高崎俊夫の映画アット・ランダム: 2013年10月アーカイブ
高崎俊夫の映画アットランダム
2013年10月アーカイブ

激変する中国社会を描く至高の映画作家ニン・イン

 新作が長い間、見られないために、時どき、今、どうしてるのかなと、その動向が気にかかってしまう映画監督がいる。中国のニン・イン監督はそのひとりだ。八年前、東京フィルメックスで上映された『無窮動』(2005)以来、何の音沙汰もなかったからだ。

だから、今年の東京国際映画祭のコンペ部門のラインナップにニン・インの『オルドス警察日記』(2013)というタイトルを見つけた時にはちょっと驚いた。そうか、ニン・インは新作を撮っていたのか!

 

先日、その『オルドス警察日記』の内覧試写があり、見に行った。内モンゴル自治区の町オルドスで地元の住民たちに英雄のように慕われたハオ・ワンチョンという実在の人物をテーマにした作品である。

ハオ・ワンチョンは、謹厳実直を絵に描いたような男で、パトロールの巡査から公安警察局長にまでとんとん拍子に出世するのだが、2011年、ジョギング中に、心臓発作で急逝してしまう。

映画は、この地元が生んだヒーローをめぐるルポを依頼された敏腕ジャーナリストが、彼が書き残した膨大な業務日誌を手がかりに、その生涯を追跡していく。冒頭に主人公の葬儀のシーンが置かれ、記者が彼の周辺人物たちを取材しいく中で、モザイクの断片が集積され、次第に人物像が結ばれていく手法は、明らかに『市民ケーン』の〈語り口〉を意識している。

当初、美談めいた偉人伝を書くことに否定的だった記者も、賄賂を一切、受け取らず、オルドスへ流入し、窮迫する移民労働者たちにも援助を惜しまなかったハオ・ワンチョンという人物に魅かれていく。 

映画の中では、ハオ・ワンチョンが新米警官時代に遭遇した親子三人が惨殺された事件が、トラウマのように何度もフラッシュ・バックされる。彼が関わった中で、唯一、未解決のままになったこの謎めいた事件の描写は、不穏な、おぞましいサイコ・サスペンスを見ているようなリアルさで圧倒される。別の殺人事件の犯人を辺境にある実家捕まえるくだりも緊迫感にあふれ、ニン・インは極上のクライム・ムーヴィーも撮れるのではないかと思った。

『オルドス警察日記』は、未曽有の消費社会に変貌を遂げる一方で、急速に階層化が進む経済大国中国の現実を、辺境の町のクロニクルを通して逆照射するドラマだが、ニン・インは、家族を顧みない常軌を逸したワーカホリックであり、なおかつ武骨な人情家でもある主人公をヒロイックに礼讃もせず、一定の距離をもって見つめている。主人公の設定も含め、下町の警官の日常を描いた、初期の『スケッチ・オブ・Peking』(96)の作風に回帰したようにも思えた。

 

 それにしても、ニン・インといえば、やはり、八年前に見た『無窮動』(05)の印象が未だに強烈である。なぜ、あの傑作が日本で一般公開されなかったのだろうか。

 

 私は、東京フィルメックスでニン・イン監督が来日した時に、『文學界』2006年3月号でロング・インタビューをしている。その時の発言を思い出しながら、彼女のキャリアを素描してみたい。

 

ニン・インは一九七八年に北京電影学院に入学、同期には〈中国第五世代〉と呼ばれるチェン・カイコー、チャン・イーモウがいるが、年齢的に彼らよりはるかに若い。

その後、イタリアのローマ実験映画センター(チェントロ)に留学し、ベルナルド・ベルトルッチの『ラスト・エンペラー』に助監督として就いた経験が彼女を大きく変貌させる。ちょうど、かつて一九五〇年代にチェントロで学び、デビュー作『くちづけ』(58)で閉塞した日本映画界に新風を吹き込んだ増村保造のように、ニン・インの処女作『北京好日』(93)も清新な中国映画の台頭を予感させた。

最初の二本は、ロベルト・ロッセリーニのネオ・レアリズムを想起させる堅牢なタッチだった。しかし、第二回東京フィルメックスで上映された『アイラブ北京』(00)は、北京市内を周遊するタクシー運転手の視線を通して、急激な経済成長によって享楽的な消費社会へと変貌した北京の街が、バロック的な感覚でとらえられ、フェリーニの『甘い生活』を彷彿させた。

 

そして、『無窮動』は、リアリズム的な手法、演出スタイルをかなぐりすて、舞台劇を思わせる趣向で、現代北京のグロテスクな断面に鋭いメスを入れる。

主人公の女は、旧正月のお祝いを口実に、夫宛てに卑猥なメールを送ってきた夫の浮気相手を探すために、三人の女友達を自宅に呼び寄せる。不動産、芸術、出版、芸能界の各分野で成功を収めた彼女たちは、あけすけな男性体験の告白など他愛ないお喋りに終始するが、次第に、文化大革命の時代の悲痛な記憶、それぞれが心の奥底に抱えていた癒しがたい想念を吐露し始める。

