イーリング・コメディとは何だったのか? - 高崎俊夫の映画アット・ランダム
高崎俊夫の映画アットランダム
イーリング・コメディとは何だったのか?

 数年前から企画・編集を手がけてきたチャールズ・バーの『英国コメディ映画の黄金時代――「マダムと泥棒」を生んだイーリング・スタジオの世界』(仮題・宮本高晴訳・小社刊)がようやく完成間近となった。この大部の書物は、イギリスの大プロデューサー、マイケル・バルコンが主宰していたイーリング・スタジオの歴史を活写した唯一無二の名著であり、本書によって、日本では永らく伝説の存在であった<イーリング・コメディ>の全貌が初めて明らかになるはずである。  
 しかし、イーリング・コメディとは何だったのか?
 たとえば、不世出の天才的なオペラ演出家・三谷礼二さんは「P・S、I LOVE YOU」というプレストン・スタージェスをめぐる美しいエッセイ(『オペラのように』所収・筑摩書房)の中で、<イギリス伝統のドキュメンタリーに、スタージェス風サタイアが結びついたものが、バルコン・タッチのコメディではないか>と書いている。
 生前、三谷さんから、学習院高等科時代に、二年後輩だった蓮實重彦さんと未公開のイーリング・コメディを見られないがゆえに熱狂的に語り合っていたという話を伺ったことがある。戦後の映画黄金時代を肌で知っている彼らのような桁外れの映画狂にとっても、イーリング・コメディはずっと長い間、幻の映画群だったわけである。 
 その日本未公開のイーリング・コメディの代表作が、最近になって、ようやくDVDで見られるようになった。最初に度肝を抜かれたのは、ロバート・ヘイマーの『カインド・ハート』(49)である。貴族の血を引く青年(デニス・プライス)が親類縁者を次々に殺害し、母親を勘当した一族に復讐を果すというブラック・コメディで、主人公のナレーションによる畳みかけるようなテンポのよい語り口、多彩でユーモラスな殺害方法も意表を突くが、なによりも、犠牲となる八人の貴族全員をアレック・ギネスが一人で演じているのに呆然となった。
 ここでのアレック・ギネスは、『博士の異常な愛情』(63)で一人三役を熱演したピーター・セラーズも顔色なしと思わせる優雅な名演で見る者を圧倒するのだ。スタンリー・キューブリックが生涯、憧れていたサッカレーからイヴリン・ウォーに至る俗物を笑殺する辛辣なイギリス的ユーモアの真髄とは、まさにこれではないかと思われる。
 フリー・シネマの俊英トニー・リチャードソンの『トム・ジョーンズの華麗な冒険』(63)で、主人公を誘惑する好色な夫人を演じたジョーン・グリーンウッドが、この作品でも冷酷で計算高い官能的なヒロインを演じていて、忘れがたい。このような邪悪さとロマンティシズムという相反する複雑な魅力を兼ね備えたヒロイン造型は、たとえば、同時代のアメリカの陽気なコメディではなかなか見当たらない。 
 チャールズ・バーは、本書の中で、「この映画の主人公の<母親>は『市民ケーン』(41)の母親と同じくらい重要な意味をになっており、英国映画のなかでもっともすばらしく、記憶に残る」と称讃し、さらに、「イーリングの主流を形成する良識的映画とくらべても、謎めいた<還元不可能な>作品」と指摘している。ロバート・ヘイマー自体が、まったく未知の映画監督だったが、そのアイロニーにあふれ、ひねりのきいた独特の笑いの感覚は、傑出している。
 何本かの作品をDVDで見ていくうちに、監督ではアレクサンダー・マッケンドリック、ヘンリー・コーネリアス、チャールズ・クライトン、脚本家ではT・E・B・クラーク、俳優ではアレック・ギネスがイーリング・コメディでもっとも重要な存在であることが、おぼろげながらわかってきた。
 そして、日本未公開のイーリング・コメディの中でも決定版といえるのが、チャールズ・バーが、パゾリーニの『テオレマ』(68)の主人公と比較した、マッケンドリック監督、アレック・ギネス主演の謎めいた傑作『白衣の男』(51)なのである。
                                 (以下、次号)

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『カインド・ハート』

 

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 『白衣の男』 

 


 

著者プロフィール
高崎俊夫
(たかさき・としお)
1954年、福島県生まれ。『月刊イメージフォーラム』の編集部を経て、フリーランスの編集者。『キネマ旬報』『CDジャーナル』『ジャズ批評』に執筆している。これまで手がけた単行本には、『ものみな映画で終わる 花田清輝映画論集』『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティブック』『女の足指と電話機--回想の女優たち』(虫明亜呂無著、以上清流出版)、『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)、『テレビの青春』(今野勉著、NTT出版)などがある。
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