高崎俊夫の映画アット・ランダム: 2010年9月アーカイブ
高崎俊夫の映画アットランダム
2010年9月アーカイブ

ふたつの『ノスフェラトゥ』 あるいは村上春樹との映画談義

 前回、ジャズと映画の話題に触れた際に、ふっと、村上春樹のことを思い出していた。日本でもっとも優れた真のジャズ批評家は誰か? 私は村上春樹ではないかと思っている。和田誠との共著『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)を読めば、それは一目瞭然である。
 和田誠が描いたジャズメンの肖像画に、村上春樹がエッセイを添えた洒落た本だ。和田誠は、スタンダード・ナンバーの魅力を解説した隠れた名著『いつか聴いた歌』(文春文庫)の著者でもあるが、その彼が、あとがきで「ジャズを聴く気分やジャズが持っている力をこんなに適確に文章にできる人を、ほかに知らない」と書いているように、データ資料などを一切使わず、ジャズの本質的魅惑をさらっと一筆書きで透かし彫りにする深い洞察と表現力は神業に近い。
 
 今や書き下ろしの長篇が出るたびに百万部を超えるベストセラーとなり、ノーベル文学賞最有力候補とも目されるほど世界的な名声を得ている一方で、世間から隔絶した隠者のような村上春樹だが、デビュー当時は、もっと身近な存在だった。 
 1970年代の終わり、村上春樹が『群像』に『風の歌を聴け』を発表した当時、彼は千駄ヶ谷で「ピーター・キャット」というジャズ喫茶をやっていた。その頃、私は原宿にあったSF映画雑誌「スターログ」編集部に籍をおいていて、昼休みには、散歩がてら、仲間と連れ立って、「ピーター・キャット」によく顔を出したものだ。カウンターの奥で村上春樹はいつも寡黙で、どこか不機嫌そうな表情で立ち働いていた。店ではコルトレーンやアルバート・アイラーなどの過激なアヴァンギャルド・ジャズは絶対にかからず、いつも静かな趣味のよいウエスト・コースト・ジャズが流れていた。カウンターの端にポール・ギャリコの『マチルダ』の翻訳本が立てかけてあったのをなぜかよく覚えている。

 その後、80年代に入って、私は『月刊イメージフォーラム』の編集部に移ったが、83年頃、サンリオから『ときにはハリウッドの陽を浴びて』(トム・ダーディス著)というスコット・フィッツジェラルドを筆頭に、ハリウッドに脚本家として雇われたアメリカ文学者たちを描いた評伝が出た。
 村上春樹がかつてはシナリオライター志望であり、当時、熱烈にフィッツジェラルド再評価を推進していたことを知っていたので、ぜひ、彼に書評を書いてもらおうと、自宅に電話をすると、「その本なら、もう読んでいますよ」と言って気楽に引き受けてくれた。

 その時には、私の都合で会うことができず、原稿は郵送してもらったが、自分のシナリオライター挫折体験を軽妙に回想しながら、シナリオと小説の根源的な差異に言及した、とてもよい書評だった。

 その後、しばらくして、なぜか村上春樹の家に呼ばれる機会があった。その頃、私の知人が、村上春樹夫人と懇意にしていて、彼の家で数人が集まり、たしか、<LD(レーザー・ディスク)で小津安二郎の『秋刀魚の味』と『ブレード・ランナー』を見る会>という内輪の企画だった。自宅は千葉の船橋あたりではなかったか。当時、村上春樹は、パロディ雑誌『ビックリハウス』に「人はなぜ千葉県に住むのか」という愉快なエッセイを連載していた。ちょうど、『羊をめぐる冒険』を書き終えて、代表作『世界の終わりとハード・ボイルド・ワンダーランド』を準備している、作家としてももっとも充実していた時期ではなかっただろうか。

