映画作家としてのアイダ・ルピノ - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
映画作家としてのアイダ・ルピノ

 もう、十数年前になるだろうか。神田神保町の映画古書の老舗・矢口書店が店内改装かなにかで一時、仮店舗を構え、大々的な洋書のバーゲンセールをやったことがある。

 その時に、珍しい映画本を何冊かまとめて買った。その中には、後に清流出版から刊行したジョン・ヒューストンの傑作自伝『アン・オープンブック』があった。

そのほかに、ジェームズ・メイスンの自伝『ビフォア・アイ・フォーゲット』、ヴィンセント・ミネリの自伝『アイ・リメンバー・イット・ウェル』、ハリウッド・プロフェッショナルズ・シリーズの『トッド・ブラウニング/ドン・シーゲル』といった掘り出し物があり、そのなかで、ちょっと目を惹いたのが、ピラミッド・ブックのスター評伝シリーズの一冊『アイダ・ルピノ』である。

 

 アイダ・ルピノといえば、私の世代では何といっても、サム・ペキンパーの『ジュニア・ボナー/華麗なる挑戦』(72)での、時代遅れのロデオ乗りスティーブ・マックィーンの気丈な母親役が印象深い。そして、一九八八年だったか、ハンフリー・ボガート映画祭が開催され、半世紀も遅れて初めて劇場公開されたラオール・ウォルシュの伝説的な名画『ハイ・シエラ』(41)を見て、絶頂期のアイダ・ルピノの美しさ、神話的な輝きに絶句してしまったことをよく憶えている。

 

『アイダ・ルピノ』を読んでいて、この女優が一九四〇年代の終わりからハリウッドでは例外的な女流映画監督として活躍し、とくにフィルム・ノワールの分野において傑出した才能を発揮したことを知った。

 

 数年前、WOWOWで、山田宏一さんの監修で、<美女と犯罪>というフィルム・ノワール特集が組まれ、『深夜の歌声』(48)という映画が放映されたことがある。未公開のフィルム・ノワールで、監督はジーン・ネグレスコ。コーネル・ワイルドとリチャード・ウィドマークから愛される場末の酒場の歌手でアイダ・ルピノが出てくるのだが、彼女が酒の入ったグラスを脇において、煙草をくゆらせながら、ピアノの弾き語りで「アゲイン」を歌い出した時には、心底、驚いた。このライオネル・ニューマン作曲のスタンダード・ナンバーは、ジャズファンの間では『ロードハウス』という映画で使われたことは有名だったが、まさか、『深夜の歌声』が『ロードハウス』だったとは! 

 

 この映画で、アイダ・ルピノは、「アゲイン」を、独特の掠れたハスキー・ヴォイスで、スローなテンポで情感たっぷりに歌っている。彼女は、この後の場面でも、フランク・シナトラの絶唱で知られるジョニー・マーサーの「ワン・フォー・マイ・ベイビー」まで歌うのだから、たまらない。

 

 やはり、同じ時期だったと思うが、新刊書店のワンコイン(五百円)DVDコーナーで、『二重結婚者』(53)という聞いたこともない題名の映画を見つけた。パッケージを眺めると、主演がアイダ・ルピノ、ジョーン・フォンティーン、エドモンド・オブライエン、そして監督がアイダ・ルピノとある。 

 

 さっそく購入して見て、驚いた。ちょっと類のない映画だったからだ。

主人公のハリー(エドモンド・オブライエン)は冷蔵庫のセールスマン。妻のイヴ(ジョーン・フォンティーン)はやり手のビジネス・パートナーで、結婚八年目になるも子供が出来ず、ふたりの間には微妙な間隙が生じている。ハリーはロサンゼルスに単身赴任中に、ハリウッド周遊バスの中でフィリス(アイダ・ルピノ)と出会う。

大都会の中で、言い知れぬ孤独を抱えた男と女がゆるやかに距離をつめていくさりげない描写が実に繊細で味わい深く、アイダ・ルピノは、初めて自分の監督作品で出演しているのだが、クリント・イーストウッドの遙かな先駆ともいうべき見事な演出である。

 

 ハリーの誕生日にふたりは結ばれ、やがてフィリスは妊娠する。いっぽう、イヴが家族の絆に目覚め、養子を取ることを決心したために、ハリーは、ぐずぐずと離婚を切り出せないでいるうちに、ふたつの家庭を持つ重婚者となっていた。映画は、しかし、この優柔不断を絵に描いたような男をあからさまに糾弾することはせずに、彼の行き場のない切羽詰まった苦悩を、当時の女性の社会進出という時代背景を見据えながら、的確に浮き彫りにしている。

それは、ちょうど、同じ時期に、ヨーロッパからの亡命者であるマックス・オフュルスが『無謀な瞬間』(49)や『魅せられて』(49)で、あるいは、ダグラス・サークが『天が許し給うすべて』(55)や『いつも明日がある』(55)で描いた、戦後アメリカの大きな価値転換の時代における女性の不安や深層心理を深く洞察したニューロティックな<女性映画>の系譜に位置づけられるだろう。 

 

 映画の中で、ハリーが、誕生日に、高級なナイト・クラブにフィリスを誘うくだりがある。そこのラウンジでピアノの弾き語りで登場するのが、なんとマット・デニスなのだ。名曲「エブリシング・ハップン・トゥ・ミー」や「エンジェル・アイズ」の作曲家でもあるマット・デニスは、チェット・ベイカーと並ぶ独特のヴェルヴェット・ヴォイスで一世を風靡したジャズ歌手で、当時、人気絶頂だったはずである。彼の甘く気怠そうな歌唱と、ふたりがダンスをしながら、頬を寄せ合い、親密に見つめ合うシーンが幾度かカットバックされるや、このほろ苦いメロドラマは豊潤な香りを放つ。 

 この忘れがたいシーンひとつをとってみても、アイダ・ルピノの演出力、音楽的センスが、いかにずば抜けたものであるかがわかる。

 

 映画は、まさに泥沼のような法廷劇と化そうとする瞬間、モラリッシュな告発のトーンを抑制させ、曖昧さを残したまま、唐突に終わりを迎える。

 

 重婚を描いたアメリカ映画というのは、トラジ・コミカルなタッチのアラン・ルドルフの『探偵より愛をこめて』(89)以外、思い浮かばないが、いずれにせよ、半世紀以上も前に、こんな先見的で特異なテーマを真摯に追求した女流映画監督がいたことは特筆されるべきだろう。

 

 アイダ・ルピノは、この他にも伝説的なフィルム・ノワール『ヒッチハイカー』(53)ほか七本の映画を監督している。ハリウッドの名花にして名監督アイダ・ルピノの作品がもっと見たい。

 

 

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ピラミッド・ブックの評伝シリーズの一冊『アイダ・ルピノ』

 

 

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500円のワンコインで見られるアイダ・ルピノ監督・主演の『二重結婚者』

 

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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