安田南 いま、いずこ - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
安田南 いま、いずこ

 前回、TBSの深夜放送「パック・イン・ミュージック」のアナウンサーである林美雄さんのことを書いたが、もうひとり、一九七〇年代を駆け抜けていった、忘れがたいパーソナリティーがいたことを思い出した。伝説のジャズシンガー安田南である。

 

 先頃、『東京人』の3月号で「青春のラジオ深夜放送」という特集が組まれ、「『雑誌の時代』のラジオ」という一文で、山崎浩一が、FM東京の深夜番組「きまぐれ飛行船」のパーソナリティーだった安田南が「番組から謎の失踪を遂げてしまうのだ。そして、なんと三十三年たった今も、彼女の消息は杳として知れないのだという」と書いていた。

 そして、この一文に、坪内祐三が『本の雑誌』5月号の「読書日記」で噛みついたのだ。坪内さんは次のように書いている。

「近代ナリコさん栃内良さんに続いて山崎さんあなたもか。安田南はもう何年か前にガンで亡くなり、ガンで闘病中の彼女を励ますイベント(赤瀬川原平さんや秋山祐徳太子さんらも参加)の紹介記事が某大新聞に載ったというのに。……安田南は不思議なブラックホールなのだろうか。」

 

 この一節には、やりきれぬような、鈍い衝撃を受けた。そうか、もう、すでに安田南は亡くなっていたのか。

 

 一九七〇年代の半ば頃だったが、FM東京の月曜日深夜一時から三時まで、「きまぐれ飛行船」というステキな番組が始まった。パーソナリティーは、当時、小説家として活躍を始めたばかりの片岡義男で相方を務めたのはジャズシンガーの安田南だった。このふたりの、まさに、きまぐれというか、とりとめのない会話がなんとも魅力的で、当時、若者に媚びるような、あるいは説教じみたご託宣を語るディスクジョッキーが多かった深夜放送の中では、きわめて貴重な番組だった。まったく、役に立たない、無為そのものを目指すようなノンシャランな雰囲気は、格別なものがあった。

 

 安田南はすでに当時から、ある種、伝説的な存在で、原田芳雄の十八番(オハコ)である名曲「プカプカ」のモデルであることは広く知られていた。

 安田南は、原田芳雄と同じ俳優座養成所出身で、その後、自由劇場、黒テントの舞台にも立った。当時、『話の特集』の「世直し風流陣」という連載で、小林信彦さんが、黒テントの舞台で阿部定に扮した安田南が歌った「モリタート」(「マック・ザ・ナイフ」)を聴いてあまりのすばらしさに陶然となり、自分もジャズ歌手を目指す妄想にかられる、という爆笑もののエッセイを読んだ記憶がある。

 

 安田南は、『話の特集』や、当時、創刊されたばかりの『ワンダーランド』(『宝島』の前身だ)にも飾らない、乾いたトーンの魅惑的なエッセイを書いていて、のちに『みなみの三十歳宣言』(晶文社)に収められたのではなかったか。

 

 LPの『South』『Sunny』は、長い間、私の愛聴盤だった。スタンダード・ナンバー中心で、山本剛トリオがバックを務めているが、『Sunny』のなかに、「赤とんぼ」と「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」をカップリングしたナンバーがあり、安田南は、日本語の歌の方がよいのではないか、と漠然と思ったりもした。

 

 それは、初めて聴いた彼女の歌が、映画『赤い鳥逃げた?』の主題歌「赤い鳥逃げた?」と「愛情砂漠」(作詞・福田みずほ、作曲・樋口康雄)だったせいかもしれない。

 

 安田南が歌う「透かし彫りのように 街がきれいだ」「信じはじめたばかり 風がきれいだな」という「赤い鳥逃げた?」の一節、あるいは「ひとの心は水玉模様 いつも丸くて冷たいね はじけ散るのは夢ばかり」という「愛情砂漠」の一節などは、今、聴いても、心に沁み入ってくるような透明感のある哀しみと切なさ、抒情がある。

 

「きまぐれ飛行船」に出演していた最後の頃は、記憶があいまいなのだが、急に、安田南に連絡が取れなくなったのではなかったろうか。

 その頃、多分、一九七八年ぐらいだと思うが、安田南が、番組の中で、話している途中で、突然、号泣し始めたので、驚いたのを憶えている。たしか、愛猫が死んだばかりで、急に哀しみがこみあげてきたらしいのだが、数分間も、泣き続ける安田南を、そのまま受け止め、だまって聞いている片岡義男もなかなかすごいと思った。

 安田南の歌からもうっすらと感じとれる、繊細さ、傷つきやすさ、がはっきりと露呈した瞬間だった。

 

 そういえば、若松孝二監督の問題作『天使の恍惚』(1972)で、横山リエが演じたクラブ歌手、過激な革命戦士は、最初、安田南が演じる予定だったが、クランク・イン直前になって降板したという有名なエピソードがある。

 足立正生は『映画/革命』(河出書房新社)で、安田南は芝居ができないので降りてもらったと語っているらしいが、私が、以前、若松監督から直接、聞いた話では、安田南はシナリオを読んで、作品に対する激烈な批判文を突きつけ、自ら降りた、というのが真相ではなかったろうか。安田南は、俳優座養成所出身で、黒テントの舞台に何度も立っているのだから、演技ができないなどということはありえないからだ。

 

 結果としては、激しいセックスシーンがふんだんにある『天使の恍惚』は、若松監督の『秘花』などのピンク映画にも出ている横山リエこそふさわしかったようにも思える。なによりも、劇中で彼女が歌う「ウミツバメ」と「ここは静かな最前線」は、鮮烈でわすれがたい印象を残した。

 

 実は、最近、『天使の恍惚』のサントラ盤(ウルトラ・ヴァイヴ)を入手した。映画用音楽テープからの最新マスタリングとあるが、横山リエの歌う二曲と、中村誠一、森山威男という最強メンバーの第一期山下洋輔トリオが、すさまじいプレイを繰り広げ、絶頂期の日本のフリージャズと最前線の日本映画の奇跡的な遭遇を刻印する、すばらしいアルバムである。

 そして、この中に、「ウミツバメVer.2」(横山リエ+山下洋輔トリオ)という演奏が収められているのだが、歌っているのは、明らかに、横山リエではなく、安田南なのだ。

 恐らく、クランク・インの前に、御手合せのような感じで、吹き込んだ演奏だろうが、こんな日本のジャズ史上、貴重な音源が残っていたことに感謝したいと思う。

 

 荒涼としたメランコリックな味わいのある横山リエの歌唱と較べると、山下洋輔トリオの壮絶でダイナミックな即興演奏に対峙する安田南は、原曲のメロディアスなバラード風の旋律を完全に壊し、まるでオペラのアリアのような荘厳さで、朗々と歌い上げている。彼女のアルバムでは、聴くことのできない、ある意味では、演劇性を強く感じさせる、安田南の女優としての可能性を垣間見させる、すばらしい絶唱である。 

 

 この激しくも感動的なナンバーを聴いていると、安田南が主演した<幻の『天使の恍惚』>を見てみたかった、という想いに駆られてしまうのだ。

 

天使の恍惚.jpg

 『天使の恍惚』のサウンドトラック盤(ウルトラ・ヴァイヴ)

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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