清水宏と大山健二 - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
清水宏と大山健二

 ここのところ、フィルムセンターで香川京子特集、新東宝特集と続けて通って、何本かの清水宏の映画を見た。

尾崎一雄の<芳兵衛もの>をベースにした、島崎雪子の天衣無縫な魅力が満喫できる『もぐら横丁』(53)とか、非行少女の厚生施設を舞台に、香川京子が苛酷な現実に向き合う先生をひたむきに演じた『何故彼女等はそうなったか』(56)などを見ると、まだまだ、日本映画史には、見るべき秀作がゴマンとあるのだなと実感させられる。

そして、これはまったく個人的な事柄なのだが、最近、清水宏の映画の楽しみのひとつに大山健二という監督そっくりのずんぐりと太った体躯の俳優を見ることがある。

 

もう、半世紀近くも前になるが、小学生の頃に、夏になると、よく東京に住んでいる大叔父が田舎にやってきた。祖母のすぐ下の弟で、名前は大山健二といった。祖母が「映画俳優をやっていて、むかしは、田中絹代と仲良しだったんだよ」と、自慢げに語っていたのをおぼろげに覚えている。当時は、子供心に、白髪でとても洒落たモダンな雰囲気を感じさせて、田舎にはいないタイプの人だなと思ったが、どんな映画に出ているのかはまったくわからなかった。

 

一九六〇年代の半ばで、すでに映画界は斜陽産業だったには違いないが、子供にとっては、映画俳優などという人種は、まったく異空間にいる存在だった。ただ、当時、絶大な人気を誇っていたテレビの『ザ・ガードマン』に時々、客演することがあり、ああ、こういうのに出ている人なのかとちょっと驚いた記憶がある。

 

大山健二が亡くなったのは、私が高校に入った頃だった。そろそろ意識的に映画を見始めてはいたが、あくまで洋画中心で、まだまだ日本映画への関心は薄かったのである。

東京へ出てきて、いよいよ映画狂いが嵩じ、名画座回りにうつつを抜かしていた時期、大山健二という存在が急に目の前に浮上してきた。

 

最初は増村保造の映画である。たとえば、『妻は告白する』(60)では、若尾文子に判決を言い渡す裁判長の役、『「女の小箱より」夫が見た』(62)では、愛人の岸田今日子に刺され、血まみれの瀕死状態にある田宮二郎を診察する医師などを演じていたのだ。ただし、台詞は少なく、すでに、この頃はその他大勢の脇役に甘んじていたのだなと思った。

 

しばらくたって、私が『月刊イメージフォーラム』に入ってから、松竹蒲田モダニズムの特集を組んだことがあった。編集長の西嶋憲生さんが中心に進めていた企画だったが、小津安二郎、清水宏、斎藤寅次郎などの初期のナンセンス喜劇のなかに、大山健二の名前がずいぶん見つかった。

 

たしか、その頃、フィルムセンターにいた佐伯知紀さんが、近々、上映される松竹蒲田特集のプログラムの中で、とくに大山健二が出演している映画に印をつけて送ってくれたことがあった。なかでも、清水宏の映画が多かったのを憶えている。しかし、恐らく主役を務めたことはなく、全盛期でも三番手、四番手の位置にいたのではないかと思う。

 

その後、たとえば、小津安二郎の『大学よいとこ』(36)のカンニングにいそしむ落第生、『淑女は何を忘れたか』(37)の応援団長などバンカラの風来坊のような役を嬉々として演じているのを見て、こういうコメディリリーフがもっとも得意な役者だとわかった。

作品が存在しないので、場面スチルで想像するほかないが、『居候は高鼾』(39)などを眺めると、ほんとうに監督の清水宏にそっくりで、清水宏は、自分の分身がわりにカリカチュアライズして、大山健二を好んで起用していたのではないかと思えるほどだ。

 

だが、はっきりいえば、小津安二郎に見出された同世代の笠智衆のように、滋味深い名演をみせることなどなかったし、代表作と言える作品も一本もない。身贔屓を抜きにしても、今思えば、どこか泥臭さが抜けない、大根役者だったと思える。とくに若い頃はどこか険がある顔で、実際、戦前は、女性関係などはかなり派手であったと聞いたこともある。

 

晩年、連れ添った夫人の浪子さんは和服が似合う端正な美しい女性で、ひときわ印象に残っている。下町の由緒ある旅館の娘で、駆け落ち同然で一緒になったとのことだったが、今、思うと、まさに、成瀬巳喜男の『流れる』の世界から抜け出たようなしっとりとした風情が感じられた。その浪子さんの葬儀に出たのも、はや十数年前のことだ。

 

吉村公三郎監督の『一粒の麦』(58)は、東北の中学を卒業し、集団就職で出て来た貧しい少年たちがさまざまな苦難に遭遇する秀作だったが、大山健二は、この映画で、選挙目当てに自らの立場を利用しつつ、少年たちを手厚く庇護する同郷の代議士を演じていた。福島県の三春出身で、東北訛りが抜けなかった大山健二には、まさにぴったりの役で、飄々とした存在感は出色だったし、彼の数少ない好演のひとつに挙げられるのではないだろうか。

 

先頃、亡くなった淡島千景さんの鬼気迫る名演が光る隠れた名作『母のおもかげ』(59)は、清水宏の遺作でもある。追悼の思いで、エアチェックしたDVDで再見すると、小さな役でちゃんと大山健二が出ていた。律儀に、清水宏の最晩年までつきあったことになる。

 

今になって、つくづく思うのは、大山健二がもう少し長生きしてくれていたら、ということだ。

全盛期の松竹蒲田モダニズム時代の思い出を存分に聞いていてみたかった。

とくに、清水宏と小津について。さらに、及川道子、桑野通子という伝説的な女優たちのことを、じっくりと聞いてみたかった。それだけが心残りである。

 

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清水宏監督『居候は高鼾』(39)。左より大山健二、近衛敏明、高峰三枝子、夏川大二郎、日守新一

 

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晩年の大山健二

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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