ロマン・ギャリをめぐる断章 - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
ロマン・ギャリをめぐる断章

 昔から、ずっと気になっている一本の映画がある。『夜明けの約束』(70)というジュールス・ダッシン監督の作品で、主演はもちろんメルナ・メルクーリだ。当時の『映画評論』誌で作品評を読んだ記憶があるのだが、未公開作品の扱いで、どうやら字幕入りのままオクラになったらしい。
 なぜ見たいのかといえば、これがロマン・ギャリの自叙伝の映画化だからである。

 ロマン・ギャリは、1914年リトアニア生まれのロシア系ユダヤ人で、十四歳の時に女優だった母親に連れられフランスに移住。戦後は、外交官として世界各地に赴任する傍ら、小説家として盛名を馳せる。ゴンクール賞を受賞した『自由の大地』は、ジョン・ヒューストンによって映画化されている。

 ロマン・ギャリという名前が映画史と深く交錯するのは、何といってもジーン・セバーグという神話的な女優との結婚によってである。後にロマン・ギャリ自身、ジーン・セバーグ主演で『ペルーの鳥』(68)、『殺し』(71)と二本の映画を監督している。

 実は、『ペルーの鳥』は、私が中学生の時に見て、初めてエロティシズムというものを強烈に意識した映画だった。ほとんどストーリーらしきものはなく、全篇が仮面劇というか淫らな白日夢のような印象で、ジーン・セバーグのヌードしか記憶には残っていない。

 最近、この映画の原作である短篇『ペルーの鳥』が『フランス短篇傑作選』(山田稔編訳・岩波文庫)に収められているのを知って、読んでみたが、まさにエロティックで幻想的なコントだった。
 この短編集の編者である山田稔が偏愛する作家ロジェ・グルニエのエッセー集『ユリシーズの涙』(みすず書房)には、パリの路上で、愛犬ユリシーズを連れて散歩するグルニエに親しげに声をかける晩年のロマン・ギャリが登場する。ユリシーズの死が近いことを知ると、ギャリがむせび泣いてしまうくだりがなんとも印象的だ。

 ロマン・ギャリのジーン・セバーグへのほとんど妄執のような狂恋を強く感じたのは、学生時代に『白い犬』(角川文庫)を読んだ時である。
 ワッツの暴動、パリの五月革命を背景に、人種差別主義者によって黒人だけを襲うように調教された<白い犬>を象徴的に使ったポリティカルな寓話といえるが、ビバリーヒルズに住むロマン・ギャリ自身が語り手であり、元妻のジーン・セバーグほかも実名で登場する異様な迫力をもつノンフィクション・ノベルである。

 この小説は、後に鬼才サミュエル・フラーによって映画化されている。その『ホワイトドッグ/魔犬』(82)は、ジーン・セバーグをクリスティ・マクニコルが演じているが、あまりに力不足な感じは否めなかった。なによりも原作に色濃く立ち込めていたロマン・ギャリの黒人への複雑で混濁した感情やヒロインへの屈折した眼差しがまったく欠落しているのだ。
 
 十数年前、セバーグの波瀾に満ちた生涯を描いた『ジーン・セバーグ/アメリカン・アクトレス』というドキュメンタリーが公開されたことがある。この中に、ロマン・ギャリがジーン・セバーグ主演で撮った『殺し』の撮影風景が映っているのだが、ふたりとも、どこか虚ろげな表情を浮かべているのが妙に気にかかる。『白い犬』が書かれたのも、恐らく、この頃ではないかと思われる。

 映画は、FBIがブラック・パンサー党を支持したジーン・セバーグに対して危険分子の烙印を押して、徹底的に監視し、盗聴し、果てはブラック・パンサー党の代表者の子供を妊娠しているというスキャンダラスな情報をマスコミに流し、彼女を精神的な破滅へと追いやったことを克明に証言している。
 セバーグは、晩年は鬱病と、薬物依存による症状に苦しんでいたが、おたがいに再婚した後も、ロマン・ギャリは、最後までジーン・セバーグが住むパリの自宅周辺を徘徊していたとされる。

『アメリカン・アクトレス』で、ジーン・セバーグと最後に話したとされる友人の女性が語っているエピソードが興味深い。
 彼女によれば、1979年、『ある女の恋』(79・コスタ・ガブラス監督、ロミーシュナイダー主演・未公開)という自分たちの結婚生活を赤裸々に描いたロマン・ギャリの原作の映画を見て、激しく怒り、動揺し、錯乱状態となって失踪してしまったのだという。

 その十日後、ジーン・セバーグは、パリの自宅近くの車の中で死んでいるのを発見される。睡眠薬の過剰摂取による自殺とされたが、死因は未だに謎につつまれたままである。
 そして、その一年後、ロマン・ギャリは、セバーグの後を追うようにして自殺した。

『ジーン・セバーグ/アメリカン・アクトレス』は秀逸な構成になっていて、冒頭はジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』(60)のラスト、ギャングに撃たれたベルモンドがよろめくように倒れこむ、あのパリの街頭風景をそっくりそのまま主観移動のカットで再現している。
 そして、ラストは、あの「最低ってなに?」とつぶやくパトリシア役のジーン・セバーグの謎めいた表情のクローズ・アップでエンド・マークが出る。

 私は、『勝手にしやがれ』のこのジーン・セバーグの名状しがたい瞳のクローズ・アップを見るたびに、映画史上、最も恐ろしいファム・ファータール(運命の女)は、このパトリシアというヒロインではないかと思うことがある。

 この『勝手にしやがれ』という伝説的な栄光を背負った映画に出演した瞬間に、アメリカ・アイオワ州のスモール・タウンに生まれたジーン・セバーグという女優の運命は激変し、そして、おそらく、この女優に生涯、魅せられてしまったロマン・ギャリというコスモポリタンな作家の数奇な運命も定まってしまったのだ。

 白い犬.jpgのサムネール画像

 ロマン・ギャリ『白い犬』

 

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 『勝手にしやがれ』のジーン・セバーグ

 

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 『勝手にしやがれ』の伝説的なラストシーン

 

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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