奥村昭夫、ゴダールに殉じたある映画的人生 - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
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奥村昭夫、ゴダールに殉じたある映画的人生

書店で、『ゴダール 映画史(全)』(ちくま学芸文庫)を見つけた。七百ページを超えるボリューム、二千三百円という価格に一瞬、たじろいでしまうが、ついに、あの二巻本のゴダールによる独断に満ちた映画史の講義録が文庫になったのかという感慨を抱いた。と同時に、カバーの見返りの訳者紹介を見ていて、奥村昭夫さんが昨年、亡くなっていたことを知り、とても驚いた。

 

 奥村昭夫という翻訳者の名前は、ジャン=リュック・ゴダールと切り離せない。私が初めて奥村さんの訳書を手にしたのは、『気狂いゴダール――ルポルタージュ・現場のゴダール』(ミシェル・ヴィアネイ・三一書房、1976)からだろうか。その後、奥村さんの訳編による大部の『ゴダールの全体像』(1979、三一書房)が出た。これは当時でも五千円以上はしたはずで、まったく手が出なかった。

 

奥村昭夫さんは、当時、すでに伝説の映画作家として知られていた。『世界に誇れる日本の芸術家555』(三上豊編・PHP新書)に西嶋憲生さんによる簡にして要を得た記述があるので、ここで少し引用しよう。

 

「奥村昭夫(おくむら・てるお)1943年福井生まれ。学生映画から登場し、60年代後半の自主映画・学生映画のなかで哲学的な映像作家として話題となった。東大仏文科在学中にサルトルの影響を受け、『アルトナの幽閉者』の舞台公演を企画するが実現せず、仲間とともにグループ「シネマ・ヴォワイアン」を結成、自主制作した16ミリ映画『猶予もしくは影を撫でる男』(67)が第一回草月実験映画祭の最優秀作品賞を受賞した。続く『三人でする接吻』(68)、さらに35ミリ映画として劇場で自主公開された『狂気が彷徨う』(70)と、いずれも時代状況を寓意的に批判・啓蒙するような映画であった。……」

 

 1970年代に自主上映会で、『狂気が彷徨う』を見たことがある。細部は忘れてしまったが、テナーサックスの高木元輝のドラムの豊住芳三郎という稀代のデュオによる先鋭的なフリージャズが全篇に鳴り響いていた記憶がある。

 そんな映画の印象もあり、奥村昭夫さんといえば、漠然と高邁で難解な理論武装をした気鋭の論客というイメージをずっと抱いていたのだが、80年代に『月刊イメージフォーラム』編集部に入って、何かの翻訳をお願いし、初めてお会いした時には、ほんとうに驚いた。

 まったくシャイで謙虚な方で、口数は少なく、どもりがちで、かぼそい声でぽつりぽつりと話すのだが、よく聞き取れないこともしばしばであった。傲慢不遜、狷介不羈な孤高の芸術家といった趣のゴダールとはまったく対照的な誠実さそのものの佇まいなので、かえって強烈に印象に残っている。

 

1982年に二巻本の『ゴダール/映画史』(筑摩書房)を出したあたりから、奥村さんの怒涛の翻訳ラッシュが始まる。「六本木シネ・ヴィヴァン」のパンフレットに連載され、後に大幅に加筆してまとめられた『作家主義――映画の父たちに聞く』(リブロポート、1985)は、フランソワ・トリュフォー、ジャック・リヴェット、ゴダールなどヌーヴェル・ヴァーグの映画作家たちが聞き手となり、ジャン・ルノワールやフリッツ・ラング、ヒッチコック、ロベール・ブレッソンといった映画史に屹立する大巨匠たちにインタビューしたもので、蓮實重彦・武満徹による批評対談と並んで、このミニシアターのパンフの名物でもあった。

 

