ニコラス・ローグの時代 - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
ニコラス・ローグの時代

 最近、ネットで、英国の映画情報誌『タイム・アウト・ロンドン』が発表した英国映画業界人が選ぶ「イギリス映画ベスト100」という記事を見つけた。ちなみにベストテンは下記の通りである。

 

1位『赤い影』(73、ニコラス・ローグ)

 

2位『第三の男』(49、キャロル・リード)

3位『遠い声、静かな暮らし』(88、テレンス・デイビス)

4位『ケス』(69、ケン・ローチ)

5位『赤い靴』(48、マイケル・パウエル&エメリック・ブレスバーガー)

6位『天国への階段』(50、M・パウエル&E・ブレスバーガー)

7位『パフォーマンス/青春の罠』(69、ニコラス・ローグ&ドナルド・キャメル)

8位『カインド・ハート』(49、ロバート・ヘイマー)

9位『ifもしも……』(68、リンゼイ・アンダーソン)

10位『トレイン・スポッティング』(96、ダニー・ボイル)

 

 テレンス・デイビスの郷愁に満ちた地味な佳作『遠い声、静かな暮らし』の3位というのは驚くが、さらに意外なのは、ニコラス・ローグの『赤い影』が、かの有名な『第三の男』を押さえてベスト・ワンに選ばれていることだ。ローグは7位に、ドナルド・キャメルと共同監督の『パフォーマンス/青春の罠』まで入っている。イギリスでは未だに根強い人気を誇っているのだろうか。

 

 

 そういえば、今やほとんど映画ファンの間でも話題にならないが、かつて日本でも<ニコラス・ローグの時代>と呼べる一時期があった。

 

 

 フランソワ・トリュフォーの『華氏451』やリチャード・レスターの『華やかな情事』の撮影監督として知られていたニコラス・ローグが、一部の映画ファンに注目されたのは、『WALKABOUT 美しき冒険旅行』(70)からである。

 

『美しき冒険旅行』は、72年にロードショーではなく、ひっそりとスプラッシュ(二本立てで一週間のみ)公開された。私も70年代の半ば頃、池袋文芸坐の<陽の当たらない名画祭>で初めて見て、深い衝撃を受け、その後、名画座にかかるたびに追いかけた記憶がある。

 オーストラリアの原野に放り出されたイギリス人の少女(ジェニー・アガター)と弟が、アボリジニの少年と出会い、言葉が通じないままに旅を続ける。原題の「WALKABOUT」とは、アボリジニの部族に伝わる、少年がたった一人でオーストラリアの奥地を旅する成人儀礼のことである。未開と文明が衝突、融和し、そして悲劇が起こる。ローグは、この一見、メルヘン風な冒険譚をグロテスクで残酷な寓話として昇華させた。

 

 もう五・六年前になるだろうか。当時、『狩人の夜』など数多くのカルト・ムーヴィーを手がけていたユニークな配給会社ケーブル・ホーグの根岸邦明さんに直談判し、『美しき冒険旅行』をリバイバルすることになった。チラシ・解説もすべて私が書き、初公開時に、角川文庫から出ていたP・J・マーシャルの原作も清流出版から復刻してもらった。

 

大ヒットとまではいかなかったが、若い世代にも熱狂的なファンが生まれたようで、ニコラス・ローグのささやかな復権にはなったかと思う。

 

 ニコラス・ローグは、カメラマン出身らしく、錯綜した意識をジグソー・パズルのようにコラージュさせた痙攣的な映像美が麻薬のような陶酔感をもたらしたが、今、見直すと、その音楽の卓越したセンスに感嘆してしまう。 

 

 

『美しき冒険旅行』の音楽は、先頃亡くなったジョン・バリーで、この天上的なまでに美しいスコアは一度、聴いたら忘れられない。ジョン・バリーの知られざる傑作のひとつである。

 

『赤い影』も、ピノ・ドナジオの甘美きわまりない旋律が、この水の迷宮ベニスを舞台にしたオカルト・サスペンスを強烈に印象づけた。

 

