渡辺温、及川道子、そして『アンドロギュノスの裔(ちすじ)』 - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
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渡辺温、及川道子、そして『アンドロギュノスの裔(ちすじ)』

 二年前、私が編集した虫明亜呂無のエッセイ集『女の足指と電話機――回想の女優たち』(小社刊)は意想外な好評を博し、数多くの書評が出たが、中でも読売新聞に掲載されたノンフィクション作家・黒岩比佐子さんの書評はとても印象深いものだった。 
 黒岩さんはとりわけ、虫明亜呂無が本書で何度も言及していた<忘れられた伝説の女優・及川道子>に興味をもったようで、その後、ブログでも、古書市で見つけた昭和八年発行の『婦人倶楽部』の附録「和装洋装流行見立大集」のモデルに及川道子が登場していることを発見し、嬉しそうに書かれていた(後に『古書の森 逍遥』(工作舎)に収録)。
 それを読んで、彼女のブログへコメントを送ったりしているうちに、及川道子と相思相愛だった夭折の天才作家、渡辺温にゆかりのある「ギャラリー・オキュルス」の存在を知った。お電話をすると、オーナーの渡辺東さんが「渡辺温と及川道子の資料ならお見せしますから、どうぞ、いらっしゃいませんか」とおっしゃってくださった。 

 高輪にある「ギャラリー・オキュルス」のオーナー渡辺東さんは、渡辺温の兄である探偵小説作家・渡辺啓助の御息女で、画家でもある。ちょうど、その前年に、『W,W,W,長すぎた男・短すぎた男・知りすぎた男 渡辺啓助、渡辺温、渡辺濟――「新青年」とモダニズムの影』というユニークな展示会を開催されており、お伺いした時に、素晴らしいカタログをいただいた。
 渡辺東さんは、薔薇十字社刊の『アンドロギュノスの裔』からインスパイアされた『アンドロギュノスの裔たち』というドローイングの作品集も出しており、叔父である渡辺温への深い想いがうかがえるが、実は、その時に、東京創元社から渡辺温の作品集が出るという話を聞いていた。
 そして、先日、ようやく創元推理文庫『アンドロギュノスの裔 渡辺温全集』が出来上がった。薔薇十字社版以外の単行本未収録の小説やエッセイを収めた決定版ともいえる。

 渡辺温は、大正十三年、プラトン社の映画筋書懸賞募集に応募した『影』が一等に入選、鮮烈な作家デビューを飾る。選者は谷崎潤一郎で、後に、渡辺温は『新青年』の編集者となり、昭和五年、原稿依頼で谷崎潤一郎宅に赴いた帰路、西宮市外夙川踏切で貨物列車に乗っていたタクシーが衝突し、急逝する。享年二十七。まさに奇しき因縁というほかない。

 この文庫版全集を繙くと、小説では、メランコリックな代表作『可哀想な姉』や溜め息の出るような名掌編『兵隊の死』などは、何度読んでも、見事というほかないが、あらためて、渡辺温と<映画>との深い関わりが見えてくる。 
 処女作『影』は、もともと映画のシナリオを想定して書かれており、誰もが指摘するようにドイツ表現派の代表作『カリガリ博士』の影響が濃厚で、谷崎潤一郎も、渡辺温と初対面の折に、その憂いに満ちた貌自体が、『カリガリ博士』の登場人物アランにそっくりであった証言している。ちなみに、当時、『新青年』の編集長であった横溝正史は、同じ『カリガリ』でも<眠り男>チェザーレのほうに似ていると語っている。

 映画をめぐるエッセイ、雑文が数多く収められているのも嬉しい。
 たとえば「想出すイルジオン]というエッセイでは、『プラーグの大学生』について「僕は未だ二重人格の話さえよく知らない年齢だったにも拘らず、ようやく<荒唐無稽>に対する変な嗜好が判然と働きかけて来た頃であったので、すっかりあの写真に引きつけられてしまったのである」と絶賛している。また、『最後の人』についても「フランク・ムルナウの燦然たる技倆は、ああした種類の器用さを誇る米国のどんな監督をも一蹴してしまったことと信ずる。映画技巧の上乗なる見本と云い得るものである」と指摘し、エルンスト・ルビッチの傑作喜劇『花嫁人形』を大好きな映画とも書いている。

幻想文学の作家・渡辺温についての最大級の賛辞は、やはり、江戸川乱歩の次の評言に尽きるのではないだろうか。
「私は身のほど知らずにもポーの名を僭しているものだが、渡辺温君こそ、われわれの仲間では最もポーの影響の感じられる作家ではなかったか。事実また、同君は熱心なポーの愛読者で、ポーの一行一行を味読し、理解している点、私など遠く及ばぬところであった」(『探偵小説四十年』)

 さらに、『少女』や『赤い煙突』といった佳篇には、<永遠の処女>と呼ばれた女優、及川道子との悲恋の翳が揺曳しているのは明らかである。当時、不治の病と言われた結核に冒された及川道子は、家族の猛反対に遭い、渡辺温と添い遂げることはできなかった。
 渡辺温の没後、及川道子は自著『いばらの道』(紀元書房・昭和十年刊)で次のように回想している。
「私は小学校の時分から、ずっと後に映画界に出るようになる迄、よい指導者として、またよき愛護者として、渡辺さんに、どれだけ御恩を受けているか知れません。――冬の真中にもなお、外套をもっていないということで、母の心を痛めさせたわたしが、音楽学校への受験写真には、立派な外套を着ているのも、その頃或る雑誌が懸賞でシナリオを募集した時、それに応じて一等に当選された渡辺さんが、懸賞の一部で私に買って下さった、思い出深い外套なのです。」

 このエピソードを、黒岩比佐子さんのブログに送付したところ、「悲恋、結核というと、徳富蘆花の『不如帰』に通じますし、<外套をプレゼントされた>エピソードを読むと泣けてきそうな気がします。彼女のことをもっと知りたくなりました」と返信にあった。

 私は手許に清水宏監督の『港の日本娘』ほか及川道子が主演した何本かの松竹作品のDVDがあったので、いずれ、折をみて、黒岩比佐子さんにもダビングして差し上げようと思っていた。
 ところが、黒岩さんは、二〇〇九年十一月に、膵臓癌であることがわかり、以後は、闘病生活を続けながら、ライフワークである『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』(講談社)の執筆に専心する日々だった。その壮絶な記述をブログで目にすると、映画を見るような悠長な気分には到底、なれないだろうと思い、DVDを送ることは差し控えた。

 そして、黒岩比佐子さんは、『パンとペン――』を上梓し、二〇一〇年十一月十七日、亡くなられた。
 黒岩さんは、『パンとペン――』を書き上げる前に、及川道子の父、鼎が、明治期の社会主義者であり、堺利彦とは旧知の仲であったことを知ってとても驚いていた。
 私は、もし、黒岩さんが病に倒れなければ、いずれ、<忘れられた伝説の女優・及川道子の数奇な生涯>をめぐるノンフィクションが生まれたのではないかと夢想するのだ。

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 『アンドロギュノスの裔 渡辺温全集』(創元推理文庫) カバー装丁はコラージュ=西山孝司(Fragment)、デザイン=柳川貴代(Fragment)

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夭折の天才作家・渡辺温

 

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伝説の女優・及川道子

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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