『別冊シティロード』を読んで思い出したこと - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
『別冊シティロード』を読んで思い出したこと

 先日、本棚を整理していたら、『別冊シティロード/もうひとつの80年代を読む!』が出てきた。奥付には1981年6月とあるから、30十年以上前の刊行物だが、目次を眺めると、当時の映画、ロック、演劇状況が活写されており、時代の勢いを感じさせる固有名詞が散見し、しばし感慨にふけってしまった。

 

一九七〇年代から九〇年代にかけて、東京の情報誌は『ぴあ』と『シティロード』の二誌が覇権争いを演じていた。部数では膨大な情報を並列した『ぴあ』が圧倒的に優勢だったが、『シティロード』は映画評論家による星採りを含め、批評性を重視したマニアックなコラムが充実しており、クセの強いマイナー好みの映画ファンは、間違いなく、『シティロード』を買っていた。

私が宇田川幸洋の第一評論集『無限地帯』(ワイズ出版)を編集した時にも、『シティロード』の「スクリーンのしみ」という宇田川さんの傑作コラムからずいぶん採録させてもらったが、そのクオリティの高さは尋常ではなかった。

 

『別冊シティロード/もうひとつの80年代を読む!』は、まさに、『シティロード』の持っていたジャーナリスティックな批評性が凝縮したような一冊だった。

たとえば、四方田犬彦、西嶋憲生、武田潔の座談会「アメリカ映画だけじゃない!今、刺戟的な映画の世界マップ」では、エリック・ロメールとジャック・リヴェットの映画が一本も公開されていない現状に三人が憤慨している。ロメールの『海辺のポーリーヌ』が初めて日本で封切られたのは、この四年後のことで、まさにミニシアター・ブーム前夜の時代なのだ。

 

激突対談と銘打った蓮實重彦と松田政男の「日本映画の転形期をめぐって 80年代、ニューウェイヴへの期待と危惧」でも、『翔んだカップル』『狂い咲きサンダーロード』『純』『泥の河』『十九歳の地図』『オレンジロード急行』といった当時、デビューしたばかりの新人監督の作品から、『アナザ・サイド』『風たちの午後』『しがらみ学園』『MOMENT』などの八ミリの自主映画が俎上にのせられている。

蓮實重彦が、『翔んだカップル』の相米慎二のワンシーン・ワンショットを必ずしも評価していなかったりするのも興味深いが、当時の自主映画の世界では、山川直人が意想外に評価が高かったことなどが思い出される。

 

「80年代の映画作家10傑」という小特集ではファスビンダーからキン・フーまで、当時、日本でほとんど正式公開されていなかった10人の映画監督を若手批評家が熱く論じている。そのなかでは、滝本誠というまったく未知の名前の書き手による「ニコラス・ローグ」論を読んで、いささかコーフンを禁じ得なかった。

ちょうど、ニコラス・ローグの『ジェラシー』が公開される直前で、当時、すでに『美しき冒険旅行』と『地球に落ちてきた男』に魅了され、いっぱしのニコラス・ローグ・フリークを気取っていた私は、ロンドンで『ドント・ルック・ナウ』というローグの未公開作を見たという、この人物に猛烈な嫉妬を覚えたのである。

 

その直後、当時、『スターログ』編集部にいた私は、フランス映画社に顔を出すと、宣伝部の松岡葉子さんから、滝本誠さんを紹介された。当時、滝本さんは、マガジンハウスの『クロワッサン』編集部にいたはずだが、いきなり、開口一番、ニコラス・ローグ談義にふけってしまったことを憶えている。

実は、その夜、当時、渋谷にあった川喜多和子さんの自宅で、大森さわこさんがアメリカで買って来た『ドント・ルック・ナウ』のビデオを見る会があったのだ。10数人が集まり、酒を飲んでわいわい言いながら見た記憶があるが、当時は、ビデオレンタル店もなく、ビデオのソフト自体が高価で入手困難な時代だったために、映画マニアの間では、こんな上映会がたびたび開かれていたのである。

この時に見た『ドント・ルック・ナウ』は、まさに衝撃的だったが、シネマすくうぇあ東急のこけら落しである『ジェラシー』がヒットしたため、その後まもなく、同じヘラルド・エースの配給で『赤い影』の題で公開されたのは周知の通りである。

 

 しばらくして、やはり、フランス映画社で、松岡葉子さんから、『もうひとつの80年代を読む!』を編集した瀬下幹夫さんを紹介された。私は大絶賛したが、この別冊は思ったほど売れず、その責任をとらされたのかどうか、瀬下さんは間もなく、『シティロード』編集部を辞めてしまった。

 この別冊で自主映画を担当していた小出幸子さんが『シティロード』本誌の編集長になったのは、一九九〇年前後だったろうか。

 小出さんは、『あの夏、いちばん静かな海』の公開時に、北野武と中上健次の対談(これはとても読みごたえがあったと記憶する)を企画したり、荒井晴彦、石井隆、武田花さんの日記を連載するなどシャープで意欲的な誌面づくりを見せたが、版元のエコー企画が経営危機に見舞われ、九三年の夏に『シティロード』は休刊に追い込まれた。

 

 あの夏のことがひと際、記憶に鮮明なのは、ほぼ同じ時期に、私が編集長をしていたビデオ業界誌『A?ストア』も、版元が倒れ、休刊になってしまったからである。

 

 その直後、小出さんから、九州の福岡でタウン誌をつくっている西アドという会社がスポンサーとして名乗りを上げ、『シティロード』の復刊が決まったので、編集を手伝ってほしいという連絡があった。復刊当初の『シティロード』は、ほぼ以前と同じクオリティを維持し、私も映画評やインタビュー記事をずいぶん手がけた。新会社は、雑誌以外で、単行本のセクションも充実させたいという意向があり、私が書籍編集者として入社するという話も出て、西アドの社長に単行本の企画案を打診したこともあった。

 

 しかし、この西アドの社長がとんでもないクワセ者で、復刊数号目にして、小出さんほか編集部員を全員クビにする暴挙に出た。そして、おきまりの労働争議が起き、その後、『シティロード』はまったくオリジナリティのかけらもないデータの羅列だけの情報誌となり、まもなく廃刊となった。

 

 十年ぐらい前だったろうか、『スタジオ・ボイス』の雑誌特集で、「現役編集者が選ぶ、今、復刊してほしい雑誌ベスト・テン」という企画があり、一位に『シティロード』が選ばれていた。そのほか、テンには『月刊イメージフォーラム』とSFビジュアル誌『スターログ』が入っていた。廃刊した三つの雑誌に関わりがあったのは皮肉というべきか。私が、時おり、〈呪われた編集者〉などと揶揄されるのは、そのせいなのかもしれない。

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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