文字通り、圧倒的だったのは、アラン・ベルガラ編による『ゴダール全評論・全発言』全三巻(筑摩書房)の翻訳で、ハードカバーで七百ページを超える三冊を揃えると優に二万円を超えてしまうのだが、奥村さんのゴダールの全軌跡を同時代的に併走し、完璧に日本語で再現しようとするそのラディカルな仕事ぶりは、まさに鬼気迫るものがあり、ほんとうに頭が下がった。

 

奥村さんの翻訳はその丁寧な訳文もさることながら、詳細をきわめた訳註が読みどころでもあった。疑問点を洗い出す姿勢は徹底しており、その分、膨大な時間を費やしたはずで、その苦労は並大抵ではなかったはずである。

さらに、この気の遠くなるような息の長い仕事をきちんと受け止める筑摩書房のような出版社が存在することも心強い。

 

そういえば、元筑摩書房の間宮幹彦さんから、ふたたび、奥村昭夫さんの翻訳による大部のゴダール本が出る予定だと伺ったことがあった。かつて季刊の映画誌『リュミエール』の編集実務を担当し、その後も「リュミエール叢書」で数々の名著を手がけた間宮さんは、私が最も尊敬する名編集者である。

吉本隆明、山口昌男、柄谷行人、蓮實重彦といったまったくタイプの異なるクセの強い思想家、批評家から絶大な信頼を得ている間宮さんのような傑出した編集者は、今の筑摩書房にはもはやいないと思われる。現に、近年、筑摩書房から刊行予定の蓮實重彦さんの畢生の大著『「ボヴァリー夫人」論』も『ジョン・フォード論』も間宮さんがフリーの立場で編集しているはずである。

 

ひさびさに、間宮さんにお電話をして、奥村昭夫さんが亡くなった経緯や、ゴダール本のことをお聞きしたら、すでに奥村さんの翻訳チェックは終わっていて、校正作業に入っているのだという。

その大著は、『ゴダール全評論・全発言』の編者でもあるアラン・ベルガラ編で、書名は『60年代ゴダール――神話と現場』、本文704ページ、モノクロ写真図版815点、カラー写真図版86点という豪華版である。間宮さんは、夏ごろには刊行できるのではないかとおっしゃっていた。

 

『60年代ゴダール』は、『勝手にしやがれ』から『ウィークエンド』まで、つまりゴダールの1960年代の長篇映画の公開時の批評、ルポルタージュ、インタビューなどを網羅した決定版で、ちょうど、山田宏一さんが一昨年刊行した『ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』(ワイズ出版)と対になるような本になりそうだ。

 

 間宮さんが、『ゴダール全発言・全評論』全三巻の編集をしていた頃、「奥村さんは数千枚の原稿用紙が入ったリュックサックを背負って、会社にやってくるんですが、そのリュックから机の上に生原稿の束を置くときにドサリと大きな音がして、周りがびっくりするんですよ」と嬉しそうに語っていたのが思い出される。

 

 今回、ちくま学芸文庫に入った『ゴダール 映画史()』の元本である二巻本『ゴダール/映画史』は、間宮さんの前任者である淡谷淳一さんが担当で、『ゴダール全評論・全発言』は、定年退職した淡谷さんから引き継いだ仕事だったという。

そして、『60年代ゴダール――神話と現場』は、六年ほど前、奥村さんからすでに筑摩書房を定年退職していた間宮さんに企画が持ち込まれ、間宮さんが編集を担当しているのだ。こういう良質な筑摩書房の伝統も、いずれ、立ち消えてしまうのだろうか。

 

 まさに、1960年代後半という騒乱の時代に、アヴァンギャルドな実験映画作家として鮮烈にデビューした奥村昭夫さんが、どのようにして、ジャン=リュック・ゴダールに魅入られ、その後半生を、まるで殉教者のように、ゴダールの著作の翻訳に捧げたのかは知る由もない。

今は、ただ、合掌。

 

 

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『ゴダール 映画史(全)』(ジャン=リュック・ゴダール著、奥村昭夫訳、ちくま学芸文庫)

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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