優への熱いオマージュで、とくに一九七〇年代の映画館の記憶と当時の鬱屈した著者の心象風景が重ねあわされ、極私的であることこそが普遍性を持つという映画評論の模範的な達成かと思われた。

 

爆笑を誘うエピソードが満載の御二人のトークも、まるで気のおけない同世代の映画談議につきあっているようで、とても楽しかった。場内にはお二人と親しい映画監督の内藤誠さんもいらしていて、一緒に打ち上げに参加させていただいたが、鹿島茂さんからは、私が十代の頃、ファンクラブに入っていた伝説の深夜放送のパーソナリティ、大村麻梨子さんの近況をうかがうことができたのも嬉しかった。

 

大幅に加筆・増補された文庫版を再読しながら、ジェリー藤尾の章で、日本映画史上最高のハードボイルド映画『拳銃(コルト)は俺のパスポート』(67)が絶賛されているので、あらためて溜飲が下がったが、監督の野村孝については、近年、あまり言及されることがないような気がする。鹿島さんも、「この大傑作以外にはあまり見るべき作品がないですよね」と、おっしゃっていたが、実は、野村孝は、私がもっとも偏愛する映画監督のひとりなのだ。

 

あれは、私が毎週のように池袋の文芸坐オールナイトに通っていた時期だから、一九七〇年の半ば頃だったと思う。当時の文芸坐オールナイトは鈴木清順を定番にして、日活アクション映画の五本立てが監督別に組まれ、舛田利雄、蔵原惟繕、長谷部安春、沢田幸弘などの特集はひときわ人気が高かった。そんな中で、野村孝特集がかかったのである。 

たぶん、その時に、初めて『拳銃は俺のパスポート』を見たのだと思うが、ラストの荒涼とした埋め立て地での四人の殺し屋を相手にした宍戸錠の胸のすくようなガン・アクションには、度肝を抜かれた。

宍戸錠は、前方に拳銃を放り投げ、まず、ライフルで二人を倒した後、弾がなくなったライフルを投げ捨てるや、全力疾走で、身体を一回転させながら、先の拳銃を拾って一瞬で二人の止めをさす。この宍戸錠の流れるような身体の動きを横移動でとらえた名手峰重義のめまいのようなキャメラワークもすごいが、宍戸錠の身体の動きのあまりの美しさに、場内から一斉に溜息が漏れ、次の瞬間、拍手喝采となったのは言うまでもない。

『拳銃は俺のパスポート』のラストのガン・アクションは世界的にも類を見ない水準に達しているが、野村孝の本領は、ガンのメカニックな魅力をめぐるディテールの描写や非情なハードボイルド・タッチと表裏をなすセンチメンタリズムにある。宍戸錠とジェリー藤尾が逗留する横浜の渚館での小林千登勢との淡い交情は、まるでアンリ・ヴェルヌイユの『ヘッドライト』のような甘さと暗いリリシズムが横溢していた。

 

この時の文芸坐オールナイトでは、ほかに『夜霧のブルース』(63)と『昭和やくざ系図 長崎の顔』(69)『無頼無法の徒 さぶ』(64)、それに『黒い傷あとのブルース』(61)が上映されたように思う。

『黒い傷あとのブルース』の冒頭、霧笛が流れる横浜の波止場に白いトレント・コートの小林旭が現われ、回想に入っていく瞬間、あっと声が出そうになった。これを私は七歳の時に封切りで見ていたからだ。『黒い傷あとのブルース』は恐らく私が最初に見た日活映画で、小林旭が歌うバタくさい抒情あふれる主題歌は忘れようもなかった。旭は清純なバレリーナ吉永小百合と恋に落ちるが、父親の大阪志郎と共謀した神山繁が旭の組を潰した黒幕であることが判明し、苦い復讐を遂げるという物語だった。

今、思うと、『黒い傷あとのブルース』は、小林旭と吉永小百合が共演した唯一の映画なのだった。

『野獣の青春』のシナリオライター山崎忠昭さんの証言にもある通り、この当時の日活無国籍アクション映画の大半は、欧米のメロドラマの名作のプロットを平気でパクっていたのは有名な話である。だが、野村孝の映画は、ハンフリ・ボガートばりに白いトレンチコートを着た旭がキザな台詞を呟こうが、いっこうに軽佻浮薄になったり、アイロニカルな自己批評的なトーンを帯びることはない。それは、野村孝の本来的な資質が、強靱なまでの〈抒情と感傷〉をあるからだろう。

 

回想が入れ子ふうな構造になっている『夜霧のブルース』でも、ヤクザの石原裕次郎が、喫茶店で、オルガンで賛美歌を弾いている浅丘ルリ子を見初め、通いつめるシーンや、長崎の坂道で、雨の中、ようやく心を通い合わせたふたりが白い傘をさして歩いていくロング・ショットの哀切な美しさは忘れられない。 