 今、思えば、ワインなどを飲みながら、村上春樹自身の手料理と解説付きで二本の映画を見るという何とも贅沢な体験をしたわけだが、そのときに、私は、当時、映画批評界を震撼させていた蓮實重彦の『監督 小津安二郎』(筑摩書房)を丸ごと一冊特集した最新号の『月刊イメージフォーラム』を持参した。村上春樹は、その中に収録されている吉田喜重監督のインタビューを眺めながら、「小津は晩年、吉田喜重と大喧嘩したんですよね」と呟くので、ああ、ほんとうに村上さんは映画に詳しい人なんだなと思ったのを覚えている。

 当時、村上春樹は、今や伝説の文芸雑誌『海』に<同時代としてのアメリカ>という長篇エッセイを連載していて、「コッポラと『地獄の黙示録』」やジム・モリソン論やスティーブン・キング論などは、どれも刺激的で読み応えがあり、すばらしかった。「あの連載は、本にしないのですか」と尋ねると、「まだ、本にするには分量が少ないですからね」と答えたように思う(この『海』の連載を含む、80年代に書かれた村上春樹の一連の批評、エッセイ群は、なぜか単行本化されていない。ぜひ、出して欲しい)。
 思えば、ずっと後になって不幸な形で決裂してしまう<スーパー・エディター>安原顯との蜜月時代でもあった。晩年は、毀誉褒貶が激しかった安原顯だが、この『海』編集者時代の村上春樹とのコラボレーションは後世に残る傑出した仕事であったと思う。

 その頃、私もフィッツジェラルドに心酔していたので、とくに、昔、荒地出版社から出ていた龍口直太郎訳の『夜はやさし』が、二度読むと、いかにすばらしかったかという話題で盛り上がった記憶がある。村上春樹自身が、当時、「フィッルジェラルド体験」というエッセイで、『夜はやさし』について、「今度は感動がやってきた。それはこれまでの読書体験では味わったことのないような感動だった。数ヶ月前には冗長と感じた文章の底には熱い感情が暗流となって渦を巻き、堅い岩盤の隙間から耐えかねたようにほとばしり出た情念は細やかな霧となり、美しい露となって一ページ一ぺージを鮮やかに彩っていた。」と見事に表現している。

 その数年後、『ノルウェイの森』が超弩級の大ベストセラーとなり、村上春樹は一躍、<国民作家>になってしまうのだが、とくに精神を病み、病棟に隔離されるヒロインという特異な設定、そして、その荒廃した精神の内奥を分け入ろうとする繊細な<語り口>は、私には、『夜はやさし』へのあからさまなオマージュとしか思えなかった。当時、そのことを指摘した文芸批評家はほとんどいなかったように思う。

 あの日、『秋刀魚の味』と『ブレード・ランナー』について、村上春樹がどんな解説をしたのかは、まったく覚えていないが、ひとつだけ、映画談義をしていて、鮮明に記憶しているエピソードがある。

 学生時代に、村上春樹夫婦は、京橋のフィルムセンターでF・W・ムルナウのサイレントの名作『吸血鬼ノスフェラトゥ』を一緒に見て、深い感銘を受けたのだという。ところが、最近、そのリメイクであるヴェルナー・ヘルツォークの『ノスフェラトゥ』をやはり一緒に見て、あまりのひどい出来にすっかり落胆し、怒りすら覚えたのだという。
「この二本の映画の違いって、いったい、何なのでしょうね?」と村上さんは真顔で尋ねるのである。
 だいぶ、アルコールも回っていたせいもあり、私は、しばらく考えたふりをして、「ズバリ、才能でしょうね」と答えたのだった。
 その言葉を聞いた次の瞬間、村上春樹さんは、奥さん共々、大げさにズッコケたのをよく覚えている。
 いくらお酒に酔っていたとはいえ、将来、ノーベル文学賞候補になるほどの大作家に対して、<才能>などという恐ろしい言葉を軽々と使ってしまったことに、私は、すぐさま後悔の念にかられ、しばらくの間、深い自己嫌悪に陥ったのはいうまでもない。

