高崎俊夫の映画アット・ランダム: 2011年7月アーカイブ
高崎俊夫の映画アットランダム
2011年7月アーカイブ

色川武大のサブカルチャー・エッセイの魅力

 内藤誠監督が二十四年ぶりに撮った『明日泣く』のゼロ号試写を見せていただいた。原作は色川武大の自伝的な短篇で、再会したばくち打ちの作家と訳ありの過去を背負うジャズピアニストの女の奇妙な交遊を軽快なタッチで描いている。まるで往年の東映のプログラム・ピクチュアのような無駄のないきびきびとした語り口に魅了された。

 

 色川武大が亡くなったのは一九八九年、まさに昭和の終わりの時期だが、その評価は、没後、ますます高まっているといってよいだろう。阿佐田哲也名義の『麻雀放浪記』は別にしても、『生家へ』『百』などの名短篇集は、たびたび復刻されているし、最近では、弟子を自称する伊集院静が色川をモデルにした『いねむり先生』も話題になった。

 

 私が色川武大という作家を知ったのは、一九七〇年代の半ば、雑誌『話の特集』で始まった『怪しき来客簿』によってである。たしか、虫明亜呂無の連作「ロマンチック街道」の終わったあとに始まった連載だったと記憶するが、まったく未知の名前ながら、埒外の畸人たちがぞくぞくと登場する不気味な世界にすぐさま魅惑されてしまった。とくに昭和初期の超人気スターだった二村定一を描いた「砂漠に陽は落ちて」とか無名の芸人たちをスケッチした「タップダンサー」などが強く印象に残った。

『怪しき来客簿』は話の特集から単行本になり、一九七七年度の泉鏡花文学賞を受賞している。

「外見や精神内容が人間の枠からはみ出した連中を作者は好んで書くが、その人たちは常に一枚の鏡をもっていて、作者の姿を映し出している。作者と対象が綯いまぜになって、きわめてリアルだが、幻想的でもある世界が現われてくる。」という初版の帯にある吉行淳之介の一文が、まさに、正鵠を射ている。

 

 しかし、私が色川武大という作家の凄み、底知れない魅力を知るのは、映画、芸人、ジャズ、流行歌、落語といった<街の中の雑物>、サブカルチャーに関するエッセイを愛読するようになってからである。

 

 小説家でエンタテインメント・エッセイの名手といえば、小林信彦さんだが、小林さんの名著『日本の喜劇人』(新潮文庫)の解説が色川武大で、これはほとんど名人同士のエールの交歓のようなものである。色川は次のように書いている。

「実を言うと、私も、自分の故郷ともいうべき喜劇人の世界について、自己流に記してみようとずいぶん長いこと思っていた。この『日本の喜劇人』を一読してその考えを捨てた。小林さんと私は、小説の方でも、まァ同業者であり、あざとくいえばライヴァルのようなもので、こんなふうなことはなまなかな気持で記したくはないのだが、この本は新鮮且つ鋭敏、完璧である。日本の喜劇人を記してこれ以上のものができようとは思えない。」

 

 だが、その後、色川武大は同じテーマで『なつかしい芸人たち』(新潮文庫)という名著を書いてしまう。この本と偏愛するジャズのスタンダード・ナンバーを語り尽くした『唄えば天国ジャズソング――命から二番目に大事な歌』(ちくま文庫)は、何度、読み返したか知れない。

 

 色川武大のサブカルチャー・エッセイの魅力は、資料に逐一当たったりせず、永い時間をかけて培われた膨大な雑知識と記憶の赴くままに、好きな芸人や歌について果てもなく饒舌に耽っているかのような、そのジャズのインプロヴィゼーションを思わせる無手勝流の奔放な語り口にある。

 それは、少年時代から、浅草の芝居小屋や映画館に入り浸り、森川信やシミキン(清水金一)の舞台をナマで見ていたり、戦時下、ヒロポン中毒だった山茶花究と博奕場で出会い、懇意になったり、といった色川自身の特異な体験のすべてが、文章に自ずと浸透し、血肉化されているからにほかなるまい。 

 

 しかも、小林信彦さんが、エノケン、ロッパ、森繁久彌といった正統派の超一流の喜劇人のポルトレを戦後史の中に位置づけ、見事に描き出したのに対し、色川武大が『なつかしい芸人たち』で好んで取り上げるのは、「馬鹿殿さま専門役者の小笠原章二郎」であり、「超一流になれなかった原健策」であり、「デブをトレードマークにした岸井明」であり、「アノネのオッサンこと高勢実乗」といった今や忘れられたマイナーなB級、C級の芸人ばかりなのが嬉しい。

 

 とくに、迷セリフ「アーノネ、オッサン、ワシャ、カナワンヨウ」で知られる高勢実乗は、夭折の天才監督・山中貞雄の『丹下左膳餘話・百萬両の壺』のクズ屋や、伊丹万作の『国士無双』の贋者に負けてしまう剣豪の名人、『東京五人男』のヤミでもうけた地主などが、強烈に印象に残っている。だが、色川武大はこういう映画史に残る有名作ではない、高勢実乗が出演した凡作、珍作を浴びるほど見ているに違いない。