実は、讃美歌のメロディは大陸での裕次郎の幼少期の至福の記憶と結びついたものなのだが、野村孝は、照れずに、たっぷりと甘いセンチメンタルな音楽と回想形式という語り口の常套と通俗性を前面に押し出しながら、血の通った映画の感情と体温を伝えてくる。野村孝の映画のかけがえない魅力はそこにあるのだと思う。

 

最近、歳下の映画ファンと話していて話が通じにくいのは、たとえば、一九六七年に鈴木清順が『殺しの烙印』で日活を馘首された後、次の作品を撮れるまでの十年間がいかに長かったかということだ。その間、いくつもの企画が立ち上がってはつぶれ、清順神話はいっそう強固なものとなっていった。だからこそ、一九七七年に、突然、『悲愁物語』が公開されたときの驚きと喜びと戸惑いはどう形容してよいかわからなかった記憶がある。 

私は浅草松竹の初日にかけつけたのだが、驚いたのは、併映が野村孝の『雨のめぐり逢い』だったことだ。私は、奇怪きわまりない清順の新作を堪能しつつ、『雨のめぐり逢い』にも深く心打たれた。大金を強奪した山城新伍が、その際、突き飛ばして失明させてしまった竹下景子の手術費用を出そうと懊悩する、まるでチャップリンの『街の灯』を犯罪もので味付けしたようなベタなお話だったが、市川秀男のリリシズム溢れるジャズピアノの旋律がきわだって印象的で、なんども涙腺がゆるんでしまったおぼえがある。『雨のめぐり逢い』は、いまのところ、野村孝が撮った最後の映画であるはずだ。

こんなふうに、野村孝の映画についてとりとめもなく回想しているうちに、無性に彼の映画が見たくなってしまった。ぜひ、ラピュタ阿佐ヶ谷あたりで野村孝特集を組んでいただきたい。

 

 鹿島茂.jpg

鹿島茂著『昭和怪優伝――帰ってきた昭和脇役名画館』(中公文庫)

ルー・リードの師デルモア・シュワルツをめぐる断章

 最近は、ネットで著名人の訃報に接する機会が多い。ルー・リードが亡くなったのを知ったのもネット上であったが、興味深いのは、何人かがルー・リードが最も深い文学的影響を受けたシラキュース大学の恩師、作家・詩人のデルモア・シュワルツに言及していたことだ。

 

デルモア・シュワルツは、『夢の中で責任が始まる』という短篇小説によってアメリカ文学史に燦然と輝いている作家である。

 この短篇は、一九八八年に刊行された村上春樹訳編の『and Other Stories とっておきのアメリカ小説12篇』(文藝春秋)の中に、『夢で責任が始まる』という題で収録されている。訳者の畑中佳樹は次のように書いている。

「たった一発の狙いすました弾丸でたった一つの的を射ぬき、あとは一切余計なことをせずに死んでいった作家――デルモア・シュウォーツを、ぼくはそんな風に感じている。その一発の弾丸とは、一つの短篇小説である。そのタイトルが、まるで伝説のように、アメリカ小説愛好家の間で囁かれつづけてきた。」

 

『夢の中で責任が始まる』が長く語り継がれる伝説の作品となった理由のひとつは、たぶん、それが「映画」と「夢」の親密な関わりについて書かれた最初の、そして最高の小説だからだ。

 

時は、一九〇九年。主人公の「僕」は映画館でスクリーンを見つめている。映っているのは古いサイレント映画で、そこに登場する男女は、若き日の「僕」の父と母だ。父は母を連れ出して、コニーアイランドへ出かける。浜辺を散歩し、メリーゴーランドに乗り、いちばん高級な店で食事をとる。そこで父は母にプロポーズする。母はうれしさのあまりすすり泣く。すると、「僕」は席から立ち上がり、スクリーンに向かって「結婚しちゃいけない! まだ間に合う、考え直すんだ、二人とも。いいことなんて何も待ってないぞ。後悔とにくしみと醜聞と、それからおそろしい性格の子供が二人、それだけさ!」と叫ぶ――。

 

かつて、ジャン・コクトーは、「映画とは現在進行形の死をとらえた芸術だ」と書いたが、そんな映画というものの特異さ、そして映画館でスクリーンに魅入っている時の混濁した深層心理、夢想とも妄想ともつかない昏い惑乱状態をこれほど繊細に掬い取った作品はない。

『夢の中で責任が始まる』は、一九三七年に復刊された「パーティザン・レヴュー」の巻頭を飾ったが、当時、二十四歳だったデルモア・シュワルツは、一躍、若手世代の文化英雄となった。文芸批評家のアルフレッド・ケイジンが「『夢の中で責任が始まる』は、率直で、美しく、忘れられないものだった。……〈われわれの経験〉についてその後読むことになったもののなかで、最高の寓話だった」と回想しているのは、そのひとつの例証だ。

 

私が、デルモア・シュワルツの名前をふたたび強く意識するようになったのは、マガジンハウスの文芸誌『鳩よ!』の2001年12月号で「坪内祐三 いつも読書中」という特集が組まれ、その中で坪内祐三がデルモア・シュワルツの『スクリーノ』という短篇を翻訳し、「必敗者シュワルツ」という刺激的なエッセーを寄せていたからである。この『スクリーノ』も「映画」と「映画館」が主題になっていた。

