プレストン・スタージェス再考 - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
プレストン・スタージェス再考

 以前、紹介した日本スカイウェイの「巨匠たちのハリウッド」シリーズから、「プレストン・スタージェス傑作選」DVD―BOXが発売される。

『偉大なるマッギンティ』(40)『凱旋の英雄』(44)『崇高なとき』(44)というあまりにもシブい三本セットだ。

今や、プレストン・スタージェスの映画は『レディ・イヴ』(41)『サリヴァンの旅』(42)、そして『モーガンズ・クリークの奇跡』(44)までがワンコインDVDで見られる。なんとも便利な時代になったものだと思う。

 

 プレストン・スタージェスという映画作家をめぐっては、さまざまな思い出がある。

あれは、亡くなる数か月前だから、一九九三年の初めごろだったと思うが、突然、川喜多和子さんから電話がかかってきた。

「河原畑寧さんから聞いたんだけど、高崎さん、プレストン・スタージェスの輸入ビデオをいっぱい持ってんだって? 今、うちでやってるハル・ハートリーが大好きらしいんだけど、私、一本も見てないのよ。今度、貸してね」

 当時、アメリカでは一九三〇?四〇年代の古いロマンティック・コメディが低価格ビデオで出始めていて、私は仕事で渡米した際に、スタージェスのビデオをまとめて買ったりしていたのだ。

 

 川喜多和子さんが、プレストン・スタージェスの映画を見ていないのは、意外だったが、スタージェスの映画は、日本では、敗戦直後の占領下に『結婚五年目』(42、『パーム・ビーチ・ストーリー』)と『殺人幻想曲』(48)の二本しか封切られなかったから、昭和十五年生れの彼女が見ていないのは無理もないかなと思った。

 

 私見では、プレストン・スタージェスの映画にもっとも熱狂したのは、昭和七年から十年ぐらいに生まれて、ティーンエイジャーだった占領下時代にアメリカ映画を狂ったように見た世代にほぼ限定されている。つまり、小林信彦、三谷礼二、蓮實重彦さんといった方々である。

 

 私がプレストン・スタージェスの名前を初めて知ったのも、高校時代に読んだ小林信彦さんの『笑う男・道化の現代史』に収められた「アメリカ的喜劇の構造――非常識な状況の笑い」というエッセイからである。以来、私は、このアンチ・キャプラと称された伝説のアメリカの喜劇映画監督のことが気になってしかたがなかった。

 

 たとえば、その頃に読んだジャック・ケルアックの『路上』には、『サリヴァンの旅』の魅力的な名シーンの言及があるし、サンリオSF文庫から出ていたゴア・ヴィダルのハリウッドの内幕を描いた怪作『マイロン』(『マイラ』の続編)にもプレストン・スタージェスとおぼしき人物が登場していた。

 漠然と、アメリカの戦後文学の鬼才たちにとっても、プレストン・スタージェスという映画作家は、半ば、伝説のような存在なのではないかと思った。

 

 決定的だったのは、古本屋で見つけたドナルド・リチーの『現代アメリカ芸術論』(早川書房)だった。この一九五〇年に刊行されたアメリカ文化啓蒙書の中で、リチーは「プレストン・スタージェスの映画は、現在、製作される最上の喜劇であるばかりでなく、それは、また、社会批判としても最上の作品である。……もしもアメリカ映画に輝かしい希望があるとすれば、それはプレストン・スタージェス、アルフレッド・ヒッチコック、ジョン・フォードだ」とまで絶賛していたのだ。

 

 そんなこんなで、一九八五年、私は『月刊イメージフォーラム』でプレストン・スタージェスのささやかな特集を組んだ。マニー・ファーバーの「プレストン・スタージェス・ハリウッドの成功神話」という高名な論文の翻訳を掲載し、三谷礼二さんに「P・S、アイ・ラブ・ユー」という美しいプレストン・スタージェスへのオマージュを書いてもらった。三谷さんは、まさに、占領下で見ることができなかった幻のアメリカ映画の代表としてスタージェスの映画を挙げ、アメリカで一度だけ、テレビで見た『サリヴァンの旅』の感動を、あたかも、昨日見たかのように、ディテール豊かに回想していて、深い感銘を受けた。

 