主演しているのはすべて素人で、実際に中国の政財、文化界で成功を収めた女性たちであり、そのリアルさはなまなかではない。とりわけ、露骨な下ネタ、エロティックなダイアローグの応酬には、思わず腰が引けてしまうほどだ。鶏の足をむさぼり食らう彼女たちの口唇を超クローズアップで延々と映し出すシーンなどはあからさまな性行為のメタファーといった感じで、マルコ・フェレーリの傑作『最後の晩餐』をすぐさま思い起こさせる。

そのことを指摘すると、ニン・インもわが意を得たりとばかりに、あの食事のシーンは『最後の晩餐』を強く意識し、思い切り誇張して撮ったと嬉しそうに語っていた。

上映後のティーチ・インで、客席にいらした野上照代さんが立ち上がり、「この映画は、女性の本性は食欲と性欲の二つだということをズバリと描いていて、素晴らしい!」と感想を述べるや、壇上でニン・インも哄笑しながら、肯いていた光景が思い出される。

私も、この『無窮動』でニン・イン監督の官能的な資質が初めてあらわになったのではないかと問いただすと、次のような答えが返ってきた。

「たしかに、私は、これまで老人や若い警察官などを描いてきましたが、生身の私とはかけ離れたテーマばかりでしたので、私自身の内なる欲望は隠しおおせていたように思います。それが、この映画では、それまで我慢し、抑制してものが一挙にあらわになってしまいました(笑)」

 

『無窮動』は、一夜が明け、早朝、無人の高速道路を女たちが黙々と歩いている光景で唐突に終わる。「赤い貴族」と呼ばれる高級幹部の娘であり、表面的には成功したようにみえる彼女たちの内面に巣食う空虚さや喪失感があざやかに浮かび上がってくる。まるで、イタリアの高度経済成長下において澄明なニヒリズムを追求した『情事』や『太陽はひとりぼっち』のアントニオーニを見ているようであった。

 

このように、ニン・インの映画は、いつも最良のイタリア映画の匂いを濃厚に感じさせるのだが、『無窮動』については、ヒロインが住んでいる邸宅が、四合院と呼ばれる鄙びた伝統的な住宅であり、年老いたお手伝いの視点で描かれているため、私は成瀬巳喜男の『流れる』に似ているように思えた。

格式をもった花柳界の芸者屋を舞台に、そこに住み込んだお手伝いさんの視点で、古き良き世界が崩壊していくさまを描いた名作『流れる』を見たことがあるかどうか、と尋ねると、ニン・インは、「成瀬巳喜男のDVDは何本か持っていますが、まだ見ていません。さっそく、『流れる』という作品を見なければいけませんね」と答えてくれた。

その後、はたして、ニン・インは『流れる』を見たのだろうか。


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ニン・イン監督『オルドス警察日記』(c Inner Mongolia Blue Hometown Production Co., Ltd

 

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ニン・イン監督

『別冊シティロード』を読んで思い出したこと

 先日、本棚を整理していたら、『別冊シティロード/もうひとつの80年代を読む!』が出てきた。奥付には1981年6月とあるから、30十年以上前の刊行物だが、目次を眺めると、当時の映画、ロック、演劇状況が活写されており、時代の勢いを感じさせる固有名詞が散見し、しばし感慨にふけってしまった。

 

一九七〇年代から九〇年代にかけて、東京の情報誌は『ぴあ』と『シティロード』の二誌が覇権争いを演じていた。部数では膨大な情報を並列した『ぴあ』が圧倒的に優勢だったが、『シティロード』は映画評論家による星採りを含め、批評性を重視したマニアックなコラムが充実しており、クセの強いマイナー好みの映画ファンは、間違いなく、『シティロード』を買っていた。

私が宇田川幸洋の第一評論集『無限地帯』(ワイズ出版)を編集した時にも、『シティロード』の「スクリーンのしみ」という宇田川さんの傑作コラムからずいぶん採録させてもらったが、そのクオリティの高さは尋常ではなかった。

 

『別冊シティロード/もうひとつの80年代を読む!』は、まさに、『シティロード』の持っていたジャーナリスティックな批評性が凝縮したような一冊だった。

たとえば、四方田犬彦、西嶋憲生、武田潔の座談会「アメリカ映画だけじゃない!今、刺戟的な映画の世界マップ」では、エリック・ロメールとジャック・リヴェットの映画が一本も公開されていない現状に三人が憤慨している。ロメールの『海辺のポーリーヌ』が初めて日本で封切られたのは、この四年後のことで、まさにミニシアター・ブーム前夜の時代なのだ。

 

