高崎俊夫の映画アット・ランダム: 2012年3月アーカイブ
高崎俊夫の映画アットランダム
2012年3月アーカイブ

前田陽一の幻のテレビドラマ『小春日和/インディアンサマー』

先日、なんとはなしに、前田陽一監督の遺稿集『含羞のエンドマーク』(あすなろ社)を読み返していたら、巻末のフィルモグラフィの<主なテレビ映画>の中に『小春日和/インディアンサマー』が載っていて、妙になつかしくなってしまった。一九九八年、十一年ぶりの映画『新・唐獅子株式会社』の撮影中に、肝臓がんで急逝した前田監督とは一度だけお会いしたことがある。

 

たしか、一九九〇年だったと思うが、当時、私が編集長をしていたビデオ業界誌で、前田監督に「『小春日和』について」というエッセイを書いてもらったのだ。そのきっかけは、おそらく、同じ雑誌の少し前の号で、金井美恵子さんにエッセイをお願いした際に、雑談で、金井さんから、<目白四部作>の三作目に当たる『小春日和/インディアンサマー』がテレビドラマ化される話を聞かされたからではないかと思う。

金井さんは「プロデューサーからは、監督は大林宣彦でどうか、なんて言ってきたけど、大林なんか絶対にダメ、許可しない。ほんとうはマキノ雅弘にやってほしかったんだけど、結局、前田陽一に決まったのよ」と笑っていた。

そして、その直後、放映された<水曜ドラマ・スペシャル>の二時間ドラマ『小春日和』を見て、私は、あまりに面白かったので、前田監督に作品にまつわるエッセイをお願いしたのだ。

今、手許に、その雑誌もなく、内容は忘れてしまったが、原作への深い理解を示す見事な文章だったように思う。

 

前田陽一監督には、原稿を受け取った時に、一献つきあっていただいたが、とても愉しい酒だった。酔うほどに、早稲田大学仏文科時代に、三浦哲郎、生島治郎、高井有一らと文芸誌をつくっていた文学青年だけあって、また、故郷の勇士たちと、伝説の『VIKING』にゆかりのある同人誌をやっていたと仄聞してもいたので、映画談議よりも、むしろ、富士正晴や島尾敏雄、夭折の閨秀作家久坂葉子などの話題で盛り上がった記憶がある。

 

なかでもはっきり覚えているのは、小林信彦さんが前田監督をモデルにして書いた小説「根岸映画村」(短編集『袋小路の休日』所収・中公文庫)が話題になった時、きっぱりとその作品を批判していたことだ。小林信彦さんは、やはり、前田監督の『進めジャガーズ! 敵前上陸』(68)で自分が脚本を手伝ったエピソードをテーマにした「和製B級映画はどう作られるか」(『映画を夢みて』所収・ちくま文庫)というエッセイを書いている。だが、この爆笑もののエッセイと比較して、「根岸映画村」のほうはあまりにグルーミーなトーンが漂っており、当時、若かった私はなんとなく同意したように思う。

 

しかし、最近、「根岸映画村」を読み直してみると、そのメランコリックな味わいが深く胸に響くのだ。文庫の解説で色川武大が書いている「一篇一篇の小説は、独奏に近い。……曲のテーマは、失う、ということであろうか。……撤去されかかっている人間のかすかな悲鳴がどの曲からもきこえてくる」という一節がとても腑に落ちるのである。

前田監督は、小林さんが聴きとめた<かすかな悲鳴>を自ら深く感受したがゆえに、かえって、あれほど強く反撥したのではないかと思えるのだ。前田監督が迫りくる<死>を意識しながら、遺作に小林さんの『唐獅子株式会社』を選んだのも、彼なりに永年の小林さんへのシンパシーがあったゆえだと思われる。

 

 先頃、その『小春日和』を企画した元日本テレビのプロデューサー山口剛さんからダビングしたDVDをいただいた。

昨年、アテネフランセ文化センターで、この幻の作品が上映され、プロデュースした山口剛さんもゲストで招かれたという話を洩れ聞いて、久々に見直してみたくなったのだ。 

 

二十年ぶりぐらいに見る『小春日和』は、あたらめて傑作だなと思った。女流作家・金子ちえこ(大原麗子)の住むマンションに、東京の大学へ入学した姪っ子の女子大生・桃子(つみきみほ)が同居することになり、離婚した桃子の父親の秘密が暴かれるといった小波乱、桃子のキャンパス生活などがスケッチされる風俗ドラマである。

原作の金井美恵子さんの悪魔的なまでに絶妙なスノッブたちの生態観察はやや抑えられ、みずみずしいアドレッセンスの通過儀礼の劇として見事に完成されているのだ。

 

恐らく脚本の塩田千種が優れているのだろう。桃子の女友だち(仁科扶紀が快演!)が突然、ちえこの前で、金井さんの『岸辺のない海』の終節を引用したり、あるいは、今は無き高田馬場パール座とおぼしき映画館のロビーで、シネフィルの大学生を相手に、「ビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』にはジョン・フォードの西部劇の影響が云々なんて甘い、甘い、『ラ・パロマ』の双眼鏡のシーンこそ、ジョン・フォードだと黒沢清も言ってるぜ」などと嘯き、煙に巻いてしまうシーンなど、いかにも当時、ハスミ虫の牙城であった『リュミエール』の読者を金井さんがパロディにして書きそうな台詞で大いに笑わせる。