 

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 トム・ダ―ディスの名著 『ときにはハリウッドの陽を浴びて』(サンリオ)

 

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F.W.ムルナウの名作 『吸血鬼ノスフェラトゥ』

ウディ・アレンとジャズ あるいは「いつか聴いた歌」

 年末に公開されるウディ・アレンの新作『人生万歳!』の試写を見た。なんと四十本目(!)の監督作品である。かつてノーベル賞候補にもなりながら、落ちぶれた偏屈で厭世的な物理学者ボリスが、家出した若い無知な田舎娘メロディを不憫に思い、世話をするうちに恋が芽生え――。
 ボリスを演じるラリー・デヴィッドはウディ・アレンの分身で、まるで『アニー・ホール』(77)や『マンハッタン』(79)の頃を想わせる辛辣で自虐的なユダヤ・ジョークを連発し、突然、カメラを向かって観客に話しかけたり、とやりたい放題である。『マイ・フェア・レディ』のヒギンズ教授の<ピグマリオン・コンプレックス>をパロディに仕立てたような抱腹絶倒の喜劇で、久々に故郷であるニューヨークで撮影しているせいか、アレンがすっかり寛いで、映画づくりそのものを楽しんでいる幸福感が見る側にも伝わってくる。最近のウディ・アレン作品では文句なくベストである。
『ウディ・アレンの映画術』(エリック・ラックス著、井上一馬訳・小社刊)は、著者のエリック・ラックスが36年にもわたってウディ・アレンにインタビューした対話集の決定版だが、従来の類書と異なり、時系列を自在に往還しながら、脚本、演出、キャスティング、俳優、撮影、編集といった個別のテーマについてじっくり語っているところが大きな読みどころになっている。
 なかでも私が一番、興味をおぼえたのは、第七章「背景音楽」のくだりだ。エリック・ラックスは「ウディの頭には、1900年から50年までにアメリカで作られたほとんど全ての名曲がインプットされていた。」と書いているが、これには一片の誇張もない。ウディ・アレンの映画を見る最大の愉しみは、ジョージ・ガーシュイン、コール・ポーター、アーヴィング・バーリン、ジェローム・カーン、ロジャース&ハート、ジョニー・マーサーといった20世紀の至宝である天才ソング・ライターたちのスタンダード・ナンバーを繰り返し聴けることにあるのだから。
『人生万歳!』でも、ボリスが深夜、TVをつけ、「やはり、これが一番だ」と呟いて、メロディにフレッド・アステアの映画を見せる場面がある。RKOというハリウッドの弱小映画会社を救ったアステア&ロジャースのダンス・ミュージカル映画には、前述のガーシュインをはじめとする作曲家たちが不朽の名曲を提供していた。アレンが彼らの曲を好んで使うのはアメリカ映画史へのリスペクトゆえでもあるのだ。 
 先日、本書の翻訳者である井上一馬さんと一献、傾ける機会があり、その際に、「ウディ・アレンの映画では何が一番、お好きですか?」と尋ねたところ、「『ハンナとその姉妹』(86)ですね。」と即答されたので、思わず我が意を得たりという気持ちになった。
 実は、私も『ハンナとその姉妹』が最も愛するウディ・アレン映画で、封切り以来、何度見ても飽くことがない。年下の女性に惚れる老いたるインテリ男が主人公で、複数の男女が入り乱れるエロティックで哀歓たっぷりの物語は、ちょっと『人生万歳!』に似ているが、なんといっても音楽がすばらしい。擦り切れるほどサントラ・アルバムを聴いたが、デレク・スミスのピアノ・ソロによるロジャース&ハートの名曲「You are too beautiful(美しすぎるあなた)」「Isn,t it romantic(ロマンティックじゃない?)」には陶然となる。なかでも、マイケル・ケインの浮気のテーマ曲ともいうべきヘレン・フォレストが歌う「I,ve heard that song before(いつか聴いた歌)」は今でも、時折、ふっとメロディがよみがえったりする。