この特集の時、私は、無謀にも、小林信彦さんにプレストン・スタージェスの評伝を書いてくれないかと依頼している。初めてにもかかわらず、小林さんとは延々と長電話で話したが、結局、手許にプレストン・スタージェスに関する資料が少ないのと、日本未公開の作品の大半を見ていないという理由で断られてしまった。小林さんは、当時、アメリカにいる友人に頼んで、テレビ放映されたスタージェスの映画を録画してもらっていると話していたのを覚えている。

しかし、このスタージェス特集はまったくといってよいほど反響がなかった。当時、日本でも恐らく海外でもプレストン・スタージェスは忘れられていた存在だったのである。

 

時はめぐって、川喜多和子さんが急逝した直後、当時、「エルンスト・ルビッチ生誕100年祭」を成功させたプレノン・アッシュの城戸俊治さんから「いよいよ、プレストン・スタージェスをやりたいので、作品選びに協力してほしい」という電話があった。

 

私は、この夢のようなプレノン・アッシュの暴挙(?)にすっかり狂喜してしまい、まず、『モーガンズ・クリークの奇跡』『凱旋の英雄』のようなカゲキすぎるクレイジーな作品は、あえてはずし、結局、正統派というか模範的というか、『サリヴァンの旅』『レディ・イヴ』『パーム・ビーチ・ストーリー』(旧題『結婚五年目』)の三本をピックアップした。

 

さらに、キネマ旬報に企画を持ち込み、封切りに間に合うように、ドナルド・スポトーの評伝『プレストン・スタージェス――ハリウッドの黄金時代が生んだ天才児』(森本努訳)を編集したりもした。実は、翻訳に着手した頃に、ダイアン・ジェイコブスの『七月のクリスマス――プレストン・スタージェスの生涯と芸術』という決定版の評伝を入手したのだが、もはや、手遅れだった。ドナルド・スポトーは、スタージェスの女性関係を異様なまでにゴシップ的に探索するいっぽうで、『レディ・イヴ』を失敗作と断じるような致命的な映画オンチぶりを自ら暴露しているので、ちょっと問題がある評伝なのだ。

 

プレノン・アッシュは連続して『アメリカン・ドリーマー』というスタージェスのドキュメンタリーをレイトショーで公開するなど頑張ってくれたが、「プレストン・スタージェス祭」と銘打たれた特集は一部では話題になったものの、大ヒットとは言い難く、後が続かなかった。

当時、プレノン・アッシュの城戸俊治さん、篠原弘子さんと、よく、これが成功したら、「スクリュウボール・コメディ映画祭」をやりたいね、などと話し合っていたものだったが。

 

今回、DVD化された『凱旋の英雄』は、実は、その特集でやろうと思っていた極め付きの一本であった。

『凱旋の英雄』は、花粉症のために海軍に入隊できなかったエディ・ブラッケンが酒場の給仕に身をやつしており、たまたま知り合った軍人たちが制服と勲章を貸してくれて、彼らと共に故郷の町に凱旋するや、エディは英雄と祭り上げられ、次期町長に推薦されてしまう、というあまりに不謹慎でブラックなコメディである。

 この映画は、アメリカの幾つかの州で上映禁止となったが、フランク・キャプラが戦意高揚のプロパガンダ映画をつくっていた戦時下で、こんなアイロニカルで辛辣な諷刺喜劇を撮っていたプレストン・スタージェスは、やはり、特異な映画作家というほかない。

 占領下政策として、戦争中につくられた全盛期のプレストン・スタージェスの傑作が日本で公開されなかったのは、故なきことではないのだと思う。

 

私は、フランク・ダラボンの『マジェスティック』(01)とクリント・イーストウッドの『父親たちの星条旗』(06)を見ていて、主人公が田舎の町に列車で凱旋するシーンが、『凱旋の英雄』の同工の場面をカット割りまでほぼそっくりに再現しているのに気づいて、驚いた記憶がある。

 

アメリカのダークサイドを乾いたタッチで笑殺するプレストン・スタージェスの喜劇は、決して甘やかなノスタルジアの対象ではなく、つねにみずみずしい、謎めいた魅力を放っている。

 

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『プレストン・スタージェス傑作選』DVD?BOX(日本スカイウェイ)

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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