ジョニー・マーサーをめぐるささやかなアメリカ映画史 - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
ジョニー・マーサーをめぐるささやかなアメリカ映画史

 

 先日、『ジャズ批評』誌から「ぜったいジャズ入門」というアンケートが届いた。
 そのなかに「これからのジャズ・ファンにすすめたいこの一枚」という設問があり、あれこれ悩んだ末に、クリント・イーストウッド監督の『真夜中のサバナ』のサントラ盤を挙げることにした。

 クリント・イーストウッドは、以前、このコラムで取り上げたウディ・アレンと同様、アメリカ映画界でもっともジャズに造詣が深い映画作家である。
 以前にも、チャーリー・パーカーの伝記映画『バード』、セロニアス・モンクのドキュメンタリー『ストレイト・ノー・チェイサー』を撮っており、監督デビュー作である『恐怖のメロディ』(原題は『プレイ・ミスティ・フォー・ミー』)もエロール・ガーナーの名曲「ミスティ」が重要な役割を果たしている。

 『真夜中のサバナ』は、イーストウッド作品としては珍しいユルユルの失敗作だが、サントラ盤は超傑作なのだ。というのも、この映画は、アメリカ南部のジョニー・マーサーの邸宅で実際に起きた殺人事件を描いたノン・フィクションが原作であり、全編にわたって、当代一流の歌手たちによるジョニー・マーサーの名曲をふんだんに聴くことができるからである。
 K・D・ラングの「スカイラーク」、娘のアリソン・イーストウッドの「降っても晴れても」、ダイアナ・クラールの「真夜中の太陽」、ほかにローズマリー・クルーニー、カサンドラ・ウィルソン、はてはクリント・イーストウッド自身が「アクセント・トビュアテ・ポジティヴ」なる地味なナンバーで渋い咽喉をきかせている。

 ジョニー・マーサーは、ジョージ・ガーシュイン、コール・ポーター、アーヴィング・バーリンとともに20世紀アメリカを代表するソング・ライターだが、彼らの偉大なキャリアと比較すると、ややマイナーで親しみやすい作風を持っている。それに映画との関わりがとても深いのも私が偏愛する理由のひとつである。

 ジーン・ネグレスコ監督のミュージカル映画『足ながおじさん』(55)に流れる「ドリーム」や「サムシングス・ガッタ・ギヴ」は、作詞・作曲ともにジョニー・マーサーだが、彼の持ち味はロマンティシズムにあふれた作詞の領域でもっとも発揮された。
 シャンソンの名曲「枯葉」(原詩はジャック・プレヴェール)に英語の詩をつけたのも彼である。

 ジョニー・マーサーのスタンダード・ナンバーは、最初、映画音楽として発表されたものが多く、中でも一番有名なのは、オットー・プレミンジャー監督の『ローラ殺人事件』(44)の主題歌「ローラ」である。ジーン・ティアニーが謎めいたファム・ファタールを演じた、この名作は、以後、ハリウッドが量産したフィルム・ノワールの原型の一本となった。

 1960年代に入ると、作曲家ヘンリー・マンシーニとのコンビによる名曲でその名前は一躍、ポピュラーなものとなる。ブレイク・エドワーズ監督の『ティファニーで朝食を』(61)の主題歌「ムーン・リヴァー」、『酒とバラの日々』、そしてスタンリー・ドーネン監督の『シャレード』の主題歌の、思わず口ずさみたくなるほど美しい旋律は、一度、聴いたら忘れようもない。

 私がジョニー・マーサーのもっとも愛聴する名曲「フールズ・ラッシュ・イン」を初めて聴いたのも、やはり映画の中だったような気がする。
 昔、新宿厚生年金ホールの裏手の辺りに黙壺子アーカイブスという小屋があった。
 ここでは伝説の映画評論家・佐藤重臣の解説付きで非合法のアンダーグラウンド・フィルムが常時かかっていて、ノーカット版のジョン・ウォーターズの『ピンク・フラミンゴ』(70)やジャン・ジュネの唯一の監督作品『愛の唄』(64)と並んで定番だったのが、ケネス・アンガーの『スコーピオ・ライジング』(63)だった。
 ヘルス・エンジェルたちのオートバイへのメタリックな愛とドラッグ幻想をシャッフルしたこの異様な傑作で、もっとも印象的に使われていたのがリッキー・ネルソンが、当時、ヒットさせたこの曲だった。
 もともとはクルーナーと呼ばれていた若き日のフランク・シナトラがヒットさせたスロー・バラードで、シナトラが切々とこの歌を歌うテレビ映像を、映画の中で、そのまま効果的に使ったのが、ヴィンセント・ギャロが監督・主演した『バッファロー66』である。
 
 ジョニー・マーサーが手がけた恐らく最後の映画音楽は、ロバート・アルトマン監督の『ロング・グッドバイ』(73)である。
 アメリカン・ニューシネマの末期に、アルトマンは、この傑作によって、ハンフリー・ボガートに象徴される伝統的なハリウッドの探偵映画のジャンルを見事に葬送してしまった。
 この映画で、全編に流れるジョン・ウィリアムスのジャージーなナンバーはどれも忘れがたいが、とくにジョニー・マーサーの臓腑に深くしみわたるような哀愁をおびたメランコリックな詞がすばらしい。
 映画のラストで、当時、原作のレイモンド・チャンドラーのファンを大激怒させたシーンがある。主人公の探偵フィリップ・マーロウ(エリオット・グールド)が、かつての親友であったテリー・レノックスを射殺してしまうのだ。
 そして、メキシコの並木道を遠ざかっていくフィリップ・マーロウの後ろ姿に、「ハリウッド万歳!」の陽気なメロディがけたたましく鳴り響く。

 この途方もなく明るいナンバーは、ハリウッド黄金期に、バズビー・バークレー監督のミュージカル・コメディ『聖林ホテル』(38)のためにつくられたものだ。作詞はもちろん、ジョニー・マーサーである。全員が真っ白なスーツを着て、何十台ものジープに分乗したベニー・グッドマン・オーケストラがこの曲を演奏しながら、道路を疾走するシーンが印象的で、まことに能天気なハリウッド讃歌である。

 ロバート・アルトマンは『聖林ホテル』のベニー・グッドマンの音源をそのままコラージュのように使っている。
 アルトマンは、ハリウッドが夢の象徴として楽天的に信じられていた時代をシンボライズする、ジョニー・マーサーのナンバーをアイロニカルに引用し、いっぽうで、<夢の終わり>の確認と苦い幻滅、深い喪失感を表現した彼の最晩年の詩作によってテーマを鮮明に浮かび上がらせ、ハリウッドへの<長いお別れ>を告げることができたのだ。

 

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ジョニー・マーサー

 

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『真夜中のサバナ』のケヴィン・スペーシー

 

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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