 ヘレン・フォレストという美しいトーチ・シンガーを知ったのもこの映画のお蔭である。その後、彼女のアルバムを何枚も蒐集し、ハリー・ジェイムス、アーティ・ショウ、グレン・ミラーといったビッグ・バンドの黄金時代、彼女がいかに絶大な人気を誇った魅惑的な歌手であったかを知った。
『マンハッタン』が全篇、ニューヨーク・フィルの演奏によるガーシュインの名曲で彩られているのは周知の通りだ。とくにウディ・アレンとダイアン・キートンが並んで坐っている冒頭に、「ラプソディ・イン・ブルー」が流れ出す名シーンは、もはや語り草になっている。しかし『映画術』によれば、ウディ・アレンが、最初の稿では、オープニングに聴こえてくるのは、バニー・ベリガンの「Ican,t get started(言い出しかねて)」だったと語っているので、驚いてしまった。
 バニー・ベリガンは1930年代に活躍したバンド・リーダーで、トランペッターでもあったが、自らヴォーカルも担当した「言い出しかねて」は一世一代の名演として知られている。とくにそのチェット・ベイカーを想わせるもの憂げで、倒錯的で背徳的な色気をたたえた独特の声は一度、聴いたら忘れることはできない。
 バニー・ベリガンの「言い出しかねて」は、これまでにも何度かスクリーンから聴こえてきたことがある。もっとも有名なのは、ロマン・ポランスキーの傑作『チャイナタウン』(74)だろう。ジャック・ニコルソンの探偵が乗っているカーラジオから、この曲が流れるのだが、背景となる大恐慌後の1930年代という時代の殺伐とした淀んだ空気を、この奇妙にメランコリックなナンバーが見事に表現しており、『チャイナタウン』のサントラにも収録されている。
 この曲をもっとも恐ろしく効果的に使った映画がある。マーティン・スコセッシが学生時代に撮った『ビッグ・シェイブ』である。1980年頃、京橋のフィルムセンターで本人も来日して開催された<マーティン・スコセッシ特集>で一度だけ上映されたきりの幻の短篇である。
 ある若い男が洗面所の鏡の前に立つ。そこへ同時にバニー・ベリガンの甘いヴォーカルが流れてくる。男はおもむろに剃刀を頬に当てる。淡々と髭を剃っているうちに、歌のサビの部分で、ふっと頬の下あたりを傷つけてしまう。血がちょっとにじむ。が、しかし、男は気にするふうもなく髭を剃り続ける。やがて、血が一条、スーッと流れ始め、次第にその数が増えてくる。やがて、男の顔の下半分は、鮮血に染まってしまう。そして、歌がクライマックスにさしかかると同時に、男は一気に剃刀で咽喉を掻き切り、血の海となった洗面所でこと切れる。
 まさに4分48秒というこの名演に捧げられたかのような短篇で、後年の『タクシー・ドライバー』(75)の病理的世界を先取りしたような作品だが、バニー・ベリガンの歌を聴くと、つい、この映画をトラウマのように思い出してしまう。
 ウディ・アレンが『マンハッタン』のプロローグで、この名曲を使うのを止めたことはきわめて賢明な判断だった。もし、冒頭で「言い出しかねて」が流れてきたら、『マンハッタン』という映画は、もっとメランコリックで神経症的な屈折したニューヨーク讃歌になってしまったに違いない。しかし、時おり、そんなグルーミィなバージョンの『マンハッタン』も見てみたかったなと思うこともある。

 

 

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『人生万歳!』

 

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『マンハッタン』で、骸骨の飾られた教室で対決する イェール(マイケル・マーフィ)とアイザック(ウディ)

 

 

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『マンハッタン』で、馬車に乗るアイク(ウディ)とトレイシー(マリエル・ヘミングウェイ)

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著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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