 

また、大原麗子がなんといっても魅力的だ。大原麗子は、映画ではこれといった傑出した作品は見当たらないが、『小春日和』がもし前田監督の古巣の松竹で撮られていたとしたら、間違いなく彼女の代表作となっていただろう。

大原麗子が金井美恵子を演じるのも一見、ミス・マッチに見えて、彼女の口からプルーストや吉田健一とか内田百●なんていう固有名詞が飛び交うのもなかなかオツな味わいがある。原稿依頼があって、上機嫌になった彼女が、桃子の前で「抜けるもんなら、抜いてみな、斬れるもんなら、斬ってみな、さあ、さあ、さあ、さあ、さあ」と美空ひばりの「関東春雨傘」を、身振りを交えながら、歌い出すシーンなど、思わず、陶然となってしまった。 ●門がまえに月

つみきみほも、同年に封切られた『櫻の園』(90)のヒロインとはまた一味違った屈託と爽やかさを感じさせ、とてもチャーミングである。

 

前田陽一監督は、ある時期までは、『喜劇・あゝ軍歌』(70)『喜劇・命のお値段』(72)などの戦中派の男の心情を謳い上げる喜劇映画作家として高く評価されてきた。だが、たとえば、お題目のような<シラケたフィーリング芝居>を一切、封じこめて、桃井かおりの魅力を最大限に引き出した『神様のくれた赤ん坊』(79)を見ればわかるように、むしろ<女性映画の監督>として優れていると思う。生涯、唯一の自分の企画であり、オリジナル脚本だった『にっぽん・ぱらだいす』(64)でも、売春禁止法を前に生きる赤線の女たちがなんと生き生きと描かれていたことだろう。

 

かつて、田中登が監督した山本陽子主演の月曜ワイド劇場『白い悪魔が忍びよる』もそうだが、ベテランの映画監督が撮った二時間ドラマには、その女優の隠れた代表作とも称すべき傑作がある。大原麗子主演、前田陽一監督の『小春日和』も、まさに、そんな貴重な逸品であったことを永く記憶に留めておきたい。 

 

 

 

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前田陽一監督

奥村昭夫、ゴダールに殉じたある映画的人生

書店で、『ゴダール 映画史(全)』(ちくま学芸文庫)を見つけた。七百ページを超えるボリューム、二千三百円という価格に一瞬、たじろいでしまうが、ついに、あの二巻本のゴダールによる独断に満ちた映画史の講義録が文庫になったのかという感慨を抱いた。と同時に、カバーの見返りの訳者紹介を見ていて、奥村昭夫さんが昨年、亡くなっていたことを知り、とても驚いた。

 

 奥村昭夫という翻訳者の名前は、ジャン=リュック・ゴダールと切り離せない。私が初めて奥村さんの訳書を手にしたのは、『気狂いゴダール――ルポルタージュ・現場のゴダール』(ミシェル・ヴィアネイ・三一書房、1976)からだろうか。その後、奥村さんの訳編による大部の『ゴダールの全体像』(1979、三一書房)が出た。これは当時でも五千円以上はしたはずで、まったく手が出なかった。

 

奥村昭夫さんは、当時、すでに伝説の映画作家として知られていた。『世界に誇れる日本の芸術家555』(三上豊編・PHP新書)に西嶋憲生さんによる簡にして要を得た記述があるので、ここで少し引用しよう。

 

「奥村昭夫(おくむら・てるお)1943年福井生まれ。学生映画から登場し、60年代後半の自主映画・学生映画のなかで哲学的な映像作家として話題となった。東大仏文科在学中にサルトルの影響を受け、『アルトナの幽閉者』の舞台公演を企画するが実現せず、仲間とともにグループ「シネマ・ヴォワイアン」を結成、自主制作した16ミリ映画『猶予もしくは影を撫でる男』(67)が第一回草月実験映画祭の最優秀作品賞を受賞した。続く『三人でする接吻』(68)、さらに35ミリ映画として劇場で自主公開された『狂気が彷徨う』(70)と、いずれも時代状況を寓意的に批判・啓蒙するような映画であった。……」

 

 1970年代に自主上映会で、『狂気が彷徨う』を見たことがある。細部は忘れてしまったが、テナーサックスの高木元輝のドラムの豊住芳三郎という稀代のデュオによる先鋭的なフリージャズが全篇に鳴り響いていた記憶がある。

 そんな映画の印象もあり、奥村昭夫さんといえば、漠然と高邁で難解な理論武装をした気鋭の論客というイメージをずっと抱いていたのだが、80年代に『月刊イメージフォーラム』編集部に入って、何かの翻訳をお願いし、初めてお会いした時には、ほんとうに驚いた。

