幻の未映画化シナリオをめぐって - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
幻の未映画化シナリオをめぐって

映画アットランダム 第二十一回

幻の未映画化シナリオをめぐって


 先日、作家の小林信彦さんから電話をいただいた。
 最近、私が編集した大島渚監督のエッセイ集『わが封殺せしリリシズム』(小社刊)には「衰退というタイトル―小林信彦」という人物スケッチが入っており、小林さんは懐かしそうに大島監督にまつわるさまざまな思い出を語っておられた。
 
 なかでも、小林さんが、大島監督と出会った頃に、いきなり映画を監督しないかと口説かれたという話を伺って、ああ、これは、昔、『話の特集』に書いていた『チンコロ姐ちゃん』のエピソードだなとピンときた。

「一九六一年秋のスケッチ」と題された、そのエッセイは、後に小林信彦さんの傑作バラエティ・ブック『東京のロビンソン・クルーソー』(晶文社、1973年刊)に収められたが、私が小林さんのコラムの無類の面白さを初めて知ったのも、この『話の特集』の「世直し風流陣」という連載だった。

 そのエッセイによれば、当時、松竹を退社し、創造社をつくったばかりの大島監督は、富永一朗の漫画『チンコロ姐ちゃん』の映画化をすすめていたという。石堂淑朗が書いたシナリオは『シナリオ』誌にすでに発表されていたが、その頃、小林さんは『映画評論』に後の『世界の喜劇人』の原型となる「喜劇映画の衰退」を連載しており、「喜劇映画について長い評論の書ける男なら、監督もできる」が持論の大島監督は、小林さんに白羽の矢を立てたというわけである。
 結局、演出は田村孟に決まり、小林さんは石堂と一緒に旅館にこもり、シナリオを手伝うことになるのだが、そこで起こるスッタモンダの爆笑エピソードが軽妙な筆致で回想されている。  

 実は、最近、近所の古本屋で偶然、この石堂淑朗の『チンコロ姐ちゃん』のシナリオが載った『シナリオ』誌を見つけた。一読し、かなりハチャメチャで猥雑な魅力をもったホンだと思ったが、どうみても、『悪人志願』という呪われた怪作を一本だけ撮った観念偏重型の田村孟の資質とは水と油で、これはいかに手を加えても実現不可能な企画であっただろうと思う。

 今、私の手元に『喜劇・マリリン・モンロー・ノー・リターン』というシナリオの第一稿がある。
 企画・中島正幸、原案・内田栄一、脚本・山崎忠昭、夏文彦、黒木和雄、監督・黒木和雄とあるが、もちろん、黒木和雄監督のフィルモグラフィーには、こんな作品は存在しない。ちなみに、企画の中島正幸とは『飼育』から『少年』に至る60年代の大島渚作品を手がけたプロデューサーである。 

 この映画化されなかった幻の作品の顚末については、私が編集した山崎忠昭さんの遺稿集『日活アクション無頼帖』(ワイズ出版)に詳しく書かれているが、題名は、1970年頃、直木賞作家・野坂昭如が歌ってヒットした「マリリン・モンロー・ノー・リターン」からとられている。<この世はもうじきオシマイダ>というおどろおどろしいイントロから始まるこの歌は、昭和元禄などと呼ばれた当時の世相とマッチし、世紀末風の厭世的な歌詞と、野坂のシラケきったニヒルな歌いっぷりが評判となっていた。

 山崎忠昭さんの本によれば、『男はつらいよ』の大ヒットで意気上がる渥美清のマネージャーの発案で、アートシアターで『日本の悪霊』(70)を撮ったばかりの黒木・中島コンビで松竹大船で一本撮れることになった。しかし、内田栄一が書いた第一稿が<イヨネスコやベケット顔負けの難解な不条理劇>になってしまい、急遽、手直しを依頼されたのだと言う。助っ人で参加した夏文彦さんは、後にゴールデン街のお店から借金をしまくり、黒木和雄監督の『竜馬暗殺』を完成させてしまったという伝説を持つルポ・ライターであった。

 このホンを読むと、近づいてくる男が次々に死んでいく疫病神のようなヒロイン、ミナコの魂の遍歴という主題もさることながら、破天荒なブラック・ユーモアと幻想的なタッチ、甘やかな抒情が溶け合った奇妙な味わいがあり、『とべない沈黙』の黒木監督にはぴったりの素材に思えた。

 黒木和雄監督は、晩年には『TOMORROW/明日』『美しい夏キリシマ』『父と暮らせば』の<戦争レクイエム三部作>を撮り、遺作となった『紙屋悦子の青春』も高く評価された。もちろん、これらの秀作には、戦後民主主義を全身で受け止めた昭和ひとケタ世代である黒木監督の真摯でヒューマンな反戦のメッセージが謳い上げられている。だが、ホンネをいえば、黒木監督には、生涯、どうしても撮りたかった映画、お金が集まらず、ずっと二十年来、頓挫していた幻の企画があったはずだ。

 それは『スクラムトライ(山中貞雄伝)』と題された夭折の天才映画監督・山中貞雄の伝記映画で、すでに、私が『月刊イメージフォーラム』の編集者時代に、感想を聞きたいからと、その第一稿を黒木監督から手渡されているのだ。
 当時、1980年代前半だったと思うが、ロカルノ映画祭で山中貞雄特集が組まれ、黒木監督に、レポートを書いてもらったのだが、黒木監督は、映画の冒頭に使うために、その会場の模様を16ミリで撮影してきたはずで、その断片を見せてもらった記憶がある。

 その頃、ちょうど『月刊イメージフォーラム』に連載していた『日活アクション無頼帖』で、山崎さんが『マリリン・モンロー・ノー・リターン』の始末記を書いていたこともあり、久々に、御三方が集まり、一緒に飲もうということになった。 
 ゴールデン街のお店を何軒もハシゴし、高歌放吟(夏文彦さんは酔うと必ず甲高い声で高倉健、小林旭の歌を絶唱するのだ!)、黒木監督も涙を流しながら笑い、唱和していたことが思い出される。

 その御三方も、今や、すべて鬼籍に入られてしまった。
 いつか、<映画化されなかった幻のシナリオ集>というものをまとめてみたいと夢想することがあるが、その際には、石堂淑朗の『チンコロ姐ちゃん』と黒木和雄監督のこの二本のシナリオは、ぜひ、入れたいと思う。

 

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石堂淑朗の『チンコロ姐ちゃん』のシナリオが掲載された『シナリオ』誌(1961年3月号)

 

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黒木和雄監督で企画された幻のシナリオ『喜劇・マリリン・モンロー・ノー・リターン』の第一稿台本

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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