激突対談と銘打った蓮實重彦と松田政男の「日本映画の転形期をめぐって 80年代、ニューウェイヴへの期待と危惧」でも、『翔んだカップル』『狂い咲きサンダーロード』『純』『泥の河』『十九歳の地図』『オレンジロード急行』といった当時、デビューしたばかりの新人監督の作品から、『アナザ・サイド』『風たちの午後』『しがらみ学園』『MOMENT』などの八ミリの自主映画が俎上にのせられている。

蓮實重彦が、『翔んだカップル』の相米慎二のワンシーン・ワンショットを必ずしも評価していなかったりするのも興味深いが、当時の自主映画の世界では、山川直人が意想外に評価が高かったことなどが思い出される。

 

「80年代の映画作家10傑」という小特集ではファスビンダーからキン・フーまで、当時、日本でほとんど正式公開されていなかった10人の映画監督を若手批評家が熱く論じている。そのなかでは、滝本誠というまったく未知の名前の書き手による「ニコラス・ローグ」論を読んで、いささかコーフンを禁じ得なかった。

ちょうど、ニコラス・ローグの『ジェラシー』が公開される直前で、当時、すでに『美しき冒険旅行』と『地球に落ちてきた男』に魅了され、いっぱしのニコラス・ローグ・フリークを気取っていた私は、ロンドンで『ドント・ルック・ナウ』というローグの未公開作を見たという、この人物に猛烈な嫉妬を覚えたのである。

 

その直後、当時、『スターログ』編集部にいた私は、フランス映画社に顔を出すと、宣伝部の松岡葉子さんから、滝本誠さんを紹介された。当時、滝本さんは、マガジンハウスの『クロワッサン』編集部にいたはずだが、いきなり、開口一番、ニコラス・ローグ談義にふけってしまったことを憶えている。

実は、その夜、当時、渋谷にあった川喜多和子さんの自宅で、大森さわこさんがアメリカで買って来た『ドント・ルック・ナウ』のビデオを見る会があったのだ。10数人が集まり、酒を飲んでわいわい言いながら見た記憶があるが、当時は、ビデオレンタル店もなく、ビデオのソフト自体が高価で入手困難な時代だったために、映画マニアの間では、こんな上映会がたびたび開かれていたのである。

この時に見た『ドント・ルック・ナウ』は、まさに衝撃的だったが、シネマすくうぇあ東急のこけら落しである『ジェラシー』がヒットしたため、その後まもなく、同じヘラルド・エースの配給で『赤い影』の題で公開されたのは周知の通りである。

 

 しばらくして、やはり、フランス映画社で、松岡葉子さんから、『もうひとつの80年代を読む!』を編集した瀬下幹夫さんを紹介された。私は大絶賛したが、この別冊は思ったほど売れず、その責任をとらされたのかどうか、瀬下さんは間もなく、『シティロード』編集部を辞めてしまった。

 この別冊で自主映画を担当していた小出幸子さんが『シティロード』本誌の編集長になったのは、一九九〇年前後だったろうか。

 小出さんは、『あの夏、いちばん静かな海』の公開時に、北野武と中上健次の対談(これはとても読みごたえがあったと記憶する)を企画したり、荒井晴彦、石井隆、武田花さんの日記を連載するなどシャープで意欲的な誌面づくりを見せたが、版元のエコー企画が経営危機に見舞われ、九三年の夏に『シティロード』は休刊に追い込まれた。

 

 あの夏のことがひと際、記憶に鮮明なのは、ほぼ同じ時期に、私が編集長をしていたビデオ業界誌『A?ストア』も、版元が倒れ、休刊になってしまったからである。

 

 その直後、小出さんから、九州の福岡でタウン誌をつくっている西アドという会社がスポンサーとして名乗りを上げ、『シティロード』の復刊が決まったので、編集を手伝ってほしいという連絡があった。復刊当初の『シティロード』は、ほぼ以前と同じクオリティを維持し、私も映画評やインタビュー記事をずいぶん手がけた。新会社は、雑誌以外で、単行本のセクションも充実させたいという意向があり、私が書籍編集者として入社するという話も出て、西アドの社長に単行本の企画案を打診したこともあった。

 

 しかし、この西アドの社長がとんでもないクワセ者で、復刊数号目にして、小出さんほか編集部員を全員クビにする暴挙に出た。そして、おきまりの労働争議が起き、その後、『シティロード』はまったくオリジナリティのかけらもないデータの羅列だけの情報誌となり、まもなく廃刊となった。

 

 十年ぐらい前だったろうか、『スタジオ・ボイス』の雑誌特集で、「現役編集者が選ぶ、今、復刊してほしい雑誌ベスト・テン」という企画があり、一位に『シティロード』が選ばれていた。そのほか、テンには『月刊イメージフォーラム』とSFビジュアル誌『スターログ』が入っていた。廃刊した三つの雑誌に関わりがあったのは皮肉というべきか。私が、時おり、〈呪われた編集者〉などと揶揄されるのは、そのせいなのかもしれない。

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著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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