 

坪内祐三さんは、その後、2007年に『変死するアメリカ作家たち』を上梓する。この本は、一九九一年から未来社のPR誌『未来』に断続的に連載された20世紀のアメリカ文学で変死したマイナー作家たちを描いたポルトレがもとになっており、その巻頭を置かれていたのがデルモア・シュワルツだった。そのほかにハリー・クロスビー、ナサニェル・ウエスト、ロス・ロックリッジ、ウェルドン・キースというシブい名前が並んでいる。

坪内さんによれば、当初は、さらにジェイムズ・エイジーとリング・ラードナーのふたりの作家を加えて一冊にまとめる構想があったようで、本来なら最初の彼の著作になるはずであったという。

 

この頃、神田神保町の北沢書店のバーゲンだったかで、五百円ぐらいで『Selected ssays of elmore chwartz』を見つけた。デルモア・シュワルツの詩作と小説以外の評論、エッセイを集成した大部のハードカバーで、私は、拾い読みしているうちに、デルモア・シュワルツは、ほぼ同世代のジェイムス・エイジーにどこか似ているなと思った。

ジェイムズ・エイジーは、アメリカが生んだ最高の映画批評家であり、優れた詩人、作家、シナリオライターでもあったが、デルモア・シュワルツと同様、過度のアルコール中毒と憂鬱症のために、やはり〈変死〉している。ピューリッツァー賞を獲ったエイジーの唯一の長篇小説『家族の中の死』も自伝的な作品で、父親とチャップリンの映画を見に行った幼少時の場面が印象的に描かれていた。 

デルモア・シュワルツも、T・S・エリオット、エズラ・パウンド、W・H・オーデンをめぐる詩論、ヘミングウェイ、フォークナー、ジイドについての作家論などのほかに、映画評論も手がけている。

たとえば、「W・C・フィールズの天才」は、サイレント時代からトーキー初期にかけて絶大な人気を誇った喜劇人W・C・フィールズをマーク・トウェイン、リング・ラードナーなどのアメリカの偉大なユーモリストの系譜に位置づけた論考でとても面白い。メアリー・ピックフォード論も彼女の自伝の書評という形でこのサイレント期を代表する女優へのオマージュを捧げている。

そのほかにもヒッチコックの『泥棒成金』や『七年目の浮気』におけるマリリン・モンローの魅力を論じたり、ロバート・アルドリッチの『ビッグ・ナイフ』評でも原作者クリフォード・オデッツに着目し、その才能を称賛している。本格的な文学論から雑文まで、デルモア・シュワルツの鋭い知見とユーモアにあふれたエッセーはとても読みごたえがある。

 

デルモア・シュワルツについては、さまざまな人たちがその「恐るべき早熟さ」を指摘している。たとえば、前述のアルフレッド・ケイジンは、デビュー当時、「人生を生きる前にすでに、みずからの全人生を生き尽くしてしまった」ような印象を受けたと書き、『グループ』の作家メアリー・マッカーシーも、後に夫となるエドマンド・ウィルソンへの手紙で、「彼は化け物です。……私がこれまで会ったなかでもっとも知的な人間で、あまりに知的なので非人間的なくらいです。……もうこの世の本は全部読んでしまったので、老い先慰みとするべきものは何も残っていないんですよ」とその印象を書きとめている。

 

数年前、私は、ある一本の映画を見ながら、ひさびさにデルモア・シュワルツのことを思い浮かべた。

ショーン・ペンが監督した『イントゥ・ザ・ワイルド』だ。ジョン・クラカワーのベストセラー・ノンフィクション『荒野へ』の映画化で、裕福な家庭に育った青年が、突然、すべてを捨てて、ヒッチハイクでアメリカを縦断し、最後はアラスカの奥地に分け入り、餓死するまでを描いた作品だ。

この映画の冒頭近くで、主人公がホーム・ムーヴィーを眺めているシーンがある。そこに映っているのは若き日の父と母で、彼はその至福に満ちた映像を見ながら、必死で「結婚なんかしちゃ、だめだ!」と叫ぶのである。

『イントゥ・ザ・ワイルド』はジャック・ケルアックの『路上』の精神的嫡子ともいうべき作品で、アメリカ文学史に時おり現われる、神話性を帯びた浪漫的放浪者を描いている。ショーン・ペンは、この映画を撮る際に、間違いなく、ルー・リードの代表作「ワイルド・サイドを歩け」にインスパイアされたはずだ。そして、ルー・リードの詩作に天啓を与えたデルモア・シュワルツの『夢の中で責任が始まる』の鮮烈で悲痛なイメージを、映画の中で引用したに違いないと思うのである。

 

 

51Kh00SfNrL__SS500_.jpg

 

村上春樹訳編『and Other Stories とっておきのアメリカ小説12篇』(文藝春秋)

« 2013年10月 | メインページ | アーカイブ | 2013年12月 »
著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
検索