 

『なつかしい芸人たち』には、戦前、高勢実乗が画面に出ただけで、映画館の子供たちが、いっせいに、彼のセリフに合わせて、アーノネ、オッサン――、と合唱し、ゲラゲラ笑った光景が記されているが、色川武大のエッセイは、彼自身の私的な記憶がそのまま、ある時代特有の大衆文化や世相の猥雑な空気や匂いまで鮮やかにすくいとっているところが、ほんとうにすごいと思う。

 

 高勢実乗は、奇行の多い伝説的な変人、奇優だったようだが、色川武大は、「私は高勢実乗のことを主人公にして小説を書きたいと以前から思っており、折々に古い映画人を取材して廻っている。それで、未だに小説化する自信がない。」と書いている。これが、ぜひ、読んでみたかった。

 

 小林信彦さんは、色川武大が亡くなった際、二つの追悼文を寄せている。その中で、「それにしても、色川武大が、<街の中の雑物>を大胆にとり入れた真のポップ文学を成立させずに終わったのは残念である。」「色川はこういう<軽い>世界に命をかけた人だった。もう少し生きていれば、こうした世界をとり込んだ、<純文学>を書いたはずである。」と書いているが、高勢実乗を主人公にした小説などは、まさにとびきりの<ポップな純文学>の傑作になったのではないだろうか。

 

 私は、一度だけ、色川武大を真近に接したことがある。一九八〇年代の半ば頃だったが、有楽町の読売ホールで<シミキン映画祭>なるものが開催された。喜劇役者清水金一(シミキン)の評伝の刊行を記念したイベントだったと思うが、その会場で会った作家の長部日出雄さんに誘われて呑みに流れ、たしか、銀座の文壇バー「まり花」に入ったら、カウンターに色川武大が坐っていたのだ。長部さんは見たばかりの『シミキンの無敵競輪王』や『シミ金のオオ!市民諸君』の感想を熱心に語り、それを色川武大が笑って聞いていたように記憶している。

 私はと言えば、畏怖すべき作家が目の前にいるので、ひたすら、緊張し、黙ってふたりの会話を拝聴しているだけであった。

 

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 色川武大の名著『なつかしい芸人たち』(新潮文庫)

草森紳一ふたたび

 近所の書店をのぞいたら、草森紳一の新刊『記憶のちぎれ雲 我が半自伝』(本の雑誌社)が平積みされてあったので、ちょっと驚いた。
 草森紳一さんが亡くなったのは2008年3月だから、すでに3年以上が経過しているのに、続々と新刊が出されるのは、未だに単行本未収録の膨大な原稿が眠っているということなのだろう。
 いずれにせよ、一昨年、亡くなった平岡正明と同様、没後に、新刊が陸続と刊行されるというのは、それぞれ熱烈なファンの編集者が存在するからにほかなるまい。

 私も、このふたりの書き手には十代で出会って以来、心底、夢中になり、一時は、新刊が出るそばから買っていた時期がある。
 とくに、草森紳一は、中国文学の素養をベースに、百科全書的ともいうべき知識を柔軟に駆使しながら、風俗、写真、絵画、イラストレーション、文学、音楽、ファシズム、コマーシャル、書、とあらゆるジャンルを自在に横断する、<雑文>の書き手として、眩い存在だった。

 あれは、たしか1970年代半ば、学生の頃だが、当時、定期購読していた「日本読書新聞」に赤瀬川源平の『素朴の大砲――画志アンリ・ルソー』(大和書房)の書評が出たことがある。その紹介の仕方が、あまりに水際立った、購買意欲を刺激する魅惑的なものだったので、どうしても欲しくなってしまい、当時ですら7千円もした大著を、アルバイトをして、買った思い出がある。

 中野重治ではないが、「素朴」というのは、草森紳一の批評を解くキーワードのひとつであったように思う。評論家としてのデビュー作は1964年の『美術手帖』に発表した「幼童の怪奇」というアンリ・ルソー論だった。

 草森紳一には、そのほかにも、中国の天才詩人・李賀、永井荷風、副島種臣などをテーマに、永い時間をかけて、じっくりと対象をめぐって考察し、彫琢を重ねた大著が多い。しかし、私にとっては70年代に書かれた『ナンセンスの練習』(晶文社)、『底のない船――悪食病誌』(昭文社)、『軍艦と草原――分別と無分別』(九藝出版)、『印象』(冬樹社)といった雑文集に思い入れがある。
 誰かが、草森さんを<日本のロラン・バルトだ>と喝破していたが、むべなるかなと思う。

『記憶のちぎれ雲』は、雑誌『クイック・ジャパン』に連載されたもので、草森紳一が婦人画報社の『メンズ・クラブ』編集者時代に出会った真鍋博、古山高麗雄、田中小実昌、中原淳一、伊丹十三をめぐるスケッチ的な回想だが、私は、これは、草森さんの新境地だなと思い、毎月、興奮しながら読んでいた。