『ジェラシー』(80)の公開時に、音楽的に、私がもっとも驚いたのは、全篇に装飾的に響き渡るキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」でも、冒頭、クリムトの「接吻」の絵にかぶさるトム・ウェイツの「ブルースへようこそ」でもなく、ラスト、宿命の女テレサ・ラッセルのクローズアップの後、画面が溶暗し、聴こえてきたビリー・ホリディの「イッツ・ザ・セイム・オールド・ストーリー」だった。

 

 当時、私はいっぱしのジャズファンではあったが、このビリー・ホリデイの歌はまったく聴いたことがなかった。スタンダード・ナンバーでもなんでもなく、恐らくビリーが吹き込まなければ、永久に忘れ去られたであろう当時の小唄のひとつにすぎない。

『ジェラシー』にはビリー・ホリデイの絶唱ともいうべき名曲「アイル・ビー・シーイング・ユー」も使われているのだが、インパクトの点では、断然、こちらが鮮烈で、<これも、いつもと同じありふれたお話しよ>と終わった恋を苦い諦念をこめて歌うビリーの声は実に若々しい。恐らく絶頂期のコロンビア時代かと当たりをつけて、レコード屋で探し回った挙句、数年後、ようやく高価な輸入盤セットの中にこのナンバーを見つけた時の興奮は忘れられない。

 

もし、私が、映画史上の名ラストシーン・ベスト3を選ぶとすれば、必ず入れたいと思うのがニコラス・ローグの『地球に落ちてきた男』(76)である。地球に漂着し、永遠に歳を取らない宇宙人デヴィッド・ボウイがアル中となり、テラスで酒浸りになっている。そこへ、アーティ・ショウの「スター・ダスト」が流れ出し、酔いが廻ったデヴィッド・ボウイがゆっくりと頭をうなだれると被っていた帽子が大写しになり、エンド・クレジットが重なるのだ。

 

 

『地球に落ちてきた男』を封切りの際に、がら空きの劇場で見て、こんなキャンプなエンディングは唯一無比だなあと深く感動してしまったのだが、数年後、『月刊イメージフォーラム』で、ジャズ評論家大和明さんの「映像のジャズメンたち」という連載を企画した。

 

 

大和明さんはビリー・ホリデイ研究では世界一といえるほど膨大な資料を持っていたが、打ち合わせで、お宅に伺った際に、『ジャミン・ザ・ブルース』(44)という短編映画のビデオを見せてもらった。

 

このジャズミュージシャンの演奏をとらえたドキュメンタリー映画は、冒頭、二重丸の黒い模様が映り、ジャズメンの名前が流れ出す。やがて、その二重丸が上に動くと、その下からテナーサックスをくわえたレスター・ヤングの顔が現れ、「ミッドナイト・シンフォニー」を吹き出すのだ。つまり、二重丸はレスター・ヤングのトレード・マークであるポークパイ・ハットだったわけだが、『地球に落ちてきた男』のラストシーンは、明らかに、この『ジャミン・ザ・ブルース』の冒頭シーンを反転させたものだった。ジャズに造詣が深いニコラス・ローグならではのオマージュだったに違いない。

 

ニコラス・ローグは、大作『ユリイカ』(82)が製作トラブルに見舞われ、日本では『錆びた黄金』の題でビデオ発売になってしまったが、この頃から、作品もやや精彩に欠け、やがて新作もほとんど公開されなくなってしまった。

 

 

ちなみに、「イギリス映画ベスト100」では、『美しき冒険旅行』が61位、『ジェラシー』が70位に選ばれている。

 

私も、デビュー作『パフォーマンス/青春の罠』から『ジェラシー』までのニコラス・ローグは、世界のトップレベルにあったし、とてつもなく魅力的だったと思う。

  もういちど、スクリーンで、ニコラス・ローグの映画に再会したいと切に願っている。

 

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ニコラス・ローグの伝説的なデビュー作『WALKABOUT美しく冒険旅行』

 

 

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 『地球に落ちてきた男』のデヴィッド・ボウイ

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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