ウディ・アレンとジャズ あるいは「いつか聴いた歌」 - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
ウディ・アレンとジャズ あるいは「いつか聴いた歌」

 年末に公開されるウディ・アレンの新作『人生万歳!』の試写を見た。なんと四十本目(!)の監督作品である。かつてノーベル賞候補にもなりながら、落ちぶれた偏屈で厭世的な物理学者ボリスが、家出した若い無知な田舎娘メロディを不憫に思い、世話をするうちに恋が芽生え――。
 ボリスを演じるラリー・デヴィッドはウディ・アレンの分身で、まるで『アニー・ホール』(77)や『マンハッタン』(79)の頃を想わせる辛辣で自虐的なユダヤ・ジョークを連発し、突然、カメラを向かって観客に話しかけたり、とやりたい放題である。『マイ・フェア・レディ』のヒギンズ教授の<ピグマリオン・コンプレックス>をパロディに仕立てたような抱腹絶倒の喜劇で、久々に故郷であるニューヨークで撮影しているせいか、アレンがすっかり寛いで、映画づくりそのものを楽しんでいる幸福感が見る側にも伝わってくる。最近のウディ・アレン作品では文句なくベストである。
『ウディ・アレンの映画術』(エリック・ラックス著、井上一馬訳・小社刊)は、著者のエリック・ラックスが36年にもわたってウディ・アレンにインタビューした対話集の決定版だが、従来の類書と異なり、時系列を自在に往還しながら、脚本、演出、キャスティング、俳優、撮影、編集といった個別のテーマについてじっくり語っているところが大きな読みどころになっている。
 なかでも私が一番、興味をおぼえたのは、第七章「背景音楽」のくだりだ。エリック・ラックスは「ウディの頭には、1900年から50年までにアメリカで作られたほとんど全ての名曲がインプットされていた。」と書いているが、これには一片の誇張もない。ウディ・アレンの映画を見る最大の愉しみは、ジョージ・ガーシュイン、コール・ポーター、アーヴィング・バーリン、ジェローム・カーン、ロジャース&ハート、ジョニー・マーサーといった20世紀の至宝である天才ソング・ライターたちのスタンダード・ナンバーを繰り返し聴けることにあるのだから。
『人生万歳!』でも、ボリスが深夜、TVをつけ、「やはり、これが一番だ」と呟いて、メロディにフレッド・アステアの映画を見せる場面がある。RKOというハリウッドの弱小映画会社を救ったアステア&ロジャースのダンス・ミュージカル映画には、前述のガーシュインをはじめとする作曲家たちが不朽の名曲を提供していた。アレンが彼らの曲を好んで使うのはアメリカ映画史へのリスペクトゆえでもあるのだ。 
 先日、本書の翻訳者である井上一馬さんと一献、傾ける機会があり、その際に、「ウディ・アレンの映画では何が一番、お好きですか?」と尋ねたところ、「『ハンナとその姉妹』(86)ですね。」と即答されたので、思わず我が意を得たりという気持ちになった。
 実は、私も『ハンナとその姉妹』が最も愛するウディ・アレン映画で、封切り以来、何度見ても飽くことがない。年下の女性に惚れる老いたるインテリ男が主人公で、複数の男女が入り乱れるエロティックで哀歓たっぷりの物語は、ちょっと『人生万歳!』に似ているが、なんといっても音楽がすばらしい。擦り切れるほどサントラ・アルバムを聴いたが、デレク・スミスのピアノ・ソロによるロジャース&ハートの名曲「You are too beautiful(美しすぎるあなた)」「Isn,t it romantic(ロマンティックじゃない?)」には陶然となる。なかでも、マイケル・ケインの浮気のテーマ曲ともいうべきヘレン・フォレストが歌う「I,ve heard that song before(いつか聴いた歌)」は今でも、時折、ふっとメロディがよみがえったりする。
 ヘレン・フォレストという美しいトーチ・シンガーを知ったのもこの映画のお蔭である。その後、彼女のアルバムを何枚も蒐集し、ハリー・ジェイムス、アーティ・ショウ、グレン・ミラーといったビッグ・バンドの黄金時代、彼女がいかに絶大な人気を誇った魅惑的な歌手であったかを知った。
『マンハッタン』が全篇、ニューヨーク・フィルの演奏によるガーシュインの名曲で彩られているのは周知の通りだ。とくにウディ・アレンとダイアン・キートンが並んで坐っている冒頭に、「ラプソディ・イン・ブルー」が流れ出す名シーンは、もはや語り草になっている。しかし『映画術』によれば、ウディ・アレンが、最初の稿では、オープニングに聴こえてくるのは、バニー・ベリガンの「Ican,t get started(言い出しかねて)」だったと語っているので、驚いてしまった。
 バニー・ベリガンは1930年代に活躍したバンド・リーダーで、トランペッターでもあったが、自らヴォーカルも担当した「言い出しかねて」は一世一代の名演として知られている。とくにそのチェット・ベイカーを想わせるもの憂げで、倒錯的で背徳的な色気をたたえた独特の声は一度、聴いたら忘れることはできない。
 バニー・ベリガンの「言い出しかねて」は、これまでにも何度かスクリーンから聴こえてきたことがある。もっとも有名なのは、ロマン・ポランスキーの傑作『チャイナタウン』(74)だろう。ジャック・ニコルソンの探偵が乗っているカーラジオから、この曲が流れるのだが、背景となる大恐慌後の1930年代という時代の殺伐とした淀んだ空気を、この奇妙にメランコリックなナンバーが見事に表現しており、『チャイナタウン』のサントラにも収録されている。
 この曲をもっとも恐ろしく効果的に使った映画がある。マーティン・スコセッシが学生時代に撮った『ビッグ・シェイブ』である。1980年頃、京橋のフィルムセンターで本人も来日して開催された<マーティン・スコセッシ特集>で一度だけ上映されたきりの幻の短篇である。
 ある若い男が洗面所の鏡の前に立つ。そこへ同時にバニー・ベリガンの甘いヴォーカルが流れてくる。男はおもむろに剃刀を頬に当てる。淡々と髭を剃っているうちに、歌のサビの部分で、ふっと頬の下あたりを傷つけてしまう。血がちょっとにじむ。が、しかし、男は気にするふうもなく髭を剃り続ける。やがて、血が一条、スーッと流れ始め、次第にその数が増えてくる。やがて、男の顔の下半分は、鮮血に染まってしまう。そして、歌がクライマックスにさしかかると同時に、男は一気に剃刀で咽喉を掻き切り、血の海となった洗面所でこと切れる。
 まさに4分48秒というこの名演に捧げられたかのような短篇で、後年の『タクシー・ドライバー』(75)の病理的世界を先取りしたような作品だが、バニー・ベリガンの歌を聴くと、つい、この映画をトラウマのように思い出してしまう。
 ウディ・アレンが『マンハッタン』のプロローグで、この名曲を使うのを止めたことはきわめて賢明な判断だった。もし、冒頭で「言い出しかねて」が流れてきたら、『マンハッタン』という映画は、もっとメランコリックで神経症的な屈折したニューヨーク讃歌になってしまったに違いない。しかし、時おり、そんなグルーミィなバージョンの『マンハッタン』も見てみたかったなと思うこともある。

 

 

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『人生万歳!』

 

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『マンハッタン』で、骸骨の飾られた教室で対決する イェール(マイケル・マーフィ)とアイザック(ウディ)

 

 

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『マンハッタン』で、馬車に乗るアイク(ウディ)とトレイシー(マリエル・ヘミングウェイ)

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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