 若者向けのサブカル誌に元祖サブカルチュア評論家が自伝的メモワールを載せるという妙味もさることながら、言葉の真の意味でのサブカルチュアがもっとも輝いていた時代への挽歌のような哀調のトーンが底に流れているのが、なんとも魅力的であった。
 とくに、離婚寸前にあった伊丹十三と川喜多和子を描いたくだりなど、ふたりの関係をみつめながら、思考をめぐらす草森紳一自身の眼の在り処が太い描線として機能し、一篇のフィクションを読んでいるようでもあり、さらに60年代という時代の豪奢な寂寥感のようなものまでが、浮かび上がってくるのである。

 やはり、草森紳一も時代の子であったのだなと思わせるのは、川喜多和子のポルトレを描く際に、両親である川喜多長政、かしこ夫妻の東和映画の黄金時代に言及した箇所である。
 慶應義塾大学では、中国文学を専攻しながらも、ミステリー研究会に所属していた彼は、実は、映画監督志望で、東映の助監督試験を受けるも、面接の際に、大川博社長と喧嘩になり、落とされた、と自筆の履歴にある。

 しかし、草森紳一は、大勢の人間を傍若無人に動かせるマキャベリスト的な資質が必須の映画監督には、一番、向かないタイプの含羞の人であると思う。

 私は、一度だけ、草森紳一に会ったことがある。90年代の始め、編集長を務めていたビデオ業界誌の『A?ストア』で、なるべく業界的ななまぐさい話題とは一切無縁なコラムを好きな書き手に書いてもらっていたのだ。

 映画監督志望が挫折してしまった反動なのかどうか、草森紳一には、映画評論が意外に少ない。私が読んだ範囲では、『軍艦と草原』所収の「緑の道のオートバイ――『イージー・ライダー』の起承転結」と「無残の磁場――三國連太郎の官能的体系」ぐらいである。
 なかでも、この三國連太郎論は出色で、三國を阪東妻三郎、三船敏郎、辰巳柳太郎の系譜におき、そこに共通するのは<素朴の魂をのこして大人になってしまった人間の悲哀である。その悲哀が、見るものを攻撃してくるのであり、いわば失われた素朴なるものへの鎮魂の役割を果たすのであり、……三國連太郎は、この素朴なるものの魂のケイレンを表徴する演技が、よくできるような気がしてならないのである。>と喝破している。
 恐らく誰も指摘していないユニークな卓見で、この論考を読むと、草森紳一は、映画評論家としても優に一家を成すことができたのではないかと思えるほどだ。

 草森さんとは、終の棲家となった門前仲町の駅前にあった喫茶店で待ち合わせ、受け取ったのは、『グローリー』という南北戦争をテーマにした映画の原稿だった。
 どんな内容だったかは、忘れてしまったが、雑談しているうちに、なぜか、どちらともなく、軽く一杯、いきましょうということになり、午後も早い時間なのに、近くの蕎麦屋で二、三時間飲んでしまった。
 ふだん、書き手と、初対面で、そのまま酒になるという体験はほとんどなかったので、鮮烈に記憶に残っているのだが、草森さんとはジャズ、ミステリー談義、それと植草甚一、花田清輝の魅力という話題で、かなり盛り上がった。恐らく、彼も、このふたりは、<雑文宇宙の大家>として、私淑していたのではないかと思う。
 
 草森さんは、私が老け顔のわりに、意外に年齢が若いことを知ると、「あんた、ちょっと、高平(哲郎)に似てるね」と呟いたことを、よく、覚えている。

 高平哲郎は、言うまでもなく晶文社の創設者のひとり小野二郎の義弟で、60年代の後半、学生時代から晶文社に出入りし、植草甚一、小林信彦のカルチャー・エッセイの発掘、ジャズ関係の翻訳本の編集者として活躍していた。恐らく、草森さんの『ナンセンスの練習』も、彼が手がけたのであろう。

 私が編集者になってしまったのも、生意気盛りのこの時代に、晶文社の本と、草森さんが常連執筆者だった雑誌『話の特集』を耽読していたからには違いないから、この草森さんの言葉は、素直に嬉しかったのである。

 草森さんの訃報を聞き、しばらく、手許にある彼の雑文集を再読したりしていたが、漠然と、彼の映画エッセイ集をつくろうかと夢想したりもした。しかし、膨大な原稿を探す労力を考えると、いささか、しんどい作業になるなと逡巡していたところ、なんと、近々、若い編集者によって、草森さんの映画エッセイ集が上梓されるのだと言う。

 そのなかには、どうやら、私が依頼した『グローリー』のエッセイも収録されるらしい。
 括目して、待つことにしよう。


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草森紳一著『軍艦と草原――分別と無分別』(九藝出版)


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草森紳一著『底のない船――悪食病誌』(昭文社出版部)

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著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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