瀬川昌治とビリー・ワイルダー - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
瀬川昌治とビリー・ワイルダー

 先日、フリーペーパー『東映キネマ旬報』から東映創立60周年特集として「私の東映映画オールタイムベスト10」というアンケートを頼まれた。この手の遊びは大好きなので、喜んで参加したが、一本だけ、恐らく私以外、誰も入れないであろう個人的な思い入れのある作品を忍ばせておいた。

1961年に封切られた『乾杯!ごきげん野郎』である。このニュー東映で作られたコメディ映画を、私はなぜか公開時に見ていて、子供心に、主演の三田佳子の可憐な美しさ、映画そのものの洒落たモダンな雰囲気に魅了され、ずっと長い間、幻の映画として記憶されていた。

 

 まさか、後年、この映画を撮った瀬川昌治監督の自伝『乾杯!ごきげん映画人生』(清流出版)を自分で企画・編集することになろうとは夢にも思わなかったが、いっぽうで、不思議なご縁を感じてもいる。

 

二〇〇七年に刊行された『乾杯!ごきげん映画人生』は書評にも恵まれ、増刷にもなった。このメモワールは、もともとスポーツ新聞に連載されたコラムをまとめたものだが、その後も、瀬川さんにお会いするたびに、その六十年にわたる波瀾に富んだ映画人生には、まだまだ貴重な面白いエピソードがふんだんにあることを知った私は、書き下ろしで、自伝の続篇を企画することにしたのである。

 

三年ほど前、そろそろ執筆に取りかかっていただこうとしたが、ちょうどその頃、眼の手術を受けたばかりの瀬川監督は、一冊の本を書き下ろすのはやや不安があるという。そこで、私は、瀬川ファンの若い映画批評家・映像作家である寺岡ユウジさんに聞き手として加わってもらい、彼がまとめた膨大なインタビューの原稿に、瀬川監督が加筆・訂正し、完成させるという形をとった。

 

その自伝パート2である『素晴しき哉!映画人生』がようやく三月上旬に刊行されることになった。題名は、もちろん、フランク・キャプラの名作『素晴しき哉!人生』のもじりである。

瀬川監督の作品のベースに、アメリカ映画の影響があることは、つとに知られているが、今回のメモワールでは、最終章で自らの原点であるアメリカ映画の魅力が語られている。

 

瀬川監督は、当時、見た映画の劇場用パンフレット一千冊近くを、きちんとファイルされている。今回は、それらのパンフレットを手に取りながら、お話を伺ったのだが、西部劇、メロドラマ、ミュージカル、犯罪映画、戦争映画、コメディとあらゆるジャンルの作品を丹念に見ているのにまず、驚いてしまう。

 

たとえば、瀬川監督は、『カサブランカ』や『雨に唄えば』のような有名作はもちろんだが、美術教師のケイリー・グラントが高校生のシャーリー・テンプルに翻弄されるアーヴィング・レイスの『独身者と女学生』(47)とか、美人グラマー女優でハスキー・ヴォイスのジャズ歌手としても知られたティナ・ルイスが主演したマイケル・カーティスの西部劇『決断』(58)なんていう、私が、見たくてしょうがない、<映画史に残らないアメリカ映画の隠れた逸品>を、あたかも、昨日、見たかのように活き活きと語り出すのである。 

 

なかでも、瀬川監督のお気に入りは、アルフレッド・ヒッチコックとビリー・ワイルダーで、このふたりの映画監督の作品のパンフレットは別個にファイリングされていた。

ヒッチコックは『断崖』(41)から見ているそうだが、ビリー・ワイルダーとの衝撃的な出会いについては、本書で次のように語っている。

「当時、私は新東宝の助監督だった。徹夜明けでくたびれ果て、どこかねぐらがないかと探していて、新宿ヒカリ座という小さな映画館にたどり着いた。今はもう面影もないが、新宿三越の裏あたりにあったその小屋は、封切りから落ちた作品を上映する二番館だった。

 ともかく寝ようと思って館内の座席にすわってアクビなどしていると上映が始まった。

ところが、この映画が凄い。第二次大戦にロンメル将軍の戦車隊がアフリカに快進撃をし、連合軍が敗走に敗走を重ねる。その謎を解くべくアメリカの将校がスパイするという話だが、まずファーストシーンの迫力に、眠気も一挙に吹き飛んでしまった。監督/脚本のタイトルはビリー・ワイルダー。私は初めてこの大監督の名前を知ったのだが、それが、一九四三年製作、一九五〇年日本公開の『熱砂の秘密』だった。」

 

以後、瀬川監督は、ビリー・ワイルダーの映画を心待ちにして、封切りのたびに見に行き、「私は、ワイルダーを、勝手に師匠と思っている」とまで書いている。

 

実は、私は、以前から、瀬川昌治監督をたんなる<日本の喜劇映画の名匠>という呼称では括り切れない複雑な味わいのある映画作家で、その点でもビリー・ワイルダーにとても似ているのではないかと思っている。

 

周知のように、ビリー・ワイルダーは、『お熱いのがお好き』(59)や『アパートの鍵貸します』(60)のようなコメディ映画の傑作で知られているが、いっぽうで、『深夜の告白』(44)、『サンセット大通り』(50)、『地獄の英雄』(51)のような人間の抱えるダークサイドを深くえぐるニューロティックな犯罪ドラマ、フィルムノワールの名手でもある。私は、彼の本領は、むしろ、こちらのほうにあるとさえ思っている。

 

瀬川監督自身、東映で『ぽんこつ』(60)というコメディでデビューし、喜劇映画を連作することになったが、それ以前の脚本家時代には、小林恒夫監督の『暴力街』(55)、『殺人者を逃すな』(57)、大曽根辰夫監督の『顏』(57)、杉江敏夫監督の『三十六人の乗客』(57)、蔵原惟繕監督の『ある脅迫』(61)などの犯罪もの、サスペンスものの傑作シナリオを数多く手がけている。

 

そのフィルモグラフィーを眺めても、たとえば、安藤昇がムショ帰りのヤクザを演じた『密告(たれこみ)』(68)は、まるで、ジャン・ピエール・メルヴィルの『サムライ』を思わせる、冷え冷えとした感触が鮮烈な印象を残すフィルム・ノワールだった。この映画の発想の原点が、当時、一部で高く評価されたジョン・ブアマンの『殺しの分け前/ポイント・ブランク』(67)にあったことは、瀬川監督自身が明言している通りである。 

 

同じ年につくられた『喜劇<夫>売ります』(68)などは、喜劇と銘打っているものの、ビリー・ワイルダーの『ねえ!キスしてよ』(64)と瓜二つといってよいほどの、苦い味わいをもったスワッピング・コメディであった。

 

最近の若手映画監督には、異常なまでのシネフィル(映画狂)出身が多いが、そういうタイプに限って、いかにも頭デッカチな観念偏重型の作品が多いような気がする。

しかし、瀬川昌治監督の場合は、抱腹絶倒な喜劇にしろ、人間の精神の暗黒面に迫るフィルム・ノワールにしろ、どんなテーマ、素材にアプローチしても、深い人間洞察と豊かな経験に裏打ちされた彼自身の生理と資質がくっきりと作品世界に現われるのだ。

 

まさに、それこそが真の映画作家の証しといえるだろう。

『素晴しき哉 映画人生!』は、そんな瀬川昌治さんの魅力がたっぷりと味わえる傑作メモワールになっていると思う。

 

 

乾杯ごきげん.jpg 

瀬川昌治著『乾杯!ごきげん映画人生』

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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