武田百合子の映画エッセイについて - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
武田百合子の映画エッセイについて

あれは、一九八〇年代の始め頃だったと思う。新宿で飲んでいて終電もなくなり、かなり酔った私は、ゴールデン街の「ラ・ジュテ」の階段を上がっていった。ふらふらとでカウンターに坐ると、隣には妙齢の美しい女性がひとりいて、ママの知代さんとなにやら話している。美貌に似合わず、脳天に突き抜けるような甲高い声が印象的で、その会話の断片から、どうやら渡辺兼人さんの写真展『既視の街』のオープニングの帰りらしいことはわかった。朦朧とした状態で、「兼人さんは私も知っていますけど、彼の写真はいいですよね」などと話に割って入り、しばらく悦に入って喋っているうちに、その女性は、「ガハハ」と大声で笑いながら、「ところであんた、誰?」とまじまじと私の顔を見た。

 

その時、私もやっと目の前にいるサングラスをしたその眼の大きい女性が、武田百合子さんであることに気づいたのだ。

すでに、『富士日記』と『犬が星見た―ロシア紀行』を読んではいたから、何やら、一気に、本の感想やら、武田泰淳の『富士』がいかにすごいかとか興奮気味にまくし立ててしまったことを覚えている。酔っていたとはいえ、この畏怖すべき女性と、束の間でも歓談できたことは、私のささやかな至福の記憶となっている。

 

その十年後ぐらいに、『A?ストア』で武田花さんに原稿を頼んで以来、親しくなり、酒席をともにする機会が増えた。ある時、その夜の「ラ・ジュテ」の出来事を話すと、私はまったく覚えていないのだが、花さんは、隣のテーブル席で完全に酔いつぶれて寝ていたのだという。

 

エッセイストというか作家、武田百合子さんの絶大なる人気というのは、没後二十年近くたってもまったく衰えることがない。金井美恵子、川上弘美、小川洋子といった錚々たる作家からのリスペクトもさることながら、今では、夫たる武田泰淳よりも声名を集めているといえるかもしれない。

しかし、武田泰淳の最晩年の著作『上海の螢』『めまいのする散歩』が、百合子さんの口述筆記によって、ひと際、味わい深いものになっていることは、特筆しておかなければならないだろう。

 

なかでも、私は『遊覧日記』(ちくま文庫)、『日々雑記』(中公文庫)に現れる映画に関する記述に心ひかれる。

たとえば『日々雑記』には、池袋の文芸坐地下劇場の「推理映画シリーズ 松本清張大会」に通い詰めた日々のことが書かれている。

ある日、『砂の器』の途中で、トイレに立った百合子さんが、ついでに売店で食べ物を物色していると、カメノコ半纏で赤ん坊を背負い、ゴム長靴をはいた小柄のおじさんが寄ってきて、「おねえさん、早く入らなくちゃ。これから丹波哲郎がしゃべるところがはじまるとこだから、急いで入らなきゃ」と教えてくれる光景の絶妙なおかしさはどうだろう。

 

休館する前の文芸坐地下劇場のあの独特のくすんだ雰囲気をこれほど見事にとらえた文章を、私はほかに知らない。

 

『日々雑記』には、花さんと厚生年金の裏手にあったアートシアター新宿で『フリークス』を見に行った際、「角刈り頭の御所人形みたいにつやつやした顏」で紺青色の運動着の上下を着たサンダル履きの男が、上映前の口上をはじめるスケッチがある。

「『フリークス』と併映のアメリカのミュージカルものは、マザコン故に五度も結婚した男が作ったのです、整然とした振付は軍隊の行進を真似て作ったのです、と静かな口調で簡潔な説明を加える。映画のことを話しだした途端に、本当の知識人、学究の人、といった雰囲気の口のきき方になった。……佐藤重臣のような人のことを<映画の子>というのだろう。」

 

 もうひとりの「映画の子」である小川徹から電話がかかってきて、百合子さんは、『映画芸術』の仕事を手伝う。その後、新橋の「敗戦後の外食券食堂のような店で一人前五百円のすきやき」を御馳走になる件は、次のように描かれている。

「O氏は、<人間ちゃんとしっかり食べとかなくちゃ>をくり返し、ひっきりなしに鍋の中かきまわしては、黒くなるほど煮え震えている肉を、自分の分までせっせとくれたり、嗄がれ声を張り上げて卵のお代わりを頼んでくれたりするので、私は十二分のもてなしをうけているなと、満足した。……御馳走さまでした、と立ち上がり、二足三足歩きだすと、相当大きな平べったい物体が倒れる音が背後でした。ビニールの丸椅子もろとも、O氏が仰向けに床に転がっていた。一瞬、ああ、こうしてOさんは死んでしまうのだ、と思った。」

 

一九六〇年代末期のアングラ文化を謳歌した『映画評論』の佐藤重臣、そして<裏目読み批評>で一時代を劃した『映画芸術』の小川徹というふたりの伝説の編集者については、これまで、さまざまな人たちが論評しているが、私は、『日々雑記』に収められた、このふたつのポルトレほどユーモラスで、美しく、哀切で、胸を打つものはほかにないと思っている。

 

 熱狂的なファンは、すでに知っていると思うが、武田百合子さんには、膨大な数の単行本未収録のエッセイが残されている。天衣無縫などと称されるが、実は細心周到な物書きであった百合子さんは、生前、雑誌掲載時の原稿については単行本に収録する際に厳密な加筆、訂正を施し、完璧を期す作業を怠りはしなかった。

 

 したがって、本人の推敲を経ていない原稿に関しては、単行本化できないということになっているのだ。

 

 私が、以前から、気になっているのは、一九八〇年代のはじめ頃に『話の特集』に連載されていた「テレビ日記」と、文芸誌『海』で連載されていた「映画館」というエッセイである。

 

「テレビ日記」は、私は、まったく読んだ記憶がなく、なんとなく森茉莉の『ドッキリチャンネル』のようなものを想像している。

「映画館」は、『二百三高地』『氷壁の女』『フィッツカラルド』、文芸坐の「陽の当たらない名画祭」で見た『ストレイト・タイム』『ボーダー』の二本立てなど、実にバラエティに富んでいる。

なかでも、浅草の東京クラブで見た『ファイヤー・フォックス』『アニマル・ラブ』『殺しのドレス』の三本立ては、映画のみならず、とくに『アニマル・ラブ』を見ながらの観客の反応をヴィヴィッドに再現する筆致が、爆笑ものだ。

百合子さんは東京クラブを出て、仁丹搭近くのお好み焼き屋に入り、そこで見かけた高校生カップルをさりげなくスケッチしてふいに終わる。

 

<映画>と<生活>がそのまま地続きであるような、この素晴しい連載エッセイをいずれ、本で読んでみたいものだ。そういえば、昭和モダニズム建築の粋と称された浅草の東京クラブという名画座を知っている世代は、もはや少数派ではないだろうか。

『遊覧日記』には、このモスラの形状を思わせる東京クラブを背後から撮った武田花さんの写真が収められている。

 

 日々雑記.jpg

 武田百合子『日々雑記』(中公文庫)

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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