 まったくシャイで謙虚な方で、口数は少なく、どもりがちで、かぼそい声でぽつりぽつりと話すのだが、よく聞き取れないこともしばしばであった。傲慢不遜、狷介不羈な孤高の芸術家といった趣のゴダールとはまったく対照的な誠実さそのものの佇まいなので、かえって強烈に印象に残っている。

 

1982年に二巻本の『ゴダール/映画史』(筑摩書房)を出したあたりから、奥村さんの怒涛の翻訳ラッシュが始まる。「六本木シネ・ヴィヴァン」のパンフレットに連載され、後に大幅に加筆してまとめられた『作家主義――映画の父たちに聞く』(リブロポート、1985)は、フランソワ・トリュフォー、ジャック・リヴェット、ゴダールなどヌーヴェル・ヴァーグの映画作家たちが聞き手となり、ジャン・ルノワールやフリッツ・ラング、ヒッチコック、ロベール・ブレッソンといった映画史に屹立する大巨匠たちにインタビューしたもので、蓮實重彦・武満徹による批評対談と並んで、このミニシアターのパンフの名物でもあった。

 

文字通り、圧倒的だったのは、アラン・ベルガラ編による『ゴダール全評論・全発言』全三巻(筑摩書房)の翻訳で、ハードカバーで七百ページを超える三冊を揃えると優に二万円を超えてしまうのだが、奥村さんのゴダールの全軌跡を同時代的に併走し、完璧に日本語で再現しようとするそのラディカルな仕事ぶりは、まさに鬼気迫るものがあり、ほんとうに頭が下がった。

 

奥村さんの翻訳はその丁寧な訳文もさることながら、詳細をきわめた訳註が読みどころでもあった。疑問点を洗い出す姿勢は徹底しており、その分、膨大な時間を費やしたはずで、その苦労は並大抵ではなかったはずである。

さらに、この気の遠くなるような息の長い仕事をきちんと受け止める筑摩書房のような出版社が存在することも心強い。

 

そういえば、元筑摩書房の間宮幹彦さんから、ふたたび、奥村昭夫さんの翻訳による大部のゴダール本が出る予定だと伺ったことがあった。かつて季刊の映画誌『リュミエール』の編集実務を担当し、その後も「リュミエール叢書」で数々の名著を手がけた間宮さんは、私が最も尊敬する名編集者である。

吉本隆明、山口昌男、柄谷行人、蓮實重彦といったまったくタイプの異なるクセの強い思想家、批評家から絶大な信頼を得ている間宮さんのような傑出した編集者は、今の筑摩書房にはもはやいないと思われる。現に、近年、筑摩書房から刊行予定の蓮實重彦さんの畢生の大著『「ボヴァリー夫人」論』も『ジョン・フォード論』も間宮さんがフリーの立場で編集しているはずである。

 

ひさびさに、間宮さんにお電話をして、奥村昭夫さんが亡くなった経緯や、ゴダール本のことをお聞きしたら、すでに奥村さんの翻訳チェックは終わっていて、校正作業に入っているのだという。

その大著は、『ゴダール全評論・全発言』の編者でもあるアラン・ベルガラ編で、書名は『60年代ゴダール――神話と現場』、本文704ページ、モノクロ写真図版815点、カラー写真図版86点という豪華版である。間宮さんは、夏ごろには刊行できるのではないかとおっしゃっていた。

 

『60年代ゴダール』は、『勝手にしやがれ』から『ウィークエンド』まで、つまりゴダールの1960年代の長篇映画の公開時の批評、ルポルタージュ、インタビューなどを網羅した決定版で、ちょうど、山田宏一さんが一昨年刊行した『ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』(ワイズ出版)と対になるような本になりそうだ。

 

 間宮さんが、『ゴダール全発言・全評論』全三巻の編集をしていた頃、「奥村さんは数千枚の原稿用紙が入ったリュックサックを背負って、会社にやってくるんですが、そのリュックから机の上に生原稿の束を置くときにドサリと大きな音がして、周りがびっくりするんですよ」と嬉しそうに語っていたのが思い出される。

 

 今回、ちくま学芸文庫に入った『ゴダール 映画史()』の元本である二巻本『ゴダール/映画史』は、間宮さんの前任者である淡谷淳一さんが担当で、『ゴダール全評論・全発言』は、定年退職した淡谷さんから引き継いだ仕事だったという。

そして、『60年代ゴダール――神話と現場』は、六年ほど前、奥村さんからすでに筑摩書房を定年退職していた間宮さんに企画が持ち込まれ、間宮さんが編集を担当しているのだ。こういう良質な筑摩書房の伝統も、いずれ、立ち消えてしまうのだろうか。

 

 まさに、1960年代後半という騒乱の時代に、アヴァンギャルドな実験映画作家として鮮烈にデビューした奥村昭夫さんが、どのようにして、ジャン=リュック・ゴダールに魅入られ、その後半生を、まるで殉教者のように、ゴダールの著作の翻訳に捧げたのかは知る由もない。

今は、ただ、合掌。

 

 

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『ゴダール 映画史(全)』(ジャン=リュック・ゴダール著、奥村昭夫訳、ちくま学芸文庫)

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著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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