バザン、ウォーショウ、そして西部劇 - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
バザン、ウォーショウ、そして西部劇

 時おり、無性に西部劇が見たくなることがある。手もとにこれという作品がなかったので、アマゾンでチェックしたところ、なんとバッド・ベティカーの『七人の無頼漢』(56)の輸入版DVDが七百円ぐらいで売っているではないか。さっそく注文して見てみたが、噂にたがわぬ素晴らしさだった。

 

バッド・ベティカーの『七人の無頼漢』という西部劇が神話的な輝きを帯びて語られるのは、むろん、アンドレ・バザンが『映画とか何か? その社会学的考察』(小海永二訳・美術出版社)の西部劇論の中で「模範的西部劇『七人の無頼漢』」という一章を割いて詳細に論じているからである。

バザンは次のように書いている。

「『七人の無頼漢』に感心したからといって、わたしは、バッド・ベティカーが最も偉大な西部劇監督だと――その仮説を完全には否定しないが――結論しているわけではなく、ただ、この映画はわたしが戦後見た中で恐らく最もすぐれた西部劇だと、結論しているにすぎない。この作品に匹敵しうるのは、ただ『裸の拍車』と『捜索者』とだけだ」

 

 このバザンの有名な一節を呪文のように唱えながら、『七人の無頼漢』は、ずっと、長い間、見てみたいと思っていた<幻の西部劇>だったのだ。バッド・ベティカーについては、三十年ぐらい前、テレビで放映された『決闘コマンチ砦』(60)を見て、深い感銘を受けたことがある。

ちょうど、その頃、『月刊イメージフォーラム』で「ハリウッドの神話学」という特集を組んだ際に、当時、ヘラルド・エースでニコラス・ローグの『ジェラシー』『赤い影』の宣伝をやっていた寺尾次郎さんのアイディアで、『カイエ・デュ・シネマ』のバッド・ベティカー・インタビューを翻訳してもらい、掲載したことも懐かしく思い出される。

 

 たとえば、アンドレ・バザンは、<超西部劇>という概念を生み出し、<自らが西部劇にすぎないことを恥じ、美学的、社会的、道徳的、心理的、政治的な、また、エロチシズムの次元での補足的な興味によって、要するに、このジャンルの映画に固有のものではないが、それを豊かにするように思われる何らかの価値によって、自己を正当化しようと努力している西部劇>と定義づけ、その典型として、『真昼の決闘』と『シェーン』を挙げている。

 

バザンの影響を受けた批評家時代のジャン=リュック・ゴダールがアンソニー・マンの『西部の人』を論じた「超人(スーパー)・マン」というエッセイも、「おそらく西部劇には三種類しかない」それは「イメージによる西部劇、思想による西部劇、イメージと思想による西部劇だ」といった爽快な独断が小気味よいが、こういう幅広い視野と深い射程をもったユニークな西部劇論は、日本では、なかなかお目にかかることがない。

 

では、本国アメリカではどうなのかといえば、バザン、ゴダール以前に、まさに「西部の人」という独創的な西部劇論を書いたロバート・ウォーショウという映画批評家がいたのだ。

 

一九六三年一月号の『映画評論』に植草甚一の「ロバート・ワーショーの西部劇論――むこうの批評を読むということ・5」というエッセイが載っている。恐らく『植草甚一スクラップ・ブック』シリーズにも収められていないこの地味な文章がずっと気になっていたのだが、植草甚一は、次のように書いている。

「……そしてこのときまた頭に浮かんできたのがロバート・ワーショーというアメリカのすぐれた映画批評家が一九五四年三・四月号に「パーティザン・レビュー」誌に発表した『西部の人』という西部劇論であった。これほどピンときた西部劇論は、ぼくの読書範囲のなかでは、かつていちどもなかったのである。ワーショーはジェイムズ・エイジーとともに戦後の映画批評家のなかでは群をぬいた存在であったが、一九五五年の三月に三十七歳で死んでしまった。それから七年たった一九六二年の春に、彼の評論がまとめられ、ライオネル・トリリングの序文つきで『直接的経験』と題して出版された。……とにかく、ワーショーの西部劇論を八年まえに読んだ時は、ちょっと唸ったが、いまでも面白いので、ここで取りあげたくなった」

 

 続いて、「ギャング映画と西部劇は、アメリカ映画のなかで、もっとも成功した特殊なタイプのものであり、ガンをもった人間が登場し、これらの人間の肉体的な一部となったガンと、ガンを使うときの身構えが、視覚上の中心となり、またエモーションをあたえる原動力となる点で、ふたつのタイプは共通しあっている」という印象的な冒頭から入っていき、「西部の男に見られるメランコリーは、人生はイバラの道をゆくようなものだという認識から発生してくるし、その孤独な生きかたは、ギャングのように環境によって左右されるものでなく、完全なものでありたいとねがう生まれつきの体質から来るものなのだ」という意想外な指摘がなされる。

 

さらに、「馬が走る荒野のなかで、ガンが視覚化されたモラルの核心となり、暴力の可能性をはらみながら物語が展開していく。だが、ここで気がつくことは、荒野にも、走る馬にもモラルがあるということだ。このことは西部劇が発展するにしたがい複雑なかたちをとるようになるが、要するに<開かれた世界>であることを、このような風景が語りはじめる」

 

 こんな調子で、創意あふれる知見をおりまぜながら、西部劇独特の魅力が悠然たるトーンで語られていくのだが、まったく、見事なものである。

 アメリカには、ヴァルター・ベンヤミンやジョージ・オーウェルの衣鉢を継ぐように、映画のようなポピュラー・カルチャーを、深い含蓄と愛情、傑出した才筆によって、つまり、ノーマン・ポドレッツのいう<芸術しての論文記事>に仕立て上げるジャーナリスティックな才能の系譜がある。

 

私は、漠然と、一九七一年に翻訳が出たスーザン・ソンタグの『反解釈』(竹内書店)あたりが、その先駆だと、ずっと長い間、思い込んでいたのだが、彼女のいわゆる<キャンプ的感受性>を秘めたエッセイは、映画批評の分野では、すでに一九五〇年代において三人の批評家によって実現されていたのだ。

それは、『エイジー・オン・フィルム』のジェイムズ・エイジーであり、のちに『否定的空間(ネガティブ・スペース)』をまとめるマニー・ファーバーであり、そして『直接的経験』を書いたロバート・ウォーショウなのだ。

『直接的経験』のなかで、ロバート・ウォーショウは、幾度か、T・S・エリオットの詩とハンフリー・ボガートのギャング映画を同時に、何の矛盾もなく愛することの意味を問うている。

 

一九五〇年代後半に、プレストン・スタージェス復権の論文「スタージェスの成功神話」を書いたマニー・ファーバーと同じ年に生まれ、サイレントコメディの偉大さを広く知らしめた傑作エッセイ『喜劇の黄金時代』を書いたジェイムズ・エイジーと同じ年に亡くなった、この夭折の映画批評家ロバート・ウォーショウの唯一の著作『直接的経験』を、日本でなんとか翻訳できないかと思う。

 

生硬で晦渋なアカデミックな理論書などよりも、エイジーやファーバー、ウォーショウの映画評論の古典的な名著を翻訳することこそ、今の疲弊した日本の映画ジャーナリズムにとって大きな刺戟となるはずである。 

 

 

 

 高崎12051.jpg

アンドレ・バザンが戦後最高の西部劇と絶賛したバッド・ベティカーの『七人の無頼漢』

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
バックナンバー
検索