田中路子と<国辱映画>『ヨシワラ』、そして『蝶々夫人』 - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
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田中路子と<国辱映画>『ヨシワラ』、そして『蝶々夫人』

 数年前、古本屋の均一台で、背表紙もとれたぼろぼろの『私の歩んだ道―滞欧二十年―』(朋文社)という本を見つけて、狂喜してしまった。伝説のオペラ歌手・田中路子の回想録なのだ。

 田中路子は著名な日本画家田中頼璋を父に持ち、一九三〇年、二十一歳の時にウィーンの土を踏む。渡欧の表向きの理由は<音楽研究>だったが、真の原因は斎藤秀雄との不倫だった。以後、<恋多き女>としてヨーロッパの社交界に君臨し、数々の浮名を流す。大富豪のレストラン王マインル、ドイツの国民的俳優、演出家デ・コーヴァと相次いで結婚し、オペラ歌手・映画女優として活躍した。戦後は渡独した無名時代の小澤征爾、若杉弘をはじめ新進音楽家たちを手厚く庇護するパトロンとしても知られた存在であった。

 自伝には、天衣無縫の性格を反映するかのように、あけすけなまでに華麗な男性遍歴が語られている。なかでも、<私の終生の恨事>と述懐する、『ヨシワラ』で共演した早川雪洲と深い関係になり、宝石や毛皮のコートを質入れまでして貢いでしまう顚末は、早川のあまりのジゴロぶりに爆笑してしまう。しかも、この映画に出演したため、彼女は国賊呼ばわりされ、父親の絵を買った者が絵を焼き払うという異様な事態にまでなった。『ヨシワラ』は、戦前は上映禁止となり、敗戦の翌年、ひっそりと公開されている。

 この自伝を読んで、しばらくして、フィルムセンターの「ドイツ・オーストリア名作選」で田中路子の小特集が組まれ、「田中路子の帰国風景」「田中路子の音楽夜話」といったTV番組とともに、ようやく問題作『ヨシワラ』を見る機会を得た。
 
『ヨシワラ』は、しばしば<国辱映画>の代名詞として語られる作品である。
 たとえば、『ぼくの採点表1』で双葉十三郎は「デタラメの極み。しかも、下品でいやらしく、西欧人が日本の遊郭を眺めるときの最も卑しい視線が感じられる。失笑するより立腹したくなる非常識さ。見るに耐えない大ゲテモノである。」と最大級の罵倒を浴びせている。

 しかし、はたして『ヨシワラ』は、そんなにひどいゲテモノ映画なのか。
 たしかに、日清戦争前夜を背景に、吉原に身売りした小花(田中路子)とロシアの海軍将校との恋愛を描く、この映画は、主役以外は、ほとんど西欧人が不似合いなチョンマゲ・キモノで登場し、一見、フジヤマ・ゲイシャ・サムライの異国趣味を強調した『蝶々夫人』の俗悪なパロディのようだ。
 だが、監督のマックス・オフュルスは、マックス・ラインハルト門下の逸材で、舞台・オペラ演出でも際立った才能を発揮した演出家である。オフュルスは、ウィーン国立音楽学校を卒業し、二十三歳の時にグラーツの市立オペラ劇場で『蝶々夫人』でデビューし、華々しい脚光を浴びた田中路子のことを知らないはずはない。田中路子は全篇、フランス語で台詞を喋り、美しい歌も聴かせるのだ。
『ヨシワラ』は、ビア樽のお風呂で入浴する芸者たちをレヴュー仕立てにするなど、唖然とするような珍景もあるが、『蝶々夫人』と同じく、愛に殉じた女の悲劇を主題にしているのである。

 とりわけ、ロシア将校と小花が、車夫早川雪洲の人力車に乗って逢引するシーン、久々の再会の歓びに打ち震える田中路子の表情には、オフュルスの晩年の名作『たそがれの女心』で、愛人との馬車での密会がようやく叶ったダニエル・ダリューが失神せんばかりに、歓喜に身をゆだねる場面と同じく官能的なエモーションの脈動を伝えてくる。
 娼館で、ふたりが旅行のゲームに興じながら、書き割りの背景が瞬時に変化していく場面も、『忘れじの面影』でジョーン・フォンティーンとルイ・ジュールダンが逢瀬を重ねる遊園地のシーンをすぐさま想起させる。

 そして、狂恋のあまり、早川雪洲が小花を襲い、娼館から外へ、急な坂道へと追いつ追われつするふたりをダイナミックなクレーンによる移動撮影でとらえたクライマックスは、まさにマックス・オフュルスの超絶技巧が如何なく発揮され、めまいを覚えるようだ。

 このようなオフュルスの絢爛たる演出を見ながら、私は三谷礼二さんの伝説的なオペラ『蝶々夫人』の舞台を思い出していた。

 三谷礼二さんの『蝶々夫人』は鈴木清順監督に捧げられていた。したがって、その演出も突然、障子がいっせいに奥に倒れて真っ赤に染まったり、絶妙なタイミングで真紅の幕がステージを覆い尽くしたり、桜の花が狂ったように乱舞したりする、まったく意表を突いたものだった。
 いっぽうで、蝶々夫人が初めて登場する場面などは、背後の大鏡の衝立が一斉に分割されて、乱反射状態となり、まるで『上海から来た女』の迷宮の間のような幻惑感を覚えたものだ。
 鈴木清順+オーソン・ウェルズのようなバロック的で映画的な舞台というのが、私なりの三谷オペラの見立てだったのだが、もしかしたら、三谷礼二さんのオペラ演出に一番近いのはマックス・オフュルスだったのではないか。
 そういえば、『蝶々夫人』の舞台には、『輪舞』をはじめオフュルス作品のトレードマークといえるメリー・ゴーランドが印象的に登場していた。『ヨシワラ』で芸者たちが余興で使う扇子にしても、三谷版『蝶々夫人』での使われ方ときわめて似ているのだ。
 三谷さんは、敗戦時に『ヨシワラ』を見たことがあったのだろうか。 

 三谷さんの遺稿集『オペラとシネマの誘惑』(小社刊)には、「紹介状だけでうかがった私のために、お赤飯を炊いて待っていて下さり、チェリビダッケのリハーサルへ連れて行って下さるなど、人の面倒を見ることの素晴らしさを、感動的に教えてくださった。」と田中路子への感謝を述べた印象的なくだりがある。

 田中路子はナチスの勃興にために亡命する直前のトーマス・マンやシュテファン・ツヴァイクとも交友があったという。こういう日本人女性が、つい、この間まで生きていたというのは不思議な気がする。

 そして、<国辱映画>の汚名を着せられた『ヨシワラ』にしても、マックス・オフュルスの<自己犠牲を強いられる特異な女性映画>の系譜に置きかえてみると、まったく違った貌がみえてくるはずである。
 それにしても、『ヨシワラ』前後の、アメリカに亡命する以前のマックス・オフュルスの作品の全貌がつかめないのは残念なことである。

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田中路子著『私の歩んだ道?滞欧二十年』

 

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『ヨシラワ』に出演した田中路子

 

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三谷礼二さんの伝説的な舞台『蝶々夫人』

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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